8章「戦車王」

「よけろぉぉおお!!」

 頭上に迫る、二つの金属の塊。当たれば即死、当たらなくても衝撃で重傷を負うほどの質量が、シンヤに襲いかかる!

 しかし、平凡な日本人であるシンヤに、それを回避できるほどの超人じみた身体能力はない。

(ダメだ、間に合わねぇ!)

 せめて重傷で済めばと、シンヤは腹をくくった。


「なに勝手に諦めたつらしてんのよっ」

「シンヤ殿、今助けるでござる!」


 レティシアとアベルの声が聞こえた。その直後、眼前まで迫っていた金属の塊が、のだ!

「な……」

 我が目を疑うシンヤ。彼の目が節穴でなければ、レティシアが蹴りで、アベルが刀で弾いて、金属の塊の軌道を強引に変えたように見えた。

「ふぅ、怪我はないでござるか?」

「ったく。これ以上戦力が減ったら、たまったもんじゃないわ」

 何事もなかったかのように、シンヤを気遣うアベルとレティシアの二人。

「……ホプリテスを吹き飛ばした時も思ったけど、お前らいったい何者なんだよ。いや、とにかく助かったぜ」

 二人に礼を言い、再びアトラス部隊に動向に意識を集中する。

 今は白いエース機は動きを止めており、じっとこちらを観察しているように見える。その後ろにいる二機は、相変わらず友軍を弄んでいる。


「このままじゃジリ貧だな。パルターの容態も気になるし、早いところ目的を果たして撤退したいところなんだけど……」

「だいたい、ルカは何をぐずぐずしているのかしら⁉ さっさとビルを爆破しなさいよっ」

 それもそうだ。ルカがビルに砲弾を撃ち込みさえすれば、アトラスを瓦礫で生き埋めにして、防衛線の崩壊を防ぐという目的は達成されるのだ。

(まさか、何かファントムアインで不具合があったのか……?)

 最悪のシナリオが頭をよぎる。そして、それを裏付けるかの如く、マリアとライノが駆け寄ってきて言った。

「シンヤ君! 無事で良かった……!」

「アベルっち、レティシアっち、ありがとう! ……だが安堵している場合じゃないんだ。ルカっちから、『あと三分だけ持ちこたえてくれ』っていう連絡があった。どうやら、射撃管制に不具合が生じているらしい」

 嫌な予感は当たるものだ。つまりは、もうしばらくエース機とやりあわなければならないということ。もちろん生身で。

「三分か……」

 総身が震えるのが分かる。三分といえば短いように聞こえるが、先ほどのエース機の動きを見た後では、それが三十分にも思えてしまう。それほどまでに、相手は圧倒的であった。

「でもやるしかない。やらなきゃここは突破され、さらに犠牲が増えちまう」

「しかし、このままゲリラ戦を続けていたら、命がいくつあっても――」

 絶望的なまでの戦力差に、挫けつつあったシンヤ達。そんな彼らを、一つの通信が遮った。


『連合軍が! これより、近接航空支援を開始する!』


「「「…………!」」」

 まだ、希望はあった。


 ***


「なんだ? この歩兵どもは……」

 ホワイトレイヴンのパイロットは困惑した。攻撃を仕掛けてきた一人の兵士を目がけて、装甲車の残骸を蹴りつけたわけだが、彼らは生身にもかかわらず弾き飛ばしたのだ。

 いや、問題はそれだけじゃない。察するに、彼らは再び挑んで来ようとしているようだった。どう見ても勝てるはずがないのに。

(何か裏があるのか。だが、考えても無駄だな)

 両手の対装甲ブレードを構え、頭部機関砲を撃てるようにする。

『無駄無駄無駄ァ!』

『ちょっとー、歯ごたえがないんですけどー』

 僚機は相変わらず、後ろで歩兵相手に暴れている。もう好きにさせることにした。


 他の敵のことは僚機に任せ、ホワイトレイヴンのパイロットは、目の前にいるを醸し出している兵士達に意識を集中する。

「なんだっていい。邪魔をするなら、叩き潰すのみ!」


 ***


「突撃ーー! シンヤっちとマリアっちを全力で援護だ!」

 ライノの指示の元、まずライノとアベルとレティシアが先陣を切ってエース機へと接近。その後をマリアとシンヤが続く。

「いいか、『奴の度肝を抜くタイミング』はシンヤっちとマリアっちに全て任せる! いいな⁉」

「はい! やってみせます!」

「良い返事だ――うおっと!」

 先陣を切るライノの頭上を、エース機が放った頭部機関砲弾が掠める。

「し、死ぬかと思った……」

「このペースだと、あの世まであっという間でござるよ!」

「でも、やるしかないのよね。シンヤ君、私たちの命預けたから!」

 すぐ近くを疾走するマリアが、シンヤの肩をポンと叩いた。

「……ああ、やってやるさ!」


 エース機へとさらに接近する五人。その距離は五〇メートルほどだ。いつ、対装甲ブレードの斬撃が飛んできてもおかしくない。

 そんな状況の中、ライノがエース機の正面で立ち止まり、ロケットランチャーを構えながら叫ぶ。

「全員散開! まずは俺っちが奴の気を引く!」

 そう言って、ロケットランチャーをエース機目がけて撃ち放つ。だが、シンヤの時と同様に対装甲ブレードで切り払われる。

 エース機の注意が、ライノへと向く。


「ああもうっ、なんで私がこんなことをしなきゃいけないのよ!」

 続けて、悪態をつきながらもエース機の左前方へと走り込んだレティシアが、これまで使っていなかった拳銃を取り出し、エース機の赤く光る眼へと数発撃ちこむ。当然、ダメージは全くない。

 エース機の注意が、レティシアへと移る。


「こっちを見るでござる! このデカブツがーー!!」

 エース機の右前方へと飛び込んだアベルが、手にした風斬ふうじんを頭上に掲げる。すると、太陽光が鏡のような刀身に反射し、遠くからでも見えるほどのまばゆい光を放った。

 エース機の注意が、今度はアベルへと移る。


 一見、馬鹿げた行動をしているように見える三人。だが、これでいいのだ。

「行くよ、シンヤ君!」

「おう! このチャンス、無駄にしてたまるか!」

 そこで突如、三人の少し後ろにいたシンヤとマリアが、点在する瓦礫と残骸の間を縫うように、全速力でエース機目がけて走り出した。

 自殺行為とも思える二人の行動。しかし、ライノ達三人に気を取られていたエース機は、突如急接近を始めたシンヤとマリアへの反応が遅れてしまったのだ!

(よし、行ける!)

 エース機とシンヤとの距離は三〇メートルまで縮まった。

《…………!》

 敵のパイロットが反応した時には、もう『作戦』は完了間際であった。

「「いっけえええええええええええええええええ‼‼」」

 雄叫びと共に、二つのをエース機に向かって投擲とうてきする二人。その投擲されたは、放物線を描いてエース機の足元へと到達し、カランカランと転がった。


 ライノが、小さく「勝った……」と呟いたのが聞こえた。


 ***


 二人の兵士が、こちらに向かってなにかを投げつけてきた。

「手榴弾? ふん、無駄なことを!」

 ホワイトレイヴンのパイロットは呆れかえった。囮まで仕立ててこちらの気を引き、接近していったい何をするのかと思ったら、まるで無駄な足掻きだったようだ。

(そんなもの、足止めにもなりはしな……ん?)

 だが、そこで妙なことに気がついた。兵士が投げつけてきたものが、いつまでたっても爆発しないのだ。

「どういうことだ……」

 訝しみ、機体の足元に転がっている二つの物体をよく観察する。その物体からは煙が立ち昇っているため、間違いなく爆発する武器だろう――。


「……なっ⁉ 煙だと⁉」

 ようやく、パイロットは違和感の正体に気がついた。兵士が投げた物体が発している煙は、なんとのだ!

(これは爆弾じゃない! 発煙弾か!)

 そう、敵の位置を味方に知らせ、砲撃や爆撃のための座標を容易に知らせることができる発煙弾を、連合軍の兵士は投げて寄越したのだ。


『おい! 聞こえているんだろう⁉』


「……!」

 アトラスに装備されている集音マイクが、一人の男性兵士の声を拾う。見ると、先ほど発煙弾を投擲したうちの一人が、こちらに向かって叫んでいた。

『我が軍は、先ほど制空権を確保した。そして、俺達は。これが何を意味するかは、テメーなら分かるはずだ!』

 ゾクリ……と、ホワイトレイヴンを御す男の体が震えるのが分かった。

(集中……爆撃、だと……!)


 アトラスは、全体を覆っている衝撃拡散装甲によって、あらゆる攻撃を無力化して受け止める。絶大な威力を誇るファントムアインの一六〇ミリ主砲や、衝撃拡散装甲の破壊に特化したヘヴィランサーを除けば、ほぼ無敵に等しい。

 だが、当然限度は存在し、強力な攻撃を連続で受けてしまえば防ぎきれない。それでも撃破までには至らないかもしれないが、おそらく無事では済まない。空からの集中爆撃も、その警戒すべきことの一つだった。


「くそっ! こんなことをすれば、自分達も巻き込まれて死んでしまうというに……! こいつらは、死ぬのが怖くないのか⁉」

 連合兵の捨て身の行動に、驚きと恐れを隠せないホワイトレイヴンのパイロット。

 とにかく、こうしてはいられなかった。一刻も早くこの場を離れなければ、対抗手段のない空からの攻撃をモロに受けてしまう。


 とりあえず、バックステップで緑の発煙弾から距離をとり、僚機にもこのことを知らせようとする。

「二人とも、すぐにここから離れるぞ! まもなく爆撃が――」

 しかし、最後まで言うことができなかった。


 ダガアアァァァァアアアァァァアアンンン‼‼


「…………っ⁉」

 突如、僚機のすぐ近くに建っていた高層ビルの根元が大爆発したのだ。爆発したビルは自重を支えきれなくなり、根元からガラガラと崩れ、倒れた。


『う、うわーーっ』

『いやああああああ!!』


 ……ビルが倒れた先には、僚機である二機のアトラスがいた。逃げようとしたが間に合わず、膨大な質量の下敷きとなった。

 二人の断末魔が、通信機を介して聞こえてきた。

「やられた……」

 始めから、これが連合軍側の狙いだったのだ。見下していた相手に、見事に出し抜かれてしまった。

 ホワイトレイヴンのパイロットは、悔しさと尊敬が入り混じりながらも、敵の評価を改めた。

(特にあの若い兵士……!貴様の顔は忘れんぞ!)

 自分に啖呵を切った、あの兵士のことを記憶に刻みつつ、エース機ホワイトレイヴンは足早に撤退した。


 ***


「やったぜ。うまくいったな!」

「はい、みんなのおかげです!」

 撤退するエース機の背中を見送りつつ、ライノとシンヤはハイタッチした。

 実際のところ、集中爆撃の要請などしていないのだ。そんなことをすれば、間違いなく自分たちも巻き添えを食らうからだ。いくらなんでも、そこまで命を張ることなんてできない。


 つまりは、『ハッタリ』でエース機を撃退したというわけだ。そもそもの目的は、後ろで暴れていた一般機の撃破であったため、これで充分だ。

(それでも、生身でエース機と戦うなんて、正気の沙汰じゃなかったけどな……)

 ブルーイーターやレッドオーガなど、エース機と戦って大打撃を受けた例は数知れない。白いエース機も、戦車部隊を瞬く間に殲滅したことから、実力は確かだということが分かる。今回は、かなりの強運に恵まれたようだ。


 そんなことを考えていると、砲撃でビルを爆破させたルカも合流した。

「ふぅ、ご迷惑をおかけしました。何かしら故障しているだろうとは思っていましたが、よりによって射撃管制がイカレていたとは……」

 申し訳なさそうに言うルカ。それでも、たったの三分で復旧させたのだから大したものだ。

「ルカさん、結果オーライですよ。そんな顔をしないでください」

 マリアが優しくフォローする。なんて良い娘なんだ……。

「それよりも、パルターのことが気になるわ」

 そう、パルターはシンヤを庇って負傷し、ユイとケイの救護を受けているのだ。それも、数トンはありそうな瓦礫の直撃をモロに受けての負傷だ。普通に考えたら、既に死んでいてもおかしくはない。

(いやいや、アイツはそう簡単に死ぬタマじゃない。根拠はないけど)

 嫌な考えが頭をよぎり、必死に振り払った。


「よし、じゃあ増援の戦車部隊が到着したら後退しよう。それまで警戒待機だな」

「は、はい……くっ」

 ライノがそう言った途端、シンヤの体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。どうやら、思っていた以上の極限状態だったようだ。

「ははは……。もう力が入んないや」

 マリアも同様に、腰が抜けてぺたんと座り込んでしまっていた。

(もう、これ以上は無理だぞ……)

 思えば、シンヤとマリアとパルターの三人は、まともな実戦はまだ二度目だ。それに、ライノ以外もそこまで戦いに慣れているわけではない。始めからこんな調子では、命がいくつあっても足りなさそうだ。

(早いところ後退しないと、身が持たねぇ……)

 とにかく、少しでも体力と気力を回復させよう。そう思って、近くの瓦礫に腰かけようとした――その時だった。


 ――ズシン。


 聞こえた、確かに。アトラスの足音が。死を呼ぶ足音が!

「おいおいおい!」

 慌てて立ち上がり、周囲に鋭い警戒網を張り巡らせる。

「まずいわね、新手だわ……それも結構な数よ」

 レティシアがうんざりしたような顔で言う。その言葉通り、アトラスの足音は複数体で奏でられているように聞こえた。そして徐々にはっきりと聞こえ始め、ついには何機いるのかまで判断できるほどになった。

「六機でござるか……!」

「二個小隊かよ!」

「どうします⁉」

「まずい、これはもう逃げるしかない! 行くぞ!」

 ライノが撤退を決意し、分隊員たちも続いて撤退を開始した。周辺の味方もほとんどが壊滅的打撃を受けているため、この大通りを放棄することになるが、六機のアトラスを前にそんな悠長なことは言っていられない。


 だが、足音はすぐ近くまで迫っていた。

(まずい、逃げきる前に接敵してしまう!)

 焦るシンヤ。一度後ろを振り返り、敵との距離を確かめようとした。

「なっ……」

 そこで見てしまった。大通りを津波の如く進撃してくる、六つの破壊の権化を。自分達がどれだけちっぽけな存在なのかを思い知らされる。

 もはや、立ち向かう勇気などへし折られていた。

(くっそ……!)

 そのうちの一機が、七六ミリマシンガンの砲口をこちらに向けてきた。もう、間に合わない!

「伏せろーー!」

 ライノの叫びで、その場に突っ伏する六人。彼らの命は風前の灯火、アトラスの指が動くだけで、粉々になってしまう。

「ちくしょう!」

 何もかも諦めかけた。


 ――しかし、いつまでたっても砲弾の雨は降ってこなかった。


「「「…………え?」」」

 全員が困惑した。おそるおそる立ち上がり、再び追手を確認してみる。そして、

「なん……だと……」

 驚愕した。圧倒的な存在感を放っていた六機のアトラスは、なんと一機たりとものだ! ある機体は仰向けに倒れ、ある機体は右腕を失って建物に倒れ込んでいた。


「な、何が起こった?」

 我が目を疑うシンヤ達。ふと倒れているアトラスの周囲を見回すと、何両もの戦車がいた。国際統一連合軍の正式採用主力戦車である、ファントムアインだ。

「まさか、この短時間で全て撃破したっていうのか、あの戦車部隊は!」

 驚きと畏敬が入り交じった眼差しで、自分達を助けてくれた戦車部隊を見つめるシンヤ達。おそらくは、ノーランドが手配した増援の戦車部隊であろう。間一髪で間に合ったのだ。


 しばらく呆然としてしまっていたが、アトラスを瞬く間に撃破したファントムアインのうちの一両が、こちらに近づいてくるのに気が付いて我に返った。

 近づいてきたファントムアインは、シンヤ達の前で停車した。砲塔のハッチが開き、戦車長と思わしき人物が降りてくる。

「あ……」

 シンヤは、この人物を知っていた。いや、連合軍に関わっている者では知らない者はいないだろう。

「よう、第一歩兵師団。ギリギリで間に合ったようだな」

 渋い、いかにも歴戦の兵士の雰囲気。強面こわもてに濃い顎ひげを蓄え、パルターに勝るとも劣らない体躯。

「で、ホワイトレイヴンはどこだ? あいつを討ち取りたかったんだがな……」

「あの……失礼ですが、もしかしなくてもあなたは――」


「あぁ、俺はロベルト・クロスラインだ。よろしくな」

 通算アトラス撃破記録三五機。常人離れした戦車運用術と、卓越した指揮能力を併せ持つ、東アジア方面軍が誇る最強の戦車エース。

 【】の異名を持つロベルト・クロスライン大尉、その人だったのだ!

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