小さな補給拠点

1章「東アジア戦線」

 旧中華人民共和国領、内モンゴル自治区にある小さな補給基地。所々に物資や補給を待つ車両が点在し、日差しが強い中を数人の補給兵が慌ただしく駆け回っている。

 補給基地の周辺は丈の低い草地が広がっており、遠くに小さな集落の跡がいくつか見て取れる。一見、のどかな風景だ。


 そんな場所に、三人の若い男女がいた。

「つ、疲れた……。昨日からロクに寝てないんだけど、労働基準法って何だっけ?」

 その中の一人、シンヤ・ナカムラが重い荷物を車に積み込みながら言う。

 薄汚い作業服を身にまとった彼は、名前こそ変えられているものの、日本人らしく髪は黒くて短く、瞳は茶色がかっている。身長は一七〇センチ近くだが、特段体格に恵まれているわけではない。そして一八歳ながらも少し温和な顔立ち。

 悪く言えば、これと言って特徴の無い青年である。


「軍隊にその労働基準法とやらが適用されるのか? まあ、確かにそろそろまともに寝させて欲しいもんだが……」

 無気力になっているシンヤに、野太い声が応じる。

 声の主はパルター・オーガスト。シンヤから頭一つ抜けるほどの高身長と、それに見合う立派な体躯を誇る青年。ロシアあたりの血が流れているのか、彫りの浅い顔はゴツゴツした印象を受ける。

 あまり睡眠が取れていないせいで、疲れこそ見て取れるが、重い荷物を複数抱えて運ぶ姿は逞しく、眼光も鋭い。


「おまけに腹も減ったな」

「そう、それだよ! 朝飯が干し肉一切れとパンだけってなんだよ! 俺達を飢え死にさせる気か⁉ 二日前に旧中国軍の残党と合流してから、まるでロクなことが無い!」

 作業を放り出し、ぎゃあぎゃあと喚くシンヤ。睡眠時間が短縮されたり、食料の配給が滞ったりしている原因は、旧軍の残党と合流して急激に人が増えたことにある。

「俺にキレられてもな……」


「あれ? 二人とも、もしかしてお腹減ってるの?」

 突然、二人の頭上――小破した装甲車の上から、透き通るような優しい声が二人を撫でた。

 彼女の名はマリア・フロスト。腰かけている装甲車とあまりにもマッチしない華奢な体つきで、顔立ちにも若干ながら幼さが残る美少女。マリンブルーの瞳は優しく、肩まで伸ばした金髪が風に揺れた。

 一見すると人形のような女の子ではあるが、背丈はシンヤよりも少しだけ低いくらいである。


 この三人はオシャレの『オ』の字も無い作業服を着こみ、補給兵として物資の積み込みや点検などを行っていた。

「まぁね。マリアはどうなんだ?」

「一種の食事制限だと思えば大丈夫。ほら、最近はあんまり動かない作業をすることが多いじゃない? だから、少しは制限があっても良いかな~って」

 そう言いながら、マリアは装甲車の重機関銃を弄る。……美少女と重機関銃、何というミスマッチ。


「……俺、そういうのは無理」

「右に同じく」

「あはは、そう言うと思って――」

 小さく笑うと、彼女はシンヤ達の元へ降り立ち、ポケットからある物を取り出した。

「こんな物しか持ってないけど、よかったら……」

 彼女が差し出したものは、銀色のパウチ。その表面には『ドライフルーツ』と書かれていた。

「よし、パルター。ここは年下の俺に譲るべきダルルォ⁉」

「ぬかせ。普通は最先任である俺に譲るべきじゃないか? シンヤ一等兵」

「こういう時だけ階級のことを持ち出しやがって……っ! 一等兵も上等兵も、そんなに変わらないだろ!」

「はぁ、分け合うという発想は無いのかしら……」

 よほど腹が減っていたのか、ドライフルーツごときを醜く奪い合う男二人。しかし、今は仕事中であり、

「こらぁ! オーガスト上等兵、並びにナカムラ一等兵とフロスト一等兵! 口を動かしている暇があったら手を動かせ手を!」

「「「は、はいい!」」」

 ――即座に上官から怒鳴られ、現実に引き戻された。


「……しっかし、どこでそれ(ドライフルーツ)を手に入れたんだ? この状況で補給兵が野戦食なんか貰えないだろ」

 シンヤは作業を進めながらも、上官に聞こえないような小声でマリアに問う。

「ふぇ⁉ え、えーっと、それは……」

 対するマリアは、明らかにシンヤ達から目をそらし、頬に冷や汗を伝わらせていた。

「な、なんで私こんなもの待ってるんだろうな~分からないな~」

「よし、手伝えシンヤ。この不届き者を大隊長に突き出してやろう」

「それ(ドライフルーツ)をマリアの手から取って、独り占めにしようとしているお前が言うか⁉」

「ご、誤解しているようだけど、別に盗んだわけじゃないからね! 放置されていたから拾ってきただけだから!」

「表現を変えたって無駄だぞ。この天然腹黒め」

「ひ、ひどいよ~!」

 パルターに腹黒呼ばわりされ、大袈裟にリアクションをするマリア。……誤解をするかもしれないが、この三人は志願兵時代からの仲良しで、このようなやり取りも日常茶飯事だ。


「ははっ、悪かったよ。さ、仕事に戻るぞ。さもないと、最前線までマラソンする羽目になっちまう」

「実際にマラソンさせられた奴がいるから笑えない……」

「じゃあ、私はスターターをやってあげる♪」

「だから手を動かせと言ってるだろうが!」

「「「は、はいい!」」」


 二年と半年前から始まった激動の時代。しかし、この三人はまだ地獄とはほど遠い場所にいる。もちろん、いつかは最前線という名の地獄に駆り出されるという覚悟はあった。

 シンヤに至っては、この戦争に勝つことには“大きな意味”があった。勝たなければならない。

 だが、今はまだ命がけの戦いをする時ではないのだ。少しずつ、準備を整えれば良い。


 ――そう考えていた時期も


 ***


 長らく整備がされておらず、所々に草花が茂っている石畳の道路を、数台の車両が駆け抜けていく。

 その最後尾を走る車両、国際統一連合軍主力戦車[ファントムアイン]の砲塔内部では、戦車長の中年男性が操縦手に向かって怒鳴っていた。

「もっと速く走れ! このままじゃ追いつかれるぞ!」

『無理です! これが限界です!』

 対する操縦手は、半ば錯乱気味に応じた。

(くそっ‼)

 全力で歯ぎしりしつつ、後方を映しているモニターを見る。そこには、大地を踏み鳴らしながら迫るの姿が映し出されていた。


『戦車兵なら、か弱い味方のために敵を足止めすべきだろうが! なんで俺達と一緒に逃げてんだよ⁉』

『そうだ! 早くを止めてくれ!』

 前方を走る別の車両から、生贄になるようにと催促がくる。

「冗談じゃない! ファントムアインとのキルレシオは三対一だぞ⁉ 本車だけで勝てるわけがないだろ! それに……」

 男は言いよどんだ。『怖いから』なんて言えるわけがない。彼はそこそこの熟練兵であったが、追手の存在はそれほどまでに強大で異常なのだ。


「と、とにかく! この先に味方の補給基地があるんだろ⁉ そこまで逃げきればこっちのもんだ! やってやる、やってやるぞチクショウ‼」

 己を震え上がらせると、男は砲塔を旋回させ、少しでも時間稼ぐために反撃に打って出るのであった……。


 ***


 一方その頃、シンヤ達三人は新たな仕事を押し付けられていた。

「防御陣地に砲弾を運び込めってさ。やったねマリア、体を動かす仕事だよ!」

「残念、それは野郎二人の仕事。私は皆さんにお水を配らなきゃならないの。あー忙しいなー」

 現在シンヤ達がいるのは、補給基地の西端。先ほどの場所とは異なり、若干物々しい雰囲気に包まれている。例えば、各所に簡易的な見張り塔や、土嚢で作られた防御陣地がある点が大きく異なる。さらに、陣地には『ありあわせの素材で作りました感』がにじみ出ている大口径の対戦車砲が設置されており、そこに居座る砲兵も殺気立っている。


 そんな所へやってきた補給兵三人組は、昼食のことを密かに考えながら各々の仕事を始めた。

「おいシンヤ」

 マリアが離れていったのを見計らって、パルターがシンヤに耳打ちしてきた。

「どうした?」

「さっきから思ってたんだが、お前マリアに対して随分と饒舌になったな。初めて会った時なんか、まともに目も合わせられなかったのにな」

 パルターは、少しからかうような口調で言った。

「……ッ⁉ ま、まぁ、半年以上も一緒にいれば多少は……」

 対するシンヤは、突然顔を赤くし、うつむくように顔をそらした。よほど鈍い人でない限り察しがつくだろう。シンヤは入隊時からマリアに好意を寄せていたのだ。前述の通り、マリアの容姿はかなりレベルが高く、あまり経験が豊かではなかったシンヤは、初対面時はまともに話せなかったのだが……。

「ほほう、成長したな」

「うるせー」

 茶化すパルターに軽くパンチをぶつけ、恋バナもそこそこに砲弾の運搬を始めた。



「……それにしても、いつにも増して守備隊の連中がピリピリしてないか?」

 重い榴弾を軽々と二つも抱えながら、パルターはそんなことを呟く。

「そうか?」

 言われてみれば、対戦車砲の近くにいる砲兵を筆頭に、基地の守備に当たっている兵士達がいつにも増して殺気立っているように思えた。

「確かに……」

「熟練の兵士は、戦いが近づくと無意識のうちに緊張感を高めるって聞いたことがあるわ」

「へぇ~。……って、マリア⁉ いつからそこにいたんだよ」

 気が付けば、紙コップの乗ったトレイを持ったマリアが近くにいた。作業服ではなくメイド服を着ていれば、立派な給仕さんに見えるはずだ。

「……? 偶然近くを通ったから話に混ざっただけだよ。まずかったかな……?」

「あ、いや。別に」

 先ほどのパルターとのやり取りを聞かれたのかもしれないと焦ったが、そんな心配は必要なかったようだ。


「っていうか、マリアが言ったことが正しければ、近々ここが戦闘に巻き込まれるってことじゃないか」

「あくまで噂だよ。それに、ここは最前線からかなり離れているし……」

「その発言がフラグでないことを祈るよ……」

 根拠の無い不気味な恐怖感がシンヤを襲う。

「そう考え込むなって。仮にここが戦闘に巻き込まれても、俺達補給兵は守備隊の連中に任せて逃げるしかないからな。俺達は俺達にできる仕事をするだけだ」

 それだけ言うと、パルターはさっさと陣地に入っていった。

(まあ、パルターの言う通り、俺達が色々考えても仕方ないか)

 シンヤも余計なことを頭の片隅に追いやり、砲弾を抱えてパルターの後に続こうとした。その時だった!


「総員警戒! 総員警戒! 前方に発砲煙を確認‼ 距離、約一万ッ!」


 突如、見張り塔にいた兵士が金切り声を上げたのだ。

「な……」

 一瞬、シンヤの頭が真っ白になる。

(発砲……煙? と、いうことは敵襲……だよな? ダメだ、突然過ぎて頭と体が言うことを聞かない!)

 実戦。最低限の練兵を終えたとはいえ、まともに敵の姿さえ見たことが無いシンヤの体は、この突然の敵襲には対応できなかった。それは他の人物にも当てはまることで、

「うそ……」

「くっ!」

 マリアはシンヤ同様に呆然と立ち尽くし、持っていたトレイを落とす始末。パルターはまだ正気を保ってはいたが、その無骨な顔は真っ青になっていた。


「う、うわあああああああああああ‼」

「なんでこんな後方に敵が⁉」

「落ち着け貴様らぁ!」


 シンヤ達だけが例外ではない。周辺で雑用をしていた実戦経験皆無な者の中には、発狂して指示を待たずに逃走しようとする者もおり、混乱を極めていた。

「守備隊、訓練通りに配置に就け! その他は退避させろ!」

「対戦車砲の装弾を最優先だ! 使える重火器もすべて持ってこい!」

「付近の空軍機に、航空支援を要請しろ!」

「敵の規模は⁉ 数は⁉」

 先ほどから殺気立っていた砲兵を始め、守備隊の面々は比較的冷静に対処できていたものの、やはりどこか動揺が見られる。実戦は久しぶりなのだろう。


 そんな混沌とした状況の中、シンヤは相変わらず行動を起こせないでいた。

(お、落ち着け……。俺は守備隊に所属しているわけじゃないし、退避対象に入っている……なのに、なんで体が動かないんだ⁉)

 何の前触れも無く始まった実戦。今まで漠然としていた『死』への恐怖感が明確となり、身体中の筋肉が脳からの指令を遮断してしまっていたのだ。


「おい! シンヤ! しっかりしろ!」

「は、はい⁉」

 そんなシンヤを救ったのは、三人の中で唯一正気を保っていたパルターであった。

「銅像みたいに固まっている場合じゃねえ! じきにここは荒れる。俺達はさっさと安全な場所まで退避するぞ! 聞こえてんのか⁉」

「わ、分かった! 分かったから、これ以上その剛腕で俺の貧弱な体を揺すらないでくれ!」

 ようやく正気を取り戻したシンヤは、足をもつれさせながらも、近くで固まっていたマリアに駆け寄り、両肩を軽く揺すりながら顔を覗き込んだ。

「マリア! 大丈夫か⁉」

「…………へ、え? シンヤ……君?」

 マリアの目は焦点が定まっておらず、ただ呆然と佇んでいた。

「ちっ、完全に正気を失ってやがる……! こうなったら担いででも――」

 パルターが舌打ちし、マリアを担ごうと手をかけた瞬間だった。


 ――ドンッ! と、地面が小さく揺れた。それも一回だけではない。断続的に、何度も。

「「「…………」」」

 パルターの手が、マリアの体に触れる直前で止まった。

「………………………………手遅れだな」

 シンヤとパルターは、二人そろって機械のようにギギギと首を動かし、地揺れの発信源に視線を向けた。二人の視線の先にあるのは、基地の西端から延びる簡素な道路と、その道路の先にある廃墟群。廃墟の中には、それなりに背の高い建物もあり、少し前までは活気があったことを示唆している。

 そして、その廃墟群の間を縫うようにして、数台の軍用車両がこちらに向かって疾走していた。台数は五台程度の小部隊。先頭を走っているのは小回りの利く軽車両であり、その後を同じく軽車両が二台と、少し遅れて大型トラックが一台続いている。


 これらの車両の存在は、特段問題ではない。本当の問題は、大型トラックからさらに遅れて走っている、連合軍主力戦車ファントムアインの行動にあった。

 全長一二メートル、全高四メートル――従来の戦車を遥かに超える巨大な“陸戦の王者”は、対戦車戦闘ではオーバースペックにも程がある一六〇ミリ滑腔砲の砲口を後方へと向け、『何か』に怯えるように蛇行していたのだ。


「友軍が敵に追われています! 三日前に壊滅した、ゴビ砂漠基地の生き残りかと思われます」

「ちっ、腰抜けどもが……」

 守備隊の隊長が悪態をつき、逃げるファントムアインのさらに後方を注視した。

「この基地の戦力で、どうやってを迎い撃てというんだ……っ!」

 そう指揮官が呟いた直後、友軍を追っていた『敵』が、遮蔽物となっていた建物を豪快に破壊しながら出現した!

「ひっ」

 現れた敵の姿を見て、正気を取り戻しつつあったマリアが小さく悲鳴を上げる。

(あれが……あの化け物が……[アトラス]‼)

 シンヤも、初めて目の当たりにする鋼鉄の巨人に対し、全身の穴という穴から汗が噴き出ているのが分かった。


 巨大人型兵器[アトラス]。薄汚れた灰色の装甲、赤く光る二つの眼。そして、全高二〇メートルを超える圧倒的な巨躯。

 二年半前、突如現れた『敵』の主力兵器である其れは、歩くたびに地面が躍動し、砕け散る。


(なんて重圧だ……。あんなのに勝てるわけがない!)

 シンヤを含めた兵士達の体が、再び硬直した。破壊の権化と言うべきか、それとも死神の化身とでも言うべきか。とにかく、アトラスは何もかもが圧倒的で、本能的に地面にひれ伏したくなってしまう。

「うろたえるな馬鹿ども! あれは単なる! これまでに、旧軍や我が軍が百数十機と撃破してきた、単なる兵器だ‼」

 そんな彼らに対し、守備隊長が叱咤激励する。


「……現在、付近を飛行中の空軍機はありませんでした。航空支援を得られるのは、早くても二十分後です。これでは間に合いません!」

「一〇五ミリ対戦車砲四基、攻撃準備完了とのこと。その他、対戦車ロケットや無反動砲も複数用意できましたが、これでも奴は……」

 しかし、アトラスという存在を前にして、守備隊員までもが弱腰だった。

「かまわん! 勝機が全くないわけではないだろう⁉ ぶつけられるモノはすべてぶつけるのだ!」

「……ハッ!」


「各員奮起せよ! 敵は一機だ。必ず仕留め、腰抜けの友軍を嗤ってやれ!」

 守備隊長の言葉とは裏腹に、状況は最悪に等しかった。

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