小さな補給拠点跡地

9章「集う力」

 かつて、ロシア軍に決定的打撃を与えたレッドオーガの出現。それは、広大かつ巨大な中華前線基地を震撼させた。

 その圧倒的な脅威は、救援に駆けつけた戦車中隊を一瞬にして全滅させ、嵐のように姿を消したのだ。生き残った者達も反撃する気力さえ失い、多くのものが抜け殻同然となってしまった。


 そんな中、シンヤら六人の新兵達は……正直レッドオーガどころではなかった。

「くそったれ! こいつら、どこから湧いてきやがった!?」

 アサルトライフルを指切りバーストしながらシンヤは怒鳴り、標的を睨みつける。標的達はそれに、感情のない電子音で応えた。


『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』『キョウイ』


 シンヤ達が戦っている相手とは、なんとレッドオーガではなく十数機にもなるホプリテスの集団であった!

「くっ、どさくさに紛れてホプリテスポッドが投下されていたんだわ!」

「それが、今になって起動したってわけなの!?」

 最強のエース機出現に呆けていたら、いつの間にかホプリテスがそこらじゅうに現れており、今に至るのだ。


「やっぱり硬え! 軽機関銃の弾ですら禄に通らん!」

「ダメ……っ! これじゃ捌ききれんよ!」

 仲間達は互いに背中を預け、各々の武器で抵抗するも、ホプリテスの高い防御力に苦戦を強いられてしまっている。操作していた対空機関砲も、既にホプリテスの重機関銃の餌食となって使い物にならない。


 周囲にちらほらといた連合軍兵も、同様にホプリテス部隊と交戦中であるが、レッドオーガ襲撃のショックから立ち直れておらず、組織的な抵抗ができていない有様。

 優位に対抗できる車両や攻撃ヘリなどは、レッドオーガに完膚なきまでに殲滅されており論外。


 あからさまに不利な状況に、仲間達の焦りが募っていく。

「分隊長様なら何とかしてよ、パルター」

「うっせぇぞケイ! とはいえ、このままじゃジリ貧だな。重火器か、せめて機銃掃射支援があれば……」

「……っ! 掃射支援なら要請できるかもしれない。やってみる!」

 パルターの呟きで、シンヤは背負っている通信機の存在を思い出し、付近の機銃座へ支援を呼びかけようと手を伸ばす。


 しかし、敵はそれを許さなかった。

「シンヤ君! 後ろ!」

「……っ!?」

 マリアの澄み渡るような警告によって、シンヤは間一髪、背後から襲い掛かってきたホプリテスのパイルバンカーを回避した。……が、完全にはかわしきれず、猛烈な速度で打ち出されたパイルが背中の通信機を打ち砕いた!

「が、はぁ……っ!」

 凄まじい衝撃と通信機の破片が全身を襲い、シンヤは血の塊を吐き出して倒れ込んでしまう。


「シンヤ君に……何してくれてんのよーー!」

 そんな彼を庇うが如く、マリアは手にしたアサルトライフルの五・五六ミリ弾をホプリテスに浴びせ、数メートル押し返す。それをすかさず、ケイの正確無比なライフル弾が貫き無力化した。

「シンヤさん! 大丈夫ね!?」

 今度はユイが血相を変えて、倒れたシンヤのもとへ駆けつける。通信機の破片によって切り裂かれた肉を抑え、簡易的ながらも止血してくれた。


「すまない、みんな……助かった」

 幸い命に別状はなく、立って歩ける程度の負傷ではあった。しかし、この一瞬の隙で六人の陣形が崩れ、複数のホプリテスに囲まれるという事態に陥ってしまったのだ。

「ちっ、まずいぞこれは……」

 ジリジリと、六人はホプリテスの集団に距離を詰められていく。突然の敵襲であったため弾薬も残り少なく、パルターは軽機関銃を投げ捨てて拳を構えているほどに反撃は絶望的。


『キョウイヲニンシキ』『ハイジョ』『キョウイ』『ハイジョスル』『キョウイ』『ハイジョ』『キョウイ』『ハイジョスル』『キョウイ』『ハイジョ』『キョウイヲニンシキ』『ハイジョ』『キョウイ』『ハイジョ』


 ついにはいくつもの銃口が向けられ、完全に身動きがとれなくなった。

(こうなったら……!)

 シンヤはアサルトライフルで牽制する傍ら、空いている手で腰に下げた閃光手榴弾に触れた。パオトウでも世話になった代物で、起爆させれば一瞬だが隙を作れる可能性がある。無論、失敗すれば全員蜂の巣だ。

(一か八か、やってみるしか――)

 ハイリスクローリターンではあるが、もはや迷っている暇はないと、仲間達にアイコンタクトを送ろうとした――そのときだった。


「生命の価値も分からない機械如きに! 仲間の命を! 一つたりとも、くれてやるものかーーッ!」


 響き渡る力強い声。それと同時に、腕部や脚部などのモジュールが切り飛ぶ三体のホプリテス!

「竜巻連斬ッッ!!」

 渦を巻くような連撃により崩れ落ちる装甲兵達の中心にいたのは、いつもよりバンダナをきつく縛った青年兵アベル・グラントスであった。

 彼が手にしている日本刀[風斬ふうじん]は白い残像が尾を引き、極めて鋭い太刀筋であったことを証明していた。


「貴様らの相手など、小生一人で充分でござる!」

 アベルはさらに、刀を豪快に振るい、シンヤ達に発砲しようとしていたホプリテスの重機関銃を切り落とす。

「よせ、アベル! 無茶だ!」

 アベルが何を考えているのか、シンヤ達は瞬時に理解した。彼は分隊――いや、連合軍内でも屈指の白兵戦能力を持っており、ホプリテス数機程度なら圧倒できる。故に仲間達を庇い、標的を自分一人に絞らせようとしているのだ!


 当然ながら、シンヤ達五人も援護しようとした。しかし、アベルはそれを「手出し無用!」と一蹴してしまう。

「これほどの数のホプリテスに囲まれては、何をしようと犠牲は必死! ならば小生が囮になるのが最善。その間に退いてくだされ!」

「そんなこと……できんよ!」

 食い下がったのはユイだ。既に仲間を三人も目の前で失っている彼女にとって、同じようなことを繰り返すわけにはいかなかった。

 その間にも、一機のホプリテスがパイルバンカーをアベルに打ち放ったが、すんでのところで打ち払う。


「小生は――」

 アベルの意思は、ユイに引き留められても揺らいでいなかった。

「小生は代々続く剣豪の家の生まれ。故に武士道精神に富んだサムライに憧れた。……だが! 仲間数人を護れずして、サムライになどなれるものかーッ!」

「「「…………っ!」」」

 凄まじい気迫であった。何がなんでも仲間を守り抜いてみせるという、確固たる意思が伝わってくるほどに。

 そんな彼に感化され、一人……また一人と後ずさりはじめる。


「で、でも――」

「「ユイ……!」」

 それでも共に残ろうとするユイを、シンヤとパルターが引き留めた。

「ここはアベルに任せる。俺達は退くぞ!」

「ユイ……、お前の気持ちも痛いほど分かる。だがな、男の覚悟を踏みにじるような真似はするんじゃねぇ!」

 言葉は厳しかったが、シンヤもパルターも唇を噛み、悔しさを押し殺している。いかにアベルがイレギュラーであろうとも、こんな役目を負わせたいわけがないのだ。


「うぅ……」

 二人に説き伏せられ、ユイも仲間達に続いてホプリテスの包囲を脱出し、基地の奥へと後退していく。

「アベルさん! 絶対に……生きて帰ってこやんけんね!!」

 ――そんな言葉を残して。

 残されたアベルも、刀を中段に構え直して応えた。

「おう! 絶対に、でござる!」

 数十機の殺戮マシーンに囲まれているとは、到底思えないハツラツとした口調であった。

「さあ、全部まとめてかかってこいでござるッ!」



 ……しかしその後、アベル・グラントス上等兵が帰還することはなかった……。


 ***


「おい、なにボーっとしてんだ」

 パルターの野太い声で、シンヤは現実に引き戻された。の中華前線基地での出来事が、頭を埋め尽くしていたようだ。

「あっ……すまん」

「分かってる、アベルのことだろ? 状況だけ見ればあいつの生還は絶望的だが、今は信じて戦い続けるしかねえ」

「…………あぁ、そうだよな」

 シンヤは力強く頷いた。あんなキャラが、こんなところでのたれ死んでいいはずがない。そんなの、ライノだけでもう懲り懲りだった。


 現在、シンヤ達五人は他の第一歩兵師団選抜部隊約百名と共に、中華前線基地から車でに移動していた。

 ギガース級やデビルマゼンタ、レッドオーガが基地の一部を完膚なきまでに叩きのめした後、連合軍はホプリテスに占領された区画を封鎖してシンヤ達も完全に撤退したのだが、すぐに新たな指令が出たのだ。――それはずばり、『レッドオーガ撃破作戦』への参加。


 中華前線基地から立ち去ったレッドオーガはその後、デビルマゼンタ等のアトラス部隊と行動を共にしていることが判明した。レッドオーガは長らく消息が掴めなかったため、連合軍はこの機を逃すまいと「新型兵器のテストに伴い、高級将校が複数名、極秘に視察を行う」という偽の暗号を流した。これによって、レッドオーガをおびき出そうというのだ。


 そして、レッドオーガをおびき出す場所こそが此処――シンヤとマリアとパルターの初陣となった補給基地跡地である。戦車にとっては有利な平地と、戦線後方とのアクセスの容易さ、拠点となる施設が既に存在することなどが決戦の舞台に選ばれた要因だ。

 すべてが始まった場所で、最強の敵を迎え打つ……なんとも奇妙な巡り合わせである。


 しかしながら、状況は良いとは言えなかった。

「あんな怪物相手に、どう戦えっていうのよ……」

「今まで何とか退けられた三機のエース機とは、まるで桁違いだったよね。山岳での戦闘が得意だっていうリュウ中尉の戦車隊が、手も足も出なかったんだもの……!」

「…………」

 迎撃や反撃の余地もないレッドオーガの力を目の前で見せつけられ、女性陣は終始不安の限りを吐露している。ユイにいたっては、アベルが行方不明になって以降、口数こそ減っているが平静は保っていた。シンヤとの会話が、良い影響を与えたようだ。


「はっ、ケイらしくもねぇな。そこはブラックフェアリーの時みたく、偉そうに『私にいい考えがある』的なことをあだだだだ⁉ 腕! 腕がもげる!」

「デリカシーが無いわね、まったく……。今回ばかりは私もお手上げよ? 戦車王も招集されてるみたいだし、素直に裏方に徹するしかなさそうね」

 長身美女のケイはそう言って、少し離れたところで怒鳴り声をあげている豪快な戦車兵に視線を投げた。先ほどパオトウから呼び寄せられたばかりの、この作戦の要とも言える人物、戦車王ロベルト・クロスラインだ。


「だから……どうして海軍の協力が得られねぇんだ!? 安全な黄海の湾から、カレーを食いながら巡航ミサイルとAGS砲をぶっ放すだけだろう!? 空軍だって夜間出撃が困難な中、攻撃機とパイロットを捻出してくれたんだぞ!」

 なぜか彼は、テレビ電話の向こうにいる将校にツバを飛ばしながら怒鳴っていた。相手の将校は、この作戦の責任者で中将クラスの大物だが、そんなことはどうでもいいといった剣幕である。


 さらに隣では、シンヤ達と一緒に来たエルダー・ランドも、同じように(ただし若干腰が引けた状態で)文句を垂れている。

「あらゆる勝機を掴まなくては、レッドオーガを倒すことはできません。中華前線基地の惨劇を見て、私も痛感したんです。……まさか、『ヴォルフ隊の悲劇』を忘れたわけではないですよね?」

 エルダーの進言を聞いて、相手の中将は『ううむ……』と唸る。


「ヴォルフ隊の悲劇って、アレでしょ?」

「あぁ……、東アジア戦線構築作戦の時の話か」

 又聞きしているシンヤ達も、この話は聞いたことがあった。


 ヴォルフ隊とは、ソルジャーランキング二位の兵士ヴォルフ・ガルシーロフ大佐率いる歩兵大隊の通称である。

 隊長のヴォルフだけでも規格外の戦闘力があるのに、隊員にも同三位のシエラ・フール少尉や二〇位のマイク・J・ガンス少佐を擁し、世界最強と謳われていた。

 そんなヴォルフ隊も、半年前に行われた大規模作戦『東アジア戦線構築作戦』に参加し多大な戦果を上げた。……しかしその最中、彼らは忽然と姿を消してしまい、二度と帰還することはなかった。


 彼らが最後に出撃した戦場には、レッドオーガの物と思わしき装甲片が残されており、ヴォルフ隊は人知れずレッドオーガに敗れたというのが、連合軍内での都市伝説となっている。これがヴォルフ隊の悲劇だ。

 エルダーの言いたいことは、そんな世界最強と謳われていた部隊を持ってしても敵わない相手に、出し惜しみなどするべきではないということである。


『しかしだな……』

 それでも、テレビ電話の向こうにいる中将は渋った。

『ヴォルフ隊の悲劇はもちろん知っているし、海軍の支援が必要だということも重々理解している。……だが何度も言うように、海軍は別作戦を進行中であるため戦力の捻出は不可能だ。それを補うために、第一歩兵師団選抜部隊を加えた精鋭部隊と、ファントムアインのみの戦車大隊、航空部隊による統合戦闘団を編成したのだろう?』

「~~~~っ!」

『トドメに、東アジア戦線の各地からソルジャーランキング入りしている兵士を三〇名も掻き集めた。合わせて総兵力は千名近くだ。流石に――』


 若干キレ気味になったロベルトが「もういいわ!」と、テレビ電話を途中で切ってしまった。……いや、もうキレているだろう。

 たしかに中将の言うとおり、たった一機の地上兵器を破壊するための戦力と考えれば、個々の練度も相まっておつりがくるというレベルではない。ソルジャーランキング入りしている兵士三〇名も、ロベルトやエルダーを始め化け物揃いときた。――それでも、ロベルトに言わせれば不十分らしい。


「ちっ、海軍もいれば戦術の幅が格段に広がるんだが……仕方ない」

 現場のことを何も分かっていない上層部に呆れた様子のロベルトは、作戦の準備を進める兵士達に向かって大声で言った。

「皆、聞いてくれ! 本作戦の全体指揮は俺が執るが……正直相手がイレギュラーすぎて、この俺ですら興奮で武者震いしちまってる」

 ごくり……と、その場にいる兵士全員がツバを飲んだ。ホワイトレイヴンを嬉々として狩りに向かい、ブラックフェアリーを余裕で撃破した戦車王が、武者震いしているというのだから。


「そしてほぼ確実に、この場にいる人間の何割かは命を落とす。戦車兵なんかは、殆ど生きては帰れんだろうな」

「「「…………っ」」」

「レッドオーガはそれだけ強大だと考えていい。奴の戦いぶりは、資料と師の話でしか知らないが、それでも前述したことは確かだと言えるだろう。――――だがな!」

 そこでロベルトの口調が強くなり、拳を固く握る。


「俺が参戦するからには、天地が還ろうとも絶対に奴を討ち取ってみせる! くそったれの赤鬼レッドオーガをブチのめしてやる! だから、どうか此処で死んでくれ!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオ!!!!」」」

 ロベルトの圧倒的なカリスマに感化され、決戦の地に兵士達の拳が力強く突き上げられる。


 シンヤ達五人も同じだ。

「皆、やるぞ! 俺達にできることを、全力で!」

「「「おう!」」」

 賽は投げられた。連合軍の意地とプライドを賭けた戦いが、始まろうとしていた。

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