第15話 村、きっかけ

 快調に飛ばし続けた車は、はずみちゃんの言った通り昼前には海子居村に着く事が出来た。

「ここが海子居村か……確かに絶界樹は少し遠くに見えるね」

「うん。でもやっぱりライフラインは止まっているし。他の街との変化はあまり見られないけど……とりあえず情報収集よね。近くの避難所へ行ってみましょう」

 村に入ってから車は一切の見落としがないようにノロノロと進んだ。車の外を眺める。日本列島に点在する絶界樹の死角と言うだけあって根は全く伸びていない。それでも、ギリギリの位置に絶界樹はあるのだから視界はしっかりと遮られている。

「何だか本当に普通の村って感じだね」

「うん……禁秘の理が何かに反応してくれたら分かりやすいんだけど。そんな素振りも見せないしなぁ」

 ホルダーから取り出して剣の半身を確認するが、変わった所は一つもない。

「あ。そろそろ避難所に着くから気休めだけど一応、これ被ってて」

 はずみちゃんから渡された野球帽を深々と被る。腰から下げた剣でばれそうな気もするが、バレた所でごまかす口裏合わせは済んでいる。まず真実がバレる事はないだろう。

「よし着いた」

 はずみちゃんは広々とした地面のど真ん中に車を止めた。そこは校庭だった。

 海子居村にある避難所は廃校になった小学校で、木造建築だから古くささはあるものの、今でもしっかりと残っているその姿からは丁寧で高度な建築技術が見られる。校庭は使用されていないせいか雑草も生えていて周りに緑が多かったけど、錆びたサッカーゴールやバスケットゴールは撤去されずにそのまま置いてあった。

 はずみちゃんが事前に調べた情報によるとここは付近の町民もまとめて避難している場所なのだが、海子居村を始め、まわりの町も過疎化が進んでおり、そこまで人が多くないらしい。だから情報収集はそこまで時間がかかる事はないだろうと言う見解だった。

「きっと体育館に集まっているはずだから行ってみましょう」

 車を降りて校庭を真正面から突っ切る。一応、イザと言う時の為に剣は鞘に閉まったまま布に包んで持って行った。何があるかも分からないし、一応ネームバリューを使わないと聞き出せない情報もあるだろうから。

 校舎の裏手にまわって体育館を発見する。物静かなものだったが、入り口から一人の女性が出て来た。

「すみませーん!」

 はずみちゃんが手を振ると女性がこちらに振り向く。はずみちゃんはそのまま走って女性のもとへ向かいポケットから取り出した何かを見せて女性と会話をしていた――――。

「こっちこっち!」

 会話が終わると、はずみちゃんが離れて突っ立ていた俺に手招きをする。どうやら事情を説明していたみたいだ。

「この方は海子居村の隣町に済む荒川さん」

 はずみちゃんに紹介された女性に頭を下げる。本当は帽子も取るべきなのだろうが仕方がない。

「わざわざ遠い所からご苦労様です。協力は惜しみませんので何でも行って下さいね。ではこちらへ」

 女性は深々と頭を下げて体育館へと戻った。その後ろをついていきながら、はずみちゃんに耳打ちをする。

「……一体、何て言ったの?」

「ただ自衛隊バージョンのIDカードを見せて、情報収集及び安全確認で全国に派遣された部隊の一つですって言っただけよ。そしてちょっと海子居村の人々に伺いたい事があるんですって」

 ほら。とそのカードを見せびらかす。国家機密部隊は存在自体が国家機密だからこうして自衛隊としてのカモフラージュが必要らしい。

「今、村長さん呼んできますね」

 体育館の裏口を開けると、荒川さんは足早に奥へと進んで行った。俺とはずみちゃんは体育館の中へは入らず、外で待つ事にした。

 チラッと見えた中には当たり前だがそれなりに人がいて、やはりちょっと窮屈そうだった。きっと全国の避難所がそんな状態なのだろう。それでも暴動は疎か事件や事故、混乱を招かずに済んでいるのは国の尽力。そして勇者の存在があるからに他ならない。俺は万が一に備えて深呼吸をして気持ちを整えた。

 ――――ギィ。

 体育館の扉が開いて荒川さんとその後ろから初老の男性が姿を現した。

「初めまして。遠い所からどうもどうも。私が海子居村の村長をしております。堂場健三(どうばけんぞう)と申します」

「初めまして。ご協力ありがとうございます。私は自衛隊から派遣された調査部隊の隊員。樫倉葉澄と申します」

「あ、相場一郎(あいばいちろう)です」

 相場一郎とは今回限りの偽名。今回の出発時にたまたま施設ですれ違った人の名前を拝借した。

「早速ですが海子居村で出土した文献についていくつかお伺いしたい事があります。出来れば村民の皆さん全員に伺えたらと思うのですが……」

「もちろんです。でしたら多目的室に集めましょう。あそこなら広いし椅子も机も十分にある。早速声をかけてきますので先に行っていて下さい」

 堂場さんは体育館の中へ戻って行く。

「ご案内しますね」

 荒川さんはそう言うと校舎に向かって歩き出した。

 昇降口でスリッパに履き替えて一階の一番端にある教室に案内される。

「ここでお待ちください。直ぐに来ると思いますので」

 去り際に扉から顔だけ出して微笑む荒川さんに二人で頭を下げる。言った通り、十分もしないうちに海子居村の住民は全て多目的室に揃った。

 人数は五十人程度。若者や小さな子供は少なく、ほとんどが中年以上の男女だった。

 はずみちゃんはみんなの前に立ち、文献や勇者の伝説にについて質問を始める。

 俺は端に座ってその様子を伺いながら住民の話を注意深く聞いていた。

 しかし、みんな勇者の伝説について知っているには知っているのだが、どれも誰もが知っている有名な部分ばかりで、俺達以上に詳しい人もおらず、新しい情報はまるで皆無だった。それでもここが初めの勇者の文献が出てきた町と言う事はみんな知っていたし、中にはここが最初の勇者の生まれた場所だなんて言う老人も居た。でもそれを掘り下げようと質問を返すとそれもやはりただの持論でしか無く、確証は何処にもない。ここから出てきたのだからここで生まれたんだろう。くらいの見解だった。

「————ありがとうございました。引き続き何か分かりましたら何でも教えて下さい。安否確認もありますからしばらくここに居ますので」

 結局、目新しい情報は得られないまま解散となった。

 村長と話して俺達も任務が終わるまでこの学校に泊まる事にした俺達はとりあえず宿直室に車の荷物を運ぶ事にした。

「……これは雲行きが怪しくなってきたな」

「何言ってんのよ。まだまだこれから!」

 はずみちゃんはちっとも気にしていないみたいだが、残された時間が気になる所だった。あればあるだけいいのだけど、果たしてここに留まって探すのが正解なのかも疑問だった。

「はいはい! そんな暗い顔しない! そうだ! 図書室に行ってみよう! 何か特別な資料があるかも!」

 荷物を運び終えてはずみちゃんは宿直室を飛び出す。元気づけようとわざと明るく振る舞っているのだろうが、場所も分からないのに飛び出されても困る。

 俺達はこの三階建ての校舎を一階から隈無く探検した。教室内に机と椅子が残っていて、はずみちゃんはいちいち座っては「うわー! 小さい! 低い!」と喜んでいた。俺も触発されて座ってみると、確かに窮屈で体の成長の凄さを実感した。

 結局、色んな特別教室も見て(音楽室ではずみちゃんがピアノを弾きだしてかなり時間を食った)最終的に図書室は三階の一番端にあったから俺達は全ての教室を確認した事になる。


「――――ねぇねぇ何か見つかった?」

「いや……何も」

 しらみつぶしに本棚を捜索したが、あるのはほんの少し残されていた児童書ばかりで資料も文献も無く本自体がほとんど残されていなかった。

「とりあえずこれで校舎内は全部見たなー」

 椅子に座って大きく伸びをする。手がかり無し。

「あ! 見て! 夕日すっごい綺麗!」

 気付けば教室内に西日が差し込んでいて、はずみちゃんは窓を開けて少し身を乗り出しながら空を見上げていた。

「おー。確かに。久々な感じ」

 絶界樹が少し離れているだけで空はひらけて感じた。狭まっていた空に慣れていた事に気付く。夕日も美味い具合に隙間に落ちて行っているのも良かった。

「あ! おーい! おーい!」

 はずみちゃんは下に広がる校庭に向かって大きく手を振る。そこには一人の少年が父親らしき男とボールを使って遊んでいた。校庭の二人ははずみちゃんの声に気付き、少年は手を振り返して、男の方は軽く頭を下げた。はずみちゃんの屈託のない笑顔につられてか二人とも笑顔でこちらを見上げていた。

「ねぇ! 何やってんのー?」

「サッカーだよ! お姉ちゃん達もやるー?」

「うん! やるー!」

 少年と少女のような会話を交わすとはずみちゃんは俺の手を掴んで走り出した。

「本気で言ってんの?」

「あったりっまえ! 全然体動かしてないから鈍っちゃって鈍っちゃって!」

 はずみちゃんは一気に階段を駆け下りて外靴に履き替えると一目散に昇降口から校庭へ飛び出した。

「よっしゃー! 二対二ねー!」

「いいよ! 俺サッカー上手いから負けないよ!」

 遅れて校庭に降り立つと、少年とはずみちゃんは二対二と言いながら二人でボールを追いかけていた。

「あのー……すいません。家族水入らずの所を」

「いえいえ! 息子もちょっと退屈しかけていた所だったんで助かりました」

 互いに頭を下げ合い、笑い合う。息子と娘を遊ばせている父親同士になった気分だった。

 男性の名前は島田さんと言い、俺達は軽く挨拶を交わすとそのまま朝礼台に寄り掛かってサッカーをしている二人を見守った。

「良いですか?」

「どうぞどうぞ」

 島田さんは煙草と携帯灰皿を取り出して掲げた。俺が促すと反対に移動して少し距離を開けてから煙草に火を点けた。距離を空けて風下に立って吸う配慮に好感が持てた。

「これ、ラスト一本なんです」

 煙を風下に吐き出して島田さんは微笑む。目尻に浮いた皺が夕日によって影を作り、何だか父親って感じの顔に思えた。

「いいんですか? 吸っちゃって」

「いいんですよ。むしろこういう何でもない時に吸うから良いんです。束の間の日常と言うか……って何言ってるんでしょうね」

 島田さんはハハッと照れをごまかすように笑った。きっと夕日に染められていなくとも顔は真っ赤だった事だろう。何だか憎めないどころか親近感すら湧いてきた。

 この人もまた非日常の今に言葉にならない感情を抱いているのだ。

「……のどかで良いですね」

 ゆっくりと沈む夕日を眺めて呟く。島田さんは最後の一本の火を消して隣に戻ってきた。

「本当ですね。老後に住んでみたいなぁ」

「ははは。隣町に住んでいたらそんなに変わらないでしょう?」

 島田と言う名前は海子居村の住民リストの中に無かった。と言う事は必然的に近隣の町に住んでいる事になる。車で通ってきた感じだと海子居村に入った瞬間にガラリと変わった気はしなかったんだが。

「いや。私はこっちの人間じゃないんですよ」

「え? どういう事ですか?」

「それがまた不思議な話なんですけど。この海子居村の墓地に妻の祖父の墓があって、妻は東京出身なんですけどね。で、まぁご両親はもう他界していて、僕たちが結婚してからは僕も息子も一緒に毎年ここに来ていたんですよ。旅行気分で民宿に一泊してね。それで墓参りに来たらその祖父の墓で手を合わせている老人の方が居て。初めての事だったんでビックリして妻が話しかけたらどうやら祖父の友人だったみたいで。妻はそこで少し立ち話をしていました。昔話に花が咲いているんだろうと僕は子供を連れて遊んでいたんですけど。まぁそのまま民宿に行ったら例の日本全域への避難警報ですよ。もう大慌てで急いで戻らないとって民宿を後にしようとしたら、さっきの老人が血相変えて飛び込んできて。ここに居ろって言うんです」

「……え? どういう事ですか?」

 全く同じ質問の言葉を繰り返してしまった俺に島田さんは深く頷いた。

「同じ事を僕も言いました。そしたら、ここは安全だからここの避難所に居なさいって言うんです。親友の孫達をみすみす死なせるわけにはいかないって。そりゃもうすごい血相で言うもんだから僕はビックリしちゃって。そしたら妻がここに居ようって言い出して。その場を収めるつもりで言ったんでしょうけどね。もう居るって言わなきゃここをどかないってくらいの勢いでしたから。でも期間はそんなに長くないし避難所に居る分には何処に居ても安全だろうと言う事で僕の両親に連絡してここに留まる事になりました」

 まぁ不便もないですし休暇のつもりで滞在してるんですけどね、と島田さんは笑う。俺は笑顔を返しながら頭の中でその話に驚愕していた。

 ……恐らくその老人は何かを知っている。

 ここが被害の届かない場所になっている事は本部の人達でも絶界樹がほとんど生えきってようやく分かった事だ。それを警報が発令された時点で知っている何て絶対におかしい。やはりここには何か秘密が隠されている。そしてその老人はきっとその鍵を握っているに違いない。

「ちなみにその老人って……」

 もしかして海子居村の住民を集めた会議では嘘をついていたのか? だとしたら何故?

 島田さんは何かを思い出したようにパンと手を叩いた。

「そうだ。それともう一つ。この避難所にその人いないんですよ。僕たちも聞いてまわったんですけどどうやらその老人。何故か避難せずに今でも自宅にいるらしいんです。だから妻と、もしかしてこれ本当なのかもねって話になったりして。こんな状況だし。そんな嘘みたいな出来事が起きてもおかしくないですから……なんて、今でも半信半疑ですけどね」

 ……増々怪しい。島田さんは半信半疑どころかあんまり深く考えていないようだが、これだけの事実が重なれば俺には確信出来る。その人は絶対に何かを知っている。

「その老人の家ってわかりますか?」

「えーと……すいません。どこかの山奥だったはずなんですけど忘れちゃいました。でも確かここの村長さんが知ってましたよ」

「ありがとうございます! すいません! ちょっとあの女の子お願いします!」

 俺は島田さんに頭を下げて体育館に向かって走った。島田さんは「え? あ、はい」と驚いていた。そりゃ意味も分からず突然走り出されたら驚くだろう。でも説明は出来ない。

 今、日本がピンチでその老人がキーマンかも知れないなんて話したらきっとパニックになってしまう。

 体育館の扉を開けて村長のもとへ駆け寄る。名前も知らない老人の話だが、今でも自宅に住んでいる人と言ったら直ぐに思い出してくれた。

 ――――やはり。覚えていたら自衛隊である俺達に直ぐに報告していたはずだ。


 でも、嫌な偶然が重なって事態は好転し出した。希望が見えてきた。

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