ペキン郊外~ホワンツー高原

1章「パオトウ奪還作戦」

 ペキンから連合軍が撤退して五日が過ぎた。駐屯していた連合軍の戦力は分散し、占領されたペキンを半ば包囲するように、防衛線を再構築した。

 敵もそれ以上は侵攻しようとはせず、両軍は睨みあいを続けている。


「ふぅぅ……」

 平凡な青年兵士、シンヤ・ナカムラは盛大に溜め息をついた。

 彼は今、ペキンの南五〇キロ地点に塹壕を掘って篭っている。お守り代わりのアサルトライフルを、人形のように抱き締めながら。

(なんてこったい。ホワイトレイヴンとかいうエース機を撃退したと思ったら、今は塹壕の中で、震えながらミサイルが飛んでこないことを祈ってる……)

 憂鬱だ。を果たすために自分から軍へ志願したわけだし、遅かれ早かれこういう目に遭うことは分かりきっていた。だが、一八歳の精神には想像以上に堪えた。


 疲れているのか、塹壕の外から、金髪碧眼の天使がこちらを覗き込んでいる幻覚まで見え始めた。

「……ん?」

 いや、幻覚ではない。

「お疲れさま。シンヤ君」

 覗き込んでいたのは、同じ分隊に所属するマリアであった。そして、シンヤが密かに想いを寄せている人物でもある。

「やっほー。元気してた?」

 その隣には、パルターの元カノ(?)のケイもいた。


 しかし、兵士とはいえ女性である二人は、不満と鬱憤が蔓延している最前線ではなく、後方司令部で待機していたはずだ。

「どうしたんだ? ユイやレティシアと一緒に、後方司令部にいたはずじゃ……」

「それは――」

「愛しのシンヤ君に会いたーいって、マリアちゃんが騒ぐから仕方なく、ね?」

「!?!?」

 ケイのトンデモ発言に、思わず吹き出しそうになった。

「ちょ、本当に違うからっ。シンヤ君、今のは、ほ・ん・と・う・に嘘だからー!」

 顔を真っ赤にし、全力で否定するマリア。この世界は残酷だ……。


「もー、ライノ分隊長からお遣いを頼まれただけだって」

 マリアはそう言って、銀色のパウチをシンヤに手渡す。

「はい、差し入れ」

「アッハイ、アリガトウゴザイマス」

 なんだか複雑な心境だったが、とりあえずパウチを受け取る。中身はドライフルーツだった。

「……っ」

 ほんの少し前の、補給基地でマリアやパルターと馬鹿やっていた日常が、頭をよぎった。もう、あの平和ボケした日常には戻れないのだ。

「でさ、それを食べてからでいいんだけどね――」

 今度は、先ほど二人を茶化したケイが、何故か申し訳なさそうな顔をして言う。

「ちょっと、後方司令部に来て欲しいんだ~。シンヤちゃんだけじゃなくて、分隊員全員に集合命令が出てる」

「……なぜに?」

「うーん、よく分からないんけど、面倒事だってことは確かかな?」

 今以上に、面倒なことが起こるというのか。もう少し休ませて欲しいところだ。

「それがね、東アジア方面軍でも有数の高級将校からのご指名なのよ」

「えっ!?」

 シンヤから血の気が引いた。こんな末端の分隊に、高級将校が何の用があるというのか。


「そんなに身構えなくても、大丈夫だと思うよ? シンヤ君がよく知っている人だから。ついでに、私とパルターも馴染みがある人よ」

「……ちょっと待て、まさかとは思うけど――」




 アレクサンドル・カイザー。東アジア方面軍所属の陸軍少将。

 旧ロシア軍の元凄腕戦車兵であり、直接的な戦闘から身を退いた今でも、その手腕は衰えていないとされている。その証拠に、将兵の戦術レベルでの価値をランク付けした『ソルジャーランキング』にもランクインしている。しかも、かなり上位だ。

 そんな男が、後方司令部に集合したライノ分隊九人の、目の前にいる。

「こ、このお方が、カイザー少将でござるか……! 噂通り、凄みのあるお方だ」

 シンヤの隣に立っているアベルが、わなわなと震えている。

 彼の言う通り、カイザーは凄まじい存在感を放っていた。年齢は六十代後半といったところだが、その眼は何者よりも鋭い。いかにも『歴戦の老兵』といったところである。

「「「…………」」」

 場に重い空気が張り詰める。コミュ力お化けのライノですら、口をつぐんでいるほどだ。


 しばらく沈黙の時間が続いたが、遂にカイザーが口を開く。

、シンヤ。それに、マリアとパルターも元気そうで何よりだ」

 なんと、まるで親しい旧友に会った時のような口ぶりであった。表情も柔和で、先ほどまでとはまるで違う。

「お久しぶりです。カイザー少将」

「そちらこそ、お元気そうで何よりです」

「ははっ、またシワが増えたんじゃないですか?」

 対するシンヤ達も、よそよそしい訳でもなく、普通に応じる。

「ど、どういうことよ。シンヤ達三人が、こんな大物と知り合いだっていうの!?」

 当然、他の分隊員は激しく動揺した。戦果はあげているとはいえ、なぜ末端中の末端である彼らが、こんな軍の大御所と仲がいいのか、と。

 不思議がる分隊員たちに、シンヤは状況を説明してあげる。

「大したことじゃないよ。東アジア戦線に送られてすぐの数日間、カイザー少将の宿舎の雑用をやってただけ」

 その当時、カイザーから度々声をかけてもらい、親交を深めた。結果として、新兵としては考えられない仲になったのだ。

「マリアが淹れてくれたコーヒーはうまかったなぁ。それに、若い奴らが頑張っているのを見るのは、私にとっても刺激になった。他の者も、楽にしていいぞ」

 想像よりも、遥かにカイザーがフランクだと分かり、場の雰囲気が和らいだ。


「では、本題に移ろうか」

 カイザーの表情が『軍人の顔』に戻る。

「まずは、アトラス二機の撃破並びにホワイトレイヴン撃退の功績を称えよう。結果的にペキンを手放すことになってしまったが、君達の活躍がなければ、敵の第一波を抑えきれなかった可能性もある。すぐにでも全員を昇格させたいところだが、二週間後のに備えて、編成上の混乱は避けたい」

「大規模作戦?」

「そう、その大規模作戦こそが本題だ」

 カイザーはさらに続ける。

「師団長から聞いているだろうが、第一歩兵師団を含め、我々東アジア方面軍は守勢に回るつもりなどない。あくまで、目標は敵本拠地カスピアンフォートレスの陥落だ。だが、そこに辿り着くためには、いくつもの『要衝』を攻略しなければならない」

 カスピアンフォートレスが存在するのは、カスピ海北東の沿岸部だ。しかし、敵は東アジア戦線とカスピアンフォートレスの間にある都市を制圧下に置いており、そこに辿り着くのは容易ではない。加えて、南はアルプス・ヒマラヤ造山帯、北は極寒の大地が広がっているため、迂回するのは得策ではないだろう。


「では、やはり中央突破ですか」

「そうだ。最も注目すべき要衝は、我が軍が数日前に手放したペキン、ペキンの西に位置するパオトウ、そして旧モンゴルのウランバートルだ。敵の主力と東アジア攻略司令部は、ウランバートルに存在しているということは既に判明している。ウランバートルさえ押さえてしまえば、あとは勢いに任せて敵をカスピ海まで押し込める」

 それを聞いて、分隊員達が「おおっ」と声を漏らす。敵の強大さを目の当たりにし、士気が下がる一方であった状況の中で、ようやく『勝利』への希望が垣間見えたのだ。


「……とはいえ、ペキンの一件で分かっただろうが、敵の戦力は世界中の軍事力を結集した我が軍をも凌駕する。まともに主力とやりあえば、まず勝ち目はないだろう。そこで、要衝の一つであるパオトウを先に攻略し、ウランバートルを包囲できるようにすることが必要になる」

 要は、補給線の分断だ。いかに強力な兵器を有する軍隊であろうとも、それを維持するための補給が続かなければ、瞬く間に敗走するだろう。食事をしなければ、人間も活動能力が鈍くなるのと同じだ。

「ペキンを攻撃したのは、おそらくパオトウにいた部隊だ。パオトウを攻略することは、ペキン奪還を助けることにも繋がる。この一連の攻勢計画を、万里ワンリーの長城になぞらえて、我々は【ワンリー攻勢】と呼んでいる。今まで苦汁を飲まされ続けてきたが、これでケリをつける」


 なるほど。と、黙々と説明を聞いていたが、そこで一つの疑問が生じた。

「……カイザー少将、そもそもなぜこの話を俺達に?」

 いくらシンヤ達と親しいからといって、わざわざ高級将校であるカイザーが、ワンリー攻勢についての説明をする必要はない。師団長のノーランドに周知の命令を出せばいいだけだ。

 素朴な疑問を投げたが、当のカイザーは「ははっ、気にするな」と笑った。

「三人に会いに来たついでだ。何より、第一歩兵師団は、本来はこのままペキンへの牽制を続けてもらう予定だったんだが、先の功績を称えてパオトウ攻略に加わってもらうことになった。当事者である君達には、存分に腕を振るって欲しいんだよ」

「は、はぁ……」

 若干腑に落ちない部分もあったが、カイザーは自分達に期待してくれているようだ。

(それにしても、パオトウ攻略戦への参加か。また、激しい戦いになりそうだ)

 補給基地からペキン。何度も死にかけたし、次も同じような目に遭うだろう。むしろ、これまで以上かもしれない。

 だが覚悟はできている。共に戦う仲間もいる。

(やってやるさ! ワンリー攻勢だろうが、何だろうがよ!)


 すべては、『ある目的』のために。


 ***


「よろしかったのですか? あんな末端の兵士に、戦略の概要を伝えてしまって」

「ん?」

 後方司令部を後にするカイザーを、第一歩兵師団の師団長であるノーランドが呼び止めた。

「シンヤ・ナカムラ上等兵、マリア・フロスト上等兵、パルター・オーガスト伍長……。彼ら三人と、少将の仲がよろしいのは事実。だが、あなたが公私混同するような人であるはずがない」

「…………」

「何か、企んでいますね?」

 疑惑の眼差しを向けるノーランドに、カイザーは静かに言った。


「……この目で見定めたかったのだ。あの九人の中に、


 ***


 ――二週間後。ワンリー攻勢発動当日。

 

 東アジア方面軍パオトウ攻略部隊は、ホワンツー高原東の黄河沿いに集結していた。

「なんて数だ……」

 パルターがうめき声に近い感想を漏らした。

 黄土が混ざる荒れた大地を、連合軍の兵士と兵器が文字通り埋め尽くしている。上を見れば、必ず空を駆ける航空機が目につく。支援部隊も合わせ、その兵員数およそ十万!

 連合軍の本気と底力が垣間見える。頼もしい限りである。


「予備役まで投入しての一大攻勢だ。失敗は許されない」

「うん、頑張ろうね!」

 体がたぎるのが分かる。

「いやーん、こわーい! パルター、私を守って♪」

「やかましい! 不敵な笑みを浮かべながらすり寄ってくるんじゃねぇ!」

「うおおおおお! 燃えてきたでござる! 大和魂を見せてやる!」

「アベル、あんたはいい加減銃を持ちなさい」

「レティシアさんも、人のことは言えないと思いますが……」

「うぅ~、私は緊張のあまり、体の震えが止まらんですたい」

「大丈夫、肩の力を抜けって。俺っち達にできることをやればいいだけだ」

 一大攻勢を前にした、分隊員達の心境は様々だ。……うん、本当に様々。


「さて、もうすぐ時間だな……」

 ライノが腕時計を確認しながら呟く。そう、もうすぐ始まるのだ。

 ドキドキしながら待機を続けていると、十万の軍勢の先頭に停車しているファントムアインに、将校らしき老人が昇っていくのが見えた。

「あ、あれは……!」

 シンヤ――いや、連合軍将兵全員がざわめいた。あの老人を知らない者は、敵味方共に存在しないだろう。

 驚きのあまり、声が出せないでいるシンヤを代弁するかのように、ライノが上擦った声で言った。


、ブロント・オースティン大将……!? まさか、激励に来たのか!」


 敵勢力の電撃的な攻勢を前に、右往左往する国家を旧友二人と共にまとめ上げ、今の国際統一連合軍の礎を作った男。つまりその男は、東アジア・ヨーロッパ・オーストラリアからなるすべての方面軍のトップ、ブロント・オースティンその人だったのだ!


「えー、こほん」

 ステージ代わりのファントムアインの砲塔に立ったブロントは、軽く咳払いをした。各所に設置されたスピーカーのおかげで、声が鮮明に聞こえる。

「おそらく驚いた者も多いだろう。儂はこのたび、ワンリー攻勢を開始するにあたり、諸君らの激励に来た!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオ‼‼」」」


 ブロントが軽く挨拶しただけで、将兵達は歓喜の渦を巻き起こした。もはや、士気はカンストしているだろう。

「この攻勢は、連合軍としては二度目の大規模作戦となる。一度目は、半年前の東アジア戦線構築作戦だ。……だが、その東アジア戦線構築作戦以外で、我が軍がまともに敵を打ち破った例は極めて少ない。我々は今も劣勢なのだ! しかし、この攻勢が成功したとき、我が軍と敵の立場は逆転し、奪われ踏みにじられた祖国を奪還することができる! 攻勢の始まりを告げる、このパオトウでの戦いも、敵拠点の『攻略』ではなく、奪われたものの『奪還』であるッ!」


「「「連合軍に勝利を! 祖国に平穏を!」」」


「これ以上、東アジアからの後退は許されない! 故に、この戦いでの敗北は許されない!」

 ブロントが右手の拳を高々と掲げる。連合軍の『力』を知らしめるかの如く。

「ブロント・オースティンの名のもとに、ワンリー攻勢の開始を宣言する! 全軍、進撃せよおおぉぉおおおッッ‼‼」


 時は満ちた、さあ反撃の時間だ――ッ!

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