3章「奪われた日常」

 開戦初期、ロシア。


 当時大佐だったアレクサンドル・カイザーは、ロシア陸軍戦車連隊を指揮して迫り来る敵勢力を迎え討った。

 いや、『迎え討つ』という表現は正しくない。謎の敵勢力出現により中東の国々は大混乱に陥ったが、ロシア軍は悲願であった不凍港獲得のため、狡猾にもそれに便乗して南進を開始したのだ。もちろん、大義名分は敵勢力の迎撃である。


 だが、現実はそう甘くはなかった。敵の主力兵器であるアトラスの戦闘能力は、世界でも有数の軍事力を誇るロシア軍さえも打ち破ったのだ。空軍は優勢を保ったものの、要である陸軍は大打撃を受け、防衛線を維持することが難しくなってしまった。


 そんな中でも、カイザーの戦車連隊は勇敢に戦い続け、ある程度敵を押し返すことに成功した。

 ファントムアインもヘヴィランサーも存在しなかった当時、衝撃拡散装甲への対抗策は無きに等しかったが、カイザーはあの手この手で対アトラス戦術を立案して状況を打開したのだ。これが、彼を【ロシアの猛将】と言わしめる所以である。


 ……しかし、その一筋の希望さえも、最強にして最凶のエースアトラス[レッドオーガ]によって打ち砕かれた。

 レッドオーガは戦場に姿を現すや否や、瞬く間にカイザーの戦車連隊を始めとする、ロシア陸軍を文字通り蹂躙したのだ!


 レッドオーガが、単騎でロシア軍に与えた被害は以下の通り。

 戦車……五一九両以上

 軍用車両……八〇〇台以上

 火砲……一五〇門以上

 もう一度言う。これはレッドオーガが『単騎』で与えた被害である。未確認を含めればさらに増えるだろう。


 カイザーの戦車連隊は全滅し、生き残った者達も追撃を避けるためバラバラに逃げ延びた。

 カイザーも、ただ一人ロシアの広大な大地をアテもなく彷徨い続けたが、ついに疲労と空腹で倒れてしまったのだった。



(あれから、もう二年以上経つのか……)

 シンヤ達と別れた後、カイザーは自室でコーヒーを啜りながら物思いにふけっていた。

 レッドオーガに敗北したことはもちろん、その後に起こった『奇妙な出来事』は今も鮮明に覚えている。


 倒れたカイザーが目を覚した時、一人の少女が彼を介抱してくれていた。

 少女は防寒用のマントで顔を隠し、自身のことを多くは語らなかったものの、空腹に悶えていたカイザーに少しばかりの手料理を作ってくれたのだ。その料理の味はとても素晴らしく、途方に暮れていたカイザーの心をも温めた。


 理由は教えてくれなかったが、少女は追われる身らしく、カイザーは一緒に軍に保護してもらうことを提案した。もちろん、恩人として後から礼をするためでもあった。

(……まぁ、断られてそのまま別れてしまったが)

 少女には少女の事情があるだろうから、無理に連れてこようとはしなかった。


 しかしながら、今になってその思い出に『疑問』が生じた。

(あの天才的な風味……。先ほど食べた、ケイ・ラシェール伍長の料理とよく似ていた……)

 なんと、恩人の少女とケイの料理が、とてもよく似ていたのだ。同一人物とは思えないが、いったいどういうことなのだろうか?


「――いや、こんなことを考えても仕方がないな」

 頭を振って余計な思考を追いやり、カイザーは本当に大事なことを思い浮かべる。

 そして、自分以外誰もいない自室で、思わずこんな台詞を漏らしてしまった。


「シンヤ、マリア、パルター……本当にすまない。お前達の仲間を殺したのは、私なんだ……」


 ***


 宿舎から少し歩いた場所に浴場がある。これは、東アジア戦線構築作戦において中心的な立ち回りを見せた、自衛隊出身者らの強い要望を反映させた結果であり、兵士達から愛されている施設の一つだ。


 当然、年頃であるマリアら女性陣が浴場へ足を運ばないはずもなく、三人揃ってお湯に浸かっていた。

「はぁ~、生き返るぅ~」

「お風呂なんて、本当に久しぶり……」

「もう、何週間もシャワーだけやったもんね」

 これまでに溜め込んだ疲労が、体の芯から抜けていくのが分かる。気持ちいいというか、むしろ痛いくらいだ。


(それにしても……)

 チラリと、マリアは他の二人を横目で視認する。……彼女は百合属性でも何でもないが、やはり気になってしまうのだ。

「ん? どしたの?」

「あ、いや……」

 早々にケイにバレて目を逸らすも、はっきりと二人の裸体を見てしまった。

 ケイはモデル顔負けの長身美女でルックスも抜群。普段はポニーテールで纏めている長めの茶髪もよく映える。

 戦闘服のせいで今まで分からなかったが、ユイにいたっては相当なモノを持っていた。

(うぅ……。やっぱり、二人ともスタイルいいなぁ。それに美人だし)

 うなだれ、お湯にぶくぶくと沈んでいくマリア。


 彼女自身、人形のように華奢とはいえ、別に痩せぎすというわけではなく、むしろちょうど良いくらいだと思っている。ルックスにだって、多少は自信がある。

 だが、ケイもユイも負けず劣らずのスタイルの良さを持っていた。先ほど料理で打ちのめされたマリアにとっては、これがメインヒロインとしての最後の砦だったのだ。


(わ、私なんか何の取り柄もぶくぶくぶく――)

「……ちょ、なんかマリアちゃんが沈んでいくけど!?」


 ***


 その頃シンヤ達男性陣は、早めに入浴を切り上げて外に出ていた。そのうち、アベルは刀の手入れがあるからと先に宿舎に戻ったため、シンヤとパルターの二人で、夜風に当たりながら女性陣を待っている。


「パルター。今さらだけどさ、どうしてケイのことをぞんざいに扱うんだ?」

 ちょうどケイの声が浴場の中から聞こえたため、シンヤは今までずっと気になっていたことを訊いてみた。

 たしかに、パルターがケイを毛嫌いする理由はいくつか見当がついたが、それを差し引いてもあんな魅力的な女性を邪険に扱うわけがない。シンヤの中では、パルターホモ疑惑まで浮上しかけている。


 質問を受けたパルターは、タバコに火をつけてしばらく黙った後、静かに口を開いた。

「アイツと最初に会ったのは一〇年前だな。ちょうど『例の事件』が解決した年だから、よく覚えている。その頃俺は、地元の不良グループを率いてケンカばかりやっていた」

 シンヤは聞き入った。実のところ、昔パルターが不良グループを率いていたというのは、訓練期間で何度か聞いたことがあった。しかしながら、その話にケイが登場したことは一度もない。


「で、ある日突然アイツが現れた。何があったのかは知らんが、俺達のナワバリで行き倒れていやがったのさ」

「へぇ~」

「当然、ガキとはいえ不良グループが女を放っておくわけがない。俺の制止も聞かず、手下は弱っているアイツに手を出そうとした。……それが運の尽きだった」

 嫌なことを思い出したのか、パルターの顔から血の気が引いていく。


「運の尽きって……」

「行き倒れていたはずのアイツは、自分に手を出そうとした俺の手下を全員……

「……は!? 半殺し!?」

 我が耳を疑ってしまった。というか、パルターの言ったことが、これっぽっちも信じられなかった。


 パルターはさらに続ける。

「あの時のケイは、まるで血に飢えた野獣のようだった。しかも、一〇歳そこらの少女とは思えないほどケンカ慣れしていて、俺以外は誰もアイツを止められなかった。それ以来、アイツとは腐れ縁さ」

「……っ!?」

 本当に信じられない。

 たしかに、ケイは戦闘において未知数な部分が多く、格闘技術も優れていると言われれば、普通に頷けてしまうだろう。おまけに、料理だってできるパーフェクトビューティーだ。素性もよく分からない。


 それでも、あんなキャラの美女が不良グループを圧倒して半殺しにしたなんて、とても――。

「とても信じられないってツラしてんな。まぁ、付き合っていくうちに徐々に性格が丸くなって、数年ぶりに再会したと思ったら今のキャラになっていやがったからな。無理もない」

 そう言うと、パルターは短くなったタバコを踏み潰した。


「とにかく、アイツの過去は詮索しない方が平和ってもん――」

「アイツの過去が何だって?」

「……!?」

 突如、透き通るような声がパルターの言葉を遮った。見ると、いつの間にか女性陣が浴場から出てきており、ケイがニコニコしながらこちらを眺めている。


「ふふーん、野郎二人で秘密のお話なんて、腐女子が黙っちゃいないわよー」

「お前……いつから聞いていた?」

「んー、『数年ぶりに再会したと思ったら』ってところからかな? 私の話をしてくれるなんて、嬉しいわ~♪」

 ギクリ。という擬音が似合いそうな顔をしているパルター。冷や汗のようなものも頬を伝っている。


 そんな彼を尻目に、ケイは何故かぐったりとしているマリアを差し出してきた。

「のぼせちゃったみたいなの。シンヤちゃんとユイちゃんで、部屋まで送ってあげてくれる?」

「お、おう……」

 困惑しつつも、シンヤはマリアを抱きかかえる。服を着せられているとはいえ、柔らかな感触が伝わり、思わずドキリとしてしまった。


 ***


 マリアを抱え、宿舎へと帰っていくシンヤとユイの背中を見送りつつ、ケイとパルターはこんなやり取りをしていた。


「……昔のこと、シンヤちゃんに話してたんでしょ」


「まぁな」


「ふーん」


「…………ケイ・ラシェール、お前はいったい『何者』なんだ?」


「さぁね。私に振り向いてくれたら教えてあげる……かもね♪」


 口調は軽やかであったが、ケイの言葉はどこか寂しく、底知れぬ闇を感じずにはいられなかった。


 ***


 中華前線基地の規則はとても緩い。一応、宿舎は男女別れているものの、暗黙の了解で夜間であっても普通に行き来ができてしまう。これも、国際統一連合軍が抱える問題の一つ『管理が行き届いていない』ことの弊害であり、良いところでもある。


 そんな幸運もあって、シンヤとユイは特に注意を受けることなくマリアを部屋まで運びいれることができた。

 宿舎の寝室は狭く、二人が寝るための布団が敷いてあるだけ。まぁ、塹壕に比べれば高級ホテルみたいなものだ。


「あはは……ごめんね、シンヤ君」

 マリアを布団に寝かせていると、彼女が力なく謝罪の言葉を述べてきた。

「気にするなって。マリアも疲労が溜まってたんだろうしな」

「あ、別にそんなんじゃないんだけど――」

 ごにょごにょと、何か言い訳のようなことを早口で呟いているが、シンヤにはよく聞き取れなかった。

「んー、何でもいいけど、とにかく寝たほうがいいと思うぞ。しばらく付いておくからさ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて」

 なんだか申し訳なさそうな顔をしつつも、マリアは素直に横になった。やましい考えなんてありません、はい。



 マリアが心地の良い寝息をたて始めたのを見計らって、今度はユイが話しかけてきた。

「シンヤさん、少し私と話さんですか?」

 何やら神妙な面持ちのユイに、思わず身が引き締まる。

「話って、やっぱり……」

「……うん」

 やはり気丈に振る舞っていたのだろう。ユイの目から光が消えた。


「私、本当は怖いんよ……また仲間を失うんじゃないかって。でも、だからこそ皆の力になりたい。もう二度と、あんなことは繰り返さないって決めたとよ」

 大きなショックを受けたユイが、反対を押し切ってまでシンヤ達に付いてきた理由はコレだったのだ。ライノ達の惨劇を繰り返さないため、彼女なりに考えた結果であろう。


「だけど、このままじゃ次の戦いで足がすくんでしまいそうなの。消えていくライノさんの命と、走り去っていくルカさんとレティシアさんの姿が頭をよぎってしまって。――自分から付いてきておいて、ほんと情けなかよね。あはは……」

「…………」

 力なく笑うユイに、シンヤは何も言ってあげることができなかった。シンヤとて激戦をくぐり抜けた兵士であるが、ユイと同様の経験をしたとして、それを跳ね返せる気がしなかったからだ。


 だが、ユイの見方は違っていた。

「――でも、シンヤさんは違う」

「えっ」

 思いもよらないユイの言葉に、うわずった声が出てしまった。

「パオトウもペキンも、その前の補給基地での初陣のことも聞いたですたい。一見、勝ち目のない相手にも勇敢に立ち向かって、常に前へ進もうとした。シンヤさんは、明らかに『他の人とは違う覚悟』を持って戦っている――そう感じるとです」


 いつの間にか、ユイの目には光が戻っていた。希望と羨望が入り混じった、光ある目に。

「新兵の大半は、昨今の混乱で行くアテをなくして、流されるままに軍へ志願した人たちばかりですたい。私だってそう。だからこそ前へ進めないとです。……アベルさんは特殊やけど」


 そう、人は目的がなければ前へ進めない。ユイは、シンヤの『目的』を知ることによって、自分も彼のように戦えるようになろうとしているのだ。

「教えてくれんですか? シンヤさんの――戦う理由を」

「……いいよ」

 それでユイが満足するならと、シンヤはゆっくりと語りだした。



 今から一年半前、時はまだ連合軍が創設されていない頃。

 突如出現した敵勢力の魔手が日本にまで迫り、福岡県在住だったシンヤ・ナカムラこと中村真矢の一家は、日本海での戦いに備えて北米への避難を余儀なくされた。

 大半の避難民は働き口もなく、避難後に創設された連合軍に入隊するか、農業を手伝って日銭を稼ぐかの二つしか選択肢がなかった中、真矢の父である中村静男は技術者であったためすぐに働き口が見つかり、中村家は誰も軍へ入隊する必要はなかった。


 そんなある日、悲劇は起こった。

 真矢がいつものように、農業の手伝いから避難先の仮設住宅へ帰ると、家族は誰もいなかった――父も、母も、姉も。その日は真矢の一八歳の誕生日で、夕方には全員が集まっているはずだったのに。

「最初は、買い物にでも行っているのかとか、ドッキリでも企んでいるのかと思ったさ」

 しかし、待てども待てども家族は戻らず、遂に丸一日が経過してしまった。


 もちろん警察に捜索願を出したが、こんな混乱しきった状況では警察も人手が足りず、ましてやどこの馬の骨ともしらない日本人を助ける義理もない。

「あの時は、どうしようもないほどに途方に暮れたよ。自分の足で聞き込みもやったけど、何一つ有力な情報は手に入らなかった」

 底知れぬ虚無感が真矢を襲い、絶望の淵へと追いやった。


 だが、家族が行方不明になって三日後、藁にもすがる思いで投稿したSNSから、思わぬ情報を手に入れることができた。

「どういうわけか、俺以外にも、同じように家族や身内が突然姿を消したっていう人が大勢いたんだ。しかも、姿を消した人物には『ある共通点』があった」

「共通点?」


「ああ、それは……全員がだってことだ」


 なんと、行方不明になった人物は、技術者かそれに近い存在であることが分かったのだ。父親の静男も技術者であったため、当然該当する。

 他にも、行方不明になった当日に、その技術者と行動を共にしていた人たちも相次いで姿を消していることが分かった。

「そして俺は、一つの結論に辿り着いた。あくまで仮説に過ぎないけど、人々が蒸発した件について、ネットの掲示板でこんな書き込みがあったんだ」

 その内容は次の通り。


《これ拉致られたパターンじゃね?》

《巨大ロボットで攻めてきている奴らが、整備士とか兵站人員欲しさに技術者をさらった可能性が微粒子レベルで存在している……?》

《ありえる話だな。拉致現場の目撃者ごと攫ったと考えれば、関係ない人まで消えているのも説明がつくし》

《俺これから南アジア戦線に派遣される戦車兵だけど、もし囚われているとしたら、敵本拠地のカスピアンフォートレスだと思うぞ。あそこの建築速度は異常らしいからな。それと、俺の操縦手が天使》

《操縦手が天使とか嘘くさくて草》


 一見馬鹿らしい話だが、どこか納得せざるをえなかった。……いや、むしろこれしかないと、真矢は確信した。

「――許せなかった。ただでさえ、俺達から日常を奪っておいて、その上家族まで連れ去りやがるなんて、本当に許せないと思った……!」

 もう、やるべきことは一つだけだった。敵の正体は何だとか、目的は何だとか、そんなことは関係ない。


「軍に志願して、なにがあってもカスピアンフォートレスに辿り着き、家族を救い出す! そして、日常を奪い去った奴らを叩きつぶす!」

 これが、中村真矢改め、連合軍兵士シンヤ・ナカムラを戦わせる目的であり、『覚悟』と『決意』なのだ!

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