4章「不穏」

 ユイは圧倒された。このシンヤ・ナカムラという人物は、自分と同じ日本人且つ一般市民あがりの新兵にして、並々ならぬ覚悟を持って、この戦争に参加しているのだ。

(やっぱり私とは……違う)

 今のユイには、シンヤが何倍にも大きく見えた。流されるがままに軍へ志願した自分が情けなく、戒めるかのように俯く。


 そんなユイを見て、熱くなっていたシンヤも冷静になったかのように顔を逸らした。

「ま、まぁ……こんなところだよ。俺は母さんを、親父を、姉さんを助けたい。そのために、奴らの本拠地――カスピアンフォートレスへ行かなきゃならない。……もちろん、俺がいなくても軍がいつか救出してくれるかもしれないけどさ」

 シンヤは「だけど――」と続ける。

「ここで自分が動かなかったら、多分一生後悔すると思うんだ。神様に祈るだけじゃだめだ、これは……俺の戦いなんだ」


 所詮、家族を失った訳でもないユイには理解できない領域の話だ。それでも、シンヤの内に秘めたる強い意志を、彼女は確かに感じ取ることができた。

「だから立ち向かえるんやね……」

「多分、ね。マリアもパルターも、なんだかんだで俺の無茶に付き合ってくれたし」

 そう言って、シンヤは可愛らしい寝息をたてているマリアに、優しい視線を送る。

 シンヤと最も付き合いが長いマリアとパルターは、この事を知っていたからこそ率先して協力していたのだ。パルターはシンヤを制することもあったが、それも彼を思ってのことだ。


 一通り説明を終え、シンヤはふうっと溜め息をついた。

「どう? 満足した?」

 若干自信なさげに問いかけるシンヤに、ユイはこう答えた。

「うん! 少し勇気が湧いた気がするよ!」

 この人のように強くあろう。ユイはそう思うことができた。


(みんなを守る。もう誰も死なせん。それが、私の!)

 決して恐くないわけではない。だが、確固たる目的を持つことで、ライノ達の死によるトラウマを跳ね除け進み続けられる――そんな気がした。


 ***


 それからシンヤとユイは、夜遅くまで話し続けた。小さい頃の思い出や、学生時代の出来事、海外に避難して初めて知ったことなど。日本人同士、話題に事欠かなかった。

 やがて二人は眠くなり、マリアの布団の横に並んで座ったまま、まるでバスの座席に揺られて眠るラブコメカップルのように落ちていった。



 朝。小鳥のさえずりと、窓から僅かに差し込む光によって、シンヤは目を覚ました。

(やっべ、マリアとユイの寝室で寝てしまったか。規則は緩いから怒られはしないだろうけど、ちょっと気まずいよな……)

 やっちまった~、と言わんばかりに溜め息をつくシンヤ。

 男が朝まで女性宿舎にいたとなれば、根も葉もない噂が流れるのは不可避だろう。別に珍しいことではないのかもしれないが、女性経験に乏しいシンヤにとっては、肩身が狭いことこの上ない。


 とにかく、この場から早々に立ち去らなければならない。そう思いたち、動き出そうとした。

(……ん?)

 その時、シンヤは強烈な『違和感』を覚えた。

(俺……布団に寝てるのか?)

 間違いない。シンヤは仰向けで布団に寝ていた。粗末ながらも柔らかな質感が背中を包み、床の冷気を遮断している。どうりで熟睡できたわけだ。

 ――だがおかしい。シンヤの記憶が正しければ、ユイと昔話に華を咲かせている内にうたた寝をしてしまったはずだ。きちんと布団に入った覚えはない。

(もしかしたら、ユイが布団まで運んでくれたのかな。俺を抱える力は無さそうだけど)

 適当に結論づけ、立ち上がろうとおもむろに体を左横に向けた。


「ん……むにゃ……」


 …………………………………………え?

 シンヤは横になったまま、数秒間は氷のように固まった。先ほどの可愛らしい声はシンヤのものではない。彼のだ。

 幻覚でも何でもない。人形を思わせる整った顔を枕に沈めたマリアが、彼のすぐ横で寝ていたのだ!

(ファッ!?)

 咄嗟のことで理解が追い付かず、反射的に寝転がったまま体を一八〇度反転させる。

 ――だがそこにも、目玉が飛び出るような光景があった。


「すぅ……シンヤしゃん……」


(……は?)

 これもシンヤの声ではない。彼のだ。

 艷やかな黒髪を指に絡ませたユイが、吐息が届く距離で静かに眠っていた!

「なん……だと……」

 思わず声を漏らすシンヤ。今すぐにでも飛び起きたいところを、彼女らを起こしてはならないという本能が押さえつける。


 状況を整理しよう。シンヤは今布団に寝ている。その左にはマリア、右にはユイが寄り添うように眠っている、しかも一枚の布団に。両手に華というやつだ。

(――うん、なるほどわからん)

 ますます状況が理解できなくなったが、一つだけわかったことがある。それは、今の状況はとてつもなくまずいということ。

 考えてみてほしい。傍から見れば、冴えない平凡な男が二人の美少女をはべらせていることになるのだ。シンヤにはそんな覚えはないが、弁解など通用しないだろう。


 また、それ以外にも問題がある。

(やばいやばいやばい! なんかすっごい良い匂いがするし、なにより二人との距離が近すぎる! 俺はどこのハーレムラノベ主人公なんだ⁉ ――いやいや、落ち着け。俺はエース機を二度も退けた兵士だ、こんな状況くらい軽く切り抜けてみせる! まずは素数を数えて……数えて……って、落ち着けるかーッ!)

 しつこいようだが、シンヤ・ナカムラは女性経験が豊富ではない。故に、こういった状況に対して耐性がない。

 さらに、忘れられがちであるが、左隣で寝ているマリア・フロストは密かに想いを寄せている相手だ。けたたましい心臓の音が、シンヤの意思に反して鳴りやまないという事態が発生してしまっている。


 ……と、そんな彼をあざ笑うかのように、艷やか(?)な女性の声が部屋中に響き渡った。

「おっはー。戦時中なのに、随分と羨ましいものを見せつけてくれるじゃん♪」

「ケイ?」

 パルターの元カノ――もとい喧嘩仲間のケイであった。彼女は寝室の隅に立っており、こちらを不敵な笑みを浮かべながら眺めている。

「…………」

 シンヤは二人の美少女に挟まれたまま、数秒思案したのちに言い放った。

「……あんたの仕業か」

「ご名答~♪」

「…………」

 ケイ の こうかんど が おおはば に げんしょう した !


 シンヤが想像した通り、うたた寝していた二人を、ケイがマリアの布団まで運んだのだ。しかも、ご丁寧にハーレムラノベ主人公仕様にして。

「いいじゃない。可愛い女の子二人に添い寝されて、さ」

「そりゃあ、まぁ。……って、状況を考えろよ!」

 ありがた迷惑にも程がある。添い寝状態の女子二人がどう思うか分かったものではないし、なにより他の兵士にこんな場面を見られたら――。


 ガチャリ。


「「……………………………………………………………………」」

 今の状況を簡潔に纏めよう。シンヤ達がいる寝室のドアを、寝ぼけ眼のパルターが開けて入ってこようとしたのだが、ノブに手をかけたまま固まった。

「……あー」

 朝食の時間になっても食堂に集合できておらず、仕方なく皆を起こしに来たら、とんでもないものを目撃してしまいました。とでも言わんばかりの複雑な表情をしているパルターは、同じく固まっているシンヤとしばらく視線を交わし合ったのち、静かに……本当に静かにこう言った。


「……シンヤ、俺は何も見ちゃいない。いいな?」

「アッハイ」

 それだけ言うと、逆再生の如くドアを閉めて、さっさと何処かへ消えてしまった。言い訳する暇すら与えてくれない。

 これが噂に聞く『そっ閉じ』というやつか?

(不幸だ……)

 残されたシンヤは、口元を抑えて笑いを堪えているケイを一瞥し、頭を抱える。

 そんな出来事があっても、中華前線基地の朝は、いつも通り穏やかなものであった。



 四人が食堂に着くと、大勢の兵士に混ざって、すでにパルターとアベルが朝食を摂っていた。

「おっ、遅かったでこざるな」

「…………」

 普段通りハツラツとしているアベルに対し、パルターはこちらをチラと見ただけで、黙々と食事を口に運んでいる。

(見ていないことにできていないじゃないですかヤダー)

 若干むくれ気味に席につくシンヤ。ちなみに、あの後マリアとユイが起きる前に寝室から早々に退散し、何食わぬ顔で合流したおかげで事無きを得ている。


「もー、あんなに慌てて出ていかなくてもよかったのにー。……ぷっ」

 隣に座ったケイが、笑いを堪えながらそんなふざけたことを囁いてくるが、とにかく無視して食事を済ませようとする。

 しかし、あんなことがあったせいか、朝食の味がよく分からない。それに、対面の席に座っているマリアとユイを見るだけで顔が熱くなってくる。

(くっそー。これが噂に聞く『恋煩い』ってやつか!)

 違います。


 とりあえず、気を紛らわせるために、食堂の隅にあるテレビへと意識を投げる。

 テレビでは今、連合軍広報部によるプロパガンダ放送の真っ最中であった。

 内容は『ワンリー攻勢初動成功。東アジア方面軍快進撃!』とか『ダーウィン奪還目前! ソルジャーランキング一位のデイン・アーレイ少佐、またしても大活躍!』といった、前向きなものばかりであった。


(お気楽なもんだな)

 味のしない朝食を流れ作業のように口に運びつつ、シンヤは感情のない目をテレビの中にいるアナウンサーに向ける。

 広報部は決して嘘は報じていないし、後ろ向きなことを報じても仕方がないのは分かっている。だが、激戦を潜り抜けてきたシンヤに言わせれば、現実は苦しい状況が続いている上に、計り知れない犠牲を払っているのだ。ライノ達のような――。


「ちっ……」

 嫌なことを思い出し、無意識に舌打ちしてしまった。

「ん? どうした?」

 流石に心配したのか、黙っていたパルターがいつもの調子に戻った。

「いや、何でもない……」

「……? そうは見えないけどよ……。あ、そうだ。一つ『良いニュース』を教えてやるよ」

 シンヤが気に病んでいるように思えたのだろう。パルターはテーブルに身を乗り出して言った。


「お前が食堂に来る前に、広報部が報じていたことだけどよ。今まで動かなかったヨーロッパ方面軍も攻勢に参加するらしい」

「ヨーロッパ方面軍が?」

 国際統一連合軍は、シンヤ達が所属している東アジア方面軍の他に、ヨーロッパとオーストラリアの計三つの方面軍を抱えている。

 そのうちヨーロッパ方面軍は、連合軍創設以前のヨーロッパ諸国軍時代から強固な防衛線を維持し続け、ソルジャーランキング上位者を数多く擁し、その戦力は三方面軍の中でも随一と言われている。


 ただし、ヨーロッパ方面軍の総司令官が無能らしく、ヨーロッパ戦線は半ば膠着状態に陥っていた。そのため、当初はワンリー攻勢の手助けもできなかったようだが――。

「遂にヨーロッパ方面軍が動くのか。遅いけど、心強いな」

「だろ? ちなみに、攻勢名は【カルパティア攻勢】というらしい。ワンリー攻勢にも劣らない、大攻勢になるだろうな」

 カルパティア――ヨーロッパにそびえる山脈の名前だ。それほど雄大で、大規模な攻勢なのだろう。

 それに加え、先ほどテレビでデイン・アーレイ――つまりオーストラリア方面軍の活躍も報じられていた。地味ではあるものの、こちらの存在も大きい。


「ってことは、東アジア方面軍こっちの負担が減るって考えてもいいわけだな」

「まぁ、そうなるな。第二次ワンリー攻勢とカルパティア攻勢を同時に受ければ、いくら敵がアトラスを繰り出そうと、対応できずに叩き潰せるってわけだ。今頃敵は、右往左往しているかもな」

 それを聞いて、シンヤは少し肩の荷が降りた気がした。いくら家族を救い出すという決意があっても、パオトウのような無理・無茶・無謀が揃ったギリギリの戦いを繰り返すようでは、命がいくつあっても足りたものではない。


「……でも――」


 そんな中、今まで不敵に笑っていたケイが、急に神妙な面持ちになって言った。

「でも、敵だって馬鹿じゃない。東アジアの第二次ワンリー攻勢――ヨーロッパのカルパティア攻勢――オーストラリアのダーウィン陥落危機。三つの危険が一気に襲い掛かってくるかもしれないのに、このまま指を咥えて見ているだけかしら」

「「「…………っ!」」」

 寒気すら覚えるケイの言葉に、思わず息をのむ面々。口に出すのも恐ろしい緊張感に襲われ、マリアの手からかちゃりとスプーンが落ちた。


「もし私が敵の司令官だったら、戦力を温存していたヨーロッパ方面軍や、ソルジャーランキング一位がいる上に、戦略的にも後回しにできるオーストラリア方面軍よりも、疲弊気味の東アジア方面軍を叩くわ」

「「「…………っ」」」

 誰も何も言えない。ただ、根拠のない恐怖感がシンヤ達を包むのみ。

「そして、そのための襲撃はいつ起きてもおかしくはない。明日かもしれないし……今日かもしれない。なんてね」

 警告ともとれる台詞を、ケイ自身が冗談っぽく締めくくろうとした――その時だった!


『敵襲! 敵襲! 中華前線基地西方より、敵大部隊急速接近ッ!』

『これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない!』


 けたたましいサイレンと共に、敵襲を告げる放送が基地全体に響き渡った。

「戦闘配置、急げ!」

「この要塞に敵襲だと⁉」

「食っとる場合かーッ!」

 シンヤ達がいる食堂も例外ではなく、朝食もそこそこに兵士達が我先にと外へ飛び出していく。



 気が付けば、食堂に残っているのはシンヤ達六人のみとなっていた。外では兵士達の怒号が飛び交い、事態の深刻さを物語っている。

「「「…………………………」」」

 シンヤ、マリア、パルター、ユイ、アベルの五人は、沈黙したまま首だけを動かしてケイに視線を投げる。


「アハハ……」

 当のケイ・ラシェールは、『てへぺろ』という顔文字をそのまま人間に反映させたかのような表情と、ほんのちょっぴり悪びれた様子でこう言った。

「ごめーん! フラグ立てちゃったみたい!」

 フラグ建設、ダメゼッタイ。

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