終章「死闘の果てに…」

 突如として勃発した、ペキンを巡る攻防。この戦いは、謎の勢力の撤退という形で、ひとまずは幕を下ろした。

 しかし、連合軍側の勝利とは言い難かった。というのも、ペキンに駐屯していた五万のうち、戦死者負傷者合わせて約二万弱の損害を被っていたからだ。初動の空襲で戦力を分断され、増援をうまく送れなかったのが最大の要因であろう。これでは素直に喜べない。


 多くのものが傷つき、失われたこの戦いで、シンヤ達は辛くも生き延びたのだ。ただ一人を除いて――。

「おい、ケイ。変なナレーションを入れんじゃねぇ」

「あ、あれれー? 私ったら、てっきりパルターがあの世に召されたとばかり……」

「不謹慎にも程があるだろ! 俺はピンピンしてるわ!」

 訳のわからない漫才を繰り広げているパルターとケイを、分隊の面々は困惑気味に眺めていた。……主にパルターの方を。

「あの大男、いくらなんでもタフ過ぎでしょ」

「わ、私も驚いたとです。あんな大きな瓦礫に吹き飛ばされたのに、応急処置しただけで普通に動けるようになったとですから」

「かの、グンソー・フクダの生まれ変わりでござろうか。いやはや、世界は広いでござるな」

「……刀で戦うアンタも相当だけどな」


 現在、ライノ分隊の面々は、他の第一歩兵師団の生き残り達と合流し、大通りに待機していた。

 辺りは疲れ切った連合軍の兵士たちで埋め尽くされ、混沌としている。中には、死んだようにうなだれている者や、腕や脚を失っている者もいた。

(どんだけ激しい戦いだったんだよ……。俺達はまだマシだったのか?)

 シンヤは思う。結果的に、ライノ分隊は一人も欠けずに済んだのだ。自分達は余程運が良かったのだろう。


「とにかく、分隊のみんなだけでも無事で良かったわ。もしも、シンヤ君やパルターが死んじゃったらと思うと……」

 マリアは震える声でそう言うと、シンヤの戦闘服の袖をギュっと握ってきた。しばらくぶりの、歳相応の言動を見せるマリアに対して、思わず目を逸らしてしまう。

「お、おう……ありがとうマリア。そう簡単には死なないからさ」

 動揺を隠しつつも、そっとマリアの震える手に自分の手を重ねた。

(あれ? これ死亡フラグじゃね?)



 それから少し経って、生き残った第一歩兵師団が全員大通りに集結した。その中には、一週間前に共闘した、対アトラス特技兵のエルダー・ランドの姿もあった。

「おお! たしか、シンヤ・ナカムラだったよな。配属初日から災難だったな」

 こちらを見つけたエルダーが、気さくに声をかけてくる。が、どこか彼は陰鬱な雰囲気を漂わせていた。

「どうしたんですか? あまり、体調が良くないようですが……」

「……やっぱり、分かってしまうか。実は、また部下を失ってしまったんだ。ちくしょう、これで何人目だ……!」

 ガンッ! と、横転した車両を蹴りつけるエルダー。悔しさがありありと滲み出ている。


 対アトラス特技兵は、アトラス狩りのプロなどと持てはやされる反面、兵の損耗率は桁違いだと言われている。生身でアトラスと戦うということは、それほどまでにリスクが大きい。

「ああ……すまない、見苦しいところを見せたな。ところで、気になるのは今後のことだ。司令部は、どうやってペキンの防衛網を立て直すつもりだろうか」

 エルダーは悪びれながらも、シンヤ達も気になっていたことを口にした。ペキンの連合軍は前述のようにズタボロであり、立て直すのは容易ではなさそうだ。慢性的な人員不足もあり、後方からの増員はあまりアテにならない。


「まぁ、俺っち達が考えても、仕方がありませんぜ中尉。そろそろ、防衛網再構築のための命令が下るでしょうよ」

 ライノがエルダーに言った直後、第一歩兵師団の師団長であるノーランドが姿を現した。

 ノーランドは、大通りに集結している兵士達をぐるりと見回すと、自身のちょび髭を撫でながら口を開く。

「よくもまぁ、運良くこれだけの死にぞこないがいたものだ。貴様らに生きる価値があるのかは怪しいがな」

 ビキリ。と、シンヤの眉間から謎の擬音が鳴った。

(ったく、師団長としては有能なんだろうが、人間としてどうなんだ!)

 怒りを覚えるが、ノーランドの方はどこ吹く風で続けた。

「で、今後のことだが、我が軍はペキンを放棄することになった」


 うん。…………んん⁉

「「「はあああああああああああああアアアアアア!!??」」」

 第一歩兵師団の面々は、驚愕のあまり狼狽した。それはライノ分隊も同じであった。

「ペキンを放棄だって……⁉」

「嘘でしょ⁉」

「敵は退いたでござる! 何かの間違いでござる!」

「どういうことだ。たしかに痛手は負っているが、なにも放棄するほどじゃないはずだ。戦車王も対アトラス特技兵小隊も健在だというのに」

 誰もが耳を疑った。多大な犠牲を払って守り抜いたこの都市を、再び敵の手に渡す必要があるのかと。

 だが、現実は非情だった。

「ふん、貴様らの言いたいことは分かるが、これは私の決定ではない。司令部の決定だ」

 ノーランドはそう言い放つと、ボイスレコーダーを取り出し、それを再生した。ノイズ交じりの兵士の声が、周辺に響き渡る。どうやら、通信の内容を録音したもののようだ。


『こ、こちら第四〇三警備隊! 現在、ペキンへと向かう敵部隊と交戦中!』

『規模は不明です! 数えきれません!』

『救援を乞う! 救援を――ザー……ザー……』


「「「………………」」」

 静まり返る大通り。誰も、録音された内容の詳細を尋ねようとはしなかった。

「これは、先ほど侵攻してきた敵の情報ではない。ほんの数十分前に受信した、新たにペキンを奪わんとする敵の情報だ」

 ノーランドは、ボイスレコーダーを聞いて氷のように固まっているエルダーを見やる。

「エルダー中尉。君やロベルト大尉を中心とする残存戦力約三万ならば、おそらくは再び敵を撃退できるだろうな。当然、また大量の血を流してな」

「…………」

 エルダーは何も答えなかった。いくら残存戦力があろうとも、こんな状態で休む暇も無く敵の大部隊と交戦すれば、それこそ無駄な血が流れる量が増えてしまう。

「現状を理解したのであれば、さっさと撤退の準備にかかるんだな」

 もはや、不満を漏らす者はいなくなっていた。



 ――この日、ペキンの街は再び敵の手に渡った。連合軍は敗北したのだ。

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