第13話 陸路、前進

 荷物の積み込みを終えた俺達はそのまま車に乗り込む。

 用意されたのは武骨で大きなブレイバー専用の四駆だった。

 俺は助手席でシートベルトを締め、部屋から持って来た文献や資料にもう一度目を通した。

「一応、安全運転でいくけど人も居ないし飛ばすから酔わないようにね」

「え? いやそれって……うわっ!」

 はずみちゃんの口にした矛盾につっこむ間もなくグンと車は飛び出して背もたれに体が密着する。

 安全運転で飛ばす。

 とりあえずこの運転に慣れるまでは資料をしまって前を向いている事にした。


 山道を抜けて市街地に入るとまるで映画で見たゴーストタウンのような光景が飛び込んで来る。

 不気味な静けさ、ついさっきまで人が居たかのようにそのまま残っている建物。電気やガス、水道は止めているから音も光も自然のものしか入って来ない。時々、遠くから聞こえる爆撃音は実を撃墜している音だろうか。

 窓を開けて空を見上げてみると戦闘機が一機通過して行った。

「戦闘機の音って結構響くんだね」

 ジャンボジェットのような低音ではなく、空を切り裂くような高音が街に届いた。

「街の音が無いからよ。いつもだったら気にならないくらいだと思うよ」

「そんなに気にしてなかったんだけど、街の音ってあるんだな」

「無くなると気付けるよね。音の安心感」

 ブロロロロと四駆の音だけが響くゴーストタウン。車は市街地に入ってから少しスピードを緩めていた。

 一応。避難は済んでいるはずなのだが、逃げ遅れの人が居ない可能性もゼロではない。それを探す程でもないが万が一に見逃すような事がないようにスピードは抑えていた。この静けさなら車の音に気付くだろうし、このくらいのスピードならもし飛び出して来ても停止は容易だ。少し遠くても大声を出せば必ず聞こえるだろうし。

 と、まぁ言ってみたものの可能性はゼロに等しい。俺はそこに神経を集中する事も無く、休み休み資料や文献に目を通していた。

「……なぁ。はずみちゃん。このまま行けば海子居村までどの位で着くの?」

「うーん。このペースだったら明日の朝。遅くても昼には着けると思う」

「明日か。ちなみに一応聞くけど流石に夜は何処かで仮眠と言うか休息は取るんだよね?」

「当たり前でしょ。一日中ぶっつづけで運転するなんて能率が悪いだけじゃない。こまめに休息は必要よ」

「そうか。そうだよね」

 安心した。はずみちゃんの体力なら一日中でも運転しかねないと思ったけど、それはないようだ。

 しかし、理由が能率と言う事は体力的には出来ない事も無いと言う事だよな。……全く恐ろしい。

「でも不思議。こうして京耶君と二人で車で移動なんて」

 はずみちゃんは真っ直ぐ前から目を離さず、ハンドルを握ったまま腕をグーッと伸ばして、脱力した。

「うん。こんな形は不本意だけどね」

「そう? 私はそうでもないけど」

「……そっか」

 はずみちゃんの頭の中はわからないけど俺にとっては、このシチュエーションって無しだと思う。

 日本絶滅の危機に、こんな武骨な車で、走っている所はゴーストタウン、向かう場所は二人に何の縁もない人里離れた村、目的は日本を救う可能性を求めて。

 そして何より運転しているのは、はずみちゃんだ。

 こんなのダメだろう。

 と言うよりもっとダメな事に気付く。

「……そう言えばさ」

「ん? どうしたの?」

「はずみちゃんって免許持ってないよね?」

 はずみちゃんは同い年。高校二年生の歳だ。何で運転しているんだ。しかも平然と。

「あー。私、一応海外で免許取ってるの。って言っても今は非常時だから特別なんだけどね。普段は公道走る事ないよ」

「へ……へー……」

 どんだけ超人なんだこの人は。俺は絶望して諦めのような呆れのような口調ではずみちゃんに問いかける。

「はずみちゃん……彼氏居た事ないでしょ?」

「は! ばっ! ばか! 何て事言うのよ急に! ……そっそりゃ居た事ないけど……それは……だから……その……きょっ京耶君が……やく……」

「ちょっと前! 前! まえーーー!」

「わ! わわ! わあー!」

 はずみちゃんは顔を上げて急ハンドルを切る。車は急な方向転換で助手席側がふわりと浮いて俺は一瞬、息を呑んだ。

 しかし、はずみちゃんの見事過ぎるハンドルさばきで車は横転する事無くドスンと一回バウンドして四肢を地面に着けると、何事もなかったかのようにそのまま走り続けた。何とか無事に切り抜けられたが危うくT字路にノーブレーキで突っ込む所だった。

「いやーごめんごめん!」

「ちょっとちゃんと前見てよ! 死ぬかと思ったじゃないか!」

「んなっ! 元はと言えば京耶君が変な事言い出すからでしょ!」

 ばかばかばか、と俺に向かって言い続けるはずみちゃんに、だから前を向いてくれと前方を指差す。

 顔は前を向いても呪文のように「京耶のバカ」を繰り返しているはずみちゃんに溜め息が出そうになるが、また変な空気になりそうなので深呼吸でごまかした。

 あんな状態でも止まらずに走り続けたはずみちゃんの度胸は俺にとってもはや恐怖の域に達している。こんな超人、いくら可愛くても男としてどこも勝てる所がないのだから告白なんて出来る訳がない。恐れ多過ぎる。告白されても無理だ。

 見ているだけで劣等感が湧いて来てしまうのだから。こんな女性と釣り合う男は果たしてこの世に居るのだろうか。

 恐らく俺じゃ釣り合わない。海堂さんや陽宮さんレベルじゃないと無理じゃないか?

 でも、それも許せない。

 何とも言えない矛盾が心にある。

 俺じゃ釣り合わないと思いながらも俺はどこかはずみちゃんに期待している部分があるのかも知れない――――。

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