10章「闇夜に燃えて」

 時刻は午前三時、辺り一帯は闇の帳に包まれている。集落と言えるものが数えるほどしかない荒地であるため街灯もなく、人の視覚を支えているものは僅かな月明かりだけであろう。

 果てしない闇は静寂も生み出し、耳に届くのは草が風に揺れる音と虫達の協奏曲くらいだ――――というのは、ほんの数分前までの話。

 虫達の静かな夜をぶち壊したのは、九機の巨人アトラス達による行進であった。彼らが歩くたびに大地が揺れ、安眠をむさぼっていた動物たちは逃げだしていく。


「むぅー……」

 その内の一機、装甲に赤紫の綺麗なラインをあしらったデビルマゼンタを御すポーラ・アルンは、むくれ気味に味方機へ通信を開いた。

「みんなバッカじゃないの⁉ 新型兵器のテストだとか、高級将校がお忍びで視察に来るだとか、そんなうまい話があるわけないでしょ! どー考えても連合軍の罠じゃん!」

『えっ、そうなんですか?』

「ったく、脳みそまでカビたの⁉」

 ぎゃあぎゃあと、この作戦行動に対して文句を垂れ流すポーラ。実は、彼女は暗号の解読内容を知らされた時から、連合軍の狙いに気がついていた。ただ血に飢えているだけでなく、こういった分析もできるからこそエースの座についているのだ。


「はー、でも行かないわけにはいかないのよねー。なんか、アトラスとは違う人型機動兵器おもちゃっぽいものがオーストラリア戦線で目撃されたみたいだし? 万が一暗号通りだったとしたら、みすみすチャンスを逃して面目丸潰れだし?」

『……どのみち、連合軍の誘惑に乗らざるを得ないってわけですか』

「そーそー。ほんっとクソゲーだわ」

 ヤケになって、コックピットの電子機器を蹴りつけるポーラ。快楽殺人者の彼女にとっては、戦いに向かうのは願ったり叶ったりなのだが、敵の思惑にまんまと乗せられているのが気に入らない。


(まぁ、でも――)

 行動を共にしている別のエース機の存在を思い出した途端、彼女の不満が消え去ってしまった。罠を張った連合軍をそのまま消滅しえる――レッドオーガの存在を。

 デビルマゼンタですら十分の一以下の戦闘力と言わしめる其れは、特に際立った行動もせず、ただ悠然と味方機と並んで歩いている。


 赤鬼レッドオーガの名を象徴する、燃え盛る炎模様をタトゥーのように装甲に描いている他は、これといって特別な機能なども備わっていない。武装についても、主兵装として中距離戦向きである二〇〇ミリ無反動砲を、予備兵装として対装甲ブレードを背負っているだけ。機動性を犠牲にしがちなシールドを装備していないことは、大半のエース機に共通している。

 いうなれば、機体性能自体はそこらへんにいるアトラスと何も変わらない。旧ロシア軍への決定的打撃をはじめとする輝かしい戦果は、すべてパイロットの実力で成し得たのだ。


 ……そう、ただパイロットがであるだけ。

「……っ」

 それなのに、とてつもない重圧を感じざるを得ない。悪魔とも呼ばれてきたポーラが、神を前にした貧民のようにひれ伏したくなるほどに。

(ただ近くにいるだけなのに、なんてプレッシャーなの……。これで本当に、半年前より衰えているってわけ!?)

 総統閣下から聞かされた話を、にわかには信じられなかった。詳細は分からないが、どうやらレッドオーガのパイロットは半年前に負傷し、神経に障害を負ったという。


 先の急襲作戦の最中、突如自分の楽しみを奪った通信内容が蘇る。

《お楽しみのところ悪いんだけどさぁ、中華前線基地への牽制を切り上げてくれないかな? 戦線復帰を希望している、レッドオーガの調子を確かめたいんだよね。とは言っても病み上がりだし、相手が相手だから最悪中身が死ぬけど、まぁその時はその時で》

 そんなふざけた命令を渋々飲み、その後のレッドオーガの戦いぶりを味方ながら初めて目にした時から、『彼』が衰えているなんて考えるのも恐ろしくなってしまった。


 それほどまでに、レッドオーガは絶対的存在であったのだ。


 ぞわり……と、今まで何百もの人間を屠ってきた彼女の総身が震え立つ。

「あーいけないいけない!」

 何か、得体の知れない闇のようなものに引きずり込まれそうな気がして、並走するレッドオーガから目線を逸らす。

「アタシとしたことが、なに味方にビビってんのよ。さっさと連合軍ごみどもをぶっ殺して紛らわせないと……」

 頭を振って気持ちを切り替え、ポーラは機体の歩行速度を上げた。



 レッドオーガやデビルマゼンタを含めた九機のアトラスは、ほどなくして暗号から読み取れた作戦ポイント付近に到着した。

 相変わらず建造物は少なく、荒れ果てた大地は所々が隆起して丘を形成し、さながら草の生えた砂漠だ。

 そして肝心の連合軍の姿は……何故かどこにも見当たらない。暗視装置ナイトビジョン越しに広がっているのは、これまで通りの月明かりに照らされた静かな闇。


 試しに熱源探知サーマルセンサーを用いても、夜風で冷えきった荒れ地には何も反応しない。

『新型兵器のテストをしているどころか、人っ子一人見当たりませんな』

『えぇ……、連合軍の罠ってこういうことですか?』

 僚機は首を揃えて呆けている。敵に偽情報を掴ませて、特定の防衛対象から遠ざけるという戦略もあるにはあるが、今の連合軍がそれを実施する意図が不明だ。


「おっかしいわね……」

 もしや僅かに点在する建造物に潜んでいるか、はたまた一帯が地雷原と化しているのではと、装備したマシンガン二丁を構え直し、作戦ポイントへ慎重に歩みを進める。

 並ぶレッドオーガも同じ事を考えたようで、無反動砲のトリガーガードに指を掛け、デビルマゼンタから一歩引いた距離で、ゆっくりと前進を始めた。


 異変に気がついたのは、そのすぐ後であった。

「……ん?」

 崩れかかった石造りの建物の裏を調べたポーラが見つけたのは、アトラスの残骸であった。一〇〇トン近くの巨体を支える強靭な両脚は、建物に寄りかかるように倒れていたのだ。


 ――――――どこかで見たことがあった。


「…………ッ!」

 この瞬間、ポーラは連合軍の狙いに気がついてしまった。連合軍やつらは、自分達が思っていた以上に狡猾であったのだ!

『どうしたんです?』

 氷のように固まったデビルマゼンタを気にかけ、僚機が近寄ってくる。それを――。

「来るな馬鹿!」

 と、聞く者の身の毛もよだつ剣幕で制した。

『えっ』

「来るなって言ったでしょ!? こいつは――」


 カッ!


 僚機を突き飛ばそうとしたのは、すべてが手遅れとなった後だった。闇に満たされていた辺り一帯を、突如として強烈な閃光がほとばしり、真っ白な世界へと塗り替えたのだ!

『うわああああああ! な、何も見えない⁉』

 閃光をモロに受けた僚機はすべてのカメラがホワイトアウトしたらしく、パイロットは悲鳴に近い声を上げた。

 そんな不甲斐ない味方に、ポーラは「このマヌケ……!」と吐き捨てる。彼女の駆るデビルマゼンタはというと、すんでのところで機体の角度を逸らして難を逃れていた。


 いったい何が起きたのか、エースの端くれであるポーラはとっくに理解していた。

(ブービートラップ! 中華前線基地にあった中破状態のアトラスを運んできて、アタシらの注意を引いたと同時に、仕込んでおいた大量の閃光爆弾を起爆したというわけ……!?)

 ブービートラップ――元は敵兵の死体などに爆薬を仕込んで放置し、回収しようと近づいた別の敵兵ごと爆破する、ゲリラなどがよく使用する戦術の一つ。つまり、まんまとしてやられたわけだ。


 だが、今は悔しがっている場合ではない。アトラスに仕込まれていたのが、爆薬ではなく非殺傷兵器であったことから、連合軍が次に何を仕掛けてくるかも推測できた。

(これは、アタシらの危機回避能力を削ぐための布石に過ぎない! 本命の攻撃は……)

 態勢を立て直しつつ、素早く周囲に視線を走らせるポーラ。辺りは大出力の閃光爆弾によって一時的に昼と変わらない明るさになっており、今まで見えていなかったものまで捉えることができた。


 ……そう、地面から不自然に突き出たまで、はっきりと。


「――ッ!」

 その存在に気が付いたのも束の間、二〇にも及ぶ砲身のようなものが一斉に火を噴いた。


 ***


「撃てぇぇえ!」


 合図と同時に、絶大な打撃力を誇るファントムアインの一六〇ミリ滑腔砲が一斉に打ち込まれる。標的は、デビルマゼンタと近くにいるもう一機のアトラス。

 ブービートラップとして発動した大出力の閃光をモロに受けた方のアトラスは、回避や防御もできず打ちのめされた。無敵に等しい衝撃拡散装甲も流石に耐えきれず、膝から崩れ落ちていく。


「よぉし、まずは一つ! デビルマゼンタの方は……ちっ、咄嗟に身を翻して小破に留めたか。伊達にエースをやってるわけじゃねーみたいだな」

 砲塔内で照準器を覗き込んでいる、戦車王ロベルトは喜びと同時に軽く眉をひそめた。厄介な存在であるデビルマゼンタを奇襲で仕留めるつもりだったが、ブービートラップを見切られた時点で半ば失敗したようなものだ。


「だがまぁ、しばらくは動けないだろうな。ともあれ、これで残りは七機……」

 レッドオーガの撃破など、ロベルトの実力を持ってしても一筋縄ではいかないことくらい、彼自身理解していた。

(……だからこそ、何重もの罠を張り巡らせたんだ。取り巻きを潰し、レッドオーガを確実に討ち取るために――)

 そう、ロベルトの強みは圧倒的な戦車運用能力だけではない。相手を絡めとる幅広い知識も『王』たる所以なのだ。


 そしてさらに、休む間もなく作戦を次の段階へと移す。

「全車、各個に射撃を加えつつ、予定通りB地点まで後退だ!」

『『『了解!』』』

 ロベルトの指示を受け、展開していた戦車部隊が一斉に地面から飛び出した。

 なんと、アトラス部隊を待ち構えていたファントムアイン二〇両は小さな塹壕に収まり、さらに主砲だけを出す形で、地面と同色の偽装シートを覆って隠れていたのだ!


『赤外線すら遮断してしまうのですから、最近の偽装シートは便利になりましたね』

 車両を全速後退させているプラースが、相変わらず淡白に呟いた。

 これも罠の一つ。半ば失敗に終わったものの、熱源探知すらも欺いて初撃をスムーズに加えることができたというわけだ。さらに言えば、周囲は完全な平地ではないため擬態度は高く、肉眼での索敵ではバレる可能性も低い。


『さっすがは我らの戦車王だ! 頼りになるぜ!』

『勝てる……勝てるぞ! 予定通りに進めば、俺達があのレッドオーガを倒せるんだ!』

『戦友の無念、今ここで晴らす!』

 最強の敵を相手にしているというのに、味方の戦車兵達はすっかり勝利ムードだ。勇んで後退しながら、行進間射撃を繰り返している。


 しかし、現実はそう甘くない。


 これまで際立った行動を起こさなかったレッドオーガが、担いでいた無反動砲をこちらに向けようとするのが目に入った。ついに最強のエースが動いたのだ。

「来るぞ……!」

 どんな攻撃を仕掛けてくるのか、どんな動きを見せるのか、本能的に緊張が走った。


 そんなロベルトに、

『大尉……もう、既にやられています……』

 味方戦車兵が消え入るような声で告げた。

   ……………………………………………………………………………………。


「はぁぁああ!?」

 柄にもなく狼狽してしまった。まったくもって、訳がわからない。

 だが周囲の状況を確認してみると、確かに二両のファントムアインが原型を留めないレベルで撃破されていた。車体は高熱で焼けただれ、莫大なエネルギーによって砲塔が吹き飛んでいる。


 そんな見るも無残な戦車だったものを見て、ロベルトは瞬時に理解した。

「アトラスの無反動砲が放つ榴弾か! あの野郎……いつの間に撃ちやがった!?」

 榴弾の爆発が生み出す熱と破壊でしか、戦車がこんな風にはなり得ない。だが、無反動砲を持つレッドオーガがこちらに向かって撃っていれば、とうにロベルトが回避命令を出していたはずだ。


「……まさか……!」

 そう、のだ。その事実に気がついた時、彼の全身に悪寒が走った。

「まさか、無反動砲を曲射で当ててきやがったのか!」

 つまりレッドオーガは、既に無反動砲を撃ち上げて攻撃を完了していたのだ! おそらく、ブービートラップが発動して周囲が光に満たされた、一瞬のうちに。

 常識外れの反応力だが、問題はそれだけではなかった。そもそもの話、間違っても無反動砲は曲射で命中させられるような代物ではない。そんな芸当を、二つの標的へ一瞬でやり遂げたのだ。


 さらに、レッドオーガの攻撃は続く。

 残る一八両の戦車は後退しつつ牽制射撃を繰り返していたが、そのうちの一両めがけてレッドオーガは無反動砲を放った。

 しかし精鋭を集めただけあって、狙われた車両は即座に方向転換して難を逃れる。

『そんなもん、当たるかよ!』

 最強の敵からの攻撃を回避し、勝ち誇った声を上げる味方戦車兵。だが――。


『危ない! ぶつかる!』

『なにぃ!?』

 なんと、回避行動をおこなった戦車が向かった先には、同じく後退中の味方戦車がいた。そのまま両車は激しく衝突してしまい、立ち往生してしまった。

 そんな好機を敵が逃す筈もなく、ブービートラップから立ち直った別のアトラスがマシンガンを浴びせ、戦車二両がスクラップと化した。


『ああああああァァあああああああああああ嗚呼あああアアア!!』

 砲弾の雨を浴びる戦車兵の断末魔が通信を支配し、他の戦車兵達の精神をえぐり取っていく。


(あの野郎……ッ!)

 ロベルトは激しい怒りを込めて、悠々と佇むレッドオーガを睨みつける。先ほどの事故は偶然の産物ではないことくらい、彼は分かりきっていた。……なぜなら、自分が逆の立場であれば同じ事を考えるから。

 ロベルトが幅広い知識で敵を絡めとるように、レッドオーガも戦闘力だけがすべてではない。したたかさをも持ち合わせる、底なしに厄介な存在であるということだ。


 とにかく、連合軍側は敵を罠に嵌めるどころか、逆に戦車一個小隊の損失を強いられてしまったのだ! それも、この短い戦闘時間で!

「くっ……」

 次元が違う――そう再認識するには、充分過ぎるほどの現実だった。

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