2章「衝突」


「見えた! 友軍の基地だ!」

 逃げ惑うファントムアインの車内で、戦車長は歓喜した。

『迎撃準備は整いつつある、とのことです。……が、このままでは!』

「意地でも逃げ込め! 俺はこんなところで死にたくないぞ⁉」

 迫るアトラスとの距離は一キロもない。本来ならば、最高速度で勝るファントムアインはアトラスを引き離せるはずであったが、この車両は度重なる戦闘で性能が低下しており、徐々に距離を詰められていたのだ。


 まだアトラスの凶弾が届く距離ではないが、それも時間の問題であった。

(クソが! こっちは満身創痍だってのに、敵は完全武装で悠然と追いかけてきやがる! 弾薬も底をついたし、もう基地の友軍に賭けるしかない!)

 キャタピラが悲鳴を上げている巨大な戦車を無理やり走らせ、二人の戦車兵は必死の形相で逃げる。対するアトラスは、七六ミリマシンガンと脚部ミサイルランチャーを装備した、ごく一般的な機体であったが、ファントムアイン一両を鉄屑に変えるには充分すぎる。


 元々、彼らは主力戦車八両を含めた一個大隊クラスの戦力でゴビ砂漠基地を脱出したのだが、不運にも敵部隊と遭遇戦になり壊滅、今に至るのだ。


『おい! あの基地にアトラスを迎撃できる火力があるとは思えんぞ⁉ どう見ても、簡易的な物資集積所じゃないか!』

 前を走る車両に乗った兵士の一人が、不安そうに声を荒げる。

「あそこには、少なくとも数百人の連合兵がいるはずだ! 如何に火力が無かろうが、アトラスのパイロットがバカじゃない限り、うかつには手を出せない……はずだ」

『なんじゃそりゃ』

「うるさい! 俺達が生き残るには、彼らに賭けるしか…………む?」

 追ってくるアトラスの挙動を見て、戦車長は言葉を飲み込んだ。突如、アトラスが歩みを止めたのだ!

「止まった……?」


『諦めたか⁉』

『……そうみたいですね』

『やった! 追いかけっこは、私達の勝ちね』

『はははははは‼ 珍しくバカの読みが当たりやがったぜ!』

 勝利を確信し、歓喜に沸く兵士達。ある者は緊張から解放された反動で崩れ落ち、ある者は手近な同僚に抱き付き、ある者は原隊復帰後のことを考え始めていた。


「…………!」

 そんな中、ただ一人だけ、『恐怖』を顔に張り付けている者がいた。ファントムアインの戦車長だ。

(違う! 奴は諦めてなんかいない! 俺はアトラスとの交戦経験が多いから分かる。!)

 嫌な予感が全身を駆け巡り、すぐさま仲間達に警戒を呼びかけようとした。

「おい! 気をつけろ! 奴はミサ――」


 だが、手遅れだった。

『な、なんだ⁉ うわあああああああ――』

『ぎゃあああああああ――』

 突然、先頭を走っていた軽車両が木端微塵に消し飛んだのだ!


『どうした! 何が起こった⁉』

『敵機がミサイルを発射! 敵機がミサイルを発射!』

 一瞬にして混沌とする兵士達。悪い予感を的中させた戦車長の男も例外ではない。

(クソ‼ やっぱりか‼ アトラスは脚部ミサイルを発射する際、反動で転倒することを防ぐために動きを止めることがあるんだ……ッ)

 今思えば、この臨時部隊は自車の操縦手も含めて、自分以外は新兵や二線級の士官で構成されていたのだ。アトラスの不審な行動の意味が分からなくても、仕方がないと言えば仕方がない。

(いや、仮に敵のミサイル発射を見切っていたとしても、どのみち逃げきれなかった。とにかく、この状況はマズイ‼)


『か、回避を……うわああ‼』

『――――ッ‼⁉』


 先頭を走っていた軽車両が、一台……また一台とミサイルの餌食になっていく。そして気がついた時には、ボロボロのファントムアインと、十数人の兵士を乗せたトラックだけになっていた。

『ここまで来たのに……ッ‼』

 仲間達のあっけない最期を見て、操縦手が悲痛な声をあげる。そんな操縦手の声を聞いた戦車長の男は、今まで抑えていた『恐怖』を吐き出すかのように絶叫した。

「くそ…………くそおおおおおぉぉぉおおおおぉぉ‼‼」

 喉が腫れ上がらんばかりに絶叫する彼が最期に見たものは、音速を越えて自車に迫る巨大なミサイルだった。


***


「友軍車両、四両大破!」


 一瞬、まさに一瞬のできごとであった。敵が、単騎であっても戦車一個小隊を超える戦闘力を誇るアトラスである以上、このような結末は容易に予測できたものの、あまりにもあっけなさ過ぎた。

「バカな、車両四台を一瞬で無力化するとは! しかも、一台はファントムアイン……史上最強の戦車だぞ⁉」

「強すぎる……!」

 パルターとシンヤは、驚愕のあまり上擦った声を出すのが精一杯といった有様。これでも、始めてアトラスと対峙した者の反応としては、かなりマシな方である。


 一方、基地にいるシンヤ達と相対しているアトラスは、撃ち尽くした脚部ミサイルランチャーをパージしながら、ミサイルの爆発に巻き込まれて横転した軍用トラックを見下ろしていた。トラックに乗っていた十数人の連合軍兵士は無事なようだが、負傷者も多く、このままでは確実に殺されてしまう。


「あの腰抜けどもめ、厄介ごとを俺達に押し付けて勝手に逝きやがった!」

 対戦車砲の操作をしていた砲兵の一人が呻くが、それを守備隊長が黙らせた。

「無駄口を叩くな。文句はアトラスを退けてから、生き延びた連中に言うんだな。今は集中しろ」

 それだけ言うと、守備隊長は無線機を手に取り、攻撃の指示を矢継ぎ早に飛ばしていく。だがその顔には、大量の脂汗が浮き出ていた。そんな守備隊長を見て、シンヤは察する。

(……守備隊長の言動は冷静だけど、本当は勝てないと分かっているんだ……。新兵の俺にだって、今の状況がどれだけ悪いのかは理解できる)

 それもそのはず。この基地の守備隊が用意できた対アトラス兵器は、対戦車砲や無反動砲を始めとする型落ちした対戦車火器。並の機械戦力が相手なら勝算もあるが、アトラスを覆っている衝撃拡散装甲は、ファントムアインの一六〇ミリ滑腔砲ですら完全に打ち抜くことは難しいのだ。


(やばい、早く逃げないと……)

 じりじりと後退を始めるシンヤ。しかし、マリアは足がすくんで動けないようだった。

「ったく! しっかりしろマリア! 置いていくぞ!」

 そんなマリアを見かねて、パルターが急かす。だが、マリアはそれに応えず、ある場所を指さした。

「あそこ……あの人が……!」

「何だよ、何があるんだよ?」

 訝しみつつも、マリアが指さした方向を見るシンヤとパルター。マリアが指さしたのは、ミサイルの直撃を受けて大破し、横転した無残なファントムアインだった。目をそむけたくなるような光景であること以外は、特に変わったところはなさそうだが……。


「あの戦車がどうした……ん⁉」

「おいおい、マジかよ。奇跡だ」

 目を凝らしてみて、ようやくマリアが言いたいことが理解できた。それは、ただの鉄の塊と化したファントムアインから必死に這い出ようとしている、哀れな戦車兵の生き残りのことだったのだ。


「う……あ……たすけ……」


 風に乗って微かに声が聞こえた。服装から察するに戦車長だろうか。かなり弱っているようだが、今ならまだ助けられそうだ。アトラスの脚部ミサイルの直撃を受けて生き残るとは、本当に奇跡である。

「隊長、あいつは戦車乗りの生き残りです!」

「今ならまだ助けられるかもしれんぞ……」

「だが、あのままじゃ確実に殺される。早く撃たせてください隊長!」

 守備隊の面々も、新たな生存者の存在に気づき、守備隊長に攻撃命令を促した。しかし……、


「駄目だ。まだ撃つな」

 守備隊長の命令は、あまりにも無慈悲なものであった。


「ど……どういうことですか⁉ 助けられるかもしれないのに、見殺しにするおつもりですか!」

 たまらずシンヤが飛び出し、上官である守備隊長に食って掛かる。

「なんだ貴様は! 補給部隊の新兵ごときが口出しするか!」

 案の定、怒った守備隊長にシンヤは殴り飛ばされた。

「がは……っ!」

 殴られたシンヤは、悶えながらも倒れたりせずに踏みとどまった。唇の端が少し切れている。

「状況を理解できん素人は黙っていろ。いいか、これはチャンスなんだ! ……我々が用意できた火力は見ての通り貧弱だ。アトラスとの距離は約三〇〇〇メートル、このままでは我々に勝機は無い。しかし、アトラスが例の死に損ないの戦車兵に止めを刺す為に残骸に近づき、少しでもこちらとの距離が縮まれば、それだけ我々が放つ火器の命中率と有効性が増し、アトラスを撃破できる確率も上がるんだ!」


「「「………………」」」

 シンヤを含め、この場にいた全員が言葉を飲んだ。死にかけの戦車兵一人を助けることと、守備隊による攻撃の成功率上昇を天秤にかけたとき、どちらを優先すべきかは言わずもがなだからだ。

「どのみち、今攻撃を仕掛けようものならば、我々の攻撃に巻き込まれて、あの戦車兵も死ぬ可能性が高い。……分かったら、黙って見守っていろ‼」

 言葉こそ冷徹だったが、守備隊長の拳は強く握りこまれ、怒りを抑えるかのように体を震わせていた。


 そのうち、戦車兵の存在にアトラスのパイロットが気づいたのか、ゆっくりとファントムアインの残骸に近づき始めた。先ほどまでの逃走劇に、終止符を打たんとするかのように。


「たす……け……いやだ」


 必死に残骸から這い出ようとしている味方の弱々しい声が、風に乗ってシンヤ達や守備隊の面々を、ぐさりぐさりと貫いた。

 そして、残骸のすぐそばまで辿り着いた鋼鉄の巨人は、その巨大な右脚を上げ、残骸の上に乗せた。まるで、道端に落ちている空き缶を潰すかのような気軽さで。


「あんな死に方、酷過ぎるよ……」

 ついに見ていられなくなったマリアは、目の前の現実から逃れるように目をそらした。

「や、やめろよ……」

 恐怖のあまり、掠れた声を出すことが精一杯のシンヤ。マリアと同じように目を背けたいのに、なぜか背けることができない。まるで誰かに操られているようだった、『現実から目を背けるな。この怒りを忘れるな』と。


「だれ……か――」


 遂に、微かに聞こえていた戦車兵の声が聞こえなくなった。

「……………………………………くそが……くそがああああああああああああああああああああああああ‼‼」

 恐怖を忘れ、怒りに任せて近くにあったコンテナを殴りつけるシンヤ。友軍の命が失われるのを、ただ見ていることしかできなかった自分が情けなくて歯がゆくて……。


 そんな彼を、守備隊長は咎めずに一瞥し、目の前の怨敵に意識を集中させる。その手は、爪が食い込むほどに握りこまれていた。

「五〇〇メートルほどは近くなりましたね」

「ああ、今度こそやるぞ。もう好き勝手にはさせん!」

 守備隊長は無線機に手を伸ばし、攻撃を今か今かと待っている隊員達に指示を出す。

「全攻撃班、射撃用意。同時斉射まで三十秒前!」

 これを聞いて、砲兵たちは最後の照準合わせに入る。


『距離二四〇〇。風速八ノット』

『距離よし!』

『照準よし!』


 対するアトラスは、それに気がついていないのか、逃げる兵士達を追うことに夢中だ。追うというよりも、弄んでいるという表現が正しいかもしれない。


「十五秒前!」


 シンヤ、マリア、パルターの三人も、固唾を吞んで見守っていた。

「大丈夫だよね? 絶対倒せるよね?」

「勝機は低いがゼロじゃない。今は守備隊を信じるしかない」

「…………」

 そして、運命の瞬間が訪れた……!


「一〇、九、八、七、六、五、四、三、二、一、ゼロ‼‼」

『『『発射!』』』

 『ゼロ』の声と同時に、各種砲弾が轟音と共に撃ち出される! 光弾となって猛進する一〇五ミリ弾と無反動砲弾、煙の尾を引きながら目標へと食らいつく対戦車ミサイル。恐ろしくも美しい協奏曲を奏でる破壊者たちは、迷うことなく鋼鉄の巨人へと向かっていくのだった。


《…………!》

 そこでようやく、アトラスはこちらの存在に気がついたかのように機体を反転させ、左腕の巨大なシールドを構えようとした。だが、もう遅い!

(当たる! 防御は間に合わない!)

 シンヤは確信した。それを裏付けるが如く、まずは弾速の速い砲弾群がアトラスの各所に次々と着弾し、強烈な爆音を辺り一面に轟かせる。

「ぐぅ……」

 あまりにも耳障りな爆音に、マリアがその整った顔をしかめる。

 続いて対戦車ミサイル群が、獲物に食らいつく蛇のようにアトラスに群がり、巨大な炎と大量の煙を生み出しながら次々と爆発を起こす!

(少しは効いたか⁉)

 煙ではっきりとは分からないが、莫大な破壊エネルギーによって、アトラスがのけぞったように見えた。


「命中弾多数、動きは止めました!」

「照準を再調整後、続けて斉射!」

「畳みかけるぞ!」

 休む暇を与えず、再び打撃を加える守備隊の兵器達。その効力射は一〇分間にも渡って行われ、辺りは硝煙と砂埃に包まれた。



「撃ち方やめ!」

 ようやく、守備隊長が攻撃を止めさせた。たった一機の地上兵器に対して、一〇分間にも及ぶ効力射。先ほどの屈辱を晴らすが如く、あまりにも一方的な反撃であった。

「終わった……のか?」

 一部始終を呆然と見ていたシンヤは、ようやく我に返る。


 シンヤ達がいる陣地の周辺や、アトラスが立っていたと思われる場所は、大量の硝煙と砂埃に覆われ、視界がとても悪くなっていた。状況はよく分からないが、あれだけの火力投射を受けて無事な兵器などありはしないだろう。

「やっつけた、のかな」

 マリアが不安げな表情を浮かべる。

「こういう場面って、漫画の世界じゃ相手が無傷で立っていたりするのがお約束だが、あんな凄まじい攻撃を受けて無事だとは思えんぞ……」

 アトラスの装甲が並外れた防弾性を持っていることは周知の事実だが、そんなものも帳消しにできるほど凄まじい攻撃だったと感じたのだ。まだ体の芯が揺さぶられている。


 そんな彼らの元へ、駆け寄ってくる集団があった。

「おーーーーーーい‼ 負傷者の搬送に手を貸してくれー」

 こちらに助力を求めている男性士官を含めた、十名程度の兵士達だ。先ほど、アトラスのミサイル攻撃に巻き込まれて、横転したトラックに乗っていた者達だろう。無事な者もいるが、半数近くは他の者に背負われたり肩を借りて歩いている負傷者だ。


「……そこの補給兵、手を貸してやれ」

「アッハイ」

 淡々と対応する守備隊長。シンヤ達も特に何も言わず、陣地の奥へと負傷者を連れていった。


 軽傷であった男性士官は、到着するなり守備隊長の元へ近寄った。

「いやはや、助かったよー。よくぞあのアトラスを足止めしてくれた! ただ少し判断が遅かったのではないか? おかげで随分と歩かされてぶべらぁ!?」

 言い終わる前に、士官の膨らんだ体が吹っ飛んだ。

「な、なにをするきさまーーーーッ!」

「それはこっちの台詞だ豚野郎! ここはただの物資集積所だぞ! あんな化け物を連れてきて、さらに被害を増やしたかったのか!」

 守備隊長はアザのできた拳を引きつつ、士官に軽蔑の眼差しを向ける。

「ふん、結果的に被害の拡大は防げたじゃないか。ワシを殴ったことについては、相応の処分を覚悟しておくんだな」

 対する士官も、守備隊長を睨み付け、その場から立ち去ろうとする。


「ははっ、被害の拡大は防げた……ねぇ。それは違うな」

「何だと?」

 守備隊長の意味深な独白に、士官の男が反応した、その時だった。


「アトラス、今だ健在。!」

「は?」


 兵士の報告。我が耳を疑う士官。そして、


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッ!!!!


「「「…………‼⁉」」」

 全てを滅する音色ほうせい。砂煙の向こう側から飛来する無数の光弾。

「シンヤ! マリア! 伏せろォ!」

 いち早く動いたのはパルターだった。負傷者の救護に気を取られていたシンヤとマリアの頭を掴み、地面に突っ伏させた。


 直後、全てが『無』と化した。

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