2章「突撃」

 新米戦車兵のジョセフは、ファントムアイン砲塔内の操縦席で、興奮と恐怖からくる吐き気と戦っていた。これから、東アジアの要衝であるパオトウの奪還作戦が開始されるわけだが、彼の所属する戦車大隊はその先陣を切ることになっているのだ。


「冗談じゃねぇ……。ブロント大将の激励で多少は勇気が湧いたが、化け物共と戦わなきゃならないことには変わりないんだ!」

 彼の脳内に、アトラスの圧倒的な火力によって薙ぎ払われた、仲間たちの悲惨な末路が蘇る。

 部隊は今もパオトウへ進軍中だ。予定通りならば、まもなく敵の防衛線と衝突するはず。そして、おそらく主力はアトラスだ。


(くっそー! 同時期に戦車兵になった奴は、もう殆どが逝ってるか重症で戦線離脱してる。訓練で優秀だったカイト・オオバとかいう日本人のガキも、南アジア方面軍が敗走したときから行方不明らしいしよ……。あ、その相棒のフレイちゃんは可愛かったなぁ)

 これまで運良く生き延びてきたが、これから起こる戦闘は極めて激しいものになると予測できる。今度こそ、仲間達のあとを追うことになるかもしれない。


「いやだ! 死にたくねぇ!」

 頭を抱えて震え続けるジョセフ。モニター越しだが、操縦手もそわそわしているのが確認できる。

 こんな調子では、おそらくまともに戦えないだろう。……せめて、味方に頼れるがいれば、アトラスの恐怖を打ち砕けるかもしれないのに。


『聞いてくれ。勇敢なる戦車乗りの同胞たちよ!』


 そんな彼に、が応えた。

「えっ……?」

 ノイズ混じりの通信に、耳を傾ける。

『ブロント大将の激励は、確かに俺達の魂を震わせてくれた。だが、まだ怯えている奴も多いはずだ』

 ジョセフは、この声の主を知っている。知らないはずがない。

『アトラスは強大だ。これまでにも、数え切れないほどの戦車乗りが、奴に蹴散らされてきた。この戦いも同じことになるだろう。しかし――』

 声色からも分かる歴戦のオーラ。それが生み出す圧倒的な安心感。


『――しかし、俺がいる限り無駄死にはさせん。必ず勝つ!』


 もはや、ジョセフを始めとする戦車兵からは恐怖が消えていた。いつの間にか、この声の主に全てを賭ける覚悟ができていたのだ。


『だから、全員俺のケツについてこい! この、ロベルト・クロスラインに!』

 ソルジャーランキング第四位。異名【戦車王】。名実ともに最強の戦車兵が、自分達を率いてくれるのだ!


「……やって……やる!」

 もう、どうにでもなれ。そんな思いで操縦桿を握る。

 たとえ自分がここで潰えようとも、戦車王がいれば――。


 敵の防衛線が目視できるまでになった。防衛線を構築しているのは、無数のアトラス。

『さぁ行くぞ! 戦車の――俺達の底力を思い知らせてやれ! 時代錯誤の機械人形どもにな!』

『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼‼』』』

 ロベルト率いるファントムアインの群れが、絶対強者アトラスを狩りに向かう。


 ***


 各所で耳をつんざく爆音が鳴り始めた。

「戦車隊が、敵部隊と交戦を開始しました!」

 双眼鏡で前線の戦況をうかがっていたシンヤが、興奮気味に叫ぶ。彼をはじめとするライノ分隊九人は、重機関銃と装甲を取り付けたガントラックの荷台に乗り、戦車隊の後を追従していたのだ。

「はじまったか。戦況はどうだ?」

「……決して優勢とは言えませんが、あの数のアトラスを相手に、互角に渡り合っているように見えます」

 敵の主力は当然アトラスだが、ロベルト・クロスライン率いる戦車隊の勢いは凄まじく、アトラスを陣地に釘付けにしている。さらに空軍の支援も相まって、破壊の権化たるアトラスは攻勢に転じることができないでいる。

「特に、ロベルト大尉はすごいですよ。もう三機撃破してる」

「ロボットアニメファンが泣きそうだね」

 しかし、連合軍側の損耗が激しいのも事実だ。やはり、敵は強大な存在であることを痛感させられる。


 奪還目標である旧中国のパオトウ市は、敵の厳重な防衛線によって固く守られている。最初の障壁として、町の南側の黄河に沿って造られた、無数の塹壕陣地群が行く手を阻む。そこを突破しても、要塞化されたが来るものを退ける。地形的に北からの進軍は難しく、南か東から攻めることになる。

 それに対し、連合軍は南から堂々とパオトウへ向け進軍中だ。それも、戦力を分散して薄く広い攻撃を仕掛けているのだ。

「……? こんなので防衛線を突破できるとは思えんぞ」

 作戦概要が書かれたメモを、パルターは眉間に皺をよせながら眺めていた。この戦術だと突破力が足りないのでは? と。

 この疑問に対し、分隊長のライノが「うーん……」と唸りながら答える。

「司令部の狙いは、おそらく敵の増援を封じることだろうな。こちらが一か所に戦力を集中投入すれば、当然敵もそこに増援を送る。逆に、広範囲に攻撃を仕掛ければ、敵はどこに増援を送ればいいのか分からなくなるだろ?」

 なるほど。と、シンヤを含めた全員が頷いた。

「まぁ、『この戦術が正解だ!』なんて都合のいいものは存在しない。もしかしたら、一点集中突破を図った方が良いかもしれないしな。それに――」


『ロベルト・クロスライン大尉率いる戦車大隊が、突破口を開きました! 敵防衛線が崩壊!』


「――それに、戦車王みたいなもいるしな」

 ライノの言葉を遮るように通信が入った。いや、彼の言葉を裏付けたとも言っていいだろう。

 まだ、戦闘が開始されてさほど時間が経っていないにもかかわらず、もう突破口を開いたというのだ。空軍の支援があるとはいえ、この早さは流石としか言いようがない。

「すごい! 黄河沿いに造られた防衛線は、かなり強固だって聞いていたのに」

「嘘でしょ……」

 マリアとレティシアが驚いたように言う。補給基地やペキンであれだけ猛威を振るったアトラスの大部隊が、いとも容易く蹴散らされたのだ。驚くのも無理はない。

 ただし、突破口を開けたのはロベルトが参戦した箇所だけだ。他はおそらく劣勢に近いだろう。


「……さて、予定よりも遥かに早くなったが、そろそろ俺っち達の出番だぜ」

 ライノが謎めいたことを言ったと同時に、シンヤ達が乗っているガントラックが速度を上げた。

「「「えっ?」」」

 突然のことに戸惑うシンヤ達八人。こんなの聞いていない。見れば、周りを走行中だった他のトラックも、同様に速度を上げつつあった。

「はははっ! 強い揺れにご注意くださーい!」

 運転手は、頭のネジが飛んでいるかのように叫んでいる。その言葉通り、速度を増したガントラックは強い縦揺れに襲われる。

「おい運転手、ふざけてる場合かっ。とにかく、しっかり掴まっていろよ!」

 吹き飛ばされそうになったユイを庇いつつ、ライノも負けじと叫ぶ。

「ちょ、何が始まるんです⁉ ブリーフィングでは、もっと敵戦力を減らしてから町へ突入する予定だったはずです!」

 揺れによって吐き気が込み上げてきていたが、それどころではない。シンヤは半ば掴みかかるように、ライノを問いただした。

「え、えーと……」

 露骨に目をそらすライノ。怪しい……。

「ぶんたいちょ~?」

 ケイも不敵な笑みを浮かべながら、じりじりとライノにプレッシャーをかける。その眼は笑っていなかった。


「す、すまない! 俺っちの口から、全てを説明できる自信がない!」

 それでも状況を説明しようとしないライノ。トラックは今も敵陣へ絶賛突撃中であり、このままではわけも分からず砲火に晒されてしまうかもしれない。


 見かねたパルターは、シンヤにあることを要求した。

「埒があかねぇ。シンヤ、通信を頼む」

「い、いいけど……どこに通信を?」

「決まっているだろ。ちょび髭師団長にだ」


 ***


『なん……だと……』


 いきなり通信してきたパルター・オーガストとかいう兵士が、状況の説明を要求したため、ノーランドは正直に説明した。その返事が先ほどの台詞だ。

「聞こえ難かったのか? どうも、中国の汚れた空気は私の喉と合わんようだ」

『そうじゃない! もう一度、さっきと同じことを言え!』

 もはや立場もなにもなかったが、ノーランドは華麗にスルーしてリクエストに応じる。


「ブリーフィングの内容は嘘だ。本来の作戦内容は、敵防衛線に穴が開いたと同時に貴様ら第一歩兵師団を送り込み、速攻でパオトウ市を占拠することだ。このことは、一部の者にしか伝えていない。全員に周知しようものなら、大半が逃亡するだろうからな」


 ***


「あのクソちょび髭があああああああ‼」


 通信を切った後、パルターが錯乱気味に叫んだ。

 末端の兵士には隠されていた、この『真の作戦』は、いわば浸透戦術の一種だろう。防御が手薄な場所から一気に後方へ浸透し、敵の指揮系統などを分断する。

 素晴らしく効率的で、素晴らしくクソな作戦だ。

「ははは……、無茶苦茶ですね。たしかに、こんな作戦だと知っていれば、逃亡者は後を絶たなかったでしょうけど」

 ルカが力なく笑う。浸透戦術自体は割と効果的な戦術だが、浸透した先に待っているのはアトラスという絶対的存在だ。死にに行けと言われているようなものだ。

「みんな、本当にすまない! さすがに逆らえなかったんだ……!」

「「「…………」」」

 必死に頭を下げるライノと、それを呆れた様子で眺める新兵八人。彼も巻き込まれた立場ではあるし、気持ちは分からなくもなかったが。


「……まぁ、勝算があるから司令部も承認したんだろうし、意外となんとかなるかもしれないよ? それに、もう引き返せないところまで来てるしね。ライノ分隊長も、気持ちを切り替えて指揮をお願いしますね」

 マリアが天使の微笑みで、うなだれるライノをフォローする。

「なんていい娘なんだ――じゃなくて、マリアの言う通りだ。もうやるしかない」

「ちっ、どうなっても知らねーぞ」

「元より、小生は戦う覚悟でござる」

「……仕方ありませんね」

 シンヤ、パルター、アベル、ルカの男性陣はマリアの微笑みに魅せられてか、流れに身を任せることにした。


「ま、尻込みしていてもしょうがないわよね。それに、何が起こってもパルターが守ってくれるだろうし♪」

「あ"?」

「はぁぁぁ、やだやだ。連合軍も人使いが荒いわねぇ」

「め、めっちゃ危険ってことやんね……。包帯は足りるんかな……」

 ケイ、レティシア、ユイの女性陣も、それぞれに思うところがありつつも、ライノを許すことにしたようだ。

 それに対し、ライノは半泣きになりながら、ちょうど近くにあったレティシアの綺麗な脚にすがりついた。

「あ、ありがとう……! この恩は一生忘れなぶべらぁ!?」

 案の定、蹴り飛ばされて荷台の隅に転がっていった。分隊長とは何だったのか。


 レティシアに軽蔑の眼差しを向けられつつも、ライノはよろよろと立ち上がった。

「ご、ごほん。じゃあ、これより敵陣を突破する。全員、武器を構えろ!」

 もう彼は『兵士の顔』に切り替わっている。分隊員の期待を裏切るわけにはいかないのだろう。

「まもなく砲兵隊によるも開始される。それまでに、巻き込まれない程度に敵陣へと接近を試みる」

「接近するまでに蜂の巣になるのでは⁉」

「そうならないために、制圧射撃で敵の動きを封じる! シンヤっち、重機関銃座についてくれ。頭は低く、な」


「了解!」

 指示を受け、シンヤはトラックの重機関銃座につく。敵の防衛線は目の前だが、ロベルトの活躍で、ルート上のアトラスは全て鉄屑と化しているのが確認できる。

 一方で、ホプリテスや敵歩兵などの二線級戦力は健在だ。流石にそこまでは手が回らなかったのだろう。

 さらにそれを突破しても、パオトウ市には多数の敵が待ち受けているはずだ。だが、

(やってやる! 俺は、エース機だって撃退した男なんだ。どんな困難が待ち受けていようが、また打ち破ってやる!)

 シンヤの顔に迷いはない。やれるだけのことをやる。ただそれだけだ。


 ――そんな彼を、ケイがスナイパーライフルを構えながらニヤニヤと見ていた。

「……ふーん。ペキンの時から思ってたけど、シンヤちゃんちょっと格好いいじゃない」

「ぶふぅ⁉」

 集中力が途切れて吹き出してしまった。

「……ケイ、それを今言うか⁉」

 パルターが露骨にげんなりする。なんだか、パルターがケイを邪険に扱っている理由が垣間見えた気がする。

「あはは。ごめんごめん! どこかの金髪碧眼美少女が、なんでこんな優良物件を放置しているのかな~って思ってね」

「こいつ……」

「――それに、少しリラックスさせてあげようとしたの♪」

 ケイは軽くウインクすると、構えたスナイパーライフルのトリガーを引いた。タァン! と、放たれた弾丸は音速を超えて飛んでいった。

 そして、遥か前方で弾幕を張っているホプリテスの重機関銃を撃ち抜いて破壊する。乗っているトラックは揺れているのに、相変わらず凄まじい狙撃の腕だ。

「……ありがとう、ケイさん。おかげで肩の力が抜けたよ」

「ふふっ、どういたしまして」

 撃つべき敵の姿が、はっきりと見えるようになった気がする。

 


 そして、敵陣が重機関銃の射程圏内に入った――!

「撃ち方始めぇ!」


 シンヤ達九人を乗せたトラックが、最前線デスゾーンへと突入する。

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