第16話 老人、真実、そして仮説


「————ここはちょっと時間かかりそうね。京耶君、ちょっと無理してもらう事になるよ」

「無理でも無茶でもするさ。じゃなきゃ死んじゃうんだから」

「でも本当にギリギリ……これでダメならアウトかも知れないわね」

 珍しくはずみちゃんの口から弱気な発言が出る。それほど事態は切迫しているのだろう。

 老人の居場所を聞き出した俺達は宿直室で日の出を待っていた。場所的に夜の登山は危険と判断して早朝出発する事にしたのだ。

 老人の名は天像労作(てんぞうろうさく)と言い、ここから北に見える山の奥地に住んでいた。

 代々、そこに住んでいる家系らしいのだが労作は子宝に恵まれず妻とも死別していて今ではひっそりとそこで一人で暮らしているから村の人達とも接点がないらしい。だから労作についての情報はそれくらいで何か秘密に繋がるようなものはなかった。

「……よし。行くわよ」

 はずみちゃんがリュックを背負って立ち上がる。

「おう」

 朝日が昇り始めた空はまだ薄暗い。静かな一日の始まり方だった。

 俺達は校庭に止めてある車に乗り込む。無音の世界で車のエンジン音だけが響いた————。



 予定通り、車で麓に着く頃にはしっかり日が射していて視界も良好だった。

「こっからが正念場よ。しっかりついてきてね!」

「よっしゃ! まかせろ!」

 車から降りて山の中へ入って行く。帽子は座席に置いて行った。

 きっと天像労作には俺が勇者である事を知らせないといけない気がした。

 山道は進めば進む程、道の形を無くしていく。初めから舗装なんて期待していなかったけど道無き道になりかねない雰囲気に正直不安を感じていた――――。


「ちょっと休憩しようか」

 はずみちゃんは少し息を弾ませて振り返る。頷く事しか出来ない俺は正に息も絶え絶えだった。

「……これって……老人が登れるような道じゃ……なくない?」

 グッと水を喉に流し込む。体内に入れた瞬間に全て吸収されている気がした。

「慣れている人だったらきっと高齢者でも大丈夫だと思うよ? でも確かにちょっとキツめよね。裏道でもあるのかなぁ」

「あるんだったら是非通りたいね」

「聞いてみましょうよ。もしあれば帰りはそこを通りましょ」

 つまり、行きは通常ルートで行くしかないと言う事だな。確かに闇雲に近道を探している時間はない。でも、俺の休憩のせいで明け方に登り始めたのにもう正午が近かった。

「よし。次の休憩でお昼にしましょう」

「……うし! 行くかぁ」

 膝をバンと叩いて立ち上がる。あとはもう気合いでしくしかない。

 道中、はずみちゃんは俺の返答が無くても沢山話をしてきた。少しでも気が紛れたらという気遣いだろう。

 俺はその話に耳を傾けて引っ張られるように登って行く。小さい頃の話やブレイバー達との出会い。海堂さんの豪快な伝説等、身の上話に限らず話は多岐に渡っていた。でも、やはり喋っていると昔話にも限界があって段々とはずみちゃんの想像の話にシフトしていった。

 普通の高校の制服を着てみたいという願望(はずみちゃんは部隊の施設で授業を受けているらしい)

 長期の休みが欲しいという願望(今まで最長で三日間の休みしかなかったらしい)

 もし、引っ越していなかったらというタラレバ話(はずみちゃん曰くきっと俺と同じ学校に通っていただろうとの事)

 洋服を買っても着る機会が全然ないという愚痴(休みの日に買ったりはするらしいがほとんど袖を通せていないらしい)

 あーでもないこーでもないと色んな事を口にするはずみちゃんは超人でもなんでもなく同い年の少女だった。置かれた環境は違えど望むものに方向の違いがあっても規模に大差はないし、考え方も違うようで違わないのだ。

 俺達は何も変わらない。ただちょっと、体力だけはどうしようもなかった。

「ごめん……はずみちゃんそろそろ……」

「あー! ごめん! 話に夢中になっちゃった! 休憩しましょう! あそこに座ろっか!」

 ようやく腰を下ろしてまた水を流し込む。血液のように腹から全身に水分が届いていく感覚。

 俺は満タンに入っていたペットボトルを空にして一息ついた。

 昼食は残念ながらはずみちゃんの手料理、ではなくレーション。のんびりしている時間はないのだ。

「あー。ここまで疲れてるとすごく美味く感じるわぁ」

「レーションもどんどん味が良くなってきてるからね!」

 こんな状態で食わなかったらどう思うか分からないが、今は本当に至福の味だった。例え簡易的な食事でもこんなに絶品に感じられるのは一種の贅沢とも言えよう。

 しかし、時刻はもう午後一時を過ぎている。ここでようやく三分の二。このペースで行くと着くのは夕方になるだろうとはずみちゃんは計算した。

 日があるうちに着けば確かに大丈夫なのだが、そうなると帰りが難しい。どんなに頑張っても出発は明日の朝になってしまう。陽宮さんは出来るだけ時間を稼ぐと言っていたが果たして大丈夫なのだろうか。

「よし! ラストスパートよ!」

「おう! 行こう!」

 可能性は低いと思うけど、もし有力な情報や隠されていた秘密がなかったらという一抹の不安も拭いきれないでいるのは確かだった。

 でも、そこからは意識的に目を逸らした。そんな事を考えていたら進めなくなってしまう。真実にも老人の家にも辿り着けなくなってしまう。

 ゴールを定める事が気合いで登りきる為の絶対条件だった。


「――――あった! あれよきっと!」

 はずみちゃんは前方を指差してこちらに振り向く。少し遠くに茅葺き屋根の小さな家が見えた。

「よし! ゴールだな!」

 空は赤く染まっていて日暮れのギリギリになっていたが、何とか日が沈む前に辿り着く事が出来た。

 家の目の前に立つ。

 古い小屋と言う表現の方が正しいかも知れない。こじんまりとした平屋。古ぼけた木の色や所々見えている土壁が歴史を物語っていた。

「すいませーん! 自衛隊の者です。天像労作さんいらっしゃいますかー!」

 はずみちゃんがドンドンと扉を叩く。引き戸になっている扉には鍵が付いているのかも怪しかったが人の家に勝手に入る訳にもいかない。

 ノックをやめてしばらく反応を待ってみるが物音がしない。誰もいないのか?

「すいま……」

「――――あんたら……なにもんだ?」

「うわ! っと、痛っ!」

 はずみちゃんがもう一度ノックをしようと手を挙げた所で背後から声を掛けられる。全く油断していた俺は急に振り返った反動で尻餅をついてしまった。

「天像労作さんですね」

「いかにも。そちらは?」

「自衛隊の者です。樫倉葉澄と申します」

 はずみちゃんは手を伸ばして天像にカードを見せる。それを確認すると天像は尻餅をついている俺に視線をずらした。

「彼は成上京耶。ご存知ないかも知れませんが禁秘の理を持つ勇者です」

「ほう……君が」

 はずみちゃんの紹介に天像の目の色が変わる。やはり彼には俺が勇者であると知らせて良かったみたいだ。俺は立ち上がり頭を下げた。

「初めまして。成上京耶と言います。今日は天像労作さんにお話を伺いたくて参りました」

 丁寧かつ勇者っぽい口調を心がけてみた。そこらへんに居るただの学生のイメージがついてしまったら聞き出すものも聞き出せなくなるかも知れない。不安材料は少しでも片付けておきたかった。

「……入りなさい」

 天像は戸を開けて家に入る。やはり鍵は無かったらしい。俺達は「おじゃまします」と頭を下げて敷居を跨いだ。

 一間しかない中は板張りで中央に囲炉裏があり、鍋がぶら下がっていた。

「今、食事の準備をするから座って待ってなさい」

 靴を脱いで上がると座布団が用意される。

「いや、あのすいません。俺達はあまり時間がなくて……」

「いいから待ってなさい」

「は、はい」

 老人特有の有無を言わさない変な勢いに気圧されてしまい、俺は口を噤んで囲炉裏の前に座った。

 四角い囲炉裏を囲むように引き戸側に俺。右側にはずみちゃんが座り、そして俺の正面に天像用であろう座布団が置かれていた。

 天像は奥にある台所でカゴの中から山菜を取り出し切っては鍋に放り込んで最後に水や醤油、調味料等を入れて蓋をすると囲炉裏で火をおこした。

「さて、出来上がるまで時間があるな。お前さんらは私に聞きたい事があるんだろ?」

 天像はドサッと座ると腕を組んで真っ直ぐ俺の目を見た。

「はい。偶然避難所であった島田さんに聞いたんですが。天像さん……あなたは何故ここが安全だと知っていたんですか?」

 時間も惜しい。俺は率直に質問した。天像はチラリとはずみちゃんを見やると火箸を渡す。どうやら火を頼むと言う事らしい。はずみちゃんは了承し、それを受け取ってパチパチと音を立てる薪に手を付けた。

「そうか……偶然なのか。はたまた必然なのか……何にせよこうして勇者が私のもとへと辿り着いたのも縁なのかも知れんな」

 天像は少し俯いて何かを考えているようだった。喋るべきかどうか思案しているのだろうか。ここまで来て思案する理由も良く分からないが、この雰囲気では急かす事も出来ない。

 しばし無言の空気が流れる中、はずみちゃんが手を付けた薪がパチッと音を立てると天像はゆっくりと顔を上げた。

「……どうしても、聞きたいか?」

「はい。お願いします。日本の未来がかかっているんです。時間がありません」

 天像の顔が曇る。まだためらっているのか。

「お願いします! 教えて下さい! 天像さんはどうしてここの事を知っていたんですか!」

 身を乗り出す俺を制するように天像は手の平を向けた。

「わかった。話そう。話すから少し落ち着きなさい。そんな状態のお前さんには少し酷かも知れんがな」

「……どういう意味ですか?」

 座り直して問いただす俺に天像は深い溜め息をついて、その重い口を開いた。

「残念だが……日本は助からん」

 ピタッとはずみちゃんの手が止まる。俺は言葉の意味が理解出来なかった。

「勇者である君に言うのは酷だが……残念ながら絶界樹を倒す術はない」

「……詳しくお聞かせください」

 天像の言葉がまるで飲み込めず固まっている俺の代わりにはずみちゃんが火箸を置いて天像に返答する。天像ははずみちゃんと目を合わせた後、鍋の蓋を開けて中を掻き混ぜながら絶望の真実を語り始めた。

「この天像家は代々ここに住む家系でな。それはもう古くからここにいるもんだから……まぁ、それなりの歴史を持っている家系なんだ。そして私たちには遥か昔から跡取りに代々受け継がれている秘密がある」

「その秘密とは何なんですか?」

「……勇者の伝説の真実だ」

 立ちこめる湯気の向こうで淡々と天像は話を進める。勇者の伝説の真実。これが日本が助からない理由なのだろう。

 俺はいまだ何も飲み込めず混乱していた。しかし、天像の話はそんな俺を置いて更に進んでいく。

「勇者はこの海子居村出身のただの青年だった。剣を引き抜くまでは……な。私の遠い祖先が生きていた頃はこの海子居村にその剣が刺さっていたらしい。そしてその時から決して誰にも抜けない剣は海子居村を守る神の剣と崇められ村人の信仰の対象になっていた。しかし、青年はそれを引き抜いてしまう。いとも簡単に。するとどうなったと思う?」

「勇者の誕生ですよね? 神として崇められたとか?」

 天像ははずみちゃんの答えに首を振る。

「逆だ。剣が引き抜かれると同時に遠方で大きな木が生え始めてその実から流れる液体が人々を襲った。村にこそ被害はなかったが遠くから逃げてきた者の話がどんどん伝わっていって青年は人々から非難を受ける事になる。剣を引き抜いたせいで眠っていた化け物の木が目を覚ましたとな」

「ひどい……そんなのって」

「突如として現れた巨大な木の存在に畏怖してしまったんだろう。仕方がない事だ。そしてその木はこの世の全ての命を絶つ液体を流す事から『絶界樹』と名付けられる。これはそこいらの文献といっしょだろう? ただな結末が違うんだ」

 鍋を掻き回していた天像の手が止まる。

「日本は絶滅した。この海子居村を残してな」

「うそ……! じゃあ何で文献には勇者が絶界樹を倒したって……? それならその青年はどうなったんですか?」

「死んだよ。詳しく言えば絶界樹を倒すと言って村を出て行ったきり戻って来なかった。この村から出て行って戻らなかったと言う事はそれはつまりどこかで液体を被ったか、道中で力尽きたんだろう。他の場所で生き残りは一人も居なかった。だが絶界樹は海子居村以外の全ての土地を絶滅させるとそのまま枯れていったようだ。閃光のような光を放ってな。何も無くなり、畏怖の対象もすっかり消えると、そこでようやく村人達は正気を取り戻し、たった一人の青年に全ての罪をなすり付けた事を悔いて彼を英雄に称えたまやかしの伝説を作った。悲しい真実を隠す為にな。そしてこの村から長い年月をかけて再び日本へ散らばっていき、子孫にその伝説を残していった。それが今日までに至る所で発見された文献の正体だよ」

「それってつまり……」

「あぁ。伝説はその一つのみだ。他の物は全て派生した作り話や捏造されたもの。それ以降、絶界樹は現れていないし、他に勇者は存在していない。もとより勇者なんて存在していないんだよ。一人の青年の悲しい結末と絶望の結果しか残らなかったんだ。だからこの真実を口外しない為に村人は伝説の剣に名前を付けた。禁秘の理。ひめごとのことわりとは、即ち秘密にした理由を決して忘れてはいけないという約束の言葉。つまり、その剣は真実を知る者に対しての楔なのだよ」

 ……俺はいつの間にか力強く握っていた手から力が抜けていく。

 手の平にはじっとりと汗が滲んでいた。そして、ようやく口を開けた。

「と言う事は助かる方法は……」

「ない……と言うよりいまだにわからない。と言った方が正しいか」

 天像は深い溜め息を吐いて首を振る。

「まさかこうして剣を引き抜いた者が現れるとはな。真実を受け継ぐ者として選ばれ、この村から離れずに代々過ごしてきた天像家が私の代で絶えようとしていた時にまさかこんな形で受け継ぐ事が出来るとは。奇妙な縁もあるものだ。君たちはここに残りなさい。ここに居れば安全だ。悲しいかも知れないが、かつての青年のように君を死なせる訳にはいかない。さぁ鍋も出来た。ここまで来たんだ腹も減っているだろう」

 天像は鍋の中身をお椀によそって、はずみちゃんと俺に手渡し、気を使ったのか空気に絶えられなかったのか台所へと去って行った。

 受け取りはしたものの箸を付ける気にはなれない。今でも諦めずに戦っている人が居る。そしてその人達は俺を勇者だと信じて戦い続けている……なのに、こんな結末ってアリか? あんまりだろこんなの。こんなの陽宮さんや海堂さん、ブレイバーのみんなに何て伝えればいいんだ。諦めろって言うのか。勇者の俺が。勇者の俺から。先頭に立って戦わなくてはいけない俺が後ろに振り返って無理だって言うのか?

 ――――お椀を持つ手がプルプルと震え出す。

 悔しくてたまらない。辿り着いた真実がこんなものだったなんて。

 これなら、知らずに抗い続けていたほうがまだマシだったかも知れない。

「きょ……京耶君」

 歯を食いしばる。堪えないと情けない事に涙がこぼれてしまいそうだった。

「ねぇ。京耶君」

「――――京耶君ってば!」

 頭にとんでもない衝撃が響く。パーン! と気持ちいいくらいの炸裂音が響いて俺はようやく我に返った。

 どうやら、はずみちゃんに思いっきり叩かれたようだ。何となく脳が揺れている気がする。

「ねぇ聞いて。何か私わかんないんだけど」

「い、いや。俺も理解したくないよ。でもさ……」

「そうじゃな・く・て!」

「……え?」

「だからそうじゃなくて。話を聞いてて言ってる事はわかったんだけど。一つ引っかかるのよ」

「何が、引っかかるんだよ」

「青年は村を去って死んだのよね」

「みたいだね」

「じゃあさ、何でその剣は刺さってたの?」

「……んん?」

「だってそうでしょ? 何処かで亡くなったのなら剣は埋まってたとか何処かに落ちてたとかなら分かるけど、刺さってるっておかしくない? 絶界樹を倒すって言った人が途中で諦めてどこかに刺すとか考えられないし。って言うより岩に刺さらないでしょ普通」

 はずみちゃんはお椀片手に俺の腰についている剣を指差す。

 俺は、固まった。そして頭の中が高速で回転した。

 確かにはずみちゃんの言う通り不自然かも知れない。実験施設で試した所、切れ味は良くなかったし岩に刺さるような剣ではない事は確かだ。

 それにこの剣には不思議な力がある。意味もないような能力だけど、確かに俺にしか持てないのだ。昔の人はその事に気付かなかったのか? と言うより神の剣だからそんなの当たり前とか思っていたのか?

 考えれば考える程不自然だ。いや、待てよ。


 ――――もしかして!


「はずみちゃん。もしかしたらファインプレーかも!」

 俺は立ち上がり天像のもとへ駆け寄る。

「すいません! その真実の方の文献とかって残ってないですか? 何でも良いんで」

 天像は包丁を止めて頷いた。

「あ、あぁ。それなら裏の倉にあるはずだ。探してみよう」

「ありがとうございます! 手伝います!」

「あ! 私も私も!」

 俺とはずみちゃんは天像に着いて倉へと向かった。単なる希望だけどまだ灯は消えていない。最後まで諦めずに抗うんだ。

「————ここの中のどこかに残されているはずなんだが」

 倉には電気が無く、扉を開けると中は外よりも真っ暗だった。日もすっかり落ちて夜になっていたとは言え、外はまだ月明かりがある。でも倉には窓もない為、俺とはずみちゃんは天像と共に懐中電灯片手に倉の中を手分けして捜索した。

 少しでもその時の事について書いてあるものがあったら貸してくれ。と二人に告げて、俺も隈無く倉庫の中を探した。


「確かにここに残されていると伝わっていたんだが……」

 天像は汗を拭って首を傾げる。三人で手分けしても見つからず、捜索は難航していた。

「もう全部探しちゃったよね……」

 はずみちゃんも懐中電灯で辺りを照らしながら確認する。少し広めの倉だったが三人で手分けして随分長い事探した。それでも何一つとして出て来なかった。

「まいったな……他に文献がありそうな場所ってありますか?」

「いや。倉はここしかない。あとはあの母屋だけだ」

 ここへ来て八方塞がりか。もう一度隈無く探すしかなさそうだな。

「――――あ、もう朝みたいだよ」

 はずみちゃんが扉を開けると光が差し込んで来る。解放された入り口から入り込んだ光のおかげでさっきより探しやすくなった。

「……ん? あれ? 京耶君。そこ何か継ぎ目無い?」

 はずみちゃんは扉を開け放しながら俺の足下を指差す。

 継ぎ目?

 俺は足下に視線を落とす。積もりに積もった埃を足で擦り落とした。

「え……? 何だこれ? ――――あっ!」

 継ぎ目は確かにあった。そしてそれをなぞるように埃を払っていくと正方形を描き、そして、小さな窪みを見つけた。

「もしかして……!」

 俺はその窪みに指を入れて引っ張る。床は継ぎ目の通りに外れて中には古ぼけた文献が保管してあった。

「これって!」

 俺は天像に中を確かめるよう手招きして、天像は文献を手に取り中を確認する。

「うむ。真実が記された文献とは恐らくこれの事だろう」

「よし! はずみちゃん最高!」

「はは! やった!」

 とは言え喜んでいる時間もない。俺は床を元に戻し、天像とはずみちゃんと共に倉を出て急いで母屋に戻った。


 ――――そして、天像が母屋の引き戸を開けた瞬間、地響きのような音が周辺に響き渡る。


 山の高台にあるこの場所からはハッキリと見えた。


 絶界樹の根が……海子居村に向かって伸びてきていた。


「そんな、バカな……」

 天像は信じられないと言った表情でその光景を凝視する。しかし、俺とってその光景は頭の中で立てていた願望のような仮説が確証に近づいた瞬間だった。

「――――あ! いけない! レシーバー鳴ってる!」

 はずみちゃんは荷物の中から響く音に気付き、立ち尽くす天像の隙間から中へ入った。

「すいません! おじゃまします!」

 おれも断りを入れて中へ入ったが返答はなかった。しかし、今はもう構っていられない。俺は文献を広げて情報をかき集めながら立てた仮説に物語をパズルのようにはめ込んでいく。

「すいません! ちょっと文献を探してまして……」

「樫倉君心配したんだぞ! 夜通しかけていたのにちっとも応答しないから! こっちは徐々に対処が追いつかなくなってきている。しかも文献に載っていない事が起こり始めてしまったもんだから本部もパニック状態だ! そっちは何か見つけたか?」

「ーーーー! それって!」

 座りながら両手でレシーバーを持って交信しているはずみちゃんの横に俺は文献を持ったまま身を乗り出す。

「それってもしかして、金色のつぼみじゃないですか?」

「っ!? なんでそれを! そうだ、その通りだ! 今、富士の絶界樹の天辺につぼみが出来て少しずつ開き始めている! もしかして、成上君何か掴んだのか?」

「――――やっぱり、そうか! でもマズい。陽宮さん! 時間がありません! 説明している時間も惜しいくらいです! とにかく急いで僕らを迎えにきて下さい!」

「んなっ! 無茶だ! 今はもうギリギリの状態で対処しているんだぞ!」

「わかってますよ! でも本当に時間がないんです! 手遅れになったら日本は終わりです!」

 つぼみは開き始めている。そして海子居村まで根が伸び始めている。

 状況はもうギリギリだ。どうしたらいい。どうしたらいい。


「――――状況はわかった。陽宮。行って来い」


 はずみちゃんの持つレシーバー越しに海堂さんの声が聞こえる。

 どうやら陽宮さんの乗るヘリに通信しているようだ。

「盗み聞きは趣味じゃないんだがな。どっかの陽宮が俺と通信している途中で別の奴と交信し出すから聞こえちまったよ。ここは何とかする。だから陽宮急げ!」

「いや、しかし!」

「ばーか! 相棒を信じろよ! そんなに長くは持たねーかも知れねーが絶対にお前が戻ってくるまでは凌いで見せるさ。俺が約束破った事あったか?」

「……沢山ありすぎて守ってる時を思い出す方が難しいよ!」

「ははは! そうか! じゃあ今日から破らないようにしよう! いいからとっとと行け! 時間がねーんだろ!」

「わかったよ! 頼んだぞ海堂! 樫倉君、今からそちらへ向かうからレシーバーについている発信機のスイッチを入れておいてくれ!」

「はい! わかりました!」

 交信はそこで終わってはずみちゃんは横に着いているピンスイッチを入れた。赤いランプが点灯してはずみちゃんは俺に顔を向ける。

「京耶君。何かわかったの?」

「うん。仮説の域は出ないけど、この文献に書いてある事を当てはめたらやっぱりそれしか方法がなさそうだ」

 はずみちゃんは俺の持つ文献を奪ってペラペラと捲る。

「京耶君……これ読めるの?」

「古文や古語はそれなりに勉強してるからね。と言うよりこの超学歴社会でこれくらい読めないようじゃはずみちゃん大学行けないよ……」

「ちょっと苦手なだけよ! いいよもう! じゃあこれから勉強教えてよね!」

 文献を突き返してきて、はずみちゃんは顔を真っ赤にしている。

「それで? 京耶君。陽宮さん来るまで時間あるから私に説明してよ。その仮説」

「あぁ、うん。最初はもし、青年が日本を救っていたとしたらっていう発想でしかなかったんだ」

 俺は引き戸の前で立ち尽くし、海子居村の安否を心配している天像を見て、またはずみちゃんに顔を向ける。

「海子居村は救われた、と仮定したんだ。はずみちゃんは剣が突き刺さってたのは何故かって疑問を持っただろう? それは日本を救った証拠だと仮定して説を立てたんだ。でも情報が少なすぎてただの願望になってたから、より確かな物にする為に詳しい情報を探したんだけど。この文献を開く前に実は少し確証に近づけていたんだ。それがあの光景」

 俺は母屋の外を指差す。

「海子居村の事?」

「そう。だって変じゃないか。真実では海子居村だけは助かっていたのに事実ここまで根が伸びている。矛盾しているだろう? だからつまり『海子居村には絶界樹が伸びないんじゃなくて、伸びるまでに時間がかかる場所』なんだ。地熱の関係とか色々あるんだろうけどね。となると何故、海子居村は無事だったのか。答えは簡単だ。青年は守ったんだよ日本を。ギリギリで勝ったんだ。代償は大きかったけどね」

 遥か昔に海子居村以外は全滅した。でも日本全て全滅じゃない。そして今ではこうして再び日本中が息を吹き返している。ゼロにはさせなかった。例えたった一つでも、立派に守ったんだ。青年は。

「すごい……でも何でわかるの? それに書いてあるの?」

 俺は首を振る。

「いや、書いてないよ。書いてあるのは旅立つ勇者の残した言葉さ」

「絶界樹を倒す。ってやつ?」

 俺は文献を開いて指差す。

「実際はもう少し具体的だったみたい。ここには『絶界樹に咲く黄金の花が開き切る前に蕾みに剣を突き刺さなければならない』と言って立ち去ったと書いてある」

「!!! それ!」

「そう。そして青年が消息を絶った後、確かにこの村は助かっているんだ。これはもう日本を救う最大のヒントとしか思えない」

「でも、じゃあ何で作られた文献に載ってないのかしら? 真実として伝わる話にも金色の花の事なんて出て来なかったし」

「それはきっと蕾みが出来るのが全国に根を伸ばし、十分に養分を吸った後だからだろうね。そしてここからじゃ他の絶界樹が邪魔で富士の絶界樹は見えない。つまり、勇者が辿り着いた時には他の土地は絶滅していたんだよ。昔は今みたいに文明が発達していなかっただろうからね。それでも色々と抗った結果、実の対処の仕方はわかったんだろう。でも、今の技術を持ってしてもジリ貧なんだ。負けてしまうのも当然だし。それで村人達が日本は絶滅してしまったんだと勘違いするのも無理はないよ。だからきっと旅立つ時の青年の言葉は世迷い言のように気にも止められなかったんだろうね」

「じゃあ……剣を花が咲き切る前に刺せれば」

「うん。多分……だけどね。確証はないから」

「結局、賭け……か。でも、それでも――――」

 ブロロロロロロと外で音が響く。陽宮さんが到着したみたいだ。

 俺とはずみちゃんは荷物を持って母屋を出た。天像は事態を全く飲み込めていないようだが、俺は去り際に手を取って握手を交わした。

「少しだけ文献お借りします。上手くいけば日本は助かりますから、どうか最後まで諦めないで下さい。ありがとうございました」


 早く乗れー! と陽宮さんの声が届く。天像が小さく頷いたのを確認して俺はヘリに飛び乗った――――。

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