ペキンの街

5章「新たな仲間達」

「…………はっ!」

 シンヤ・ナカムラは、ベットの上で目を覚ました。なんだか、とてつもなく体が重く感じる。


 彼が寝ていたベットは、殺風景な狭い部屋に置かれていた。ベット以外には何もなく、窓が一つあるだけ。その窓からは、少しばかりの光が差し込んでいる。

「おはよう。やっと起きたね」

 すぐ近くから、優しい声がシンヤを撫でた。マリア・フロストだ。彼女はシンヤが寝ているベットに腰かけ、マリンブルーの瞳で彼をのぞき込んでいた。特徴的な美しい金髪が、窓から漏れる光によって輝いて見える。

「ああ、おはよう。すまん、起こそうとしてたんだよね?」

「うん、でも全然起きなくて。ちょっと心配したよ?」

「ありがとう、マリア。……パルターは?」

「パルターなら、補給部隊のところに行ってるよ。支給された軽機関銃がかなり古いタイプだったみたいで、『言うこと機関銃に命を預けられるかっ!』って叫んでた」

 マリアがパルターの真似をして見せる。少し似てた。


「てかアイツ、でかい破片に貫かれたのに、なんで今だに生きてるんだろうな」

「ははは……。相当タフなんだろうね」

 挨拶もそこそこに、ベットから体を起こすシンヤ。体はけだるいものの、体調が優れないわけではない。

(…………)

 起き上がったまま、しばしぼんやりとする。


(……前線配備、か)


 ***


 話は、一週間前にさかのぼる。


「くたばりやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼‼‼‼」


 絶叫と共に、対戦車砲を撃ち放つシンヤ。今度も狙いは正確。砲弾は逸れることなく、装甲を引き剥がされたアトラスの胸部に突っ込んだ。砲弾は爆発し、アトラスの鋼鉄の肉体を破壊する。

「はぁ……はぁ……。ど、どうだ!」

 この攻撃が失敗に終われば、もうチャンスはない。シンヤ達三人は、アトラスの挙動を固唾を吞んで見守った。


 だがアトラスは、動かなかった!

「……や、やった……」

 そして、糸が切れた人形のように、ゆっくりと仰向けに倒れた。今度こそ、完全に、アトラスを沈黙させたのだ。


「やったぜーーーーー‼」

「ああ! 俺達が倒したんだ! 俺達が!」

「よかった……! 本当に……!」

 歓喜し、お互いに抱き合うシンヤとパルター。集中力が切れたのか、その場に力なくへたり込むマリア。


「やりやがった……あの補給兵たち……」

 少し離れた所で、驚きと感心が入り混じった表情をするエルダーと、その部下たち。

 遠くから、航空支援部隊のジェット音が微かに聞こえた。


 ***


 話を戻して一週間後の現在。


「はぁぁ……」

 シンヤは深いため息をついた。少し前に、着替えて寝床から出て朝食を済ませ、今は外に出ている。彼は、連合軍のを身にまとっていた。

「アトラスを撃破した翌日に前線送りの通告がくるって、これマジ?」

「ああ、マジだ」

 隣に立っていたパルターが呟いた。背中の傷は既に治っているようだ。彼もまた、物々しい戦闘服を着込んでいる。


 そう、彼らは比較的安全な補給基地から、謎の勢力との戦いが激化する前線へと送られたのだ。所属も、補給大隊から歩兵師団になっている。


 今、彼らがいるのは、旧中華人民共和国領の主都ペキン。巨大国家の首都だっただけあって、近代的な建物が所狭しと並び、周りを見ればコンクリートとアスファルトばかりである。明かりがついている建物もちらほらとあるため。インフラは生きているようだ。若干空気が汚い気もするが……。

 そしてこの都市は、半年前に行われた、連合軍による東アジア戦線構築作戦によって形成された戦線の、中心に位置する要衝なのだ。シンヤ達の他にも、五万人ほどの連合軍が駐屯している。


「デビュー戦でいきなりアトラスを撃破して、数百人の命を救っちまうような有能を、上が黙って放置するわけがないってか」

「……あれ、どう考えても、エルダー中尉の部隊の手柄だと思うんですがそれは」

「とどめを刺したのは俺達だしなぁ」

「……はぁぁぁ……」

 再び深いため息をつくシンヤ。別に後悔しているわけではないが、なんか……こう……憂鬱だ。


 気を紛らわせるため、シンヤは身に着けた装備に目を落とす。まず目につくのは、主武器となるアサルトライフル。五・五六ミリ弾を使用する、ごく標準的なタイプ。訓練でも嫌というほど握った、馴染みのある銃だ。頭には、耳まで保護するヘルメットをかぶっている。少し頭部が窮屈だが、外すと死ぬ。

(そして……)

 シンヤは背負っているものを見た、大型の通信機だ。彼は、戦闘中であっても部隊外との連絡手段を携行する通信兵を任されたのだ。


「アトラス撃破の当事者だったわりに、随分と面倒な役回りだな」

「知るか」

 パルターはというと、西部劇のように体中に弾薬ベルトを巻きつけ、分隊支援火器に分類される軽機関銃を持っていた。つまるところ機関銃手だ。ちゃんと新しい機関銃に交換してもらえたのだろうか。


「マリアはどうした? お前を起こしにいったはずだが」

「そろそろ来るはずだけど……あ、来た」

 そうこうしているうちに、紅一点のマリアも合流した。なんだか息切れしている。

「ごめーん! なんか、すっごい人数から声かけられちゃって」

 マリアはというと、一般的な兵士と同じような装備だった。武器はアサルトライフルで、若干だが男性兵士よりも背負っている荷物が少ないかな? といった程度だ。


「ナンパかよ……。とにかく、三人揃ったな」

 そういうと、パルターは腕時計を見る。

「もうすぐ、俺達の分隊長になる人が来るはずだ。名前はライノ・トーチ、階級は三等軍曹らしい。そして、さらに五人が合流して合計九人の分隊になる」

 時間を確認し、パルターが呟く。そう、彼ら三人には新たな『仲間』ができるのだ。


「どんな人達かな~。あんまり怖い人ばかりだと嫌だな~」

 マリアが不安げに呟いた。戦争中とはいえ、年頃の女性がむさ苦しい男どもに囲まれるのは、考えただけでもかわいそうになる。

「まぁ、女性兵士もいるとは聞いてるが――ん?」

 パルターが突然、口をつぐんだ。見ると、何者かがこちらに歩いて来ていた。


(分隊長か……?)

 一瞬、シンヤはそう考えたが、すぐに違うと分かった。

「これはこれは、英雄の三人組じゃないか。ようこそ、私の[第一歩兵師団]へ。師団長のノーランド中佐だ。ああ、覚えなくていいぞ。どうせすぐに死ぬからな?」

 出端から、顔面グーパンしたくなるような態度の男性は、新たに創設されるライノ分隊が所属する歩兵師団の師団長、ノーランドであった。つまり、シンヤ達の直属の上官。某独裁者のようなちょび髭が目につく。


「エルダー中尉から話は聞いている。随分と勇敢な兵士だそうだなぁ? 青二才の分際で」

 とんでもなく鼻につく言い方だったが、シンヤとパルターは我慢した。だが、なんとマリアが言い返した。

「……中佐殿こそ、こんな末端の私たちにわざわざ会いに来るなんて、よっぽどお暇なんですね?」

 この娘、見かけによらず鉄の心臓である。対するノーランドは、少しも動じずに続けた。

「これから死ぬやつが、どんな顔や人間なのかを確認するのが、私なりのマナーでね。はははっ」

「「「…………」」」

 殴りたい。


「一応言っておくが、我が師団の最終目標は、敵本拠地カスピアンフォートレスを陥落させることだ。そのためにも、この東アジア戦線を押し上げる必要がある。当然、犠牲は覚悟してもらう」

 やはり、この歩兵師団は攻撃のための部隊だ。正直不安だが、覚悟は済ませたつもりだ。

(それに、カスピアンフォートレスまで辿りつけば、俺の目的も果たせるはず……!)

 シンヤは、軍に志願した目的を再認識する。

「貴様らと分隊を組むことになる六人は全員若いが、活躍できる見込みのある人材が揃っている。あぁそれと、三人とも一階級ずつ昇進したことも伝えに来た。では、せいぜい長生きする努力をするんだな」

 そう言い終わると、ノーランドは去っていった。


「うへぇ、あんなのが師団長かよ。しかも第一歩兵師団とか……縁起の悪い師団名だ」

 シンヤはげんなりした。

「でも、三人とも昇進だってな。すごいサラっと言ったけど」

 つまり、シンヤとマリアは上等兵に。パルターは伍長になったというわけだ。あまり実感はなかったが。


「アトラス撃破のささやかな祝いというわけね。…………ん、今度こそ分隊長が来たみたい」

 マリアが、新たに近づいてくる男の存在に気がついた。確かに、ノーランドと入れ違いで一人の兵士が歩いて来ている。小麦色の肌をした三十代半ばの男性で、おそらくは東南アジアあたりの出身だろう。手にしている武器はアサルトライフル。階級章が示すのは三等軍曹であるため、間違いなくライノ・トーチその人だ。

「おはようございます! ライノさ――」

 三人が敬礼しようとした、その時だった。


「うおぉぉぉおおおおぉぉ‼ 超絶美少女だあぁぁあああああぁあ‼」


「「「…………⁉⁉」」」

 なんと、マリア目がけてライノが飛んできたのだ。

「うひょー! 噂には聞いてたけど、ほんと可憐で可愛いな! まるで人形みたいだ! 生きてて良かったー!」

 ライノは、目をハートマークにし、踊るように全方向からマリアをまじまじと眺めた後、「はっ!」と正気を取り戻したように動きを止めた。

「……こほん。わりい、取り乱しちまった。そう、俺っちこそがライノ・トーチ三等軍曹だ。今日からよろしくな!」


「アッハイ」

「……どうも」

「よ、よろしくお願いします」

 面食らうシンヤ達。なんだか、随分とクセのある人が分隊長になったものだ。

「ま、シンヤっちもパルターっちもマリアっちも、固くなる必要はないぜい。仲良くやろうや!」

 のっけから部下を『~っち』呼びするライノ。コミュ力お化けか。


「で、あと五人くるんだっけ? パルターっち」

「ええ、色んなところから招集されているらしいですね。自分は、詳細は聞かされていませんが」

「あー、ってことは名前も分からないんだな。えーっと……」

 ライノはメモを取り出した。分隊員の名前が記されているのだろう。


 パルターが受け取り、書かれている内容を読み上げる。

「アベル・グラントス。レティシア・テイル。ユイ・キサラギ。ルカ・クロード。ケイ・ラシェール……ん? んん⁉」

 突如、パルターが口をつぐんだ。それどころか、顔中から汗がダラダラと噴き出ている。

「おい、どうした。顔色が悪いぞ」

 シンヤが声をかけるが、パルターはメモを見つめたまま動かない。


「分隊長……」

 ようやく、パルターが口を開く。

「どうした?」

「これ、何かの間違いじゃ――」

 パルターが何か言おうとしたその時、少し離れた所から女性の声が遮った。

「あーー! やっぱりパルターじゃ~ん♪ ひっさしぶり~!」

「え、知り合いがおるんですか? ケイ姐さん」

 声のした方を見ると、二人の女性兵士が車から降りてくるところだった。

「うおおおおお! 女の子だーー!」

 マリアの時と同様に、ライノの目がハートマークになる。


 一人はシンヤよりも背が高く、明るい茶髪をポニーテイルに纏めているアジア系の美女だ。手足はすらっとしており、モデル雑誌の表紙を飾っていてもおかしくはない。

「綺麗な人……」

 マリアが羨望の眼差しを向ける。


 もう一人は日本人の少女。少しあどけなさを残した容姿と、肩の下まで伸ばした綺麗な黒髪が特徴の、日本では珍しくない少女だ。何故か口調が訛っている。

(日本人か。どこの出身だろう)

 同郷であるシンヤは、どこか親近感を覚えた。


 そのうちの、モデル美女の方を一瞥したパルターは、うつむいたままシンヤに言った。

「……すまんシンヤ。俺は軍を辞める」

「は?」

 唐突すぎる引退宣言に、何事かと尋ねようとしたが、先にモデル美女が反応した。

「聞こえてるよ~? せっかく再会したのに、つれないなー」

 モデル美女がニコニコしながら近づいてくる。それに対し、パルターの顔はますます青くなる。なるほど、知り合いか。それにしても様子が変だが。


「お、おう。久しぶりだな……ケイ。軍に志願していたのか……」

 ぎこちなく挨拶するパルター。それに対し、ケイと呼ばれたモデル美女は余裕そうに応じる。

「まぁねー♪ ……っと、他の人には自己紹介がまだだったね。私はケイ・ラシェール、南防衛線から派遣されたわ。階級は伍長よ。パルターとの関係は……元カレかな?」

 ビキリ。と、シンヤとライノの眉間から謎の音がした。

「へ~、だからパルターがよそよそしかったんだ! ふふっ、隅に置けないね」

 マリアが純粋なコメントをする。それに対し、パルターが吠える。

「断じて違う! こいつは見てくれは良いが、本当は――」

「はいはい、話が進まないから後にしてね~。じゃ、ユイちゃんも自己紹介しちゃって?」

 ケイが騒ぐパルターを黙らせ、後ろで話に混ざるタイミングをうかがっていた日本人の少女に声をかける。


 ユイと呼ばれた少女は、若干顔を赤らめながらも口を開いた。

「あ、同じく南防衛線より派遣された、衛生担当のユイ・キサラギ二等兵です! 戦いには慣れとらんのですが、精一杯頑張ります!」

 彼女がユイ・キサラギか。やはりちょっと訛っている。

 ふと、ユイがシンヤに視線を向けた。

「たしか、シンヤ・ナカムラさんでしたよね。初陣でアトラスを撃破したっていう」

「う、うん。一応……」

「同じ日本人として誇りに思います! しかも分隊を組めるなんて……っ! ぜひ、話を聞かせてもらいたかです!」

「アッハイ」

 純粋無垢な羨望を向けられるシンヤ。言えない……特技兵小隊のおこぼれを貰っただなんて言えない。



「よし、あとは三人か。ソウルからの補充組らしいから、まだ合流まで時間はかかるだろうな」

 ライノが腕時計を見ながら言った。残るはアベル、レティシア、ルカだ。

「それにしても、平均年齢が随分と低いな。分隊長より下は、二五の俺とケイが最年長みたいだからな」

 まだげんなりしているパルターが言う。たしかに、経験豊富な兵が少ないのは違和感があるし、問題だ。


 それに対し、ケイが説明する。

「どこもかしこも人手不足なんだって。連合軍が創設される以前の損失が大きすぎたんだろうけど。それに、徴兵すると士気は下がるから、志願制は継続しなきゃだしね……。半年前に敗走した南アジア方面軍の中には、一八歳でファントムアインの搭乗員を任された人もいたみたい」


「「「…………」」」

 割とお気楽ムードだったが、状況はかなり深刻らしい。

「ま、そのおかげでパルターと再会できたんだけど♪」

「こらぁ! 俺の半径二メートル以内に近づくんじゃねぇ!」

 また謎の小競り合いを始めるケイとパルター。二人の過去が本当に気になる。


 だが、そんな束の間のひと時は、突如として終わりを迎えた。


 ファァァァァァァァアアアアァァァァァァァアアアアアアンンンン‼‼


「…………っ⁉」

「なんだ!」

「サイレン⁉」

「きゃっ」

 ペキンの街に突然、けたたましいサイレンが鳴り響いた。それと同時に、周りにいた兵士達が動き出す。


「空襲だ! 上空に[フライクロウ]多数!」

「空軍は何をしていやがった⁉」


 他の兵士達が騒ぐ。見ると、上空には敵の無人攻撃機フライクロウが、連合軍の戦闘機と激しい攻防を繰り広げながら、街へと接近しつつあった。

「くそっ、フライクロウか!」

 ライノの顔に緊張が走る。それもそのはず、フライクロウの対地攻撃能力は極めて高く、対抗手段が少ない分アトラスよりもタチが悪い。ヘタすれば、機首に装備された多砲身三〇ミリ機関砲で木端微塵にされる。

「分隊長、どうします⁉ ひとまず建物の中に避難した方が……」

「シンヤっち、まて!」

 シンヤをライノが制した。その頬を冷や汗が伝う。


「全員、武器を構えろ。おそらく、これはただの空襲じゃない!」

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