7章「狩る者、守る者」

 血に飢えた魔女――ポーラ・アルンの駆るデビルマゼンタは、

「脆い脆いッ! 脆すぎるわ!」

 その圧倒的な実力と攻撃性をもって、中華前線基地を守ろうと立ちはだかる連合軍を蹴散らし続けていた。


『ええい、エースとはいえアトラスに変わりはないんだ! 四方からの一斉砲撃で足を止めてみせ――がはぁ!?』

 また一台、無謀にも背面への攻撃を狙ってきた装甲車が彼女によって踏みつぶされ、ただの鉄屑と化す。まるで、投げ捨てたタバコの吸い殻を踏むような気軽さで。……そこには、死者の尊厳など存在しない。

 彼女の戦いぶりはもはや、“蹂躙”を通り越して“虐殺”という表現がふさわしい。


『あ、悪魔めえええええええええええ!!』

 なにやら足下で兵士が喚いていたが、次の瞬間には足裏にこびりつく肉塊の一つとなっていた。

 そんなことは気にも止めず、ポーラは自機にミサイルを飛ばしてきた攻撃ヘリを叩き落とし、その残骸をわざわざ拾い上げ、地上にいる非力な連合軍へ投げつけた!

『ひぎゃあああああああああああ!!』

 集音マイクを通じ、残骸の投射に巻き込まれた哀れな兵士の悲鳴が聞こえてくる。


「ああっ、もう最高……っ!」

 性的欲求を満たした時に近い快感が、彼女の全身をかけ巡る。これだ、これが彼女は欲しかったのだ。

 二年半にも渡る殺し殺されの時間は、元々凶暴性を秘めていたポーラ・アルンを、『殺し』への快楽に目覚めさせるには充分過ぎた。

 先ほどから僚機が進撃速度を抑えるように促しているが、彼女の耳には全く届いていない。

『アルンさん! 少し落ち着いてください!』

『いくら貴方が強くて、ギガース級の援護があろうとも、相手は東アジア方面軍が誇る中華前線基地! 深追いすれば、本当に死にますよ!?』

 ポーラの常軌を逸した殺戮欲は、このような真っ当な進言すらも跳ね返していた。


 ……ただし、次のような内容の場合は違った。

『しかも中華前線基地このばしょには、ソルジャーランキング一九三位のアレクサンドル・カイザーをはじめ、二五〇位のリュウや三三四位のエルダー・ランドなどの連合軍が誇る猛者も、わんさかいるんですよ!』

「……ん⁉」

 そういった内容の通信には、何故かここぞとばかりに反応を示したのだ。

「……ふふふ……猛者ですって?」

『えっ? は、はい。現に、我々より五キロほど北を攻めた部隊のアトラスが数機、ヘヴィランサーによる攻撃を受けて装甲を引き剥がされ、内一機が野戦砲の追撃で撃破されたとのこと。共振誘導弾ヘヴィランサーはそのピーキーさ故、特技兵ですらまともに扱える者は少ないらしく、かの部隊を襲ったのは十中八九エルダー・ランドの――』


「ひゃははははははははははははっ‼」


『『『…………⁉』』』

 通信を最後まで聞かないうちに、ポーラは甲高い声で嗤った。

「なおさら面白いじゃん! ……猛者? 大・好・物よ!」

 そして減速するどころか、ますます血を求めて敵陣へ斬り込んでいく。

 彼女曰く、自分を止めるほどの相手を殺すことは最上級の楽しみであり、僚機の警告は逆効果だったのだ。


「さあ、出てきなさいよっ!」

 挑発と言わんばかりに、二丁のマシンガンを基地施設に向けて乱射するポーラ。戦車数十両の一斉砲撃にも匹敵する大火力によって、着弾点付近はさらなる混乱へと巻き込まれる。

「ほらほらぁ! 早くアタシを止めないと大変なことになっちゃうよ~!」

 強敵をおびき出す挑発さえも快楽。彼女の暴走を止めることは、味方でさえも無理だと思われた。


 ――直後の、奇妙な攻撃を受けるまでは。


 ダダダッ! と、彼女の駆るデビルマゼンタ目掛けて無数の光弾が突如飛来し、機体の至近で炸裂したのだ。

「痛っ!?」

 衝撃拡散装甲に守られてダメージこそ皆無に等しかったが、複数の爆発で機体ごとポーラは揺すられ、苦痛に顔を歪める。


 ……それでも、

「……いひひっ」

 彼女は嗤っていた。この状況すらも楽しんでいたのだ。

「やっっってくれるじゃない! 今撃ってきたのはどいつ⁉」

 強敵を引きずり出すことも忘れ、無謀にも自身へ挑んできた者達を、カメラとセンサーをフル稼働で探す。もちろん、八つ裂きにして殺すために。


 ……そして見つけた。これから自分に殺される哀れで無力な勇者たちを。

「ふふっ、見い~~つけた~~!」

 その勇者たちは、対空機関砲を操作する五人の連合軍兵士だった。男二人と女三人で全員かなり若い。おそらく、配属されたばかりの新兵が、身の程もわきまえず攻撃してきたのだろうと、ポーラは適当に解釈した。


 ただし彼女にとっては、新兵だろうが女がいようが関係ない。

「待っててね~。すぐにぶち殺してアゲルから!」

 舌なめずりと共に、機体を一気に加速させて標的との距離を縮めていく。ただ殺すために、ただマシンガンの有効射程に捉えるために!

 もはや彼女には、他の敵どころか味方機すら見えなくなっていた。

『アルンさん! ちょっと待って――』

 そのせいで、味方機からのさらなる警告も耳に入らなかった。



 そして遂に、標的の対空機関砲が自機の七六ミリマシンガンの有効射程距離に収まる所まで到達した。

「いひひっ……」

 あとは、大雑把に狙いをつけてトリガーを引くだけで、機関砲を操作している五人の若い兵士達は消し飛ぶだろう。

 当の五人は、今もこちらに機関砲を撃ってきているものの、当然全く効いていない。


 そんな無力な兵士達に、ポーラは無情にもマシンガンの砲口を向け、トリガーに指をかける。

「ばいばーい♪」

 憐れみの感情など一片もない。ただ、自分の欲求を満たせればそれでよかった。他人がどうなろうとどうでもよかった。


 ……そんな救いようのない人間を、

『これ以上、好き勝手させるかあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!』

 神が野放しにするはずがなかった。


 大音量の若い男性の声が、突如として通信を支配したのだ。

(……っ!? 味方からの通信!? ――いや、違う!)

 こんなに若く勇ましい声の味方を、彼女は知らない。

「誰!? 誰よ!」

 ポーラは慌てて辺りを見回し、

「な……っ!?」

 ――衝撃的な光景を目の当たりにした。


 それは、何十発もの七六ミリ砲弾が、自身の駆るデビルマゼンタに高速で群がってくる、これまでに一度たりとも経験したことのない場面であった!


 ***


 その少し前。


 シンヤ達六人は、この最悪な状況を打開するため、避難民が回収してきたスクラップアトラスの起動を目論んでいた。

「……いやまぁ、徹甲弾か何かで切断された両脚以外はさほど損傷していないし、固定砲台代わりにはなるかもしれんが……。戦車すら乗ったことがない俺達が操縦できるのか?」

 仰向けに横たわる鋼鉄の巨人を、パルターは顎を撫でながらしげしげと眺める。


 彼らもまた、アトラスの強大さを嫌というほど思い知らされた身故に、それが味方だとしたらどれほど心強いかは想像に難くなかった。たとえ脚をもがれていようとも、握りしめたままのドラムマガジン式七六ミリマシンガンは標的を砕き、全身を覆う衝撃拡散装甲は多少の攻撃をものともしないだろう。

 ただし当然ながら、この六人の中の誰も、アトラスの操縦訓練など受けたことはない。


 そんなパルターの心配をよそに、ケイはいつものように軽やかに告げる。

「脳ミソも筋肉なパルターには無理かもしれないけど、旧軍や連合軍が鹵獲して使用した前例は結構あるわよ」

「誰が脳ミソも筋肉だ!」

 ……脅威が目前に迫っているというのに、この二人は相変わらずである。


「つまりさ――」

 一方シンヤは、ケイの提案を聞くや否や、アトラスの背面と地面の間にある隙間に入り、そこにあるコックピットハッチをさっさと開けていた。

「鹵獲して使用できたってことは、アトラスこいつの操縦には、大した訓練は必要ないってことだな」

 男のさがか、シンヤは少し興奮を覚えながらアトラスへと乗り込む。


(これが……アトラスの内部!)

 コックピットは狭くて薄暗く、操縦席の他は電子機器で埋め尽くされていた。さすがは物量で勝る連合軍と渡り合う、最新鋭の超兵器といったところか。

「さて、と……」

 さっそく操縦席に腰掛け、目についた“いかにもな”スイッチを弄ってみる。

 するとどうだろう。静まり返っていた電子機器が次々と点灯していき、機体の各所から重々しい駆動音が鳴り始めた。どうやら、これでアトラスが目を覚したようだ。


《パイロットヲ認証シマシタ。ATR−Sアトラス、メインシステムヲ起動シマス》


 さらには機械的な女性の声が流れ、前面にある大型スクリーンに外の映像が映し出される。映像はかなり鮮明で、肉眼と大して変わりはない。むしろ、肉眼で直接見ているようであった。

 試しに操縦桿を軽く動かしてみると、腕や切断された脚が、まるで生きているかのように駆動した。おそらくだが、細かい動きは搭乗者とのリンクで実現しているのだろう。

「す、すげぇ……」

 少年時代、夢にまで見た巨大ロボ――それに今、自分が実際に搭乗しているという感動と興奮が駆け巡る。まさしく男の浪漫!


 ふと、スクリーンの向こうで、マリアとユイがこちらを見ているのに気がついた。

『シンヤくーん! 大丈夫ー?』

『どう……? ちゃんと動かせそうと?』

 よく見ると、二人は不安げな顔をしていた。敵の兵器に乗り込んだシンヤのことを気にかけているのだろうが、同時に、これまで同志達を大勢屠ってきた怪物への恐れも見え隠れしている。


 ――シンヤは何か、少しばかり勘違いをしていたようだ。

(そうだ……アトラスは兵器だ。何度も俺達を殺そうとしてきた、救いようのないくそったれの兵器! ロマンなんてない!)

 頭を振って邪念を追い出し、迫る脅威に刮目する。


 標的はただ一つ、泥臭い戦場には似合わない綺麗な赤紫のラインを装甲にあしらったエース機だ。武装は七六ミリマシンガン二丁であり、射程距離はスクラップアトラスと互角。

 この機体は他の敵より突出しているため、後退中の連合軍に追いつく可能性があり、ここで食い止めなければシンヤ達も餌食となるだろう。

(逆に言えば、こいつさえ退けられれば、ここの区画の連合軍は被害を抑えて立て直せる。後続の出鼻も挫けるかもしれない!)

 なにより、あんな殺戮の限りを尽くしている悪魔を、野放しにするわけにはいかなかった。


「みんな! 聞いてくれ!」

 迫るエース機を止めるべく、シンヤは自分が考えた戦術を他の五人に伝えたのだった。



 ……そして今、シンヤが撃ち放った七六ミリ砲弾の雨あられによって、赤紫の悪魔はなすすべもなく釘付けにされていた。

「思い知ったか! この……みっともない機械人形がああああ!」

 搭乗しているスクラップアトラスから敵機と通信できることも分かり、シンヤはここぞとばかりに罵声を浴びせる。


 ホワイトレイヴン戦とブラックフェアリー戦を経て、エース機を退けることは一筋縄ではいかないと、シンヤは痛感していた。おそらく、ド素人が放つ七六ミリマシンガンなんて、軽々と回避されるだろう。

 そのため、まず他の五人に対空機関砲でエース機の注意を引いてもらい、隙を突く形でマシンガンを叩き込んだのだ。

 戦術は極めてシンプルだが、この通り一定の効果を得ることができていた。


「悪魔め! そのまま死にやがれ!」

 弾薬の続く限り、シンヤはマシンガンを撃ち続けた。

 衝撃拡散装甲に対して七六ミリ砲弾では力不足ではあるが、連射速度毎分四〇〇発で休む間もなく襲いかかるエネルギーによって、エース機は着実にダメージを重ねていく。ファントムアインの主砲が『ナイフでの一突き』であるなら、アトラスのマシンガンは『拳の連打』なのだ。


『く……う……』

 通信を介し、敵パイロットの苦痛に歪む声が聞こえて――ん?

「えっ、女!?」

 シンヤは驚きを隠せなかった。エース機のパイロットは、思わず攻撃を止めそうになるほど綺麗な声をしていたのだ!

『ふ、ふざけんじゃないわよ……』

 怒り狂った様子の女性エースパイロット。これだけの攻撃を受けてなお、全く殺気が衰えていない。


 それどころか――。

『殺す……絶対に殺してやる! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅぅぅ!』

 三下如きに恥をかかされたという屈辱が、彼女の殺意を常人には理解できない域にまで高めていたのだ!


「な、なんだよこいつ……。殺す殺すって、怖すぎだろ……」

 そうシンヤが呟いた時、機関砲の給弾をしていたアベルが反応を示した。

『……っ! シンヤ殿、そいつはおそらく、デビルマゼンタという凶暴なエースでござるよ!』

「デビル……マゼンタ?」

『ソウルにいた頃、レティシア殿が教えてくれたのを思い出したでござる。殺しを快楽にしているエースがいるから、そいつにだけは絶対に関わるなと。その名も赤紫の悪魔デビルマゼンタ!』


 すなわち快楽殺人者だ。ある意味、最強のエースと名高いレッドオーガよりも恐ろしい。

『あら、アタシの通り名を知っているみたいね』

「……っ!」

 気がつくと、デビルマゼンタはシンヤの攻撃から完全に立ち直っていた。マシンガンの弾も底をつきかけており、これ以上の抵抗はできそうになかった。


『さーて、どう料理してやろうかしら~?』

 デビルマゼンタがゆっくりと近づいてくる。

 同時に、これまでに経験したことのないレベルの、明確な死へのビジョンが強まっていくのが分かった。

(殺される……!)

 シンヤの頬を、大粒の冷や汗が伝う。根拠はないが、彼女の殺意からは逃れられる気がしなかったのだ。


 それでも己を奮い立たせ、僅かに残った砲弾を叩き込もうと、シンヤはマシンガンを構えた。

 さらに、まだ機関砲で援護しようとしてくれている五人に「みんな、逃げろ!」と後退を促す。

『で、でも――』

「いいから行ってくれ! あとから俺も追いつく!」

 もちろん嘘だ、根拠なんてあるわけない。しかし、デビルマゼンタの標的が自分である以上、仲間を巻き込んで犬死させるのは御免だった。


『仲間とのお別れは済んだってわけ? じゃあ、死んで♪』

 対するデビルマゼンタは、無慈悲にマシンガンの砲口をシンヤ機へと突きつけてきた。両脚の無いシンヤ機は身動きできず、回避行動をとることすら叶わない。

(ここまでか……!?)

 半ば諦めつつも、シンヤは残った弾薬で最後の抵抗を試みようとした。


 誰もが、この若い兵士の敗北を確信した、次の瞬間――。


『……えっ? 何ですって!?』

 突然、デビルマゼンタの女性パイロットが狼狽え始めたのだ。

(な、なんだ……?)

 まだトリガーすら引いていなかったシンヤは、何が起きているのかさっぱり理解できない。

『はぁ!? そんな言い方ないでしょ――あーもーはいはい、退けばいいんでしょ退けば!』

 どうやら彼女は、別回線からの通信相手と言い争いをしているようだった。こちらとの通信を切り忘れているのだろうが、言い争いしている相手の声は聞こえない。


 そのまま少しの間、デビルマゼンタはシンヤを放置して別回線の相手と意味不明なやりとりをしていたが、ふいにマシンガンを下ろしてこう言った。

『ふっ、命拾いしたわね。……まぁ、どのみちアンタ達は死ぬんだけど』

「な、何を言ってんだ……」

 シンヤの質問には答えず、デビルマゼンタは踵を返し、死屍累々のもと来た道を戻っていった。

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