6章「抵抗」

 地上最大にして最強の陸上戦力、ギガース級陸上戦艦。


 副砲として一二七ミリ速射砲を一八基。対空の要であるVLSを二基。接近するミサイルや敵機を迎撃する機関砲型CIWSシウス二基。フライクロウ発艦用カタパルトを二基。アトラス格納庫六機分。

 そして、最大の特徴にして最大の武器――四三〇ミリ三連装砲が三基。立ちはだかるものをすべて消し飛ばし、薙ぎ払う力を持つ。


 多彩かつ強力な兵装を備えた、全長二五〇メートルにもなるその超兵器は、全面を衝撃拡散装甲で覆って異次元の防御力を獲得し、高出力ホバー移動によって海のみならず陸をも駆け回る。


 戦艦という概念が過去の遺物となった現代において、他陸戦兵器の追従を許さぬ圧倒的な攻撃力と防御力で、数多の軍隊を葬り去ってきた。

 要約すると、正真正銘の『怪物兵器』。



「あーあ、つまんないのー」

 そんな怪物を横目に見ながら、アトラスに搭乗している若い女性パイロットは、退屈そうに伸びをする。


 彼女が御しているアトラスの装甲には、要所に赤紫色の綺麗なラインが描かれており、他機とは違った存在感を漂わせている。

 武装は、七六ミリマシンガン二丁と脚部ミサイルランチャー。シールドは装備しておらず、いうなれば攻撃力全振りなのである。

 無論、この機体もエース機と呼ばれる存在だ。


 赤紫の悪魔デビルマゼンタ……それが、このエース機の通り名。


「あくまで牽制が目的にしてもさー、ギガース級なんか持ち出したら早々に目的を達成しちゃうじゃん。あーつまんない!」

 子供のように駄々をこねるデビルマゼンタの女性パイロット。まるで、この戦いを心待ちにしていたかのように。

「現に、もう連合軍の戦車隊はほとんど吹き飛んじゃってるしー。もー、アタシが殺したかったのに――」


『黙れデビルマゼンタ。……いや、ポーラ・アルン!』

 突然、彼女を別機体からの通信が遮った。通信の主は、デビルマゼンタの隣に立つ白いアトラス――ホワイトレイヴンのパイロットであった。


 ポーラと呼ばれたデビルマゼンタのパイロットは、激昂しながら言い返す。

「ちょっとー! 本名で呼ばないでくれる?」

『貴様の戯言など聞き飽きた。戦いにおいて、殺し合う相手だろうが敬意を払えない奴など、私はエースとは認めない』

 対して、ホワイトレイヴンのパイロットはごく冷静に、かつ諭すように言った。


「うっっざ、連合の歩兵に一杯食わされたくせに! じゃあアタシも、あんたみたいな雑魚をエースとは認めなーい。……ね、リット・ピースナーさん?」

『……っ』

 ホワイトレイヴンのパイロット――もといリット・ピースナーは、眉間に皺を寄せつつも、それ以上言い返すことはなかった。


 その代わり、黙ったまま機体を反転させ、中華前線基地とは逆方向に歩き始めた。

「ちょ、ちょっと! どこに行く気!?」

『興が乗らん。元より私は、この作戦に参加する必要がなかったからな』

 つまりは帰るということか。

「なにそれ。せっかく総統閣下が、例の兵士の居場所を予想してくれたのに。だから参加したんじゃなかったの?」

『……あの若い兵士とは、もっと別の形で相まみえたい。貴様が一緒だと、碌なことにならんからな』


 そう言われた彼女は、怒りで目尻をピクつかせた。

「ふ、ふーん。勝手にすれば? まぁ、仮にその、あんたが興味を持ったっていう兵士が居たら、アタシが殺しちゃうかもだけどねー♪」

 挑発混じりに、リット機の白い背中を見送るポーラ。腹の虫は収まっていないが、もうそんなことは大した問題ではない。

「帰りたきゃ帰ればいい……」

 むしろ、このイライラを目の前の連合軍ゴミむしにぶつけてやりたかった。

 それを実行すべく、彼女は操縦桿を思い切り動かす。


「――だって、アタシの獲物が増えるだけなんだからさぁ!!」


 ダンッ! と、デビルマゼンタの巨大な足が大地を蹴り、獲物を求めて機体が加速した。

 目指すのは、今もギガース級の砲撃によって混乱の渦中にある大要塞線、中華前線基地。

「待ってなさいよ~、全員殺しちゃうんだから! いひっ、いひひひひひひひひひひゃはははははッ!」

 狂人。ただひたすらに殺戮を求める彼女の姿は、もはやその二文字を擬人化したようであった。


 殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい!

 ……ただそれだけが頭を埋め尽くし、無意識に機体の歩みを早めていく。


「何もできないまま、終わらせてやる!」

 なにやら味方機から『おい! 深追いは禁物だぞ!』という通信があった気がしたが、もう彼女の脳はその情報をかき消してしまっていた。


 ***


 フライクロウは想像以上にしぶとかった。地上から撃ち上げられる無数の光弾が空を埋め尽くし、天空の破壊者達にたびたびダメージを与えてはいるものの、航空機の常識を覆す装甲厚に阻まれて撃墜に至らない場合が多かったのだ。

「硬過ぎィ!」

 話には聞いていたが、実際に戦うとかなり厄介だ。多種多様な航空機を揃える連合空軍が、一概に航空優勢を奪えないのも頷けてしまう。


 それでもシンヤ達は、他の対空機関砲や車両と濃密な弾幕を形成して襲い来るフライクロウの集団を退け、隙あらば地対空ミサイルによって弱った機体へトドメを刺していった。

「やるねシンヤ君、いいセンスだわ」

 シンヤと共に機関砲を操作しているマリアが、ニヤリと好戦的な笑みで彼を褒め称えた。僅かな貢献度ではあるが、確実に基地を空の脅威から守ることができているのだ。


 しかしながら実際には、シンヤの胸の内は晴れていなかった。

(なんだ? この妙な、根拠のない不安感は……)

 彼は、自分でも理解不能な不安感に苛まれていた。例えるなら……そう、このフライクロウによる空襲よりも、さらに恐ろしいことが起こるという『予感』。

(ただの考えすぎならいい。でも――)

 いつだかマリアが言っていた。熟練の兵士は、戦いが近づくと無意識のうちに緊張感を高める、と。

 完全に当てはまるわけではないものの、今の心境はそれに限りなく近いものだと、シンヤの本能は訴えている。


 ――そしてそれが、『予感』ではなく『現実』のものであると分かったのは、すべてが手遅れになった後だった。

『基地西方約四〇キロ地点に、ギガース級陸上戦艦を確認!』

『展開中の戦車部隊、壊滅的打撃!』

 突如として、基地全体に響き渡る戦況報告のアナウンス。同時に、ただでさえ統率が取れていない兵士達が、一斉にざわめき出す。


「ギガース級だってぇ⁉ もうおしまいだぁー!」

「戦車隊が壊滅⁉ じゃあ……どうやってアトラスの進撃を止めろっていうんだよ⁉」

「みんな落ち着けよ! オイ!」


 アナウンスによって冷静さを欠いたのは、シンヤ達六人も例外ではない。

「おいおい、流石にまずいんじゃねえのか……?」

 分隊長であるパルターも、その武骨な顔に冷や汗を滝のように流していた。

 戦車隊壊滅によるアトラスの台頭はもとより、ギガース級陸上戦艦の異次元な危険度は嫌というほど聞かされていたのだ。


 四三〇ミリの主砲が放つ砲弾はすべてを破壊し、草の根どころか骨も残さない。沈黙させようにも、アトラスを遥かに凌ぐ防御力が、ファントムアインの主砲を含めたあらゆる攻撃を無力化してしまう。

 ギガース級に対抗するなら、政府を無視して核兵器を使用するか、戦略爆撃機の大編隊を持ち出すか、ありえない話だがギガース級に相当する超兵器を用意するしかないとまで言われている。


 ……つまり、シンヤ達を含めた中華前線基地には、まったく打つ手がないということだ。


 さらに、その圧倒的な脅威はすぐさま彼らを襲った。

「ギガース級の砲撃だあああああああ!! 砲弾がこっちに降ってくる!」

 少し離れたところで観測していた兵士が叫び、基地が混沌の極みへと突入する。怪物兵器が火を噴いたのだ。

「逃げよう!」

「だめだ間に合わない!」

「みんな伏せてッ」

 直後、花火が打ち上がる時のような気の抜ける飛翔音が響き渡ったかと思うと、シンヤ達がついている対空機関砲の前方約一キロ以降の地点が、文字通り


「「「な……っ!?」」」

 とてつもない閃光や爆風と熱線が、後方にいたシンヤ達をも包み込んだ。

(こ、これがギガース級の艦砲射撃!?)

 熱線に肺を焼かれ、閃光で目は潰れた。もはや例えようのない破壊の波に飲まれ、シンヤの五感が麻痺してしまう。

「「「うっ……」」」

 仲間たちも同様に、猛烈な爆風に吹き飛ばされないように機関砲や土嚢へしがみつくのが精一杯といった有様。



 気がついた時には、ほんの数分前まで広がっていた中華前線基地の光景とは、全く違うものに変貌していた。

「何だよこれ……」

「こ……これが、地獄というものでござるか……!」

 シンヤ達六人は、ギガース級の強大な力に打ちのめされた。

 たしか、最も近い着弾地点にはトーチカ砲台があったはずだが、それが巨大なシャベルで掘り起こされたようにクレーターを残して消滅していたのである。


 ふと、近くに真っ黒な何かが転がっているのに気が付いた。――死体だった。

「「ひっ……」」

 人の死を散々見てきたマリアとユイまでもが、声を押し殺しつつも目を逸らす。

 転がっていた死体は、指の先まで黒く焼け焦げていたのだ。身に纏っていた戦闘服はおろか、皮膚も痛々しく焼けただれている。砲撃を至近距離で受けた兵士が、ここまで吹き飛ばされてきたのだ。


「……み、みず……を……」

 まだ辛うじて息はあるが、もう助かりはしないだろう。見れば、シンヤ達とさほど変わらない歳の新兵であった。

「一歩間違えば、俺たちも――」

 思わず息をのむパルター分隊の面々。これまでも絶望的な戦力差での戦いは経験してきたが、まったく手出しができないほどの強大な力と対峙するのは、これが初めてだった。


 被害はそれだけに留まらない。シンヤ達のはるか前方に築かれた、敵の侵入を阻む第一障壁たる塹壕網や土塁防壁も、砲撃によって掘り起こされていた。

「なんてこと……! これじゃあ、敵にとってフリーパス同然じゃない!」

「ちぃっ。アトラスどころか、ガングリードみたいなのも素通りできるってわけか!?」

 第一障壁の後ろを守るのは、旧式のトーチカ砲台や野戦砲ばかり。もちろん、控えていた戦車やエルダーの特技兵小隊もいるが、それだけでは抑えきれない。

 決壊したダムの如く、敵がなだれ込んでくるのだ!


 ただ、基地司令部もこの状況を黙って見ているわけではなかった。

『各隊に告ぐ。この区画を一時放棄し、速やかに後退して防衛線を再構築せよ。現在、リュウ中尉指揮下の戦車中隊が、別区画より救援に向かっている。それまで持ちこたえよ! 繰り返す――』

 後退命令のアナウンスだ。幸いにも、第一障壁が吹き飛ばされたのはシンヤ達がいる区画だけのようだ。

「リュウ中尉って、たしかソルジャーランキング二五〇位の人だったよね?」

「あぁ、山岳での戦闘を得意としていて、限定的な条件下でなら、ロベルト・クロスラインやレイン・ガルドを上回る実力を発揮するとまで言われている戦車兵だ」

 そんな実力者が救援に来てくれるのなら、まだ敵を押し返す希望はある。そのためにも早急に後退し、守りを固めて戦力を温存しなければならない。


 しかしながら、既に敵部隊の一部は掘り起こされた塹壕網跡に突入し、必死に迎撃に打って出る連合軍を圧倒している。進撃速度は極めて早く、守りを固める前に追いつかれる可能性が高かった。

「ちっ、いくらなんでも早すぎる! 敵は少数精鋭なのか!?」

「えぇ、かなりヤバイ奴がいるわ。……見て」

 対空機関砲の観測手として警戒の目を光らせていたケイが、双眼鏡を手渡してくる。

 それを覗いて突出している敵部隊を確認してみると、装甲に赤紫色のラインをあしらったアトラスが、両手に持った二丁のマシンガンで無双ゲームの如く連合軍を薙ぎ払っていた。防衛設備も、戦車も、攻撃ヘリも、歩兵すらも!


「またエース機かよ!」

 シンヤは頭を掻きむしった。こうもエース機との遭遇率が高いと、さすがに自分の運の悪さを呪いたくなる。

「とにかく、あのヤバイ奴を何とかしないと……。どうする、パルター」

「どうするって……、今度という今度は流石に打つ手が無いんじゃないか!?」

 二度のエース機戦を経た彼らも、今回はどうすることもできそうになかった。条件が悪すぎるのだ。


 エルダーの特技兵小隊に支援を要請するという手もあるが、アトラス狩りのプロとも言われる彼らが、あのエース機に気付いていない訳がない。対処が間に合っていないということは、他の対応に追われているのだろう。……考えたくはないが、もう全滅している可能性だってある。

 加えて、今もギガース級やガングリードによる基地への対地攻撃は続いており、こちらの戦力は削られている。状況はますます悪くなる一方だ。


「…………じゃあさ」

 そんな中、ケイは『ある物』を指差した。

で何とかならない?」

「「「えっ?」」」

 全員が一斉に、ケイが指差したものを見た。

「「「…………っ!?」」」

 ――そこにあったのは、憎き破壊の権化の成れの果て。


 無機質な灰色の装甲を纏った巨体。

 おそらく、ファントムアインの一六〇ミリ滑腔砲に撃ち抜かれて切断された巨大な両脚。

 まだ右手に握りこまれたままの、あらゆるものを薙ぎ払ってきたであろう七六ミリマシンガン。

 光を失ってもなお、見る者を震え上がらせる赤い二つの目。


「こんな状況で、あのエース機を何とかできる潜在能力を持つとしたら、この絶対強者ガラクタしかないんじゃない?」

 ケイはあくまで冷静に、避難民が金のために戦場から引っ張ってきた、[スクラップアトラス]を指差して言った。

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