8章「最強にして最凶」

「た、助かったのか……俺は……」

 去りゆくデビルマゼンタの背中を見送りながら、シンヤはよろよろとコックピットから這い出た。……が、すぐに片膝を地についてしまった。

(くそっ、足が震えていやがる! こんなの、初めてアトラスを見たとき以上の感覚だ……)

 彼の一八年という短い歳月で、初めて向けられた『明確な殺意』は、シンヤ・ナカムラの精神を大きく削り取ったのだ。


「シンヤ君!」

「おい、大丈夫か?」

 よろけて片膝をついたシンヤに、仲間たちが駆け寄って助け起こしてくれた。

「ありがとう、平気だ。……でも、どうしてデビルマゼンタは突然退いたんだ?」

「それがよく分からないの。他の敵部隊も、早々に撤退を始めたみたいだし」

 見ると確かに、デビルマゼンタだけでなく、追従していた他のアトラスも後退を始めており、空では既にフライクロウが姿を消していた。


「上官達は、敵の目的はあくまで牽制だろうって言ってるけど、それにしたって中途半端ね。敵の方が優勢だったのに……」

 六人は揃って首を傾げるが、そもそも侵攻の目的も正体も不明な敵の腹の中など、末端の兵士に理解できるわけもない。

 ともあれ、敵は退いてシンヤ達連合軍は勝利したのだ。ここは素直に喜んでおくべきだろう。


 そんな彼らの元へ、先ほど対空機関砲の操作を命じた士官が、拍手と共に現れた。

「いやはや、実に見事だ。期待以上だったよ! まさかスクラップ状態のアトラスで対抗するとは……そんな判断、私もできやしなかった。流石は選抜部隊筆頭の面子といったところか」

 気持ち悪いくらいに褒め称えてくる。直属の上官がノーランドとかいう歪んだ人物だったためか、とても新鮮な気分だ。


「それに、リュウ中尉の戦車中隊と後方から送られた爆撃機隊が、今しがた救援に到着したのだ。あの忌々しいエース機とギガース級に、一泡吹かせてくれることを期待しよう。君たちは少し休んでいてくれ」

 士官はそう言い残すと、防衛線を立て直すべく去っていった。

 見ると、十数両からなる戦車隊が続々と塹壕網跡地に集結しつつあり、上空では複数の爆撃機と思わしき機影が西へと向かっていくのが見えた。第二波攻撃を許さぬよう、これから追撃戦が行われるのだ。


「ふぅ、ひとまず難を逃れたってところでござるな」

「もう大丈夫やんね……?」

 救援が到着したことにより緊張から解放され、シンヤ達は揃って機関砲に背をもたげた。比較的短時間の戦闘であったが、体力よりも精神力を削られてしまった。

(それにしても――)

 シンヤは辺りを見回し、改めて基地の凄惨さを目の当たりにする。


 ギガース級から撃ち込まれた四三〇ミリ砲弾は数十発にもなり、もはや地図を書き換えなければならないほどに、激しく地形が変わっていたのだ。着弾点には草の根も残っておらず、トーチカ砲台などのいくつかの設備が存在していた場所には、巨大なクレーターだけが不気味に口を開けている。

 それだけではない。デビルマゼンタを始めとするアトラス群やガングリード、フライクロウによる空襲で、基地西方にはおびただしい数の車両残骸や戦死体が転がっているのだ。風に乗って、そこらじゅうから血の臭いが漂ってくる。


(……なんて酷い有様だ。東アジア最大の要塞線型基地がこれじゃあ、連合軍の威厳も何もあったもんじゃない)

 第二次ワンリー攻勢とカルパティア攻勢を控え、勝利への希望が垣間見えた矢先にこれだ。アトラスにギガース級……敵の強大さはいまだ健在なのである。


 しかしながら、連合軍とて負けてはいない。現に今から、リュウ指揮下の戦車中隊を含めた部隊が前進し、背後を見せた敵部隊への追撃が開始される。舐められたままでは終われない。

『追撃部隊、前進せよ!』

 キュラキュラと巨大なキャタピラを駆動させて突き進む戦車群に、死角をカバーする随伴歩兵が続いていく光景が見える。


 そんな壮観な光景を、パルターは顎で示しながら言う。

「とにかく、俺達が出張れるのはここまでだ。あとは追撃部隊に任せて、後退した防衛線に加わろう」

「「「了解」」」

「あらあら、すっかり分隊長じゃなぁい?」

「余計なお世話だ、ケイ」

 休憩もそこそこに、六人は機関砲から離れようとした。――その直後だった、


『そ、総員厳戒態勢! 基地南西にれ、れれれれ、[]を発見ッ!! こ、こここここちらに向かって来ますぅぅ!』


 そんな、これから世界が終焉を迎えるかのような、絶望に満ちたアナウンスが流れたのだ……。


 ***


 一方、シンヤ達よりも北部側の防衛に当たっていたエルダー・ランド率いる対アトラス特技兵小隊は、アナウンスを聞くや否や車に飛び乗り、レッドオーガが現れたという地点に向かって爆走中であった。


「レッドオーガああああ⁉ そんなのありかよおおおおおお⁉」

 アナウンスを聞いてからずっと、部下が白目をむいて頭を掻きむしっている。無論、彼だけがこんなリアクションをしているのではない。

「くそったれ! レッドオーガが現れたとあったら、生半可な戦力じゃ紙屑みたいに吹き飛ばされるぞ……っ!」

 小隊長であるエルダーでさえも、この異常事態に目を回さずにはいられなかった。

 レッドオーガといえば、旧ロシア軍に決定的痛打を与えた伝説級のエース機と名高い。その実力は異次元レベルで、一年近く目撃例がなかった現在ですらも『最強』の座は揺らいでいない。


「ヨーロッパ戦線に出現する[プラチナムジャスティス]や、半年前から全く姿を見せなくなったという[ブルーイーター]も相当やばいと聞くが、それすらも二番手と言わしめるほどの怪物だからな……。我々が向かったところで、どうにかなるものではないだろうが……」

 これまでに二〇機以上のアトラスを相手にし、ソルジャーランキング三三四位にまで上りつめた彼ですらも、最強のエース機が相手となると体の震えが止まらなかった。……実際に相まみえたことはなかったのだが。


 車が向かう先では、既に何度も大きな爆発と砲声が轟いている。アトラス特有のけたたましい足音もエルダーの肥えた耳が捉えており、連合軍とレッドオーガの戦闘が開始されていることを証明していた。

「迎撃しているのはどこの部隊でしょう? あそこの区画は、先の戦闘で壊滅状態にあると聞いたのですが」

「大方、リュウ中尉の戦車中隊だろうな。あの人は山岳での戦闘を得意としていたが、はたしてレッドオーガに通用するのか……」

 救援に来たと思ったら、最強のアトラスを相手することになりましたなど、悪夢以外の何物でもないであろう。リュウの実力が高かろうが、苦戦は免れない。


 兎にも角にも、数少ない対アトラス特技兵たるエルダーが参戦すれば、多少なりとも戦況が動く可能性はあった。無敵の衝撃拡散装甲を無力化する、このヘヴィランサーを一発でも叩き込めれば……と。

 レッドオーガへの恐怖心は健在であるが、彼は己を奮い立たせて車を走らせ続けた。



 そうしてしばらく車を走らせ、まもなく接敵するであろうという時に、エルダーはあることに気がついた。

「……ん? 砲声が止んでいる……?」

 そう、少し前まで断続的に響いていた爆音や砲声が、ピタリと止んでいたのだ。最強の敵を前に集中力を高め過ぎて、気付くのが遅れてしまったようだ。

 何が起こっているのかは、手前にある丘に阻まれてまだ確認することができない。


「我が方が全滅した、ということでしょうか」

「馬鹿な、いくらなんでも早すぎる。伝説級のエース機とはいえ、相手は一機だぞ。こちらが勝ったに違いない!」

 一部の部下は慢心に近い態度を示したが、一概に否定できるものでもなかった。

(もしかしたら……本当に……)

 ソルジャーランキング二五〇位の猛者であるリュウが率いる戦車中隊に加え、基地の残存戦力や空軍だっているのだから、こちらの勝機は充分にあった。


(ましてや、レッドオーガが猛威を振るったのは、ファントムアインが開発量産される以前の話だ。一六〇ミリ砲の一斉射を喰らえば、ひとたまりもあるまい)

 ……明らかにフラグ全開であったが、可能であればレッドオーガと対峙したくないという本能が、彼を妄想へといざなってしまっていた。


 しかし、やはりそこは幾多の死線を潜り抜けてきたエルダーであり、現実逃避などはせずに戦場へと向かい続ける。

「気を引き締めろよ。勝っていようが押されていようが、どちらにも対応できるようにしておけよ」

 そう部下たちに言い、車は視界をふさぐ丘を越えていった。

 彼ら対アトラス特技兵小隊が、そこで見たものは――、


 ――異常なまでのだった。


「「「…………ッ⁉」」」

 気が付けば、全員が言葉を失っていた。

 目の前にあった光景は、レッドオーガを倒して歓喜する連合軍でも、連合軍を圧倒するレッドオーガの無双ぶりでもない。ただただ広がり充満する、死の香りだけだった。


 十数両はあったはずのファントムアインは、一両残らず潰れて火を噴いており、リュウ率いる戦車中隊は完膚なきまでに壊滅していることを表している。

 焼け焦げた大地は、随伴歩兵と思わしき兵士達の亡骸で埋め尽くされ、見る者の心をへし折った。

 そんな地獄を創り上げたレッドオーガは――既にその場から姿を消していた。もう、こんなゴミ溜めに用はないとでも言うように。


「こんな……ことが……」

 エルダーは、あまりのショックで立ちすくんだ。レッドオーガ出現のアナウンスがあってから、まださほど時間が経っていないのに、この有様なのだ。

(もしかしたら勝てるかもだとか、自分達が参戦すれば戦況が動くかもだとか、そんな低い次元の話ではなかったんだ……!)

 もはや、『抗ってから負ける』ということすら赦されぬ絶対的なまでの力の差が、そこには存在していた。


 ふと、何人かの連合軍兵士がうずくまっているのに気がついた。随伴歩兵か、基地守備隊の生き残りだろうか。

 状況を聞き出そうと、エルダーはうずくまっている兵士の肩に、そっと手を置いた。

「おい、君。大丈夫か――」

 そこで思わず言葉に詰まってしまった。兵士の目からはハイライトが消え、エルダーに反応しないどころか瞬きすらせず、風に揺れる雑草をただ眺めていたのだ。


 この兵士だけではない。レッドオーガの襲撃を生き延びた兵士達のほとんどが、同じように呆然としていた。生きることに絶望したと、皆が無言で語っているようだった。

「……何が起きているのかは、言わずもがな、か」

 戦意喪失――これが全てであろう。十数両の最新鋭戦車を一瞬で薙ぎ払い、反撃する暇も与えなかった相手に対し、ただでさえ練度が低い中華前線基地守備兵の、いったい誰が立ち向かえるというのか。


(いや、違うな……)

 エルダーは黙って首を横に振った。この基地の守備兵だろうが、ソルジャーランキング上位者だろうが、レッドオーガに挑むのは容易なことではないと、目の前の惨状を見て思い知ってしまったのだ。

 自分がもし、レッドオーガと相まみえたならば、彼らと同じように戦意喪失してしまうかもしれなかった。

「小隊長……」

 部下達が心配そうにこちらを見ている。歴戦の兵士らしからぬ葛藤が、無意識に表情として現れていたらしい。


「……大丈夫だ、なんでもない。ところで、話のできそうな生き残りはいるか?」

「はい。同じく選抜部隊として派遣されていた、パルター・オーガスト伍長の分隊がいました」

 部下が示した場所には、見覚えのある若い顔ぶれがあった。なんだか彼らも、うなだれるように呆然としているが、戦い慣れしているだけあって、とりあえず話はできそうだ。


 ――しかし、

(一人足りない?)

 選抜部隊が中華前線基地に到着したとき、パルター分隊は六人だったはずだ。にも関わらず、今は五人しかいないことに、エルダーは気がついた。

 もちろん、負傷したとかトイレに行っているとか、思いつく理由は沢山ある。だが、なぜか嫌な予感がしたのだ。


「……っ」

 若干躊躇ったが、エルダーは彼らの元へ歩いていき、声をかけてみた。

「お前ら、無事か? レッドオーガの野郎は何処に消えた? それに、もう一人はどうした? あの……赤いバンダナを頭に巻いて刀を持った――」


「……やつ……がって……!」


「――えっ?」

 意味不明な言葉で質問を遮られ、エルダーは柄にもなくたじろいでしまった。言葉の内容は、寒さで凍えた時のように口調が震えていて、よく聞き取れなかった。

「ア……ア……」

 彼を遮った兵士ことシンヤ・ナカムラは、うわ言のように再び、しかし今度はハッキリとした口調で叫んだ。


「アベルのやつ! 無茶しやがって……ッ!」

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