終章「うごめく影」

 薄暗い部屋に、二人の人物がいた。そのうちの一人が、苛立ちを隠せず目の前にあった机を蹴りつけた。

「くそっ! まさか、ブラックフェアリーがやられるとは……っ! 戦車王を接近させることだけはさせてはならないと、彼には何度も忠告しておいたのに!」


 そんな彼を、もう一人が諭すように制した。

「まぁまぁ、ブラックフェアリーを失ったのは大きいけれど、予定通り連合軍の機甲戦力に大打撃を与えて攻勢を停滞させることができた。本来の目的は果たせたじゃないか、東アジア攻略司令官さん?」

……! しかし――」

 司令官はそこで、言葉に詰まってしまった。総統閣下と呼ばれた人物は、笑っていたのだ。


「あははっ、アハハハ! この程度、想定の範囲内だよぉ! ブラックフェアリーもブルーイーターも、過去の栄光に囚われて慢心していたのだから! やられるなんて、想定の範囲内さ! アハッハハ!」


「……っ」

 総統閣下は狂ったように笑い続ける。その最中、突然部屋の一角に視線を向けた。

「そうだろう? ?」

「――ッ⁉」

 司令官もそちらへ視線を向けると、確かに一人の男が壁にもたれかかるように立っていた。部屋の薄暗さで気が付かなかったのだ。


 ホワイトレイヴン――つまり、白いアトラスのパイロットは静かに語る。

「あぁ、閣下の言うとおりだ。もう、開戦初期とはあらゆるものが変わりつつある。ファントムアインの量産……特技兵の登場……指揮系統の整備……。エースと呼ばれ、もてはやされる存在であっても、当然のように不覚をとる時代になっているのだ。……私のように、な」

 そう、このホワイトレイヴンも、ペキンの戦いで屈辱的な撤退を強いられたのだ。しかも、ただの歩兵を相手に。


「で、話は変わるが、これを見てほしい」

 そう言って、ホワイトレイヴンは一枚の写真を投げてよこす。内容を見るに、ペキン襲撃の際に撮ったものだろう。その写真には、一人の若い連合軍兵士がこちらを睨みつけるように映っていた。背や容姿からして、おそらくまだ十代の日本人男性だろう。


「その写真に写っている青年に、私は一杯食わされた。そして奇妙なことに、ブラックフェアリーが残した戦闘記録映像にも、彼とよく似た人物が映っていた」

「な……」

 司令官は驚愕を隠せなかった。ホワイトレイヴンを撃退した兵士と、ブラックフェアリーが撃破されるきっかけを作った兵士は、同一人物ということになるのだから。

「まさかこの兵士も、かのソルジャーランキング二位の男――ヴォルフ・ガルシーロフのような、異次元な存在だとでもいうのか⁉」


 司令官の問いに対し、ホワイトレイヴンは「いや、違う」と返す。

「青年はいたって普通の兵士だ。ただし、その目には『ただならぬ決意』が秘められていることは明白だった。あんな目、私は見たことが無い」

 徐々に口調が強くなっていくホワイトレイヴン。拳をも握りしめ、闘志がめらめらと燃え上がっている。

「へぇ……、君が熱くなるなんて珍しいね」

 総統閣下がニヤリと笑う。まるで、新しい遊びを見つけた子供のように。


「ああ! 私は、この青年に興味が湧いた!」



 奇妙な運命が、一人の若き兵士を翻弄し始める。

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