4章「黒い妖精」

 シンヤ達、第一歩兵師団による橋頭堡の確保は、無事に成功をおさめた。ガントラックによる即席の陣地と、閃光手榴弾での目くらましの効果は抜群であったのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 どっと疲れが押し寄せ、肩で息をするシンヤ。これまで、弾丸が飛び交う戦場を駆け抜け、終始悪い意味で興奮し続けていたのだから、それも当然だろう。

「お疲れさま」

 マリアがそっと、彼を気遣うように寄り添う。彼女も疲労困憊だろうに……。

「ありがとう。でも、ゆっくりしている場合じゃない」

 そう、ここは最前線。空軍による爆撃の後とはいえ、いつどこからアトラスが現れてもおかしくはない。


「その通りだ」

 いつの間にか、小隊長が近くまで来ていた。

「橋頭堡の確保、ご苦労だった。特にライノ分隊の活躍には目を見張ったよ。しかし、本当の戦いはこれからだ。すぐに周辺の制圧と索敵をおこなってもらう。ただし、アトラスとの交戦は回避すること! 奴らの相手は、我々の仕事ではない」


「あの~、小隊長。ちょっとよろしいっすか?」

 ライノが、よそよそしくも馴れ馴れしく前に出る。さすがはコミュ力お化け。

「どう見ても、敵防衛線を突破できているのは、この場にいる部隊だけのようですぜ? これは孤立する危険性があるんじゃ……」

 これを聞いて、小隊長は「ふむ……」と唸った。


「攻撃箇所には充分な戦力が割り振られていたはずだが、予想以上に抵抗が激しいようだな。しかし、他の箇所の突破成功を待っている余裕はない。逆に、突破に成功した我々が裏から支援するべきだろう」

 小隊長はそう返すと、待機している他の分隊に指示を出すため、シンヤ達から離れていった。



「おい、シンヤ。ライノ分隊長と小隊長の話、聞いたか?」

「ん?」

 何やら、パルターが耳打ちしてきた。

「こういうのって、『フラグ』って言うんだろ? 嫌な予感がするぜ」

「え、縁起でもないこと言うなよ!」

 根拠のない恐怖感がシンヤを襲った。思えば、初陣の補給基地でも同じようなフラグが立ち、とんでもない目に遭った気がする。

「いやまぁ、最前線にいる時点で碌な目に遭わないのは当然だけど――ん?」

 そこで、シンヤの思考は途切れた。


 たしかに見えたのだ。数百メートルほど離れた場所にある背の高い建物の陰、こちらに先端が向けられたのものが!


「まずい! 逃げろおおおおお!!」

 索敵はどうした、と突っ込んでいる暇も余裕もない。集結した連合軍兵士全員に聞こえるよう、喉がはち切れんばかりに叫ぶ。

「「「――っ!」」」

 シンヤの声を聞き、一斉に四散する兵士達。


 だが、間に合わなかった。こちらに向けられた筒の先端から、カッ! と、閃光が迸ったのだ。

「砲撃だあああああああ!」

 皆その場に突っ伏する。ただそれしかできなかった。赤子のように怯え、放たれた砲弾が自分の近くに着弾しないことを祈った。

 間をおいて轟く砲声。犠牲は不可避だと、誰もが思っただろう。


 だが予想に反して、砲弾は兵士達の頭上を通過していったのだ。そのまま、砲弾は高さ五〇メートル弱のマンションを貫いた。

「外した!?」

 思わず胸をなでおろすシンヤ達。立ち上がり、『敵』の姿を捉えようと周囲に鋭い警戒網を張り巡らせる。


「……? どこだ!?」

 しかし、見つからない。

「あ、あれー?」

 それは、直接目撃したシンヤも同様であった。黒くて長い筒――つまり砲身があった背の高い建物の陰に目を向けるが、まるで最初から何もなかったかのように、その存在を消失させていた。


 ケイもスナイパーライフルのスコープで周辺を見渡していたが、諦めたかのように顔を上げた。

「……多分、私たちが伏せている間に移動したんでしょうね。今の砲弾の威力を見る限り、撃ってきたのはおそらく一〇五ミリライフルよ」

「ってことは、アトラスに目をつけられたってことじゃねえか! クソが……」

 うなだれるパルター。この場には二個小隊ほどの歩兵がおり、念のため対アトラス共振誘導弾ヘヴィランサーも持ち込まれてはいるが、特技兵は貴重であるため編成されていない。アトラスとの交戦は極力回避したかったのだ。


 ……だが、シンヤとライノは腑に落ちない表情を浮かべていた。

「だとしたら、なぜ追撃してこないんだ? こっちに戦車が無いとは気づいていたはずだ。そのまま蹴散らしに来てもおかしくはなかった」

「シンヤっちの言うとおりだ。仮に、対アトラス特技兵の存在を警戒されていたとしても、この距離なら問題はないはずだ」

「じゃあ、どうして――」

 どういうことかと、ユイが尋ねようとした。その時だった!


 ピシッ!


「「「…………!」」」

 何かに亀裂が入り、割れた音だった。それも、集結した兵士達全員が反応するほどの大音響。

(まさか……)

 おそるおそる、音のした方に目を向ける。そこには、


「あっ」

 このシチュエーションには、心当たりがあった。それはペキンでの戦いのとき、破壊の限りを尽くすアトラス部隊を撃破すべく、高層ビルを倒壊させて下敷きにしたことだ。

「あの時と同じ! いや、逆だ!」

 今度は、自分たちが下敷きにされようとしているのだ。

「総員退避ーー‼」

 小隊長も気づいたのだろう。困惑する兵士達に、必死の形相で退避を呼びかける。


 ピシピシッ! ビシッ! ビシィ!


 次から次へと、マンションに大きな亀裂が刻まれていく。あと数秒で倒壊してしまうほどに。

 ライノ分隊の面々も、脇目もふらずマンションから距離を取ろうとしていた。

「後のことは考えるな! 今はコンマ数秒も無駄にはできない! どこでもいい、とにかくマンションから離れろおおおお!」

 ライノが叫ぶ。この際、分隊員の誰かがはぐれてしまっても構わない。命の確保が最優先なのだ。

 タイムリミットは目前だ。走れ、走れ!


「きゃああああ! もうマンションがもたないわ!」

 マリアの悲鳴。直後、自重を支えきれなくなった、高さ五〇メートルの建造物がガラガラと崩れ落ち、逃げ惑う兵士達の頭上に降り注いだ!


「――ッ!」


 ***


 一方、パオトウ市の敵防衛線前にて、アトラスによる狙撃を目撃したロベルト・クロスラインは、狙撃の主の正体に関して一つの答えを見つけた。

「あの町に、エース機が潜んでいやがる!」

 それしか考えられない。一〇五ミリライフル弾が発射されたパオトウ市街から、被弾した三両のファントムアインまでは、かなりの距離があるからだ。


 連合軍の主力戦車であるファントムアインは、衛星との戦術データリンクを可能としている。その恩恵で、地平線の先にいる目視できない標的に対しても、長距離精密射撃を行うことができるのだ。

 しかし、アトラスも同じ機能を有しているとは考えにくい。もしも有しているのであれば、衛星がハッキングされていることになる。

(……だが、俺レベルになれば、データリンクなんか無くとも長距離精密射撃はできる。標的が目視できている場合に限るが)

 つまり、狙撃の主はロベルトと同格クラスの射撃ができるのだ。ならば、それはもうエース機と断定していいだろう。


 操縦手であるプラースも、モニター越しに呻く。

『まずいですね。他の箇所の突破が遅れていたのも、おそらくこの狙撃が原因でしょう。このままでは、被害が拡大する一方です』

「あぁ、その通りだ。とにかく、狙撃を得意とするエース機が、町に潜んでることを司令部に伝えてくれ。できれば航空偵察も寄越せ、とな」

『了解しました』

 ロベルトの指示を受け、プラースが司令部と通信を始めた。


 狙撃による被害拡大も心配だったが、ロベルトには別の不安要素もあった。

(町には、既に第一歩兵師団の一部が突入している。当然、アトラスとの交戦は避けるだろうが、エース機はそんな生半可じゃない。早急に片を付けなければ、全滅しちまうぞ!)

 ピンキリはあれども、エース機の戦闘能力は総じて桁外れだ。歩兵部隊など、いくら交戦を避けようとしても、追いつかれ殺される。ましてや、相手は長距離精密射撃ができるような手練れだ。エース機の中でもトップクラスの実力を持っているに違いない。


(ペキンに出現したホワイトレイヴンは、第一歩兵師団が撃退したようだが、アレは様々な条件が揃っていたから成功したんだろう。今度は無理だ)

 柄にもなく、冷や汗が頬を伝う。


 司令部に言わせれば、歩兵部隊の一つや二つの壊滅など想定済みなのだろう。だが、ロベルトは黙って指をくわえて見ているような人間ではない。

「この状況を何とかできるのは、俺しかいないな」

 突入した歩兵部隊が全滅する前に、エース機を撃破することを、戦車王ロベルトは心に誓った。



 少し間をおいて、数機の無人偵察機が戦車隊の上空を通過していった。

『要請が通りました。まもなく、航空偵察が開始されます』

 プラースが淡々と報告する。

「さてと、敵機の居場所さえ分かってしまえばこっちのもんだ。俺が仕留めてみせる」

 ロベルトは意気揚々と照準器を覗き込む。どこに隠れていようとも、標的の座標が分かれば、ファントムアインの高度な射撃管制とロベルトの砲術で、針の穴を通すように砲弾を撃ち込める。

「さぁ……どこにいやがる!」

 鼻息を荒げながら、偵察機の動きを見守る。


 航空戦力では連合軍が上回っており、制空権争いは連合軍が押していた。そのため、偵察機は迎撃を受けることなく町へたどり着けるはずだった。

「な……」

 そう、たどり着けるのだ。

 なんと、無人偵察機が町の上空に差し掛かる寸前、町の中から上空に向かって砲弾が撃ち上げられ、すべての機体を撃墜してしまったのだ! しかも、一発も外さずに!


「ば、ばかな!」

 さすがのロベルトも狼狽えた。

「足の遅い戦車ならともかく、高速で動き回る航空機を的確に撃ち抜くとは! ライフルを扱うエース機は何機かいるが、あんな芸当ができる機体なんて、東アジア戦線には――」


 東アジア戦線にはいない……そう言おうとした。しかし、一つの恐ろしい推測が、ロベルトの脳内を駆け巡った。

「……っ! まさか、が此処にいるというのか! これまで、ヨーロッパ戦線でしか目撃例がなかったというのに、なぜ急に東アジア戦線に現れた!?」

 それは、あまりにも残酷な真実だった。


「黒い妖精――っ! 旧トルコ軍を、恐怖のどん底に陥れた機体がこの戦場にいる。それしか考えられない!」


 ***


 何も見えない。マンションの倒壊による大量の粉塵で、シンヤの視界はゼロに等しかった。まるで濃霧だ。

 辛うじて難を逃れたが、いったい何人の分隊員とはぐれたのか。

(まさか、倒壊に巻き込まれて、みんな死んでしまったんじゃ……。いや、余計なことを考えるのはよそう!)

 嫌な考えを頭から振り払い、微かな希望に賭けて安否を確かめる。

「おーい! みんなどこだー⁉ 返事をしてくれー!」


 …………。


 返事はなかった。聞こえてくるのは、砲声とうめき声のみ。

(うそ……だろ……)

 振り払ったばかりなのに、最悪のシナリオが頭を埋め尽くす。これ以上ない脱力感に襲われる。

「マリア……パルター……みんな……。返事をしてくれよ……」

 うわ言のように呟き、絶望の底に沈もうとしていた。


「シンヤ君?」


 そんな彼を、聞き慣れた優しい声が撫でた。

「……え?」

 見ると、すぐ近くにマリアがいた。透き通るような肌にいくつもの傷があったが、足はちゃんとある。幽霊ではない。

「マリア⁉ よかった、無事だったのか!」

 もはや、顔から出るものがすべて出そうになるほど安堵した。


「うん、みんなを探しに来たの。シンヤ君が無事で本当に良かった。さっきの声も聞こえていたんだけど、パルターから『孤立状態だから、あまり大声は出すな』って言われてたから……」

「ってことは、パルターも無事なんだな?」

「……大怪我はしているけど、パルターは不死身だから多分大丈夫。他の分隊員も集まっているから、シンヤ君も来て」

 そう言うと、マリアはシンヤの手を引いて歩き始めた。



 いまだ粉塵による視界不良が収まらない中、シンヤとマリアは小さな商店跡にたどり着いた。

「シンヤ殿! 無事だったでござるか!」

「よかったぁ……」

 商店の中に入るなり、アベルとケイが駆け寄ってきた。二人とも傷だらけではあるが、とりあえず元気そうだ。


 パルターはというと、全身に包帯を巻かれて横になっていた。かなりの重症だが、意識ははっきりしている。

「……三回の戦いで三回とも重傷を負って三回とも死なないなんて、どんだけタフなんだよ」

「やかましい。そのうちの一回は、お前を庇った負傷だ」


 軽口もそこそこに、状況の把握に努める。

「――で、マリアが見つけたのはここにいる面子だけか」

 商店跡に集合できたのはごく少数。シンヤ、マリア、パルター、ケイ、アベルと、偶然合流できた兵士が若干名。元々は二個小隊ほどの人数がいたが、みんな散り散りになってしまったのだ。


「ライノ分隊長をはじめ、レティシアもルカもユイも行方知れずだ。他の分隊も同じ状況だろうな」

「シンヤ君の通信機はどう? 連絡が取れるんじゃない?」

「駄目ね。全員に通信機が行き渡っているわけじゃないし、通信兵が生きているとも限らない。無闇やたらに通信して傍受されたくもないしね」

 つまるところ、まんまと孤立状態にさせられたというわけだ。


「くそっ」

 ダンッ! と、シンヤは商店のカウンターを蹴りつけた。

「多分これが、ライフルを撃ってきたアトラスの狙いだったんだ! 直接攻撃するのではなく、マンションの倒壊で部隊を崩壊させることによって、最小限のリスクで多大な損害を与えられる」

 負けた。そもそも、はじめから無茶な作戦だったのだ。司令部に言わせれば『万が一にも成功すれば万々歳』なのだろう。戦力は豊富に用意されているのだから。


 ケイも、腕を組んで眉をひそめた。

「もし、この状況を作り出すのが、例のアトラスパイロットの狙いだとしたら、そのアトラスはと考えてもよさそうね。一般機が策士だらけだったら、頭が痛くなるわ」


 エース機。その単語を聞いて、アベルを除く全員が震え上がった。

 戦場に現れるだけで両勢力の士気を大きく動かし、圧倒的な力で敵を薙ぎ払う強大な存在。

 ペキンでは、ホワイトレイヴンなる白いエース機を何とか退けることができたが、今回は同じことをするための『条件』が揃っていない。ましてや孤立状態だ。


「エース機だろうと関係ないでござる! ここまでされた以上、黙って怯えているわけにはいかないでござるよ!」

「アベルはちょっと黙っていてくれ。……まぁ、このまま待っていても仕方が無いのも確かだ」

「そうね。粉塵も少し収まってきたみたいだし、他のみんなを探しに行きましょうか。もちろん、細心の注意を払ってね」


 再び仲間の捜索に向かうことにしたシンヤ達は、忍者のように静かに商店をあとにする。

 まだまだ視界は悪いが、先ほどよりも幾分かマシだ。



 静かに、そして素早く移動し、倒壊したマンションがある場所のすぐ近くまで来た。

「この建物の角を曲がれば、橋頭堡を確保した場所が見える。もしも、息のある負傷者がいたら手当てしよう」

 そう言いつつ、シンヤは角を曲がろうとした。

「待って!」

 それを、後ろにいたマリアが引き留めた。額に大粒の汗を浮かべ、ただ事ではない表情だ。


「何かがいる!」


 ゾクリ。マリアの言葉に、全身の鳥肌という鳥肌が立つのが分かった。

(まさか……)

 おそるおそる、建物の角から顔だけを出して覗いてみる。案の定、倒壊したマンションの傍にアトラスが立っていた。

 それだけならば、たいして問題は無かったのかもしれない。どうせ勝てないのだから、迂回すればいい。


 問題は、その機体が赤外線遮断のためと思われる『黒いシート』をマントのように装備していたことと、ことだ。


 確信した。

「あれは……エース機だ‼」

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