7章「白烏は斬撃と共に」

 エース機――ただでさえ戦闘力が高いアトラスにおいて、さらに突出した実力を誇る機体の総称。その戦力は、単騎で戦車一個中隊~一個大隊に相当するとまで言われ、対峙した部隊の全滅や壊滅例は数知れない。

 特に、旧イスラエル軍が早々に敗走する要因となった[ブルーイーター]。ヨーロッパ方面軍を抑え続けている[プラチナムジャスティス]。そして、旧ロシア軍を打ち破った[レッドオーガ]は、その代表的存在だ。

 両勢力の士気に影響するためか、エース機には名前にちなんだ特殊なカラーリングが施されていることが多く、一般機との違いは一目で分かる。


 そんなエース機が、このペキンの街に出現したというのだ。自分たちが何かできるわけではなかったのだが、救援に向かわない訳にはいかなかった。

「あー、もうめちゃくちゃだよ~」

 救援要請があった大通りに到着して早々、マリアが悲痛な声を上げた。すでに、友軍はアトラス部隊の攻勢によって大打撃を受けており、防衛線は崩壊。大通り周辺の建物は、戦闘によって大半が倒壊し、見るも無残な状況だったのだ。

 少し遠目に、友軍と交戦中のアトラスが見える。数は三機だ。


「ひどい有様ね」

「そこらじゅう瓦礫だらけでござる」

「怪我をしとる人もたくさんおるね……。早く助けんと……」

「大通りは精鋭の戦車部隊が守っていたはず。全滅したのでしょうか」

「ライノ分隊長。今さらですが、これ……俺達に何かできることあるんですか」

「俺っちにも分からん」

「……とりあえず、防衛線に加わって話を聞いてみましょう」

 半ば諦めつつ、ライノ分隊の九人は土嚢や車両で作られた陣地に駆け込んだ。


「おおっ、増援か! 助かった……」

 陣地にいた兵士は、今にも泣き出しそうな表情でシンヤ達を迎え入れた。

「増援と言えるのかは怪しいがな。そんなことよりも、エース機が現れたって聞いたぞ! どんな奴だ?」

 パルターが訊いた途端、兵士の顔がみるみる青くなる。

「……まるでだ。ここを守っていた戦車部隊は精鋭揃いで、最初に攻撃を仕掛けてきたアトラスは、なんとか退けることができた。だが奴が現れた途端、ものの数分で戦車部隊は全滅した」

「「「…………」」」

「今は我々第一歩兵師団でゲリラ戦を敢行して、何とか足止めはできているが、もう限界に近い。さっきも、両脚をなくした仲間が運ばれているのを見た……」

 想像していた通り、状況はかなり悪いようだ。エース機も、かなり厄介な存在らしい。

「ノーランド中佐は? まさか、自分の師団が危機だっていうのに、黙って怯えるような無能じゃないですよね?」

 シンヤが悪態をつく。ノーランドは、今朝シンヤ達にわざわざ会いに来た、ちょび髭の上官だ。顔を思い出すと爪を噛みたくなる。

「うーん、一応独自ルートで戦車部隊の増援は確保したらしい。増援の到着まで、敵を食い止めろとの命令も出ている。……正直、あの人にそんな人望があったとは、俺も驚きなんだが」

 ……とりあえず、師団長としてはかなり有能らしい。


「それで、俺っち達に何かできることはあるか? アトラスが相手となると、ゲリラ戦を続けるしかなさそうだが」

 ライノが本題について尋ねると、兵士は「おおっ、そうだ」と気がついたように言った。

「この大通りを襲撃しているアトラスは、見ての通り三機。そして、そのうちの一機はエース機だ。もちろんエース機と戦うなんざ自殺行為だが、他の二機なら俺達でも退けられるかもしれないんだ。その方法は――」


 ***


「他愛もない……」

 大通りに展開する連合軍を蹂躙するエース機――雪のように真っ白な装甲を纏った[ホワイトレイヴン]を御している男は、コックピットの中で小さく独白した。

 彼のホワイトレイヴンの足元には、無謀にも戦いを挑んできた戦闘車両の残骸が、所狭しと散乱している。対する彼の機体は、少しも損傷を受けた形跡がない。

(連合を組んで戦力を増しても、所詮は烏合の衆か。遂にブルーイーターが敗れたと聞いたから、警戒はしていたんだがな)

 呆れた様子を見せる、ホワイトレイヴンのパイロット。


 ふと、近くの陣地にいる連合兵がロケットランチャーを放ったのが見えた。当然、それを難なく回避する。

「無駄なことを!」

 慌てふためく無力な兵士達を、頭部の機関砲で追い払おうとする。だがその直前、何もしていないのに陣地ごと兵士達が吹き飛んだ。生身の人間の四肢はもげ、無残に四散する。

「…………はぁ」

 思わずため息が出る。誰の仕業かは明白だ。


『ははは! 雑魚がでしゃばりやがって!』

『アトラスに、生身で勝てるとでも思っているのかしら?』


 僚機のアトラスだ。持っている七六ミリマシンガンからは、硝煙が昇っている。

「戦争にルールなんか存在しないとはよく聞くが、その趣味は理解出来んな。それに、弾薬の無駄だ」

『はっ、ホワイトレイヴンともあろう者が、随分と甘いことを言うな。こんな奴らは、片っ端から吹き飛ばしてやればいいんだ!』

『そうそう。こうでもしないと、私たちは勝てませんよ』

 さらっとサイコパス的発言をする僚機。呆れて反論する気も失せる。しかし、彼らを完全に否定できるものでもなかった。

(……まぁ、確かにそうかもしれない。何より、我々がで受けた屈辱は、こんな『怒り』では済まされない)

 比較的落ち着いている彼もまた、この戦争の発端に対する怒りを忘れてなどいない。


「母上、私も鬼になるべきかもしれません」

 そう呟き、アトラスの武装を構え直す。……その刃渡り、約八メートル。高熱によって刀身が青白く輝くその近接武器は、あらゆる物質を溶断する[対装甲ブレード]。

 ――それを二振り、両手に。

「さて、そろそろ仕掛けるとしよう。ペキンは渡してもらおうか!」


 ***


「「「本末転倒じゃねーかっ!!」」」

 友軍から聞いたアトラス撃破作戦を支援するため、前進していたシンヤたちは口を揃えて叫んだ。

「おう。アトラス部隊の近くにあるビルを爆薬で倒壊させて、奴らを下敷きにするという作戦には納得した。筋も通っていると思う」

「……うん」

「しかし、爆薬を設置した後に、肝心の起爆装置が不良品だったと判明したとはどういうことだぁ⁉ ビルを爆破できんだろうがぁ!」

「うん、気持ちは痛いほど分かるから落ち着いて? パルター」

 憤慨するパルターをなだめるケイの図。

 パルターが怒るのも無理はない。連合軍はたしかに膨大な戦力を保有しているが、反面管理が行き届いていないというのが現状だ。ビルの爆破に使用する予定だった起爆装置が不良品だったのも、その影響だろう。


「うーん、どうするか。起爆装置の予備も使い切ったらしいし、ノーランド中佐が確保したという、戦車部隊の増援を待つしかないのか……?」

「いいえ。増援が到着する頃には、この防衛線は突破されていると思います!」

 頭を抱えるライノを尻目に、シンヤは進撃を続けるアトラス部隊を指差した。エース機を含む三機のアトラスは、圧倒的な力で大通りに敷かれた陣地を一つ一つ潰していた。当然、連合軍の歩兵部隊はまともな反撃もできず、ただ虚しく命を散らしている。

「シンヤさんの言う通り、このペースなら、十分程度で突破されてしまうでしょう。その前に、僕達が手を打たなければ」

 そう言うと、ルカは腕を組んで考え込んだ。


「ルカっち、何か思いついたことでもあるのか? 些細なことでもいいから、遠慮せずに言ってくれ!」

「…………」

 僅かに考え込んだ後、ルカが口を開く。

「……爆破予定のビルには、爆薬自体は設置済みです。起爆装置がなくとも、誘爆さえ引き起こせれば何とかなるでしょう」

「でも、誘爆を起こせるほど強力な時限爆弾は――」

「必要ありません」

 困惑するマリアを遮ったルカは、次に衝撃的なことを口にした。


「アトラス部隊に撃破されたファントムアインが、この大通りには何両もあります。中には、まだ砲塔が使用可能なものも残っているはず。それを使って、のはどうでしょうか」


「「「…………」」」

 ルカがやろうとしていることは、とりあえずは理解できた。

「で、でもよ……生き残った戦車兵は軒並み戦線を離脱しているし、他に戦車を扱える奴なんていないだろう」

 ライノが最もなことを言うが、ルカは何食わぬ顔で応えた。

「僕なら扱えます。ファントムアインあれのこと

「「「……えっ?」」」




 数分後、砲塔が使用可能なファントムアインの残骸を見つけ、乗り込んでいくルカを見届けるライノ分隊の面々。

「まさか、ルカがなんてな。技術少尉の肩書きは伊達じゃないってことか」

「小生は今だに信じられないでござる」

「私たちと同い年おないどしだもん。天才って、本当にいるんだね」

 思わず尊敬の眼差しを向けてしまうが、今はそれどころではない。

「よし、準備が整うまでルカっちを援護する! 作戦が悟られたら終わりだと思え!」

「「「了解!」」」

 ライノの指示のもと、散開する八人。目的は、ルカのファントムアインから、敵の注意を引くことだ。


 その中で、シンヤは友軍から譲り受けたロケットランチャーを担ぎ、殺戮の限りを尽くすアトラスへと、物陰に隠れながら徐々に接近していた。

(相変わらず、でけぇ……)

 改めてアトラスを見た彼を、凄まじい重圧が支配する。全高二〇メートル、重量九八トン、大地を踏みしめるたびに地鳴りが起こる。……正真正銘の化け物だ。並の人間ならば、尻尾を巻いて逃げ出すだろう。

(だけど、逃げ出すわけにはいかない! 俺だって兵士だ!)

 一週間前にアトラスを撃破したことを思い出し、己を奮い立たせるシンヤ。もう、戦いを知らない頃とは違う。

「シンヤ、やれるか? ま、そんなオモチャじゃ嫌がらせにしかならんだろうが」

「無理しちゃダメだからね? 死んだら、何もかもおしまいなんだから」

 すぐ近くにいるパルターとマリアが、声をかけてきた。その他の面子も、相互フォローができる距離で展開している。

「うん、死なない程度に頑張るさ」

 少しだけ、物陰から顔を出して様子をうかがう。白いエース機の後ろで、マシンガンを乱射している二機がターゲットだ。しっかりと、爆破予定のビルの近くにいる。こちらに気がついている様子はない。


(まるで楽しんでいるみたいだな。ふざけやがって!)

 怒りを覚えつつ、今度はエース機のほうに目を移す。まず目につくのは、雪のように白い装甲だ。思わず『美しい』という感想が漏れそうになったほど、優雅に見えてしまった。

 次に武装を確認するが、そこでシンヤは驚愕した。

(対装甲ブレードの二刀流だって……⁉ パイロットは正気かよ⁉)

 なんと、頭部機関砲を除けば、近接武器である対装甲ブレード二振りのみという、ある意味トンデモ武装だった。当然の如く、防御の要であるシールドも装備していない。

(最近目撃されなくなったブルーイーターというエース機も、対装甲ブレードとマシンガンによる接近戦を得意としていたらしいけど、それ以上ということか)

 遠距離戦が主体である現代において、一見馬鹿げた話ではあるが、パイロットは相応の力量を持っているということも分かる。

 そして、視線を上げてエース機の頭部を見ようとした。


 ――次の瞬間、確実に『目』と『眼』がった。


「――――っ‼⁉」

 とっさに頭を引っ込めたが、もう遅かった。

「シンヤ! 危ねぇ‼」

 パルターの叫び声が聞こえたと思ったら、気が付いた時にはシンヤは突き飛ばされていた。

「あがっ……!」

 何とか受け身をとったが、地面に強く体を打ち付けてしまうシンヤ。体中が悲鳴を上げるが、構わず起き上がって振り返る。

「な……」

 そこで見てしまった。飛んできた巨大な瓦礫に、自分を庇ったパルターが吹き飛ばされるところを。

「があああああああああ!」

「いやぁぁああ! パルターが!」

 遅れて、マリアの悲鳴が耳を貫く。

「あの野郎! 建物を切り裂いて、瓦礫を蹴り飛ばしてきやがった!」

 見ると、エース機の近くにあるコンクリートづくりの建物の一部が、きれいに切り取られていた。これをシンヤ目がけて蹴り飛ばしたのだ!


「ユイっち、パルターっちの救護を頼む! ケイっちは手伝ってやってくれ!」

「りょ、了解しました!」

「……っ! 死なないでよね、パルター!」

 吹き飛ばされ、ずた袋のように転がっているパルターに、ユイとケイが救護に向かう。パルターの意識はなく、かなりの重傷だ。

「くそっ! やりやがって……!」

 アドレナリンが全身を駆け巡る。打ち付けた際の痛みなど忘れ、ロケットランチャーを構え、照準を合わせて引き金を引く。

 バシュゥゥ! と、弾頭が真っ直ぐにエース機へと飛んでいく。当たっても効果はないに等しいが、動きを鈍らせることはできる。

 だが命中する直前、突如弾頭が爆発した。エース機が対装甲ブレードで切り払ったのだ。

「マジかよ……」

 効果が有る無い以前の問題だった。攻撃するだけ無駄である。


 対するロケット弾を切り払ったエース機は、返す刀で足元にあった装甲車の残骸を蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされた残骸は、空中で二つの大きな金属の塊に分裂し、シンヤ達の頭上に落下する。

(まずい! こんなのを喰らったら、ただじゃすまない!)

 回避しようとするが、明らかに間に合わない。このままでは、パルターと同じ運命をたどってしまう。


 破壊が、押し寄せる……!


 ***


 某所。


「やっと出撃かよ、クソが。ホワイトレイヴンと思わしきエース機も確認されているっていうのに、俺を出し惜しみするとはどういうことだ?」


『かのハンス・ウルリッヒ・ルーデルも、その高すぎる実力ゆえに、上から出撃を渋られていたそうです。それと同じ理屈でしょう』


「はっ、笑えるぜ。それで被害が増えたら元も子もねぇだろうが。……ノーランドの野郎は好きじゃないが、おめおめとペキンを渡すわけにはいかん。もっと速度を上げろ!」


『はぁ、まったくこのは……。付き合わされる、操縦手の身にもなってもらえませんかねぇ』


「ん? なんか言ったか?」


『別に……。それよりも、あと少しで大通りに展開中の第一歩兵師団と合流です。いつ接敵しても、おかしくはありません』


「がはは、望むところだ。戦車の底力を見せてやろうぜ?」


『はい。いつも通り頼りにしていますよ、ロベルト大尉』

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