第17話 そして、伝説が始まる

「そう言う事か……」

 富士の絶界樹に向かう途中、陽宮さんに仮説の全てを説明すると彼はガシガシと頭を掻いた。

「だとするとマズいな。もうほとんど開きかかっていると情報が入っている。急がないとこのまま手遅れだ」

 もう本当に瀬戸際だ。でもこれに賭けるしかない。

 シートベルトを握る手に力が入った。

「あぁそれと海堂から伝言。これでまた失敗したらコロスってさ」

「ははは……そうですか」

 冗談キツいな。失敗したらどのみち絶滅なのに。

「————大丈夫だよ」

「ん? 何?」

 顔を上げると目の前に座っているはずみちゃんは真っ直ぐ真剣な表情で俺を見ていた。

「大丈夫だよ。私は信じてるから。勇者とかじゃなくて京耶君を。絶対に上手くいくよ」

「……うん。ありがとう」

 俺が力強く頷くと、はずみちゃんは安心したように微笑む。

「成功したら新しい伝説の誕生だね!」

「偽りの勇者も誤解が解けて一石二鳥だ!」

 最後の最後まで諦めない。希望を捨てない。例えこれが最後の会話になるかも知れなくても俺もはずみちゃんも作戦の成功だけを考えていた。

「よし! 見えたぞ!」

 陽宮さんの声に視線を窓の外へ移す。俺の目が捕らえた光景はもう絶望的だった。

「おいおい……」

 金色の花はほとんど開きかかっていた。

「くそ! これじゃ着陸してから登るんじゃ間に合わないどころか、もう一分と持たないぞ」

 陽宮さんは声を上げながら花の上空を旋回する。

「え? え? どーするの?」

 はずみちゃんはキョロキョロと窓の外と陽宮さんの背中を交互に見て狼狽えている。

 もうパラシュートも間に合わない。


 ……あー、くそ!


 俺はシートベルトを外して立ち上がり、扉の取っ手に手をかける。

 そしてホルダーを外して剣を抜いた。


「――――勇者行ってきます!」


 もうどーにでもなれだ!

 俺はヘリの扉を開けて、制止する陽宮さんの声も無視して身を投げる――――。


「ちょ! 京耶君! 何してんの! 死んじゃう!」

「おい! ばか! 離せ! ちょっと!」


 空へと投げたはずの俺の体は上半身だけ投げ出され、下半身は見事にはずみちゃんに捕まっていた。

「ちょ! はずみちゃん! 危ない危ない!」

 床に仰向けになって身を乗り出している俺には世界が逆さまに見えた。空が下にあるってこんなに恐いのか。

「落ち着いて! 京耶君!」

 はずみちゃんの怪力でズルズルと引き戻される。さっき決めた覚悟はとうに失せて、俺は「早く引き戻してくれ!」と声に鳴らない声で口をパクパクと動かしていた。

 ほとんど抱きしめ合う形になってヘリの中に無事帰還した瞬間、大きくヘリが傾く。

「わ! わわ! わぁーーーーーーー!」

 気流の乱れのせいか、大きく揺れたヘリから俺とはずみちゃんは滑るように空へと放り出された。

 放り出される瞬間に陽宮さんの声が聞こえたが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。


「――――くっそー! もう! ちくしょう! はずみちゃんしっかり捕まっててよ!」

「――――わかってる! わかってるよ!」


 胸に抱きつくはずみちゃんの腕に力が入っているのがわかる。アバラが痛い。でも、痛みのおかげで恐怖はどこかへいってしまい、頭の中はどんどんスッキリしていった。

 そして徐々にさっきの覚悟が舞い戻って来る。

「――――よし! こうなったらもうやるっきゃないな! はずみちゃん安心してくれ! 何があっても絶対守ってみせるから!」

「――――え?」

 真っ逆さまに落ちる俺ははずみちゃんと一瞬だけ目が合う。

 そして俺は真下に顔を向けて剣を両手で突き出した。




「いっけえぇぇぇぇーーーーーーーー!!」




 突き出した剣が金色の花に突き刺さった瞬間————。



 俺達はまばゆい光に包まれた。

 


 さっきまで真っ逆さまに落ちていたはずなのに今は光の中でフワフワと浮かんでいる感覚だった。

 はずみちゃんと俺はお互いに顔を見合わせて辺りを見回す。


【……ありがとう……】


 声が聞こえた。前方に人影が見える。

 影はドンドン近づいてきて、やがて直ぐ近くで止まった。

 それは同い年くらいの男だった。

 事態が飲み込めないまま固まっている俺とはずみちゃんに男は微笑む。

「よくやってくれた……そしてありがとう。勇者よ」

 その青年はそれだけ言うとスッと消えていってしまった。


「い……今の何?」

 はずみちゃんは俺にしがみついたまま顔を上げる。

「もしかして……最初の勇者? ――――あれ?」

 気付けば俺達は富士山の火口のあたりにいた。座っている地べたの感触は紛れもなく本物で、現実だった。

 上空をヘリや戦闘機が飛び交っている。陽宮さんと海堂さんだろうか。

「どうやら……助かったみたいだな」

 見上げた空の広さは元に戻っただけなのに、えらい広く感じる。

「うん……京耶君。ありがとう」

「やめてよ。恥ずかしいな」

 はずみちゃんは地上に降り立ったと言うのに、俺の胸にしがみついたまま顔を埋めた。

「約束……やっぱり守ってくれたね」

「え、えーっと……」

「私の事守るって……本当に守ってくれた」


「……あ!」


 堰を切ったように過去がフラッシュバックしてくる。

 そうだ。あれははずみちゃんが引っ越す日の事だった。


 母親同士が大人の話をしている中、俺ははずみちゃんと別れの挨拶を交わしていた。

 いつもだったら俺が泣きじゃくっていてはずみちゃんが宥めているのに、はずみちゃんが最初からずっと大泣きしているもんだから俺は泣くに泣けなくて歯を食いしばって黙っていた。

「ごめんね。ごめんね。トンネルの約束破っちゃった。ごめんね」

 はずみちゃんは何度も俺に謝った。子供ながらにもう会えない事を意識していたのかも知れない。破った約束の埋め合わせも出来ない事も知っていたのかも知れない。

 俺は泣きながら何度も謝って来るはずみちゃんに何も言えないままただ目の前に立っているだけだった。

「きょうや君。今までありがとね。元気でね」

 はずみちゃんのお母さんが悲しそうな笑顔で俺の頭を撫でてはずみちゃんの手を引いて止まっている車に歩き出した。はずみちゃんは母親に手を引かれながらずっとこっちを見ていた。

「――――はずみちゃん!」

 自分でもビックリするくらいの大声だった。よっぽど力が入っていたんだろう。その声にはずみちゃんのお母さんも立ち止まり振り返る。

 俺は渡そうと思っていたお別れの手紙をポケットに閉まってギュッと握った。

「僕……僕、強くなるから! はずみちゃんを守れるくらい強くなって伝説の剣を抜く勇者になって……すっごく強くなるから! だから待っててね! 強くなって絶対にはずみちゃんに会いに……守りに行くから! 約束!」

 俺はポケットから手を出して小指を立てた。

「うん! 約束!」

 真っ赤に晴らした目でニッコリ笑ったはずみちゃんも手を挙げて小指を立てた。はずみちゃんのお母さんが優しい顔で笑っていたのが嬉しいような恥ずかしいような感じだったけど、最後にはずみちゃんが笑ってくれた事の方が自分にとっては大事だった。

 去って行く車が見えなくなるまで手を振り合い、もう車の姿が見えなくなった道路をジッと見ていたら母さんがポンと俺の頭に手を置いた。

「約束。ちゃんと守るのよ」

「……うん」

 母さんは振るのを止めた俺の手を取って、それ以上は何も言わずに家へと帰った。


 ――――そうだ。

 あれから俺は内向的な自分の性格を直そうと社交的になっていったんだっけ。

 こうして今があるのははずみちゃんとの約束のおかげだったんだ。いつからか変われた自分に満足してしまって、何で変わろうとしたのかを忘れてしまっていた。

 全部はずみちゃんとの約束を守る為だったんだ。

 それで、はずみちゃんは久しぶりに会った時からあんなに喜んでいたのか。

 まさか、本当に勇者になるなんてな。


「おーい! 成上ー! 樫倉ー! 無事かー!」


 遠くから海堂さんの声が聞こえる。見回すと少し下の方からこちらに向かって登っている海堂さんと陽宮さん、そしてブレイバーのみんなの姿が見えた。

「はずみちゃん……」

「ん?」

 顔を上げたはずみちゃんにニッコリ笑ってみせる。

「今度いつ会える?」

「え? えっと……」

「おらー! 日本守ったからって上官の前でいちゃついてんじゃねーぞー!」

 海堂さんの声にはずみちゃんは慌てて離れて立ち上がり敬礼した。

「樫倉! 無事任務終了しました!」

 おー! という雄叫びが上がる。全くいつだって豪快な人達だ。その中に陽宮さんも居て、海堂さんに肩を組まれながら笑っている姿が印象的だった。

 任務は終了。つまりもう俺の側に居る事はないと言う事。

 ならば今度は俺から動かないとな。

 はずみちゃんは敬礼しながら俺に振り返ると嬉しそうに笑った。つられて俺も笑ってしまう。

「成上ー! よくやったー!」

 一気に走って距離を詰めてきた海堂に抱きつかれてそれに多い被さるようにブレイバー達がのしかかる。

「ちょっと! 重い! おーもーいー! 助けてー!」

 陽宮さんとはずみちゃんはブレイバーにもみくちゃにされる俺を見て笑っている。こっちは真剣に助けを求めていると言うのに。

 日本を救ったのにこの仕打ちはヒドいだろ。全く。


 ……でも、ま、いっか。


 今は、今くらいはこうして取り戻した日常に浸るとしよう。

 勇者として国を救う事が出来たとは言え、被害がなかった訳ではない。

 俺達はまた立ち上がらなくてはならない。ここからまた始めるんだ。

 けどまぁ、大丈夫。

 みんないる。みんながいるんだ。きっとやれる。

 後は……

 俺にはまだ、解かなければならない謎が残されている。

 絶界樹を倒した後の勇者の詳しい顛末や、禁秘の理についてもまだまだ謎だらけだ。

 難題だけど、きっとこれは俺が解かなくてはならない。


 だって俺は勇者なんだから。


 きっとそれは俺に繋がっているはずなんだ。

 あーあ、これからは歴史中心の勉強になりそうだなぁ。全然興味なかったのに。まったく。なーんて、そんなに悪い気はしてないんだけどね。



 ――――もう伝説は嘘で固められる必要はない。

 信じたくても信じきれなかった人々が讃えた偽りの勇者は本当に『勇者』だったのだから。


 これから先、また絶界樹が復活したとしてももう大丈夫だろう。

 これから語り継がれていく伝説は全て真実なのだ。

 伝説はこれで終わりではない。ここからの復活劇こそが伝説なのだ。


 そう、俺の……俺達の伝説はまだまだ始まったばかりなのだ――――。

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伝説!!勇者!!俺が!? 川上 誠 @nozarasi

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