6章「Victory or Death」

 ワンリー攻勢、とある戦場。


「ぎゃあああああああ!!」


「砲撃……いや、狙撃だ! ど、どこから撃たれた!?」


「前に進めません! というか、動けません!」


「狙撃の主を探せ! どこに潜んでいやがる!?」


「だめだ。きっとパオトウ市のどこかから撃ってきているんだ。接近しようものなら、容赦なく撃たれる」


「戦車隊の被害甚大。空軍にも被害が出ています。このままでは……!」


「あぁ……! 攻勢の結果に多大な影響が出る。最悪の場合、頓挫してしまうぞ!」


 ***


「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼」

 シンヤを含めた五人が、一斉に物陰から飛び出す。

 勝利か、全滅か。二つに一つの結果が伴う『作戦』であったが、シンヤには背中を押してくれる仲間達がいた。


「最高に狂ってるな、俺達」

「あぁ、間違いない!」

 こんな状況でも、軽口を飛ばし合うシンヤとパルター。

 全身の血液が、高速で駆けめぐっているかのような感覚だ。浮遊感と表現してもいい。


 全力疾走する五人が目指すのは、なんとブラックフェアリーの正面。もちろん、発狂したのではない。すべて作戦のうちだ。

(奴はまだ、こちらに気が付いていない。今が最大のチャンスなんだ!)

 歩兵が持つ隠密性という武器は、アトラスに対して唯一といっていいアドバンテージだ。それを最大限に活かし、走る。


 ブラックフェアリーまで、あと三〇メートルほど。距離は充分に縮まった。

「くっ……」

 この期に及んで、恐怖と重圧に押しつぶされそうになる。シンヤの本能が、大音量で警鐘を発している。止まれ……引き返せ……! と。

 しかし、それらをすべて振り払う。

「いくぞ! 作戦通りに、全員散開!」

「「おう!」」

「「了解!」」

 吹っ切れたシンヤの指示のもと、マリア、パルター、アベル、ケイの四人が、ブラックフェアリーの周囲に散っていく。


 残ったシンヤは、そのままブラックフェアリーの正面に躍り出た。

「こっちを見ろぉ! 死神めええええ!」

 はるか頭上にある、二つの赤い眼を睨みつける。

 ようやくこちらの存在に気が付いたブラックフェアリーが、まるで足元を這う虫を見るかのように、こちらに視線を返してきた。

《…………!》

 なんだコイツは? トチ狂ってお友達にでもなりに来たのかい? とでも言いたげであった。


 だがたしかに、ブラックフェアリーはこちらをはっきりと

「さっきはどうも……大変お世話になりましたぁ!」

 嫌味たっぷりの台詞とともに、手にした物体を、思いっきり赤い眼めがけて投げつける。

 そして次の瞬間、


 ――カッ!


 強烈な光と爆音が、ブラックフェアリーを襲った。

 そう、シンヤが投げた物体は、閃光手榴弾だった。橋頭堡確保の際に何人かの兵士が使用したものを、シンヤも持っていたのだ。

(閃光手榴弾自体に攻撃力はない。だけど――)

 強烈な閃光によって、パイロットの視界を確保するカメラは麻痺するはずだと、シンヤは考えたのだ。これが作戦の第一段階。


「……どうだ⁉」

 これが失敗なら、この時点でアウト。全滅まで一直線である。

 しかし、閃光手榴弾は確かに効いていた。その証拠に、ブラックフェアリーは硬直したかの如く動きを止めている。

(危険を冒して接近した甲斐があった! センサー類はまだ生きているけど、索敵の大部分を占める『目視』を殺してしまえば、小さな標的である歩兵への対処能力は激減する!)

 第一段階は成功だ。すかさず、次の第二段階へと移行――しようとした。


 ダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ‼‼


「な……!」

 度肝を抜かれた。なんとブラックフェアリーは、視界が閉ざされた状態で、を乱射し始めたのだ。

 それは[頭部三〇ミリ機関砲]。アトラスの頭部に標準搭載されている、主に対人や対軽装甲目標に使用される火器。

 そんなものを碌に狙いもつけず、そこらじゅうに撃ち始めるブラックフェアリー。

「数撃ちゃ当たるってか⁉」

 たかが三〇ミリ、されど三〇ミリ。被弾したアスファルトの道路は大きく抉れ、小さな建物は跡形も無く消し飛んでいく。


「まずい……。このままじゃ、いつか俺も吹き飛んじまう!」

「ね、作戦に『穴』があったでしょ?」

「ああ、確かにな! ……え?」

 焦るシンヤの後ろから、ケイの歌うような声が飛んできたのだ。

「ふふっ、そのための“コレ”よ!」

 直後、シンヤの頭上を対物ライフルの弾丸が通過していった。弾丸はまるで、我が子が待つ巣へ餌を運ぶツバメのように、一片の迷いも無く頭部三〇ミリ機関砲の小さな砲口へと吸い込まれていく。

(マジか!)

 常人離れした狙撃能力を有するケイだからこそできた、まさしく離れ業。


《…………!》

 バンッ!と、少し間をおいてブラックフェアリーの頭部が半分ほど、爆発と共に弾け飛んだ。ケイによって撃ちこまれた弾丸が、搭載されている砲弾の誘爆を引き起こしたのだ!

 いかに衝撃拡散装甲に守られていても、内側からの破壊に対しては無力だ。

「すげぇ……」

「感心している場合じゃないよ、シンヤちゃん!」

「っと、そうだった」

 とにかく、これで機関砲も封じることができた。今度こそ、作戦を第二段階へ移行させる。


 第二段階のカギを握るのは、シンヤとケイ以外の三人だ。姿こそシンヤからは見えないが、何をしているのかは分かっていた。

「マリア、アベル、パルター。準備はいいか⁉」

「いつでもオーケーだよ!」

「同じく!」

「おう!」

 返事が来た。第二段階の準備は整っているようだ。ならば、すぐにでも実行に移す!


「よし、一斉に!」


 ……もしもブラックフェアリーの視界が正常であったならば、おそらくパイロットは動揺したであろう。なぜなら、シンヤの合図と共に、からだ。

 その無人トラックは、シンヤ達第一歩兵師団が乗ってきたガントラックの一部。それも、気休め程度に持ってきたヘヴィランサーが積まれている車両!

 アクセルには倒壊したマンションの瓦礫が乗せられ、ひとりでに爆走しているのだ。


 やがて、三台のヘヴィランサー搭載車はブラックフェアリーへと群がり、ガシャンガシャンと鈍い金属音をたてて脚部に衝突していく。視界が回復しきれていないのか、パイロットも反応できていない。

「この機を逃すな! 一斉に撃て!」

「「了解!」」

 すかさず、アサルトライフルをフルオートで撃ちまくるシンヤ。さらに、パルターとマリアも姿を現し、軽機関銃とアサルトライフルによる銃弾の雨を降らせる。

 狙っているのは、なんとブラックフェアリーに衝突したガントラックである。……いや、厳密には違う。ガントラックの『予備燃料タンク』を狙っているのだ。


(頼む……)

 情け容赦なく、数十発の弾丸からなる弾幕がトラックに押し寄せる。

「頼む……!」

 そのうちの数発が、予備燃料タンクへの直撃コースだ。

「「「いっけええええええええええええええええ!!」」」

 弾丸の群れは唸り、燃料タンクに突き刺さった。


 次の瞬間、作戦の第二段階は『成功』した。

 燃料タンクが被弾したことにより、三台のトラックは大爆発を起こしたのだ。辺り一面を強烈な熱線と爆風が襲い、シンヤ達をも吹き飛ばす。

「くっ……あっ……」

「きゃあ!」

 爆発を引き起こした張本人なのに、無様に転がっていくシンヤ達。熱線によって喉が焼け付き、正常な呼吸すらできなくなる。


 だが当然、こんな爆発はアトラスにとって痛くも痒くもない。足元で風船が破裂したように、ただの嫌がらせにしかならない。

 ……では、三台のトラックには何が積まれていた? そう、歩兵がアトラスに対抗できる数少ない手段[対アトラス共振誘導弾ヘヴィランサー]だ。


 爆風に転がされて全身を強打しながらも、シンヤは内心でほくそ笑む。

「喰らえ……!」

 エース機を相手に、特技兵でもないシンヤ達がヘヴィランサーで挑もうものなら、発射機を設置する暇も照準を合わせる暇もなかったはずだ。ならば、すべての過程をすっ飛ばして全部喰らわせてやればいい、と。

「さぁ、誘爆しろ!」

 これこそが、第二段階の狙いだった。


 キィィィィィィイイイイィィィィイイイイィィィィンンンン!!!!


 補給基地でも体験した、『音』による破壊。脚部を守る衝撃拡散装甲を揺るがし、引き剥がす。

《…………!》

 自重を支える脚に多大なダメージを受け、ブラックフェアリーがついに膝をついた。あれだけの存在感を放っていた死神が、だ。

「や、やった……」

 喜び、安堵、感謝、様々な感情が込み上げてくる。

 はじめは、この全工程をシンヤ一人でやろうとしたのだ。それを、仲間達がフォローを買って出て、結果的に作戦の穴埋めと三倍の攻撃力を得ることができた。


 だが、ブラックフェアリーは撃破されたわけではない。脚の皮膚を引き剥がされて悶絶している、という程度である。

(まだ終わって……くっ!)

 これまでを遥かに凌ぐ極限状態だったためか、転がったまま立ち上がれなくなっていた。脚にも腕にも、力が上手く入らない。

「シンヤ殿!」

 見かねてアベルが駆けよってきた。彼の肩を借り、よろよろと立ち上がる。

「大丈夫でござるか?」

「大丈夫じゃ……ない……かも」

 全身が悲鳴を上げているのが分かった。防衛線突破、橋頭堡確保、マンションの倒壊、ブラックフェアリーへの接近……これまで蓄積した心身の疲労が、転倒したことによって一気に噴出したのだろう。


「とにかく、もうシンヤ殿は限界でござる! すぐにここを離れ――」

 アベルの台詞が途切れた。それはなぜか? ブラックフェアリーがだ。

「「――――ッ⁉」」

 二〇メートルの巨人の拳。それが高々と振りかざされ、勢いよく地面へと叩きつけられる! 地面はアスファルトで舗装された道路であるため、拳を叩きつけた箇所のアスファルトが砕かれ、周囲へと飛散していく。


「即席の対人攻撃手段を作りやがった⁉」

 驚愕した。ブラックフェアリーを御すパイロットの頭の回転の早さに。

 飛散した破片はそれなりに大きく鋭い。人間を殺傷するには充分だ。しかし、今のシンヤには回避できるほどの時間も体力もない。

「シンヤ殿を……死なせるかぁあああ!」

 そんな彼を、アベルが後ろへ突き飛ばして庇う。さらに、流れるような手つきで、日本刀[風斬]を豪快に薙ぐ。

「はぁぁああ! 絶技・竜撃斬ッッ‼」

 ペキンで、ホワイトレイヴンが蹴りつけた瓦礫を斬った時と同じ技であった。飛んできたアスファルトの破片は両断され、アベルに当たることはなかった。


 しかし、破片は一つだけではない。次々と、まるで猪の群れのように飛んでくる。これでは、さすがのアベルも対処が間に合わない。いくつかの破片がアベルの体に突き刺さり、彼の顔は苦痛に歪んだ。

「ぐっ……が、は……!」

 口から血を吐き、崩れ落ちるアベル。それを、シンヤは何もできずにただ見ていた。

(また、庇われちまった……!)

 最悪だ。ここまで来て、大切な仲間を失ってしまうかもしれない。そんな恐ろしいシナリオが頭をよぎる。

 もし、この世界が小説か漫画の世界であったならば、シナリオを考えた作者は『頭のおかしいクソ厨二野郎』であろう。怒りすら覚える。


「ふざ……けんなよ……」

 なんだか知らないが、急に力が湧いてきた。

「そんなふざけたシナリオ、ぶち壊してやるよ!」

 残った最後の力を振り絞り、シンヤはゆっくりと。全身が痛い。脚も腕も痙攣がおさまらない。……だからなんだ、アベルはもっと痛いんだぞ。そう自分に言い聞かせる。


 対するブラックフェアリーも、ライフルを杖にして立ちあがった。おそらく、もう視界は回復してしまっているだろう。

 両者とも満身創痍とはいえ、その差は絶望的なままである。もうヘヴィランサーをぶつける余裕は無い。閃光手榴弾による目つぶしも意味を成さない。

「……へへっ」

 それでも、

「へへへっ、はははっ」

 シンヤは笑っていた。壊れたように、狂ったように。そして、自信に満ちた目でブラックフェアリーを仰ぎ見る。

《…………!》

 世間一般やブラックフェアリーのパイロットに言わせれば、この兵士は完全に精神崩壊したと判断するのが普通だろう。いや、違う。シンヤは本心から自信に満ちているのだ。『勝利』への自信に!


「一体いつから……作戦は第二段階で終了だと錯覚していた⁉」

 そう吐き捨て、背負った通信機に向かって思い切り叫んだ。


「今です! ッ‼」


 その直後、シンヤの後方からが唸りをあげて突っ込んできた!

『おう! 待ってたぜぇ、この時をよぉ!』

 それは、連合軍の反撃の象徴とも言える、主力戦車ファントムアインであった。


 戦車王ロベルト・クロスラインに御された猛獣が、いつの間にかパオトウ市街へ侵入を果たしていたのだ。

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