7章「砕かれた光」

『ロベルト大尉、あなたならブラックフェアリーを撃破できるはずです。俺が奴にダメージを与えて行動を封じます。大尉には、その隙にパオトウ市内に侵入して欲しいのです。仮にダメージを与えられなくても、大尉が侵入できるまで、奴の注意くらいは引いてみせます。具体的な作戦としては――』



 通信の内容を聞いたとき、戦車王ことロベルト・クロスラインは驚愕した。そして、通信相手の年齢を聞いて柄にもなく腰を抜かしそうになった。

 こいつ……無茶苦茶だ。特技兵でもないただの歩兵が、旧軍を恐れさせた古参エース機に挑もうなんて、普通は死んでも考えない。ましてや一八歳の新兵である。


 ――だが、それが逆に気に入った。この勇気ある新兵を死なせてはならない。それに、どのみちブラックフェアリーを撃破できるのは自分しかいないだろう。

 この無謀で、生意気で、最高な新兵に賭けてやろうじゃないか!



 ……そして今、討ち取るべきブラックフェアリーは、ロベルトの目の前にいる。

「よう、怪物め」

 彼の目は嬉々としていた。これまで苦汁を飲まされたクソ野郎を、今からなぶり殺しにできるのだから。


 その前にチラリと、作戦を持ちかけた新兵をモニター越しに見る。新兵は立っているのがやっとといった有様で、最後の力を振り絞って合図を送ったのだろう。

(たしか、シンヤ・ナカムラ上等兵とか言ったか……)

 彼のおかげで、狙撃を受けることなく街へ侵入することができたのだ。なんだか、胸に込み上げてくるものがある。


 シンヤという新兵も、こちらに視線を向けてきた。目から涙を流し、重圧から解放されたかのような安堵に満ちた表情であった。

「よくやった。あとは俺達に任せろ!」

 ロベルトは、彼に最大限の敬意を評した。今度は自分達の番だ。


 手始めに、ブラックフェアリーの胴体に風穴を開けることを試みる。

 ロベルトは素早く、まるで流水のような手さばきで寸分の狂いもなく照準を合わせる。その時間、わずか〇・八秒!

「くたばれぇえええい!!」

 ガゴォン! という砲声と共に、ファントムアインが誇る一六〇ミリ滑腔砲が火を吹く。その威力は、砲口を中心に舗装された地面にクレーターが形成されるほど。


 だが、ブラックフェアリーは砲撃を予知していたかのように、サイドステップで砲弾を回避してみせた。秒速二〇〇〇メートルで飛翔する砲弾を、だ。

「やるな……!」

 これまで、数多くのアトラスと交戦してきたロベルトには分かる。コイツは正真正銘の“強敵”だと。

(……だが、元よりその覚悟!)

 むしろ闘志が湧き上がる。何としてでも、この死神を葬りたくなってきた。


「頼んだぞ、プラース!」

『了解』

 操縦手であるプラースが、淡白な返事と共に車両を前進させる。標的へ接近し、確実に仕留めるためだ。

 対するブラックフェアリーは、一〇五ミリライフルを構えて迎撃態勢をとる。


 前進を続けるロベルト車は、牽制のための砲撃を繰り返しつつ、ブラックフェアリーへと接近していく。

《…………!》

 そこへ、ブラックフェアリーがライフルによる強烈な一撃を浴びせてきた。直撃コースである。だが、そう簡単に喰らわないのが戦車王だ。

「右に四〇!」

 的確な指示を素早くプラースに伝え、砲弾を回避させる。


 ブラックフェアリーも負けていない。ちょこまかと動き回るロベルト車へ、断続的にライフルで射撃を繰り返す。

「ぬあっ!?」

 そのうちの一発が、キャタピラを保護するサイドスカートを掠めて吹き飛ばした。

「……へっ、そうこなくっちゃなぁ!」

 これが戦いであり、闘いだ。


 さらに接近するロベルト車。これで両者の距離はかなり近くなった。しかし逆に近すぎて、戦車であるファントムアインにとっては、主砲の仰角が足りず有効弾を与えられないという事態になっていた。

 ブラックフェアリーのパイロットが共通回線を開いていれば、こう言ったに違いない。馬鹿め、その距離は撃ちおろしができるアトラスの距離だ! と。


 にも関わらず、ロベルトは余裕の表情だった。策はあるのだ。勝敗を一気に決める策が。

『……大尉、まさかアレをやれと?』

 ロベルトが何を考えているのかを察し、プラースは露骨に嫌そうな顔をする。

「察しがいいじゃないか。ほら、あそこから突っ込めばいい」

『自分、ボイコットしてもいいですか?』

「その時は、俺もお前も死ぬだけだ。わははっ!」

『……はいはい。できれば、これで最後にして欲しいですけどね』

 プラースがアクセルを踏み込み、ファントムアインが加速する。さらに、方向転換してブラックフェアリーの左へ回り込む。


 ロベルト車は、ブラックフェアリーに横腹を見せる形で走行を続ける。主砲は標的を捉え続けているが、もちろん仰角が足りないため、今撃っても有効弾は望めない。

 それでも、ロベルト・クロスラインは勝利を確信していた。

「ブラックフェアリー、お前は確かに強い。だがそれ故に、一つ大きな間違いを犯した」

 彼が何故戦車王と呼ばれ、ソルジャーランキング四位に君臨しているのか。

「俺に喧嘩を売ったこと。これが、お前の犯した間違いだ!」


 次の瞬間、七〇トン近くあるロベルト車が三メートルほど、ブラックフェアリーの眼前に迫った。


 仰角なんて、必要なくなった。

「これで、どうだああああ!!」

 ダァン! と、無慈悲な――そして正確な一撃が、死神の胴体を貫いた。


 ゆっくりと、その巨体が大地に倒れ伏す。


 ***


「ま、マジかよ……」

 戦車王とブラックフェアリーの死闘を、シンヤは一部始終見ていた。

 ロベルトであれば、古参エース機であろうとも撃破できると踏んで救援を要請したのだが、まさかあんな奇抜な戦法で倒すとは思わなかった。


「まさか、なんて! 想像以上だった……」


 シンヤが閃光手榴弾によってブラックフェアリーの視界を殺した際、機関砲の乱射によって周辺の建物がいくつか崩れた。ロベルトはその瓦礫を活用し、重量七〇トンの戦車を跳躍させたのだ。

 普通はそんなこと考えつかないし、考えついたとしても実行しない。ましてや、跳躍しての砲撃なんか当たるわけがない。それをロベルトは難なくやってのけたのだ。


「凄すぎだろ……」

 もちろん操縦手の力量も素晴らしいが、やはり車長の指示が的確でなければ不可能な離れ業だ。

 卓越した戦車運用術と指揮能力。そして、戦車では本来成しえない三次元戦闘。これを可能とするからこそ、ロベルト・クロスラインは戦車王と呼ばれ、ソルジャーランキング四位に君臨しているのだ。


「戦車王……ありがとう……」

 とにかく、シンヤ達は勝った。ブラックフェアリーとの絶望的なまでの戦力差、そして恐怖と重圧に打ち勝ったのだ!

(勝ったんだ……本当に……)

 身体の力がどっと抜け、その場に崩れ落ちる。隣ではアベルも血を流して倒れているが、シンヤ自身も限界であった。


「シンヤく~ん! アベルさ~ん!」

「大丈夫かー!?」

「二人とも無事?」

 マリア、パルター、ケイの三人も駆け寄ってくる。全員、先ほどの爆発に巻き込まれて負傷しているが、動き回れる程度ではある。

 ……ただし、パルターにいたっては、マンション倒壊の際の負傷が重なっているにも関わらず、ごく普通に動けている。まぁ、ツッコんだら負けだろう。

「お、俺なら大丈夫だ。それよりも、アベルの手当を頼む」

 喉が酷く痛み、声が掠れてしまっている。過去の戦いとは比べ物にならない疲労感だ。頭もぼーっとしている。


 ふと、頭の下の感覚が、硬いものから柔らかいものに変わっているのに気がついた。なんと、マリアが膝枕をしてくれていたのだ。

「マリア……」

「アベルさんの手当なら、パルターとケイさんがやってくれているわ。命に別状はないみたいで、今は気を失っているだけ。シンヤ君も、無事で本当に良かった……」

 ぽたり、ぽたりと、シンヤの顔に優しい水滴が落ちてくる。シンヤも静かに、マリアに身を委ねることにした。



 しばらくした後、車のエンジン音や兵士達の声が次々と聞こえるようになった。空では、まるで鳥かごから開放された鳥のように、連合軍の航空機が自由に飛び交っている。

「ようやく、連合軍が優勢になったみたいだな」

 アベルの手当を終えたパルターが、これで一安心だと言わんばかりに空を仰ぐ。

 ブラックフェアリーによって手詰まりとなっていた防衛線突破が、やっと陽の目を見たといったところか。


 そんなパルターを、ケイが横からつつく。

「安心するのはまだ早いわよー。ライノ分隊長をはじめ、ユイちゃんもレティシアちゃんもルカちゃんとも、はぐれたままなんだから」

「そ、そうだったな」

 ケイの言うとおり、マンションの倒壊以降、四人とは今だに合流できていない。連合軍が優勢になったとて、ここはまだ敵地。アベルも気を失っている現状では、早めに合流したほうがいいだろう。


 とは言ったものの、具体的にどうやって合流するかは見当がつかない。全員に重い通信機が行き渡っているわけでもなく、簡単にはいかなそうだ。

「とにかく、だ」

 痛む身体に鞭を入れ、シンヤはマリアの膝枕から立ち上がる。

「ここで待っていても仕方がないだろ? 今のところ敵の気配はないし、倒壊したマンションの周辺を探してみないか? ライノ分隊長さえ見つかれば、あとは指示をもらえるだろうし」

「うん、四人とも怪我して動けないのかもしれないしね」

「怪我しても動ける脳筋もいるけどね~」

「ダレノコトダロナー」

 そんなわけで、はぐれてしまった四人を探しに行こうとした。……その時だった。


「み……んな……」


 消え入るような、弱くか細い女性の声が、風に乗って聞こえた。

「……っ! ユイちゃんの声!」

 最も付き合いが長いためか、ケイは真っ先に声の主がユイ・キサラギであると言った。

「ユイだと!?」

 声のした方を見ると、確かに分隊員であるユイが、こちらに向かってよろよろと歩いてきている。

「よかった。ユイさんも無事みたいだね」

 マリアがほっとしたように言った。


「……みんな……」


 しかし、何か様子がおかしい。とても弱っているのだ。シンヤ達と同じように怪我こそしているが、かなりの軽傷である。

 年若い少女とはいえ、訓練された兵士であるユイが怪我でここまで弱るだろうか。


(まさか……)

 嫌な予感がする。それも、シンヤが積み上げた一八年という歳月の中でも、過去最大級のやつだ。

 根拠は何もないのに、全身の穴という穴から滝のように汗が流れ出てくる。


 しかし、このまま彼女を放置するわけにもいかない。とりあえず、声をかけてみる。

「ユイ……? だ、大丈夫か――」

 そこで言葉に詰まった。

「な……!」

 彼女の目は、光を失っていたのだ! 失明しているという表現ではない。まるで、この世のものとは思えない光景を目の当たりにしたあとのような、そんな目をしていたのだ。


 シンヤ達の近くまで歩いてきたユイは、うわ言のように何かを呟きながら、その場に小さくうずくまった。

「おい、どうした?」

 パルターが、うずくまった彼女を心配そうに覗き込む。

「何があった?」

 ユイは答えない。ただ何かを呟いているだけ。

「他のみんなと一緒じゃないのか? ライノ分隊長は? ルカにレティシアは?」


「あ……」


 ようやく、ユイがパルターの問いに答えようと口を開いた。

 だが、シンヤはそれを望んではいなかった。

(やめろ……)

 ユイが何を言い出すか、彼女の様子を見たときから薄々分かっていた。そして、彼女の光を失った目を見て、確信を持った――のだ。


「ラ――」


 やめろ。それ以上は言うな。耳を塞げ。聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。


「ライノ・トーチ三等軍曹……ルカ・クロード技術少尉……レティシア・テイル一等兵……。以上三名は――」


 やめてくれ。


「以上三名は…………戦死したとです!!!!!!」


 何かが、砕け散った。


 ***


 数時間後、パオトウ市の各所に連合軍の旗が翻った。

 敵勢力をカスピ海へと追いやる大規模攻勢、通称ワンリー攻勢の初動は、豊富な戦力を有した連合軍がパオトウを奪還して優勢を得た。


 しかし、連合軍側も多大な犠牲を払い、特に機甲戦力の三分の一を失うという大打撃を被った。

 さらに機甲戦力の損失に伴い、敵勢力の大部分がパオトウからの撤退を成功させてしまうという結果となった。


 連合軍司令部は、これ以上の攻勢継続は困難と判断し、予定されていたウランバートルとペキンへの同時攻撃の延期を決定。


 ワンリー攻勢の初動は、真の意味で『連合軍の勝利』とは言えないまま、その幕を降ろしたのだった。

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