5章「踏み躙られる大要塞」

 遅れて食堂から出たシンヤ達の目に飛び込んできたのは、なんとも腹ただしい光景だった。


「ひぃぃぃい、逃げるんだよぉーー!」

「ええい、さっさと持ち場につかんか!」

「ちょ、人数が足りんぞ!?」


 二年近く実戦が起きなかったせいか、半数弱の兵士は戦闘配置もままならず、右往左往するばかりであったのだ。

「ど、どうなってんだおい……。この要塞線は、敵にとって攻略のリスクが高すぎるんじゃなかったのかよぉ……」

 そう呻くのは、昨日ブリーフィングルームでポーカーをしていた兵士の一人だ。彼もまた戦闘配置を放り出し、食堂の入口横でがたがたと震えていた。


 そんな彼らを見て、新兵ながら死線を潜ってきたシンヤ達は苛立ちを隠せなかった。

「ったく、のんびりしやがって……っ! 東アジア方面軍が誇る大要塞線も、いざ戦いとなったらこんなもんかよ! 訓練学校じゃあるまいし!」

「平和ボケしているんだね……」

 ただでさえ型落ちしている防衛設備ばかりなのに、それを扱う兵士達がこんな調子では、余計に被害が増してしまう。補給基地の守備隊の方が、遥かに対応できていた。


 とはいえ、腐っても中華前線基地の主力は旧中国軍である。かつて独力で敵勢力を退けたことがある実績に賭け、うまく態勢を立て直してもらうしかない。

 幸いにも士官クラスの動きは良く、シンヤ達を見つけるや否やすぐに指示をくれた。

「第一歩兵師団の選抜部隊だな? 敵は地上と空の両方から攻めてくる。地上は基地西方に展開済みの戦車隊に任せるとして、君たちは宿舎前広場に配置されている対空機関砲で、空軍の撃ちもらしを処理してくれ。四〇ミリのやつだ」

 士官が指さした方を見ると、土嚢を積み上げて作られた簡易的な陣地の中に、大型の機関砲が設置されていた。昨日見たスクラップアトラスのすぐ近くだ。

「了解しました。……で、本来の人員はどこです?」

「……聞くまでもなかろう」

 士官もうんざりした様子だった。おおかた、逃亡したか何処かで震えているかのどちらかだろう。初陣を思い出すと、気持ちは分からなくもなかったが。


 まぁ、無いものをアテにしても仕方がない。とりあえず、シンヤ達六人は指示通りに機関砲座へとつく。

 シンヤ達が操作することになった対空機関砲は、昔開発された[ボフォース四〇ミリ機関砲]の強化版といった代物で、ある程度の射撃管制を備えており、砲術を最低限学んでおけば扱えるほどにまで簡略化されている。

 発射するのは、近接信管を搭載した四〇ミリの榴弾。標的に命中しなくても、一定の距離に近づくと炸裂してダメージを与えることができるのだ。

 二線級の兵器がゴロゴロ転がっている、中華前線基地の防衛設備の中では、比較的マシな部類だ。


「あー、えっとだな……」

 中継ぎで分隊長となったパルターは、ぎこちないながらも正確な指示を飛ばしていく。

「砲手はシンヤ、お前がやれ。砲関係は経験者がいいからな。俺とマリアで補助する。アベルとユイは給弾作業、ケイは観測を頼む」

「分かった」

「やってみるよ、パルター」

「任せるでござる」

「了解です!」

「ん~! さすがはパルター分隊長ね、いっかす~♪」

「やかましいわ! お前はこんなときでも能天気なのか!?」

「夫婦漫才してんじゃねぇ!! もうお前ら結婚しろ!」

 パルターとケイのコンビに呆れつつも、砲座についてガチャガチャと対空機関砲を調整するシンヤ。補給基地の魔改造対戦車砲に比べれば、なんてことはない。


 ふと空を見上げると、空軍の戦闘機が唸りを上げて迎撃に向かうのが見えた。が、どれも型落ちした機種ばかり。敵航空主力であるフライクロウは、アトラスと同様に衝撃拡散装甲を纏った“空飛ぶ戦車”であり、撃ちもらしは不可避だろう。

 地上ではシンヤ達が操作しているような対空機関砲の他に、機関砲や地対空ミサイルなどを搭載した対空戦車などの車両も展開しつつあった。


 その内の一両がシンヤ達の前方に停車し、車長と思わしき兵士がハッチを開けて話しかけてきた。

「そこの若いの、相手は空飛ぶ戦車と言われるフライクロウだ。多砲身三〇ミリ機関砲の猛射なんて受けたら骨も残らねぇ。気をつけろよ」

「「「…………っ!」」」

 シンヤ達の総身が震え上がる。

 今まで、七六ミリだの一六〇ミリだので感覚が麻痺していたが、フライクロウの機首に装備された三〇ミリ機関砲の掃射とて、人体をに変えるには充分過ぎる威力を持っているのだ。ましてや、空からの攻撃なんて容易に避けられない。


 それでも、

「フライクロウ如きに臆してなんかいられるか! 一機残らず追い払ってやる!」

 ホワイトレイヴン戦やブラックフェアリー戦をはじめ、これまでの無慈悲かつ絶望的な戦いに比べれば、無人攻撃機など屁でもない。

「さあ……来い!」

 シンヤ達六人は、気迫だけで敵機を落とさんとする目で再び空を見上げる。


 そして見えた。何十機もの悪魔が、シンヤ達連合軍兵士を食い殺そうと向かって来るのが見えた。

 敵航空主力、無人攻撃機フライクロウ。兵装は空対空ミサイル、多連装ロケットポッド、伝説の攻撃機[A-10]を彷彿とさせる多砲身三〇ミリ機関砲。纏うのはもちろん無敵の衝撃拡散装甲。――文字通り、空飛ぶ戦車!


 ペキンではホプリテスポッドを投下された時に目撃したが、今度は真っ向から迎え撃たなければならない。

『対空戦闘用意! 各個に射撃し、敵航空戦力を撃退せよ!』

 スピーカーから重々しい指示が飛び、シンヤは対空機関砲の照準を標的へと合わせる。


 未だかつて無かった中華前線基地防衛戦が、幕を開けようとしていた。


 ***


 中華前線基地西方には土塁防壁と塹壕線が張り巡らされ、敵の侵攻を阻む第一障壁となっている。ごく一部に、人や車両が出入りするための安全な通り道はあるが、当然その箇所は防衛設備によってカバーされている。


「で、なぜ俺達はわざわざ塹壕線の外に出て戦わなくちゃならないんだ⁉ クソッ!」

 戦車兵ジョセフは、ファントムアインの操縦席で悪態をつきながら前方を睨みつけていた。


 第一次ワンリー攻勢にも参加した彼は、所属していた部隊がブラックフェアリーによって壊滅的打撃を受け、再編成のため中華前線基地の部隊と合流していた。

 そんな時にこの急な襲撃に遭い、そのまま乗ってきたファントムアインで防衛に駆り出されたわけだ。


 苛立ちを隠せない彼に、他の戦車長達はからかい混じりに通信で励ます。

『まぁまぁ、あのワンリー攻勢を生き延びた後だからカッカするのも分かるが、仕方ないだろ。塹壕線も防壁も、アトラスにとってはひとまたぎなんだから』

『俺達戦車隊がアトラスを食い止めなきゃ、後ろの連中はおしまいだな。はははっ』

「……はー……」

 ジョセフは深々とため息をついた。彼自身、そんなことは分かり切っていたのだが、どうしてもアトラスを相手にする時のトラウマが頭をよぎってしまう。しかも、レーダーを見るに二〇機か三〇機はいそうだ。


 それに、敵はアトラスだけではない。今も晴天の空を駆けているフライクロウは空軍や対空車両・設備に任せるとしても、敵部隊後方には[ガングリード]の存在も確認されているのだ。

「ガングリードか。ちっ、地味に厄介だな……」


 多目的戦闘車両――通称[ガングリード]。貪欲や強欲を意味する名を持つその車両は、絶大な遠距離対地攻撃能力を持つ一五五ミリ榴弾砲を主砲とし、車体後方には俗にいうミサイルランチャーであるVLSを備える。

 敵はこれを、近接戦闘向きであるアトラスの火力支援と、VLSによる航空戦力排除に用いている。名前にたがわず、あらゆるものを強欲に標的とするのだ。


 パオトウでの戦いを生き延びて成長した彼は、直感的に敵の狙いに気づいていた。

「戦力を見るに、そこまで気合いが入っているわけじゃないみたいだな。敵にとって価値が薄い、中華前線基地の完全攻略を狙っているわけじゃない。おそらく真の目的は、第二次ワンリー攻勢への牽制だろうな。……くそっ」

 この襲撃は、連合軍の第二次ワンリー攻勢における投入可能戦力を減らす、もしくは攻勢発動を遅らせることが目的だと推測できた。どちらにせよ、被害を最小限に抑えなければ、第二次ワンリー攻勢に多大な影響が出てしまう。

 せっかく、ヨーロッパ方面軍の参戦で勝利への機運が高まってきたというのに、ここで狡猾にも出鼻を挫きに来たのだ。


 ――しかし、

「妙だ……」

 ジョセフは、何か違和感のようなものを感じずにはいられなかった。

『妙?』

 味方の戦車兵が、呑気にジョセフに訊いてくる。

「あぁ。型落ちした設備ばかりとはいえ、中華前線基地は連合軍最大級の基地であり要塞線。そんな場所を攻めるには、どう考えたって

 昔から、攻める側は守る側の三倍の戦力を用意する必要があると言われてきた。それは今日においても変わらず、先の第一次ワンリー攻勢では、連合軍が敵の数倍近い戦力を投入しても辛勝が精一杯であった。


 仮にジョセフの推測通り、『攻略』ではなく『牽制』が敵の目的だとしても、必要以上に巨大化した要塞線を相手にするには、あまりにもリスキーだ。高低差による地の利だってある。

 故に、ガングリードやフライクロウの支援を受けたアトラスが、二〇機や三〇機突っ込んで来ようとも、碌に打撃を与えられずに敗走するのは明白なのだ。


(なんだ……? この胸のざわめきは……?)

 経験を積んだためか、悪い予感が収まらない。むしろ増していく一方。まるで、一筋の光もない真っ暗な洞窟へと足を踏み入れる探検家の気分だ。

 だが、これといって確証があるわけでもない。本当に敵が、中華前線基地を侮っているだけかもしれない。


「ま、今は目の前の敵に集中するしかないか」

 そう思考を切り替え、ファントムアインのチートじみた射撃管制で、進撃してくるアトラス部隊に先制攻撃を加えようとした――――次の瞬間、


『るぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ――』


「……!?」

 突如通信を支配する断末魔の絶叫。そして遅れて認識した想像を絶する爆音と、強烈な閃光。

 さらに、乗っているファントムアインが猛烈な爆風に襲われ、車体前方が少しだけ浮き上がった。


「な……に……!?」

 気がつけば、辺り一面燃え盛る火の海。展開していた他の戦車が何両も吹き飛び、数百メートル前方の地面には巨大なクレーターが出現していたのだ!


『な、何が起きた!? ガングリードの一斉砲撃か!? フライクロウの集中爆撃か!?』

 操縦手は顔を真っ青にして辺りを見回している。ジョセフも同様に、状況がまったく理解できない。

「どうなってる⁉ 各車応答しろ! おい!」

 呼びかけてみるが、どの車両からも返答はない。まるで、巨大な力で消し去られたように――――


「ま……まさか……」

 ジョセフの顔に、文字通り恐怖が張り付いた。総重量七〇トンを超えるファントムアインを、吹き飛ばしたり浮かせたりできる“力”を発生させるなんて、考えうる可能性は一つしかなかった!


「ガングリードの一斉砲撃だとか、フライクロウの集中爆撃だとか、そんなチャチなもんじゃない……っ!」

 周りが火の海になっているのも構わず、ジョセフは操縦席のハッチを開けて砲塔から身を乗り出し、天を仰いだ。

「――ッ!」


 そこで見たのは、が、今まさにジョセフ車の至近に着弾しようとしている光景だった。


「やはり……[ギガース級]だったかあああああああああああああああああああああああああ‼」

 計り知れない絶望に押しつぶされ、喉が枯れ果てるほどの絶叫をあげるジョセフ。

 直後に発生した天をも貫く巨大な火柱は、その絶叫ごとすべての生命を消し去った。

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