中華前線基地

2章「要塞線にて」

 大シンアンリン山脈。ユーラシア大陸東端の、旧ロシア領や内モンゴル自治区、旧中国領にまたがってそびえ立つその山々は、長さ約一三〇〇キロメートルにも及び、まるで太平洋を目指す者を阻む壁のようである。

 決して自然豊かではないものの、山頂付近には雪が僅かに残り、見事な情景を織り成している。


 そんな山脈の西側の一画に建設された簡易的な飛行場へ、シンヤ達を乗せてパオトウを出発していたヘリコプターが着陸した。

「へぇ~、なかなか良い所じゃない」

「たしかにな」

「いかにも」

 ヘリから降り立ったケイとパルターとアベルの三人が、遥か上にある山頂を仰ぐ。有名どころに比べると間違いなく見劣りするが、しばらく砂漠や荒れ地ばかりを眺めてきた彼らにとっては、一風変わった趣ある場所に思えたのだ。


 だが、そんな情景を派手にぶち壊すものが、山脈の麓には存在していた。

西側こっちの麓は物々しいけどな」

「あはは……」

 現実を知らしめるようにシンヤはぼやき、マリアは苦笑いで応える。

 彼らが降り立った山脈の西側の一画は、なんと大規模な基地――いや、要塞線が構築されていたのだ。たった今、ヘリが着陸した飛行場もその一部である。幾重にも敷かれた塹壕網と土塁どるいが敵の侵入を阻み、各所に立ち並んだ基地施設と防衛設備が山沿いに要塞線を形成している。

 まるで、かつてフランスとドイツの国境に構築されたマジノ線を彷彿とさせる。


 もちろん、こんなへんぴな場所に元から要塞線が構築されていたわけではない。戦争が始まって間もない頃、大量になだれ込んだ避難民を旧中国軍が指揮し、塹壕網からなる即席の防衛拠点を作り上げた。

 しかし、背後に行く手を阻む壁がある拠点を攻略する価値を見出せなかったのか、敵は拠点をスルーして東アジアを一時制圧した。その約一年の間、数にものを言わせてどんどん拠点を強化・拡大し、気づいた時には敵も手を出せないほどに大規模な要塞線が完成していた。

 そして、半年前に行われた『東アジア戦線構築作戦』によって東アジア方面軍が台頭し、要塞線に立てこもっていた旧中国軍が合流して今に至る。という経緯がある。


(さっすがは中国軍、やることが派手だねぇ。マジでおそロシアな集団だな……ロシア軍じゃないけど)

 そんなことをぼんやりと考えながら、シンヤは後ろの人物に声をかける。

「本当に、ついてきても大丈夫だったのか? ……ユイ」

「うん、もう平気やから。いつまでもウジウジしてても、仕方なかしね!」

 そこにいたのは、先の戦いで大きなショックを受けたユイ・キサラギであった。一時、パルターやケイが戦線離脱させることを考えたが、本人が同行を希望したのだ。


「せっかく、生かしてもらえたんやもん。三人の意志は、私が継がんとね」

 以前のように、ごく普通に話すユイ。ただし、気丈に振る舞ってはいるのだろう。どこか陰を感じずにはいられない。

(……まぁ、本人がそれを望むなら、無理に追い返すわけにもいかないよな)

 新たに分隊長となったパルターは渋ったようだが、ユイの意志は揺らがなかったようだ。



 景色に見とれている間に、後続のヘリから続々と兵士達が降りてくる。その数、およそ百名。同じ第一歩兵師団所属であるため、見覚えのある顔ぶればかりだ。その中に、かつて共闘したエルダー・ランドもいる。

 さて、シンヤ達がこんな場所を訪れた理由は他でもない。第一歩兵師団の代表――すなわち選抜部隊の一員として、後々行われる第二次ワンリー攻勢の主力と先行合流すること。この要塞線にいる戦力が、第二次ワンリー攻勢の主力なのである。


「第一歩兵師団の皆さん。ようこそ、【中華前線基地】へ!」

 ここに配属されている女性兵士が、シンヤ達選抜部隊を晴れやかな笑顔で出迎えてくれた――と思ったら、まるで芸能人を目撃した女子大生のようにはしゃぎだした。

「うわぁ……! 本物のエルダー・ランド中尉じゃないですか! それに、ブラックフェアリー撃破補佐を成し遂げた新兵の方々まで! あ、握手してください!」

「お、おう……」

「あっはい」

 少々面喰いながらも、女性兵士の握手を受け入れるエルダーとシンヤ達。たしかに、ノーランドの人選は間違っていないようだ。


 ***


 中華前線基地の、とある一室。


「第一歩兵師団選抜部隊が、ただいま到着いたしました!」


「そうか……」


「どうしました? たしか、選抜部隊の中にはお知り合いがいたと記憶していますが、今すぐにでも出迎えにいかないのですか?」


「ああ、今日中には会いにいくさ。だが、少し気持ちを整理する時間が欲しい。今はまだ、彼らに合わせる顔がないんだ……」


 ***


 遠目から見る物々しい雰囲気とは裏腹に、中華前線基地は意外と広々としていた。地対空ミサイルなどの防衛設備の他に、兵士の宿舎や野戦病院となる簡易的な建物、浴場や訓練場、果ては売店まであり、さながら基地というより町である。


「こちらが、あなた方の宿舎になります」

 と、女性兵士はずらりと並んだプレハブ工法の仮設住宅に、シンヤ達を案内してくれた。寝室は狭く質素だが、食堂やブリーフィングルームまであった。おまけに、少し歩けば浴場も完備されている。

 ペキンでの戦いからしばらく、塹壕の中で過ごしたシンヤ達にとっては天国同然である。


 そこでふと、マリアが首をかしげて質問した。

「あの~、なぜアトラスの残骸が、宿舎前に置かれているんですか?」

 彼女の言う通り、宿舎前の広場には、両脚を失って仰向けに倒れているアトラスの残骸があった。絶大な破壊力を誇るドラムマガジン式七六ミリマシンガンを握りしめたまま、こと切れている。


 それに対し、女性兵士は「ああ、それですね」と、さも当然のことであるかのように答える。

「我が軍が撃破した機体を、避難民が運んできたんですよ。部品を剥ぎ取って金銭に替えるためにね。倉庫はどこも埋まっているので、仮置き中みたいですけど」

 なるほど。いつの時代も命より金が大事という人間はいるみたいだ。



 とりあえず、兵科が異なるエルダー達と別れ、シンヤ達は宿舎に落ち着くことにした。時刻は午後六時、もう陽は沈みかけている。

「しっかしアレだな。話に聞いていた通り、この要塞線は突貫で作られたみたいだな。防衛設備の大半は、二線級の物ばかりじゃないか……」

 ブリーフィングルームに集まるや否や、シンヤが眉をひそめて言った。案内された中で目についたのは、対空機関砲やトーチカ砲台など、第二次世界大戦にタイムスリップしたかのような防衛設備ばかりであった。ミサイル設備などの最新鋭設備はほんの一握りであった。


「たしかに、まともに攻められたら、ひとたまりもなかね」

「兵器の生産はファントムアインに全振りしているって噂もあるし、仕方ないんじゃないかな。補給基地でも、魔改造した対戦車砲を使っていたし」

「世知辛いでござるな」

「ったく、一時の安らぎも許されねえのか……」

「ま、私達には頼れる分隊長がいるじゃない。ね? パルター♪」

「……今度余計なことを言ったら、その口を縫い合わすぞ」

 死と隣り合わせの激戦を潜り抜けてきたが故に、東アジア最大の拠点に入っても警戒を緩めないシンヤ達。


 そんな彼らを、近くでトランプをしていた兵士が笑った。

「へへっ、そうピリピリしなさんな。ここは中華前線基地、連合軍の拠点でもトップクラスの巨大さと配備人員数を誇る要塞線。しかも、背後には来る者を拒む山々。攻略のリスクが大きすぎる上に、攻略できても得るものが少ない」

「「「…………」」」

 明らかに平和ボケしているが、兵士の言うことも一理ある。仮にここに敵が攻めてきて、連合軍の迎撃を跳ね返して攻略できたとしても、背後にある大シンアンリン山脈によってアトラスは足止めされる。

 第二次ワンリー攻勢の主力がここに集結しているのも、そういった理由があるのだ。


「それよりも、お嬢ちゃん達は今夜暇?」

「俺達が色々と案内してやんよ」

 マリア達女性陣を見て、トランプをしていた兵士達が「ぐへへ……」と言わんばかりに寄ってくる。戦時下とはいえ、あまり環境はよろしくないようだ。


 そんな彼らを「あっち行って」と一蹴し、ケイが分隊の皆を見回す。

「……まぁ、警戒を緩めないに超したことはないけど、たしかに激戦が続いたせいで気を張り詰めすぎね。何かガス抜きしなきゃ。ほら、『飴と鞭』って言うでしょ?」

「使い方が違う気がするが……」

「細かいことはいーの! ま、私に任せておいて♪」

 そう言うとケイは、マリアとユイを連れてどこかへ行ってしまった。


 残された男性陣のうち、シンヤとアベルは期待に胸を膨らませていたが、パルターだけは浮かない顔をして何かボソボソと呟いていた。

「あの女が考えることなんて、ロクなことはねぇ……。昔、ギャングのアジトに置き去りにされて――」

 ……聞かなかったことにしよう。


 ***


 ケイの言う『ガス抜き』とは、料理を振る舞うことであった。昔に比べれば味や量も改善されたとはいえ、野戦糧食ばかりでは鬱憤も溜まる。食堂もあるが、大勢の兵士をまかなうために質は落とされている。

 死と隣り合わせの兵士にとって、一手間加えられたご馳走は最高のストレス抑制剤の一つなのだ。料理を作る女子三人にとっても、良い気分転換になる。


 食堂から食材と道具を……もちろん許可を得て拝借し、女子三人は慣れた手つきで料理を始めた。中心となるのはケイで、マリアとユイはサポートといったところだ。

「…………うぅ」

 その中で、マリア・フロストは非常に肩身の狭い思いをしていた。

 彼女自身、別に料理が不得意なわけではない。むしろ得意分野であり、訳のわからないメシマズ属性を持つラノベヒロインとは違う。故に、それなりの自信とプライドがある。


 現に、ユイには確実に勝っていた。彼女も割と料理はできるみたいだが、マリアほど上手ではない。

 だが――。

(な、なによあの人……!)

 マリアは驚愕してしまった。ケイ・ラシェールの、鮮やか過ぎる料理の腕に!

 まるで、包丁などの調理器具が、体と一体化でもしているかのような手捌き。ハープ演奏の如く、流れるように行われる調理。……圧巻である。


 超人じみた狙撃や頭の回転の早さなど、前々から器用だとは思っていたが、家事においても隙がないとは思わなかった。

(負けた……)

 絶望的な女子力の差。蟻と人間……歩兵とアトラス。勝ち目なんて見当たらない。

 プライドがズタボロになるのが分かった。美人で強いだけでなく、料理までもが圧倒的なんて、もはやマリアはメインヒロインを追われたも同然だ。


「マリアちゃん、ちょっと味見してくれる?」

 ケイがそう言って、スプーンを差し出してくる。

(……そ、そうよ。いくら器用だからって、料理は味がすべてよ!)

 パルターの元カノだか何だか知らないが、このまま負けを認めるのは女として許せなかった。

(人は戦うことを諦めた時、初めて敗北するのよ。戦い続ける限りは、まだ負けていないわ!)

 スプーンを受け取り、ケイが作った料理を一口すくって食べる。


「…………っ!!」

 この瞬間、マリアは完全に敗北を確信した。


 ***


「「うんめええええええええ‼」」

 テーブルに並べられた彩り豊かな料理(おそらくヨーロッパあたりのモノ)の数々に、シンヤとアベルは喰らいつき続けた。口に運ぶ手が止まらない。旨すぎる。

 それにこの料理は、マリアをはじめとする美女達が作ったものだ。男のロマンに圧倒され、ぽろぽろと涙すら溢れてくる。


 最初は嫌悪感を示していたパルターも、遂には食欲に負けて、「くそっ、相変わらずうめぇなチクショー」と呻いている。相変わらずって……。

 とにかくこの時ばかりは、ライノ達を失った悲しみを忘れることができた。


「料理なんて久しぶりやったけど、喜んでもらえてよかったぁ~」

「ふふっ、良いガス抜きになったみたいね」

 ユイとケイも、満足そうな笑みを浮かべている。

「三人とも、本当にありがとう! ……ところでさ、一つ質問していい?」

「うん?」

「マリアはなぜ、部屋の隅っこでこの世の終わりみたいにうずくまってんの?」

「さぁ?」



 食事も終わりかけようとした頃、突如部屋のドア開き、一人の男がずかずかと入ってきた。

「ノックもせずにすまない。とてもいい匂いがしたものでな」

「どちらさまで……あ!」

 その声を聞き、またその顔を見て、周りにいる兵士達は彫像のように固まったが、シンヤ達はこの人物をよく知っていた。


 男は軽く手を挙げて応える。

「やぁ、ペキン以来だな」

 歴戦の戦士を思わせる圧倒的なオーラ。かつて凄腕の戦車兵として名を轟かせた男、アレクサンドル・カイザー少将であった!


「どうしてここに……」

「あー、選抜部隊にはまだ説明されてなかったか? 私は第二次ワンリー攻勢において、君達第一歩兵師団を含めたウランバートル攻略部隊に参加する予定なんだ。まだ、諸々の話は纏まっていないがね」

 ポリポリと頭を掻きながら、カイザーは説明してくれた。

 なるほど。それならば、第二次ワンリー攻勢の主力が集まる中華前線基地に、カイザーがいても不思議ではない。むしろ、彼が参加するのであればとても心強い。


「それにしても――」

 カイザーは、テーブルに並べられた料理に目を落とした。

「シンヤ達に会いに来ただけだったが、随分と豪勢なものがあるじゃないか。外まで良い匂いがしていたぞ」

「「「あっ……」」」

 ぞくり。と、シンヤ達の背筋が凍りついた。ガス抜きのためとはいえ、さすがに兵士らしからぬ行動をしてしまったのかもしれない。


 しかし、シンヤ達の心配をよそに、カイザーはなんとテーブルについて、フォークを手に取ったのだ。

「どれ、私も少し頂いていいかな。どうも、匂いで腹が減ってしまってな」

「あ……。ど、どうぞ」

 オーラに圧倒されつつも、ケイは自分が作った料理を差し出す。

 カイザーはそれを口へ運び、優雅に咀嚼そしゃくした。

 ……と、次の瞬間、


「――――ッ⁉」


 まるで、雷にでも打たれたかのようにカイザーが動きを止めた。

「こ、この味は……!」

 そして謎めいたことを呟きながら、ケイに向かってその鋭い視線を投げる。空気をも切り裂く気迫に満ちた視線をだ。

「これは……君が作ったのかね?」

「は、はい。その通りですが」

 気迫に押され、珍しくケイの整った顔に汗が浮き出はじめてしまう。

 まさか、口に合わなかったのか? そう誰もが息をのんだ。


 沈黙の時間が数分流れた。と思ったら、突然カイザーの雰囲気がみるみる柔らかいものへと変貌していき、なんと満足げな笑みを浮かべたのだ。

「いや、とても美味しかったよ。何なら、高級将校用の食堂に配属させたいくらいだ。ははっ」

「あ、あはは……。丁重にお断りします……」

 ケイも困惑気味に笑みを返し、「前線でライフルを振り回している方が、性に合っていますから」と付け加えた。


 そのままカイザーは料理をぺろりと平らげ、テーブルから立ち上がって出口へ向かう。

「急に押しかけてすまなかったな。ご馳走をありがとう。次は戦場で会おう」

「「「ハッ!」」」

 その場に居合わせた関係のない兵士共々、敬礼でカイザーを見送るシンヤ達。


 ……そんな中、シンヤはカイザーが去り際に呟いた言葉を、一部だが聞き逃さなかった。

「まさか、彼女が――」

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