第12話 覚醒、希望

 食堂にはもちろん陽宮さんの姿は無く、海堂さんも戻っていないようだった。と、言うよりブレイバーの誰一人も見当たらなかった。前までは交代制で戻って来ていたから誰かしらは居たんだけど、もしかしたらもう施設にまで戻ってくるような時間さえ取れなくなっているのかも知れない。

「何だか人少ないね」

 はずみちゃんは並べられている料理を皿に盛る。いつも通り大盛りで乗せている音がやけに響いた。

 それだけ静かなのだ。

 会話している人達もいない訳ではないのに、その誰もが小声でボソボソと話していてほとんど聞こえて来ない。

 いつもなら色んな会話が飛び交っていて喧噪とまでは言わずとも賑やかだったのに。

 そんな静けさに合わせて静かに話しているみんなの雰囲気は何だか寂しさを助長させていて、まるで別の食堂みたいだった。

「ちょっと。はずみちゃん食い過ぎじゃない?」

「何よ急に。いつも通りでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどさ……」

 本当ならここで海堂さんの豪快な笑い声が響いてくる筈なんだけど、会話はそこで終わって俺達は席に着いて食事を始めた。

 いつもと違う食堂で、いつも通りの食事を終えた俺達は俺の部屋の前で別れる。

「ねぇ。これでもし陽宮さんが出撃しなかったらどうしよっか?」

「そうだな……あまり考えたくはないけど。もし失敗したらの作戦も考えておかないとね。とにかく明日もいつも通りの時間に集合で」

「うん。わかった。じゃあおやすみ」

 はずみちゃんに手を振って俺は部屋に入る。一日の疲れがどっと押し寄せてきて、ベッドに横たわり目を閉じた。

 もし、陽宮さんが出撃しなかったら……その答えは何となく分かっていた。

 恐らく、はずみちゃんに招集がかかるのだろう。

 日本の明日がかかっているのだから、こんな状態の勇者をサポートするより重要な任務だ。はずみちゃんは嫌がるかも知れないけど。いや、嫌がってくれるかな? 嫌がって欲しいな。

 しかし、今日の手応えはあった。でも確証はない。本当だったらこんな状態じゃ寝れないのに、登山の疲れが響いたのか俺はいつの間にか思考を止めて暗闇に落ちて行った。


「――――成上君。申し訳ないがちょっと来てくれ」

 ……意識の底の暗闇から引きずり出される。

 ゆっくり開けた瞼に映ったのは陽宮さんの姿だった。

「陽宮さん……? どうしたんですか急に」

「早朝に申し訳ない。しかし、時間があまりないんだ」

 早朝? ふと時計を見る。意識を失って数分しか経っていないはずが、既に七時間も経っていた。

「成上君。急いで」

「はい! はい!」

 無理矢理布団から体を引きはがして立ち上がる。陽宮さんはそのまま部屋を出て行ってしまったので急いでその後を追いかけた。

 陽宮さんの後ろ姿を見て、ようやく意識がハッキリしてくる。陽宮さんはいつものスーツ姿ではなくブレイバー達と同じ迷彩服を着ていた。これはもしかして作戦の成功を意味しているのだろうか。ほとんど確信に近かったが、実際に陽宮さんが出撃を口にするまでは油断出来ない。速まる鼓動を落ち着かせながら、予期せぬ状況に対処出来るよう様々なシチュエーションをイメージして備えた。

「待たせたね。申し訳ない」

「い、いえ」

 陽宮さんが俺を連れて入ったのは作戦会議室。ドアが開くと陽宮さんは既に中に居たはずみちゃんに声をかける。

 はずみちゃんは直ぐさま立ち上がり敬礼をした。陽宮さんは俺を彼女の隣に座るよう促すと、テーブルを挟んで真正面に陣取り資料と地図を広げる。

「時間がないから手短に話すよ。数ある資料を色んな角度から見て来たけど、今まで何も掴めなかったが。今の絶界樹の分布を照らし合わせてみたら、些細な事だが不思議な繋がりを見つける事が出来たんだ。可能性は限りなくゼロに近いが何かあるかも知れない。君たち二人は今からここへ行ってみてくれ」

 陽宮さんが指した場所は本土の北側の日本海沿いに位置する、ある村だった。俺はその指された場所を見て陽宮さんに問いかける。

「ここって……確か海子居村(かいねいむら)ですよね? 今更ここに一体何が?」

「良く知っているね。ここは……」

「一番古い文献。つまり最初の勇者と絶界樹の資料が発見された場所……」

 陽宮さんの言葉を遮って俺が答える。ついこの前に散々調べたのだから忘れる訳がない。

 でも、だから何だと言うのだ。

「流石によく調べているみたいだな。そしたら今度はこれを見てくれ」

 次に陽宮さんは更にもう一枚の地図を広げる。広げたのは日本地図。そこにはバツ印と赤で丸が何個も書かれていた。

「このバツは絶界樹が生えている場所。そして赤で囲んである場所がそこに生える絶界樹の液体によって無に帰す範囲だ。もうほとんど生えきっていると言うのにここを見てくれ」

 陽宮さんが指した場所は本土の北側海沿い。

「ここは……」

「海子居村だ」

 まさか。陽宮さんが指した場所は日本で唯一赤丸で囲まれていない小さな隙間だった。ほとんどの場所は重なる丸で囲まれてしまっているのに、上手い具合にそこだけまるで死角のように空いていた。

「ただの偶然かも知れない。でも、何か引っかかるんだ。何の確証もないし手がかりと呼ぶには頼りないただの勘に近いものだが、それでもこのギリギリのタイミングで見つかった小さな可能性が日本を救う糸口になるかも知れない。だから成上君。君が行って確かめて来てくれ」

 陽宮さんは俺の目をじっと見つめる。その目には今までになかった意志の力がこれでもかと言うくらいに感じられた。

 俺はギュッと拳を握って頷く。

「行きます。どんなに可能性が低くてもこのまま何も出来ないよりよっぽどマシです。俺達が確かめてきます」

 はずみちゃんと顔を合わせて頷き合う。陽宮さんは地図から指を離すとポケットから紙を取り出し、はずみちゃんに渡した。

「残念ながらここに残された最後のヘリはこれから俺が使ってしまう。国内にあるヘリ、戦闘機は全て使用中だ。だから君たちは陸路で海子居村を目指してもらう事になる。これが絶界樹の根を避けて通る道のりだ。少し遠回りだが、時間は俺やブレイバーそして絶界樹対策に当たる全部隊が少しでも長く稼いでみせる。二人とも頼んだぞ」

 はずみちゃんは陽宮さんから紙を受け取ると開いてルートを確認する。陸路って事は恐らくはずみちゃんが何かを運転すると言う事なんだろう。って言うより、あれ?

「今……ヘリは俺が使うって」

 陽宮さんは俺に微笑んだ。

「あぁ。まだ心の中は何も整理出来ていないけどな。でもだからこそこのまま死ぬわけにはいかない。必ず生き延びてケリをつけなきゃな」

 陽宮さんはそう言うとドアの方へ歩いて行った。

 そして開いたドアの前で振り向き、「最後に……」と前置きして俺に何かを投げた。

「俺も海堂も樫倉も、そしてここにいるみんなも。日本国民全員が今でも君を勇者だと信じている。だから最後まで諦めるなよ? 君が諦めなければきっと活路は開く。なんたって勇者なんだからな」

 何か分かったらそれで連絡してくれと言い残し、陽宮さんは去って行った。

 渡されたのは少し大きめなトランシーバーのようだった。

「これ、緊急用のレシーバーね。これなら世界何処でもどんな時でも繋がるわ」

 はずみちゃんは俺の肩にそっと手を置く。

「陽宮さんの言った事は本当よ。私も京耶君が勇者だって思ってる。さぁ急ぎましょ。準備もしなきゃいけないし、このルートだと結構時間がかかりそうだから」

 はずみちゃんは俺の手を引いて作戦会議室を飛び出す。

 残された時間はあと僅か。

 恐らくこの海子居村の手がかりがラストチャンスだろう。何も見つからなければそこで終わりだ。

 でも、陽宮さんが……本部のスタッフが死にものぐるいで見つけてくれた僅かな可能性。


 最後に賭けるには相応しい希望だ。

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