3章「動き出す物語」

「う、あ……あ……」

 自分のうめき声で目が覚めた。が、目の前は真っ白だ。いったい何が起こったのか、シンヤには理解できなかった。

 パルターの声が聞こえたところまでは覚えている。が、その先の記憶がまったくないといった状態だ。おまけに、いつの間にか地面に倒れ込んでいた。


(な、何が起こった? つーか、全身が痛え……)

 体の節々が痛み、激しい耳鳴りに襲われるシンヤ。とりあえず、立ち上がって状況を把握しようと試みるが、思ったように体が動かず、ただ立ち上がるだけで時間がかかってしまった。

「ちくしょう。体中に釘でも撃ち込まれたみてぇだ……」

 そう呟きつつ、シンヤは辺りを見回した。


 そして、思わず息を飲んだ。

「…………ッ! ま、まじかよ……」

 そこには、これまでの人生で一度たりとも経験したことの無い場面が広がっていたのだ。


「いたい……いたい……いたい……」

「目が! 目がああああ!」

「あぐああああ!! 痛ぇ痛ぇ痛ぇ痛ぇ!!」

「み、みずをくれ……」

 苦痛に悶え、地べたを這いずる


「包帯と消毒薬をありったけ持ってこい!全く足りんぞ!」

「この人、足が……」

「こっちにも人を寄こしてくれ!」

 そんな彼らを救おうと、必死の形相で対応する仲間たち。


 瓦礫の山と化した施設や砲台。そして、

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

 辺り一面を埋め尽くす、死体、死体、死体、死体。死体の山。


「な、なんだよこれ……」

 ただ呆然と立ち尽くすシンヤ。目の前の現実に対して、頭の処理が追いつかない。

 テレビやネットの中だけでしか見たことがない、ましてや一度たりとも経験したことのない大規模な“死”。それが今、目の前に広がっている。

 ……あまりにも非現実的すぎて、悲しみも憎しみも、明確な感情が置き去りになってしまっていたのだ。


 そんな彼に、聞き慣れた野太い声が飛んできた。

「やっと目が覚めたか、シンヤ」

 パルターだった。気が付かなかったが、シンヤのすぐ右側に立っていた。

「あ、あぁ……。マリアは?」

「まだ気絶してる。とりあえずは無事だ」

「そうか、良かった。……ところで、これはいったい――」


 事の経緯を聞こうと、パルターを見たシンヤだったが、途中で言葉に詰まった。なぜなら、パルターの背中にからだ。

「お、お前! せせ、背中が!」

「あぁこれか、気にするな。対戦車砲の破片か何かだろ。少し痛むが大したことはない。無理に抜くと逆効果だしな」

 焦るシンヤとは裏腹に、冷静な姿勢をみせるパルター。どう見ても致命傷だろうに。


「俺の背中のことよりも……アレを見ろ」

 そう言うと、パルターはとある場所を指差した。破片のことも気が気でなかったシンヤだったが、とりあえず指定された場所を見る。

 そこには、あのアトラスがいた。守備隊から攻撃を受けた場所から動かず――無傷に等しい状態で。

「嘘だろおい……」

 シンヤは目を丸くした。あれほどの攻撃を受けておきながら、アトラスは装甲板の一つも吹き飛んでいない。

 衝撃拡散装甲。二〇ミリ当たり、約一五〇〇ミリの純粋な鉄板の厚さに相当するその装甲は、あらゆる攻撃を無力化し、連合軍との戦力差をひっくり返す最大の要因。


「もう分かっただろ。この惨状は奴が引き起こしたんだ。奴が持っている七六ミリマシンガンでな」

 圧倒的な戦力差。抗うことさえ許されない力の差。

「……アトラスの装甲が常識外れということは、嫌というほど聞かされていた。だけど、正直想像を超えていた……」

「俺もだ……」

 守備隊による攻撃があまりにも凄まじく、少しは通用したかとタカをくくっていた二人は、現実を突き付けられ、深い絶望感に襲われる。


「本音を言えば、あのクソ野郎に一泡吹かせてやりたいところだが、守備隊も壊滅状態ときた。次の攻撃が来たら、今度こそ助からない。口惜しいが、今のうちにマリアを連れて逃げるぞ。シンヤ」

 他の兵士達は救護活動を続けている。彼らを見殺しにする結果となってしまうが、死ぬよりはマシだろう。

「そ、そうだな……」

 パルターに促され、この場を後にしようとした、その時だった。

「あと…………十分……だった……」

 二人の足下から、弱々しい声が聞こえたのだ。見ると、ボロボロになった守備隊長が、力なく倒れていた。破片が体中に食い込み、呼吸はとぎれとぎれ。彼の命は風前の灯火であった。


 そんな彼は、焦点の定まっていない目で、シンヤとパルターを一瞥すると、倒れたまま話し出す。

「さっきの……補給兵か」

「「…………」」

「……正直に言……って、勝てない……ことは分かりきっていた。距離が縮まれば、アトラスを撃破できる……確率が上がるなんて嘘だった。ああでも言わ……なきゃ、ただでさえ低い士気は崩壊……するからな」

「守備隊長……」

「だが……望みはあった、航空支援さえ受けられれば、対空能力の……低いアトラスは……退かざるを得なくなる」

 そういえば、アトラスが現れた時点で、航空支援を要請していた気がする。たしか、最低でも二〇分はかかるとのことだった。

「だ……から、足止めくらいは……やってやろうと思った。だが無理だった。あと十分だった……のに。俺は……此処の連中を……守れなかった」

 守備隊長は、そこまで言うと気を失った。死んでこそいないが、同じようなものだろう。


「くそ! だからって、あと十分も奴の動きを止める手段なんて、もう残ってないだろうが……!」

 パルターはそう吐き捨てると、気絶しているマリアを抱え上げようとする。


「……あと十分、か」

 一方のシンヤは、守備隊長の残した言葉が、なぜかずっと心に残るのを感じた。もはや一刻の猶予もなく、ただ逃げることしかできないというのに。

 ふと、シンヤは辺りを見やる。そこにあったのは、傷ついた兵士達と、彼らを助けようと奔走する仲間達だった。その数、数百人。


「まだ助かる! 諦めるな!」

「死ぬな!」

「たすけてくれ……」


 アトラスが、ゆっくりとこちらに近づいてくる。次の攻撃は近い。彼らは助からない。

(くっ……)

 頭の中に、自分達が見殺しにした戦車兵の死にざまがありありと浮かんでくる。

(もう、あんなことを繰り返すのはごめんだ! ――いや、それ以前に、俺は逃げるために此処にいるわけじゃない!)

 置き去りになっていた悲しみや憎しみ、そしてシンヤの『戦う目的』が、彼自身を凄まじい勢いでかけ巡った。


「…………っ!」

 シンヤの中で、何かが弾けた気がした。

 ――このままでは、終われない! 終わるわけにはいかない!


「――パルター」

「どうした!?」

 マリアの華奢な体を軽々と抱えつつ、パルターが応じる。

「先に行っててくれ。奴を足止めしてくる」

「……は?」

 思わず、といった様子で、パルターは目を丸くする。

「な……なにバカなこと言ってんだ、おい! そんなこと、できるわけないだろうが!」

 抱えていたマリアを降ろし、パルターは戻ろうとしているシンヤの腕を掴んだ。

 彼の言うことは至極最もだった。守備隊ですら敵わなかった相手に、実戦経験も皆無な新兵が、足止めなどできるわけがない。


 そんなパルターの指摘を、シンヤはあっさりと蹴った。

「奴が持っているマシンガンさえ吹き飛ばせば、十分は軽く稼げるはずだ。さっきチラッと見たんだけど、破壊されていない対戦車砲がまだ一基残っている」

「……っ! だ、だけどよ、どこにそんな正確な砲撃ができるやつがいるって言うんだ? 砲兵たちは優先的に逝っちまってるぞ?」

 パルターが再び指摘するも、シンヤは冷静に返す。

「俺が撃つ。砲術に関する最低限の知識は学んでいる。ここにある対戦車砲の使い方は、守備隊の訓練を真似ればいい。正確な砲撃が出来るかはわかんねーけど」


「…………っ」

 パルターは黙った。シンヤの覚悟が本物であると分かったのだ。

「……分かったよ、俺の負けだ。ただし、ひとつ条件がある」

 そう言うと、パルターはニヤリと笑った。

「手伝わせろ。俺だけ逃げるのは、後味悪いからな!」


 ***


「う……ん」


 なんだか周りが騒がしい。マリア・フロストは、ゆっくりとその華奢な体を起こす。

(気絶してた、のかな)

 視界はぼやけ、頭はふらふらする。覚えているのは、シンヤとパルターの声と、迫ってくる無数の光弾――。何が起こったのかは、大体想像がつく。


「…………」

 マリアは辺りを見回した。そこにあったのは、壊滅した防御陣地と……死体の山。

「…………」

 だが、マリアは悲鳴の一つも上げなかった。無残に潰された戦車兵を見て以降、感覚がマヒしているのかもしれない。

(これが、戦争なんだね……)

 補給兵として過ごした数か月が、音を立てて崩れ落ちる。もう自分は、か弱い少女のままでいるわけにはいかない。


 再び周りを見回すマリア。ふと目に入ったのは、唯一破壊されなかった対戦車砲に駆け寄る、シンヤとパルターの後ろ姿。

「私……だって……!」

 ゆっくりと、しかし力強く立ち上がる一人の少女。近くに転がっていた双眼鏡を拾い上げ、彼女もまた『戦い』へと身を投じる。


 ***


 防御陣地から少し離れた場所では、とある集団が息をひそめていた。数は一六人、全員が完全武装の連合軍兵士だ。

 そのうちの何人かは、背中に『筒状の物』を背負っている。


「小隊長、やるなら今しかありません。アトラスは友軍の基地にご執心のようですから」

「先ほどは間に合いませんでしたが、今度はいけるはずです!」


「…………」


「小隊長……? 何を見ているのですか? 敵がいるのは真逆の方向ですよ」


「さっきの攻撃で、基地の守備隊は壊滅したはずだ。だが、まだ戦おうとしている二人組がいるのを見つけた。格好から察するに、あれは補給兵だな」


「ばかな! も無しに、アトラスに勝てるわけがないのに!」


「何か意図があるに違いない。だが、あいつらが不用意に攻撃して、アトラス撃破の好機を逃すわけにはいかん。まずは、あの二人組に接触する。各分隊、速やかに陣地転換だ」


『『『了解』』』

 それまで息をひそめていたとある集団が、一斉に動き出す。


「……吉と出るか凶と出るか。なんにせよ、この[]の出番であることに変わりはないな」

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