4章「ハンター」

 シンヤの言う通り、対戦車砲が一基だけ奇跡的に被弾を免れており、問題なく使用できそうだった。


「で、何を手伝えばいいんだ?」

 シンヤの話に乗ったはいいものの、それ以上は何も考えていなかったパルターが、不安そうにシンヤに尋ねる。

「観測手ってできる? 砲手が標的に集中できるようにする役割なんだけど。周辺状況の把握とか、できれば風の動きなんかも伝えてほしい」

「……ムリダナ」

「アッハイ。じゃあ装填手を頼む。すぐに次弾が撃てるように、ね」

 それならばと、力自慢のパルターは頷く。


 守備隊が使用していた対戦車砲は、砲口径一〇五ミリの大型砲だ。一〇五ミリ砲を対戦車砲に採用したという話は聞いたことがないため、おそらくは戦車砲を転用した急造品だろう。

 第二次世界大戦以降、ミサイル技術の発展によって対戦車砲は衰退し、大半は処分されるか二線級の装備となっていた。しかし、アトラスの衝撃拡散装甲に対してミサイルでは効果が薄かったのだ。そこで『貫通してもしなくても、とりあえずアトラスに穴を穿つことができる』徹甲弾APFSDSが発射可能な対戦車砲は、再び防御の要となった。


 だが、今回は徹甲弾は使わない。

「装填する弾は榴弾を頼む。成形炸薬弾だ」

 シンヤの狙いは、あくまでアトラスが持つ七六ミリマシンガンの破壊。それならば、爆発によって広範囲を加害できる榴弾がふさわしい。


「よし、装填完了だ。できれば初弾でキメろよ?」

「ああ、分かっているさ……」

 照準器をのぞき込むシンヤ。パルターの言葉が重くのしかかる。もし失敗したら、真っ先に反撃を受けるのは自分達だ。次弾を撃つ暇さえないかもしれない。

 気持ちを静め、照準を合わせる。

(風は西から東へ……やや向かい風。奴が持つマシンガンの少し上を狙う)

 汗が頬を伝わり、手元が震える。正直、正確な砲撃なんて出来る気がしなかった。


 そんな彼を突如、優しい声が撫でた。

「標的が時速三〇キロ程度で接近中、ってことも忘れちゃだめよ?」

「えっ、マリア⁉」

 気を失っていたはずのマリアが、いつの間にかシンヤ達の背後に立っていたのだ。マリアは驚く二人に対し、手にした双眼鏡をポンポンと叩いてみせる。

「観測手が必要なんでしょ? 私にやらせて」


「「…………」」

 これからやろうとしていることの危険度を考えると、マリアには下がってもらうべきだ。だが少し迷った後、シンヤは「頼んだ」と呟いた。

(……少し前のマリアとは別人みたいだ。攻撃のショックでタガが外れたのか、戦う気満々の目をしていやがった)

 シンヤは確信した。今のマリアになら、観測手を任せられる。

「分かった。じゃあ続けて、シンヤ君」

 マリアが風と距離を読み、シンヤが照準を調整する。マリアの参戦により、シンヤの負担はかなり減った。


 ***


 照準の調整を進める中で、こんなやり取りがあった。


「ねぇ、パルター。少し訊いてもいい?」


「ん、どうした」


「その……なんで生きてるの?」


「は?」


「だって、その……背中が……。その破片、どう見ても肋骨とか内蔵を貫通してるんだけど」


「気にするな。意識すると痛くなる」


「マリア、気にしたら負けだ。こいつは骨や内蔵も筋肉でできているんだ」


「…………そう……」


 ***


「目標との距離、一八〇〇メートル」

「もっとだ……もっと引きつける……」

 シンヤの手が、発射レバーにかかる。あらゆる準備が整った。あとは時期をみて撃つのみ。数百人の命が、この一射にかかっている。


 だが――、

「おいまて! 撃つな!」

 誰かの声が、シンヤ達を遮った。パルターの声ではない。

「「「…………⁉」」」

 見ると、背後に二〇人程度の集団が立っていた。服装から、連合軍の兵士であることは瞬時に分かったが、なぜかそのうちの数名は、背中に奇妙な『筒のような物』を背負っている。


 その集団のリーダーであろう男性兵士が、シンヤ達に近寄る。

「君達は補給兵だな。いったい何をしようとしているんだ? 言っておくが、対戦車砲そんなものではアトラスを脅かすことすらできんぞ」

 男性兵士は、四十代半ばのアメリカ人だった。パルターに負けず劣らずの高身長で、彫りの深い精悍な顔立ちをしている。戦闘服につけられた階級章が示すのは『中尉』。


 思わず緊張してしまうが、シンヤは自分なりに事情を説明する。

「もうすぐ、航空支援部隊が到着する予定なんです! でも、このままでは間に合わず、ここにいる連合軍の全滅は不可避です! だから……その……、奴のマシンガンを破壊すれば、時間を稼げると思いまして!」


「ふむ……」

 中尉は少し黙ったのち、頷いた。

「君達のやろうとしていることは理解した。だが、もっといい策がある」

「「「えっ」」」

 シンヤ達は揃って驚いた。そして、その策を聞いてもっと驚いた。


「アトラスを……撃破する!」


「「「えええええーーーっ⁉」」」

 正直、『何言ってんだこの人……』と思った。アトラスに張り付いて、背面にあるコックピットハッチでもこじ開けに行くのだろうか。

「……アトラスの撃破。そんなこと、できるんですか?」

「難しいが、可能ではある。君達の協力と、この[]があればな」

 そういうと、中尉は部下が背負っている『筒のような物を』軽く叩いた。


「俺達が、ヘヴィランサーで奴の衝撃拡散装甲を。そこに君達が追撃を加えれば、奴を足止めするどころか、沈黙させることだってできるだろう」


 中尉が策について話すが、シンヤには理解ができなかった。しかし、隣で聞いていたパルターは反応を示した。

「装甲を引き剥がす……だと……? そんな芸当ができるのは、しかいないじゃないか。まさか、こんなところで有名人たちに会えるなんてな」

 パルターがニヤリと笑う。

「連合軍でも数えるほどしか存在しない部隊。共振誘導弾ヘヴィランサーを扱う……っ!」


「あっ」

 そこまで聞いて、ようやくシンヤも理解ができた。

「あー、すまないな。時間が無かったから、自己紹介を忘れていた」

 中尉は申し訳なさそうな顔をすると、自身の存在をシンヤ達に知らしめた。


「対アトラス特技兵小隊、小隊長兼第一分隊分隊長のエルダー・ランド中尉だ。つい先ほど、救援要請を受けて到着したばかりだ。時間がないから、手短に作戦を説明する」



 対アトラス共振誘導弾・通称ヘヴィランサー。つい最近開発された、TOWやジャベリンに代表される、歩兵が扱う設置型ミサイルの一種だ。一見すると、従来のミサイルと変わらないのだが、そのスペックは兵器の概念を覆した。


(装甲を振動させて引き剥がすだって……!?)

 エルダーから説明を受けたシンヤは、あまりのぶっとんだ発想に目を回した。このヘヴィランサー、なんと着弾と同時に特殊な『音』を出す機構を搭載しており、この音がアトラスの装甲を文字通り揺らして破壊するのだ! よって、貧弱な対戦車砲であっても、アトラスの撃破が可能になる。


(だけど、破壊できるのはあくまで装甲のみ。撃破に至るには、破壊した部分への追撃が必要……か)

 そう、ヘヴィランサーの威力は特段高いわけではない。つまるところ、味方との連携を前提としたミサイルなのだ。加えて、ミサイル本体が複雑な機構を抱えているため、相対的に最大射程が短いという欠点も持つ。


「不安要素はある、ってわけね」

 マリアが風を読みつつ、呟く。

「マシンガンだけを破壊するよりはマシだろう。なんにせよ、アトラス狩りのプロが手伝ってくれるんだ。きっと成功する」

「あぁ、俺達も失敗は許されない」

 シンヤとパルターも、対戦車砲の照準を再調整する。アトラスとの距離は一五〇〇メートルまで縮まった。充分有効弾が望める距離だ。


『こちらエルダー。全分隊の配置完了だ。そっちはやれるか?』

 受け取っていた通信機から、エルダーの声が聞こえてきた。

 エルダーの対アトラス特技兵小隊は四個分隊であり、シンヤ達が操作する対戦車砲の両翼に二個分隊ずつ展開し、正面からアトラスを迎え討つ布陣を敷いていた。


「いつでもやれます。指示をお願いします!」

『良い返事だ。まず、我々が先制して奴の胸部、つまりコックピット付近の装甲を引き剥がす。その後、君たちが合図と同時に破壊箇所に撃ち込む。いいな!?』

「了解!」

 気持ちが高ぶるのが分かる。マリアとパルターも、固唾を呑んで見守ってくれている。もう引き下がれない!


『全分隊、ヘヴィランサー発射用意!』

 エルダーの指示が飛ぶ。アトラスが防御態勢をとる気配はみられない。そして、

『撃てぇ!』

 バシュウウゥゥ!!と、四発のヘヴィランサーが、シンヤ達の両翼から目標めがけて飛び出した。ミサイルにしては弾速が遅いが、この距離ならばあっという間に届く。

《…………!》

 気がついたかのように、アトラスが左腕のシールドを構えようとする。しかし、もう間に合わない!


(きまった!)

 シンヤは確信した。特技兵達によって有線制御されたヘヴィランサーは、迷うことなくアトラスのコックピットに群がり、炸裂する。

 そして、『音』が破壊を呼ぶ。


 キィィィィィィイイイイィィィィイイイイィィィィンンンン!!!! と、音叉を叩いたときのような、甲高い音が辺りに広がる。ヘヴィランサーの共振機構が作動したのだ。

 直後、アトラスの装甲が文字通り! そう、まるでガラスが割れるように。


「やったぜーー‼」

「マジかよ」

「これが、ヘヴィランサーの力……っ!」

 三人は息をのみ、歓声を挙げた。圧倒的な存在であったアトラスが、今やその鎧を引き剥がされているのだ。

《…………!》

 アトラスがのけぞり、数歩後ろに下がる。もはや、破壊の権化たる巨兵の威厳はない。


『今だ! 奴がシールドを構える前に撃て!』

 エルダーの指示が飛ぶ。今度はシンヤの番だ。

「やれ! シンヤ!」

「おねがい! 当たって!」

 パルターとマリアの声援が聞こえる。照準はアトラスの胸部をピタリと捉えている、あとは撃つだけ。

「…………っ!」

 シンヤは、発射トリガーを引き絞った。ガゴォン! という鈍い音と共に、一〇五ミリ砲弾が緩やかな放物線を描いて飛んでいく。狙い通り、アトラスの露出した胸部目がけて。


「い……いっけええええええええええええええええええええ‼‼」

 叫んだ。奴が殺した数多の兵士達と、これから殺されようとしていた兵士達の怒りを乗せて。


 そして、砲弾は着弾した。鼓膜を切り裂く爆音と、凄まじい衝撃波を伴って。


「どうだ⁉」

『…………っ』

 音と衝撃波に顔を歪めながらも、アトラスの挙動を全員が固唾を吞んで見守った。ヘヴィランサーによって胸部の装甲を引き剥がされ、シンヤの放った一〇五ミリ砲弾が、確かにそこに着弾した。

 だが――。


《…………》

 。その両脚を、しっかりと大地に立てていたのだ!


『くそっ! 浅かったか!』

 エルダーの悲痛な声が聞こえてくる。

「浅かったって、どういうことですか⁉」

『狙い通りの箇所に攻撃を加えても、一〇〇パーセント目標を破壊できるわけじゃない! 運悪く、被害が機関部まで届かなかったんだ! 俺達はに負けた!』


「くっ……」

 あまりにも理不尽だった。これまで積み上げてきたものが、一瞬にして瓦解する。

『とにかく陣地転換だ! 反撃がくるぞ!』

 両翼に展開した対アトラス特技兵小隊が、アトラスの魔の手から逃れようと、陣地転換を始めた。


 はるか前方では、エルダーの言葉通り、怒り狂うアトラスがマシンガンを構えようとしていた。この距離では精密射撃などできないだろうが、大量に砲弾をばら撒かれれば同じことだ。生身の人間など原形も留めない。


 そんな中、シンヤ達はまだ動いていなかった。

『おい! はやく来い!』

 エルダーが三人を急かす。しかし、三人の若き兵士達は聞く耳を持たなかった。もう一度、強大な存在に抗おうとしていたのだ。


「ここまでやって引き下がれるか!」

 パルターが次弾を装填する。


「こんな形で終われるわけがないでしょ⁉ シンヤ君、左にあと〇・五度修正!」

 マリアがシンヤに助言を送る。


「アイツは今、ここで仕留める! もう仲間を死なせはしない!」

 シンヤの手が、再び発射レバーにかかる。


(今度こそ……今度こそ!)

 若さゆえの暴走かもしれない。経験豊富な兵の指示を無視することは、死に直結する。……そんなことは分かっている。だが引き下がれなかった! 数百人の命が、自分達にかかっているからだ!

「やれぇ! 今度こそ!」

「シンヤ君!」

 今にも砲弾が飛んでくるかもしれないという状況の中、シンヤの隣には、共に戦う仲間がいた。もはやアトラスなど怖くない。そして――。


「くたばりやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼‼‼‼」

 絶叫と共に、シンヤは発射レバーを引き絞った。

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