5章「歩兵を侮るな!」

「そろそろ連合軍も気が付いたかな? 僕達が、黙って要衝であるパオトウを渡す訳がないだろ。……それにしても、わざわざヨーロッパ戦線から『彼』を呼び寄せるなんて、大胆なことをしたねぇ」


「俺はリクエストをしただけだ。まさか、本当に来るとは思わなかった。ヨーロッパ攻略司令部も、『彼』を手放すのは渋ったようだが、あんたが脅したのか?」


「脅したなんて人聞きが悪いなぁ。連合軍に深手を負わせられるなら、お安い御用さ」


「深手……ねぇ」


「ハハハッ、言わなくても分かっているさ。君は、パオトウを守り通す気は無いんだろう?」


「あぁ、連合軍には無駄骨を折ってもらうつもりだ」


 ***


 アトラスが生み出す恐怖と圧迫感は、とうに克服したはずだった。……だが違った。

 昼下がりの光に照らされて佇む『黒い死神』は、人間の本能を根幹から屈服させるほどの存在感を放っていたのだ!


「あれは……エース機だ!」

 アレに関わるな。と、シンヤの本能がけたたましく警鐘を鳴らす。全身の穴という穴から汗が吹き出し、呼吸も荒くなる始末。

 強引に恐怖感を抑えつけ、シンヤは辛うじて平静を保った。


「な、なに⁉ エース機だとぉ!?」

 パルターが、シンヤの後ろからのしかかるように覗き込む。だが、すぐに「うお!」っと頭を引っ込めた。

「ま、間違いねぇ! アトラスが一機、こっちに背を向けて、倒壊したマンションのすぐ近くにいやがる! チラッと見ただけだが、一〇五ミリライフルを持って、黒いシートをマントみたいに装備していた。あんな装いをするなんて、どう考えてもあの機体はエースだ!」

 パルターの無骨な顔が、みるみる青ざめていく。


 そんな彼に対し、なぜかケイが神妙な面持ちで反応を示した。

「黒いマント? ……まさか、そんな……!」

 そして、何かに気が付いたかのように、綺麗な顔が急に険しくなる。

「な、なにか知っているのか?」

「…………」

 ケイはしばし黙った。まるで、自分が導き出した答えを、必死に否定しようとしているようだった。

 それでも、少し震える声で問いに応える。


「何かの間違いであって欲しいけど、その機体はおそらく[ブラックフェアリー]と呼ばれているエース機よ。この戦争が始まって間もない頃、ブルーイーターやレッドオーガと並び、群を抜いて恐れられた存在……」


「ブラック……フェアリー……」

 シンヤも、その名前は聞いたことがあった。

 連合軍が創設されるより以前、軍事大国であるトルコは、混乱の中でも強固な防衛線をいち早く構築した。しかし、どこからともなく飛んでくる正確無比かつ強力な狙撃を前に、兵士達は恐れおののいた。

 一人のトルコ兵は言った。『黒いマントが見えたら、次の瞬間には隣の戦友が消えている』と。


「でも、その後はヨーロッパ戦線でしか目撃されていなかったはず」

「その通りよ。……意図は分からないけど、わざわざ東アジア戦線に呼び寄せたみたいね。しかも、ワンリー攻勢初日に……なぜかしら」

 何かが引っかかる。口には出していないが、ケイはそう言っているようだった。


「ええい、それをここで考えていても仕方がないでござる。戦うか否か、それだけでござる!」

 アベルは既に刀を抜いており、今にも突撃しそうだ。刀でどうやって戦うというのか。

 当然の如く、パルターに制される。

「落ち着け! エース機だろうが一般機だろうが、俺達が立ち向かっても惨めに踏みつぶされるだけだ! 相手は二〇メートルの巨人だぞ!?」

「くっ、しかし……!」

 アベルは心底悔しそうだった。


 乗ってきたトラックの一部には、気休め程度にヘヴィランサーが積まれている。しかし、シンヤ達は特技兵ではなく、最低限の扱い方しか知らない。

「ヘヴィランサーは手段の一つではあるが、エルダー中尉の特技兵小隊ですら、一般機相手に苦戦していたんだ。俺達じゃ、役者不足もいいとこだ」

 相手が一般機ならともかく、エース機に対してはミサイルを構える暇もないだろう。しかも、倒壊したマンションとトラックがある集結地点はすぐ近くだ。気付かれずに仕留めるのは無理がある。


「ちくしょう!」

 とにかく悔しかった。目の前に、自分達をこんな目に遭わせた相手がいるのに、何もできないなんて……。アベルの気持ちも、分からなくはなかったのだ。

 無駄だと分かっていつつも、ブラックフェアリーと思わしきアトラスの様子を、もう一度そっとうかがう。


《…………》

 ブラックフェアリーは、装備した一〇五ミリライフルで狙撃の真っ最中であった。標的は、防衛線前に展開するファントムアインなどの機械戦力だろう。

 シンヤ達に対しては背を向けた状態であるため、こちらに気付いてはいないようだ。


 そこでふと、一つの考察が浮かんだ。

(もしかしたら、他の箇所の突破が遅れているのも、この狙撃が原因かもしれない。ブラックフェアリーの狙撃は、正確無比らしいし……)

 もしも、この狙撃によって戦車隊が足止めされようものなら、いつまで経っても突破口は開けない。

 ブラックフェアリーの逸話が本当だとしたら、それもあり得る話だ。

「だったら、ますます何とかしなきゃいけないじゃないか……!」

「ど、どうしたの?」

 思わず声が漏れてしまい、マリアから心配そうな目を向けられてしまった。

 焦ったシンヤは、漫画のように顔を真っ赤にしながら説明をしようとする。

「あ、いや。ブラックフェアリーの狙撃で、戦車隊の損害が――」

 だが、途中で言葉に詰まってしまった。それは、あるアイデアがシンヤの頭をよぎったからだ。


「そうだ、戦車隊だ!」

 大急ぎで背負っている通信機を起動させ、ある人物への連絡を図る。苦肉の策だが、自分が考えた『無茶な作戦』を実行に移すために。


 ***


「なにぃ!? 正気か、お前?」


『はい。覚悟はできています』


「……お前、歳はいくつだ」


『一八です』


「……ははっ、はははははははっ!! 気に入ったぜ! その話、乗ったァ!」


 ***


「さて、と」

 シンヤは通信を切り、唖然としている仲間達に訊く。

「これでどう?」

「いや~、良いアイデアだな~。……とでも言うと思ったか! この今世紀最大級の大馬鹿もんが! シンヤ、お前死ぬ気か!?」

 真っ先に、パルターが声を荒げて詰め寄ってきた。

「補給基地の時といい、今回といい、傍から見たら死に急いでいるようにしか見えねえ!」

 彼がここまで言うのも、無理はなかった。シンヤがに連絡した内容は、補給基地での戦いの時とは、桁違いに危険な『命の賭け』だったのだ!


「ちがう――」

 詰め寄るパルターを払いのける。

「こんなところで死ぬ気はないッ! 俺には、『やらなくちゃならないこと』が残っているんだ!」

 自分でも馬鹿げてると思った。激戦に次ぐ激戦で、頭がおかしくなったのだろうか……。

 それでもシンヤは、止まるつもりはなかった。むしろ、止まってはいけないと思った。


「ブラックフェアリーを倒さなきゃ、被害は増え続けて連合軍は前に進めなくなる。も果たせなくなっちまう! カスピアンフォートレスまで辿り着こうとしている人間が、古参エース機ごときに怖気づいていられるか‼」


 立ち向かうべき理由はあった。シンヤは、『ある目的』のために、敵本拠地カスピアンフォートレスへ何としてでも辿り着かねばならなかったのだ。この程度の障壁を越えられずして、この先も戦い抜けるわけがない。

「みんなは隠れていてくれ。俺だけでやる」

 面食らっているパルターを尻目に、お守り代わりのアサルトライフルを構え、駆け出そうとした。


「待つでござる」

 それを、サムライに憧れている青年アベル・グラントスが引き留めた。

「アベルも止める気か⁉」

「いや、逆でござる」

 アベルはニヤリと笑い、頭に巻いた真っ赤なバンダナをきゅっと縛った。燃え盛る闘志が、その目には秘められているのが分かる。

「微力ながら、小生も加勢させてもらうでござるよ。たしかに、さきほどシンヤ殿が通信で伝えた作戦ならば、一人でもやり遂げられるかもしれない……が、やはり戦力は多いほうがいい。違うでござるか?」

 そう言いながら、腰に下げた刀をすらっと抜いた。昼下がりの光に照らされて、刀身がまばゆい光を放つ。


「……ありがとう。頼らせてもらうよ、アベル」

 正直嬉しかった。アベルとの付き合いは長くなかったが、こんな無茶な作戦に協力してくれるというのだ。

「ふっ、小生は個人的に、あのアトラスが気に食わないだけでござる。……で? 他の者はどうする?」

 ギラギラと燃え盛る闘志を秘めた目で、後ろにいる仲間達に挑発ともとれる視線を送るアベル。


 それに感化されたのか、もしくは決心がついたのか、マリアとパルターも動いた。

「うん、私も……やるよ! ホワイトレイヴンを撃退できた私達なら、きっと上手くいくよ」

「ちっ! ほっとけないだろうが!」

 マリアはアサルトライフルを、パルターは軽機関銃を構え、シンヤとアベルに続ける態勢をつくった。

 おそらく、アベルが参戦しようがしまいが、二人はシンヤに協力しただろう。ペキンや補給基地での戦いが、それを裏付けているのだ。


「ふーん。パルターがやるなら、私も混ぜてもらおうかな♪」

 残ったケイも、涼しい顔で言った。ブラックフェアリーの存在は恐いらしいが、パルターさえいれば大した問題ではないらしい。

(よく分からんな。この人は……)

 内心でそう思いつつも、心の底からケイに感謝した。彼女の狙撃と冷静さは、大きな戦力だ。


「ただ、シンヤちゃんの作戦にはまだまだ穴があるの。私はそれをカバーさせてもらうわ」

 軽くウインクしながら言ったケイは突然、近くにいた他の分隊の兵士から武器を取り上げた。

「な、なにをする⁉」

「どうせ使わないでしょ? ちょっと貸して、ね?」

 少し色っぽいケイの言葉に、兵士は「あ、はい」と下がった。階級はケイより上みたいだが、それでいいのか……。


 兵士が持っていた武器は、対物ライフルに分類される大型の銃だった。歩兵が扱う武器としては貫通力が極めて高く、障害物に隠れる敵や軽装甲目標に威力を発揮する。

 ただし、アトラスの衝撃拡散装甲はおろか、戦車の複合装甲にすらダメージを与えるには及ばない。故に、持っていてもかさばるだけである筈だが。

「ま、援護は任せて♪」

 いったい何を企んでいるのか、ケイの表情は自信に満ち溢れていた。


 

 さて、準備は整った。チャンスは、ブラックフェアリーが狙撃に興じている今しかない。

「お、お前たち……。本当にやるつもりか?」

 他の兵士は、シンヤ達五人の行動が理解できないといった様子で、各々建物の陰に身を隠していた。引き留めようとしているのは、せめてもの良心か。

 それに対し、真っ向から揺るぎない決意を示す。

「ああ、やるつもりだ。『お願いします神様。あのエース機を撃破してくれるような、精強な救援を寄越してください』なんて祈っている暇は無い。おそらく、今も友軍は奴の狙撃で削られている。それを今、止められるのは俺達しかいない!」

 無茶だとは分かっている。無謀だとも分かっている。だが、こんなところで立ち止まってなどいられないのだ!


 さあ、作戦開始の時間だ。

「みんな、用意はいいか⁉」

「うん、やろう!」

「ったく、後でライノ分隊長が聞いたらなんて言うか……」

「あら、怖気づいたの? 顔と図体に見合わずかわい~」

「やかましい!」

「全員でシンヤ殿をお守りするでござる。この命、一旦預けるっ!」


 敵は強大だ。歩兵ごときが簡単に対処できるような相手ではない。敵にとっては逆で、特技兵でもない五人程度の歩兵が向かってきても、簡単に踏みつぶせると思うだろう。

 しかし、だからこそこう言える。

「歩兵を……侮るなッ!」

 アトラスだからなんだ。旧軍から恐れられたエース機だからなんだ。目にものを見せてやる。これが、地べたを這いずり回る雑兵たちの意思だ!


「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼」

 力なき者たちによる、絶対強者アトラスへの反抗。ワンリー攻勢という大きな流れの中で、小さくも強い変化をもたらそうとしていた。

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