12章「殺し殺され」

 息を潜めて、新しく支給された通信機に耳を傾けていたシンヤ・ナカムラは、ロベルトからの合図を聞き取った。

「……来た、合図だ!」

 そして即座に、同じく隠れていた仲間達にハンドサインを送る。

 サインを確認したパルターら仲間達は頷き、戦車隊が使用した物と同じ偽装シートを剥ぎ取って、隠していたモノを月明かりに晒した。


 一〇五ミリ対戦車砲――かつて補給基地守備隊が運用していた代物であり、奇跡的にアトラスの凶弾を逃れ、シンヤとパルターとマリアの三人にアトラスを倒す力を与えた。

 それを最終作戦ポイントまで引っ張ってきて、最強のエースを討ち滅ぼす剣として待ち伏せていたのだ!


 もちろん、敵部隊を持ち構えていたのは対戦車砲だけではない。

 ヘヴィランサーの発射準備を整えた対アトラス特技兵小隊、今や骨董品と化した旧世代主力戦車、多種多様な武装を搭載した装甲車、迫撃砲を構えた砲兵隊、ロケットランチャー等の重火器を装備した歩兵隊。もっと後方には、榴弾砲・自走砲・多連装ロケットシステム部隊もいる。


 そんなおびただしい数の連合軍が一斉に偽装シートを取り払い、煙幕で視界が殺されたアトラス部隊を、半円形状に取り囲むように姿を現した。

 ……これが、絶対的な力を持つレッドオーガへの“切り札”である。アトラス部隊が気づいた時には、もう遅い。


「第一波、攻撃始め!」

 そう叫んだのは、対アトラス特技兵小隊を率いるエルダー・ランド。そして彼の指示が飛ぶと同時に、四発のヘヴィランサーが煙幕へと突入していき、耳をつんざく破壊の音を奏でた。煙幕の中にいるアトラスに、ヘヴィランサーが着弾した証拠だ。


 間髪を入れず、旧世代戦車などの徹甲弾を発射可能な兵器群が火を噴いていく。ヘヴィランサーが防御力を削り、徹甲弾の雨で敵部隊を釘付けにするのが、第一波攻撃の役目。

 もちろん、シンヤ達の対戦車砲も対象であり、初陣から引き続いて砲手となったシンヤが、煙幕の中にうっすらと見える影に照準を手早く調整する。


「シンヤ君、頼んだよ!」

「ま、任せろ。アトラス四機なんて、めめ目をつむってでも当たる」

「声が震えてるんだが?」

「……手も震えとるよ」

「もー、シンヤちゃんはかわいーなー」

「気が散るからやめんかい!」

 仲間からの横槍とプレッシャーを跳ね除け、シンヤは対戦車砲を撃ち放つ。


 ダァンッ! と、猛烈なエネルギーに押された徹甲弾が、音速を遥かに超えて煙幕へと飛翔していった。他にも何百という徹甲弾が同時に撃ち込まれ、命中したかどうかは確認できないが、第一波はとにかく足止めできればいい。


 そして、これで敵が釘付けになったと判断した砲兵隊が、後方から強力な火力投射を開始する。

『第二波、攻撃を開始します』

 通信から少し間をおいて、ずぅんと重々しい砲声が轟いた。さらにその数秒後、

『弾着…………今!』

 もはや地面ごと吹き飛ばさんとする勢いで、大量の榴弾やロケット弾が降り注ぎ、次々と炸裂していった。

 砲撃は完璧であり、初弾命中と言っていいほどの精度だ。この作戦の為に、東アジア方面軍所属の自衛隊特科出身者を掻き集めた甲斐があった。


 その砲撃に追い打ちをかけるように、再装填を済ませたシンヤ達第一波攻撃隊に加え、歩兵部隊が重火器や迫撃砲を発射する。

「続けて第三波!」

「畳み掛けろぉーー!」

 もはや一分の隙もないほどに、大音響の砲声が断続的に轟く。


 標的へと向かうのは、兵士達の怒号に後押しされた砲弾の数々。前から、横から、上から、逃れようのない破壊の波が、すべてを飲み込み炸裂した!

 その衝撃はシンヤ達連合軍にまで及び、隠れる為に掘っていた塹壕がなければ、何人か吹き飛んでいただろう。


 戦車隊が命を課して張った煙幕は既に晴れ、代わりに土煙が埋め尽くしている。まだまだ、敵の視界は死んだままだ。

「この機を逃すな! 第四波、トドメを刺せぇ!」

 エルダーが大型の通信機に向かって叫ぶ。すると、どこからともなく攻撃機が三機ほど、唸りをあげて現れた。夜空の雲に紛れ、遠巻きに旋回してたのだ!


『ラジャー。直ちに航空攻撃を開始する』

 攻撃機小隊は一定の高度を保ったまま、集中砲火を食らったばかりのアトラス部隊の直上へと差し掛かり、精密誘導爆弾を投下していった。

 誘導装置(JDAMジェイダム)の恩恵を受けた爆弾達は、細かく落下角度の調整を繰り返して、土煙の中へと容赦なく突っ込み――――大爆発を起こした。


「きゃっ!」

「あっ……ぐ……」

 その威力は、爆撃によって生じた衝撃波で、華奢なマリアとユイが塹壕から引きずり出されそうになるほど。とっさにシンヤら三人が庇っていなければ、二人とも味方の攻撃で大怪我していたことだろう。

 弾数だけを見れば、第二波や第三波と比較にならないほど少ないのに、空爆はこれほどの破壊を引き起こせるのだ。まさしく、トドメとなる第四波に相応しい。



 ……空爆が止んだ後、少しの間静寂の時間があった。

「ゲホッごほっ、死ぬかと思ったよ……」

 シンヤに抱きかかえられたままのマリアが、酷く咳き込んで、血の混ざった砂利を吐き出した。


 シンヤ達を含めて、兵士達は塹壕に籠もったまま、誰一人として動こうとしない。なんだか、本能的に動きたくなかったのだ。

 それでも、連合軍の集中攻撃を受けたアトラス部隊がどうなったかは、結果を見なくても明らかだ。


(あんな狙いすました集中砲火を受ければ、アトラスどころかギガース級だって無事じゃ済まない。きっと、レッドオーガは倒れている! ……いや――)

 倒れていて欲しいのではない。

(――倒れてなきゃダメだ。この一斉攻撃にすべてを賭け、戦車隊の人達は死ぬと分かっていて出撃したんだから!)

 万が一にも失敗は許されなかった。なんの為に精鋭の戦車兵が大勢散っていったか、分かったものではない。


「「「……………………………………………………」」」

 一人、また一人と塹壕から顔を出し、兵士達は恐る恐る周囲の様子をうかがい始めた。砲撃に次ぐ爆撃により、戦場はおびただしい量の土煙に覆われ、視界は極端に悪い。もはや暗視装置ナイトビジョンも意味を成さない。

 だが、やがて徐々に土煙がおさまっていき、敵部隊の状態が明らかとなった。


 まず、率先して戦車隊を追っていたアトラス二機が、半ば着弾腔にめり込むように突っ伏し、事切れていた。

 両方ともヘヴィランサーによって装甲を引き剥がされ、四肢の一部が吹き飛んでいたが、あれだけの集中砲火を受けて原型を留めているのは、流石としか言いようがない。


 次に確認できたのは、ロベルトから八つ当たり砲撃を食らったせいで、少し他の機体から遅れていたアトラス。それは、仰向けに倒れていた。

 ギリギリで待ち伏せに反応してシールドを構えることができたらしく、正面装甲に目立った損傷は見られない。ただし、砲兵隊による砲撃か、あるいは空爆が直撃したようで、肩から上がものの見事に消滅していたが。


 あとは、最大目標のレッドオーガだけだったが、

「やった……やったぞ……」

「うおぉ……!」

 もはや勝利は揺るぎないと、兵士達は既に確信していた。レッドオーガは間違いなく異次元な強さを誇るが、あらゆる方向からの飽和攻撃には、どうやっても対応できないはず。装甲厚も機動力も、他のアトラスと何も変わらないのだから……。


 ただし――。

「こ、この状況は……ッ」

「まずいやろ……」

 シンヤやユイなど、その場にいる日本人兵士だけは、恐怖を顔に貼り付けていた。

 その恐怖の根幹にあるのは、次のような現状だった。


 一つ、対象に全力とも言える攻撃を叩き込んだこと。

 二つ、対象がどうなったか見えないこと。

 三つ、こちらが勝利を確信して慢心していること。


 これらが導き出す結果を、日本人は知っていたのだ。漫画やアニメでよくあるパターン、『死亡フラグ』だということを。

「くっ……そぉ……!」

 馬鹿馬鹿しいが、伝えなければならなかった。

「ダメだ! レッドオーガは死んじゃいない!」

 そう叫んだが、時すでに遅し。


 待ち伏せしていた連合軍の一部が、塹壕ごと爆発で吹き飛んだのだ!


 塹壕に収まっていた車両が一瞬にして鉄屑と化し、宙に舞うのが見えた。と思ったら、割と距離があったシンヤ達の所へも金属片が降り注ぎ、爆発の破壊力をまざまざと見せつける。

 さらに、ごろりと何かが転がってきて、シンヤのブーツにぶつかった。……血がべっとりと付着したヘルメットだった。


「あ……あぁ……!」

 驚愕のあまり、うわずった声を出すのが精一杯だった。

 爆発の規模から考えて、アトラスの二〇〇ミリ無反動砲が放つ榴弾を受けたと理解できた。そして、そんな攻撃ができる存在は、この場にはただ一つしかない。

「み、見て!」

 もはや答えが分かっているシンヤを代弁するように、マリアが青ざめた表情で一点を指さしていた――完全に晴れつつあった土煙の中心を。


 そこには、レッドオーガが


 全くの無傷ではなかったものの、連合軍の威信をかけた集中砲火を受けたはずのレッドオーガが、間違いなく立っていた!

「どうして……」

 唖然とする面々だったが、レッドオーガの足元を見たとき、あまりのショックで言葉を失った。

「塹……壕……!」

 そう、なんとレッドオーガは、アトラスの腰ほどの深さがある即席塹壕の中にいたのだ。皮肉にも、連合軍と同じように。

 そしてその塹壕は、まるで切り取られたかのように形がはっきりしていた。


 見ればレッドオーガは、予備兵装として背負っていた対装甲ブレードを、いつの間にか手にしている。

「まさか、対装甲ブレードで地面を切り取ったっていうわけ……!?」

「あの一瞬の隙にか!?」

 ケイやパルターすらも、常識外れの回避術に目を回してしまっている有様。

 塹壕に入れば被弾面積を大幅に減らすことができ、空爆も直撃さえしなければ回避したも同然だというのは理解できるが、それをあの状況で、瞬時に実行できるものなのか!


 だが、感心している場合ではない。仲間を殺られて怒りが頂点に達したのか、これまでとは比較にならないほどの勢いで、レッドオーガが塹壕を飛び出し、唖然としたままの連合軍に向かってきたのだ。

「そ、総員C地点まで退避ーーッ!」

 正気に戻った士官の一人が必死に指示を飛ばしたが、レッドオーガの方が遥かに早く、瞬く間に距離を詰められてしまう。


 気がついた時には、右手に持った無反動砲が火を噴いて数十人がまとめて消し飛ばされ、抵抗を試みようとした装甲車は、左手に構えた対装甲ブレードに串刺しとなっていた。

 ――この間、わずか五秒。


「作戦失敗だ! 航空部隊、直ちにレッドオーガを足止めせよ!」

 そんな混乱の最中、士官が通信機で空軍へ近接航空支援を要請。第四波で空爆を仕掛けた攻撃機が旋回して戻ってくる。

『ラジャー。ターゲットに対し、攻撃を再開する』

 そして高度を下げ、レッドオーガへ二〇ミリ機関砲を浴びせた。味方への被害を考慮してミサイルや爆弾は使用しなかったのだろうが、足止め程度なら機関砲でも充分な効果を得られる。


 ……それなのに、

『な……え……撃ち返されて――』

 逆に、攻撃機の方が火を噴いて堕ちていった。レッドオーガが、頭部三〇ミリ機関砲で迎撃したのだ!

 射撃管制による補正は多少あるだろうが、そう簡単に地上からの攻撃が命中するほど、攻撃機の足は遅くなかったはずなのに。


「何なんだよ……アイツ……」

 撤退しなければならないのに、シンヤ達は取り憑かれたように、ただ呆然とレッドオーガを眺めるしかできなかった。

 これまで駆け抜けてきた死線を、すべて否定された気分だった。


 勝 て る わ け が な い


 立ち向かう勇気ごと、枯れ枝のようにへし折られる。こんなイレギュラーが、この世に存在していいのかと。

 ――それでもなお、

『ええい、これ以上やらせるかぁあああああああ!!』

 絶望に抗い続ける者はいた。


 一斉攻撃に際して、煙幕をばら撒くと同時に退避していたロベルト車が、闘牛の如くレッドオーガへと向かっていったのだ。

『俺は戦死者達あいつらと約束したんだ、レッドオーガを必ず討ち取るってな! このまま……手ぶらで帰れるかよぉ!』

 対するレッドオーガは、ロベルトの並々ならぬ殺気を感じ取ったのか、他の連合軍を無視して好敵手を迎える態勢をとった。


 しかしながら、戦車隊の七割を失っても倒せなかったレッドオーガには、いかに戦車王であろうとも単騎で勝てるはずもない。事実、彼が速攻で撃った砲弾は最小限の動きで回避され、三〇ミリ機関砲を浴びせられて追撃を阻止されてしまった。


 だが、ロベルトは諦めない。レッドオーガを中心に車体を旋回させつつ、全部隊に呼びかける。

『誰でもいい! 三秒だけ、奴の注意を逸らせ! 風穴を開けてやる!』

 三秒、ほんの三秒隙を作れば、レッドオーガを仕留められるというのだ。

 失敗すればロベルトもただでは済まないだろうが、もはや、これがラストチャンスに等しい。


「「「…………っ」」」

 兵士達が逃げ惑う中、シンヤ達五人は何も語らず再び対戦車砲についた。パルターとユイが排莢と次弾装填を行い、マリアとケイが観測、そしてシンヤが照準調整。

 絶対的な存在を前に、一時は打ちのめされたものの、ロベルトの強い意志によって正気に戻ったのだ――この死神は、なんとしてでもここで倒さねばならないと!


 ただ、ここで仮に対戦車砲を命中させても、三秒の隙を作るには程遠い。

「まだ、俺達だけじゃ足りない。誰か――」

 確実にレッドオーガを止めるべく、助力を求めようとした……その時だった。

 ずずっ、と一人の兵士が何かを引きずって、シンヤ達のもとへと近づいてきた。


「よぉ……、俺じゃ役不足か?」

 エルダーだった。ヘヴィランサーの弾頭を一発だけ背負い、数十キロはある発射機を右手だけで引きずっていた。

 ……ただし、頭からは血がとめどなく流れ、発射機を持っていない左腕は、骨折しているのかダラリと下がっている。声にも覇気がない。


「中尉……その怪我は……」

「へへへっ、こんなの、さっき俺の目の前で、の痛みに比べれば、どうってことはない」

「「「………ッ!」」」

 いったいどんな悲劇がエルダーを襲ったのか、心当たりがあった。

 先ほどレッドオーガが無反動砲を放ち、数十人の兵士が吹き飛んだのを、覚えているだろうか。――あれは、アトラスにとって脅威となる特技兵小隊を狙った攻撃だったのだ。


 エルダーは何かに取り憑かれたように発射機をおろし、たった一発のヘヴィランサーを装填して言う。

「これまでにも数え切れない程の部下が死に、さらにペキンでも大勢死んで、辛うじて生き残った奴も、さっき全員逝っちまった。……だがな、俺は、部下を殺したアトラスを一度たりとも逃したことはない!」

 アトラス狩りのプロという華やかな肩書き、それはおびただしい量の血で造られた偽りのもの。殺された部下の数だけ、アトラスを殺してきただけ。


「どうだ、合わせられるか!? ナカムラ上等兵!」

「……っ、はい」

 共通の目的を前に、多くの言葉は必要なかった。ただ一度頷き合い、共にいつでも攻撃できる態勢をつくった。

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