第9話 事態、悪化の一途

 海堂さんに連れられて俺とはずみちゃんは作戦会議室を出た。

 はずみちゃんは体を動かして来ると言って一人で訓練場に走って行った。俺と海堂さんは俺の部屋の前で別れて海堂さんはそのまま、また出撃するみたいだった。

「ちょっくら偵察も兼ねて回ってくるわ。土産は期待すんなよ」

 そう言って手を振りながら去る海堂さんの背中は不安を感じさせず、それがまた俺の不安も取り除いてくれるとても頼もしい後ろ姿だった。

 見えなくなるまでその姿を見送って、俺は部屋に戻る。ベッドに腰を下ろしてテレビの電源を点けるとどの局も緊急特番ばかりだった。

 地域事の非難場所の説明や、絶界樹の発生状況。また文献から読み解く勇者の伝説について。どこからどこまで情報に規制が入っているのかも分からないが、どこも勇者は何をしているんだと言う事は絶対に言わなかった。テレビ自ら不安を煽ってパニックを起こすような真似はしないんだろうけど、それを見ている人達の中でその事を考えない人はいないんじゃないかと思う。禁秘の理を持つ勇者がそれを絶界樹に突き刺し、日本は救われる。なら早くやってくれよと思うのが普通だろう。

「――――現在、絶界樹は東北地方まで根を伸ばし始めており富士の絶界樹以外はまだ成長しきるまでに時間がかかりそうですが引き続き注意が必要です。避難勧告をされた地域の方は速やかに避難して下さい。尚、当番組は引き続き絶界樹の情報を放送していきます」

 アナウンサーの女性が資料を何回も捲りながら流暢に喋っている。俺の事には全く触れない。勇者ではなく成上京椰の事だ。ネットに動画が上がってバレバレな筈だが、その事にはあからさまにわざと触れないようにしている。ここはきっと規制が入っているんだろう。つまり、政府側は俺にそう言う配慮をする程に、もう俺を勇者として見ていないのだ。

 テレビを消してベッドに横たわる。見上げた天井には染み一つない。

 海堂さんの言葉が頭の中で再生される。

(偽物とか本物とかどうだっていい。最後まで勇者でいろ)

 つまりはこうなってしまった以上、俺はどちらにしろ最後まで勇者でいなければならないのだ。

 それが例え嘘になったとしても。全国民を騙す事になったとしても。

 最後の最後までみんなの希望であり続けなければならないのだ。

 俺が死ぬまで。みんな死ぬまで。

 勇者ってもっと簡単に捉えていた。楽なもんだと思っていた。木に剣を突き刺して、名誉を得て、教科書なんかに載っちゃったりしちゃって未来永劫語り継がれる。だから剣を抜いた時は驚いてすごく動揺したくせに、一度理解してしまえばすんなり受け入れて後悔は少しも無かった。

 今、初めて後悔している。何も分かっていなかった時の不安以上の不安に押しつぶされそうになっている。

 俺は今になってようやく勇者とはなんなのかを理解した。だから恐くて仕方が無かった。

 ――――勇む者。

 俺は例え何も出来なくたって、みんなの前で勇んでいなければならない。希望であり続けなければならない。先頭に立って戦っているフリをしなくてはならない。

 勇気。勇敢。勇壮。勇武。勇猛。

 どれも似たような意味で、俺には似合わない。勇者とはそれを全てその心に持っている人間の事を指すんだ。伝説の剣を持っているからとかではない。何も持っていなくとも勇者は勇者なんだ。ただ伝説の件を引き抜いただけでその気になっていた俺はただの自信過剰な間抜けだ。

(偽物とか本物とかどうだっていい。最後まで勇者でいろ)

「――――わかってるよ! わかってる……」

 ベッドを思いっきり叩いても海堂さんの言葉は消えない。何度も何度も頭の中に浮かび上がって来る。後には引けない事くらい分かってる。でも、自分で自分を勇者じゃないんじゃないかって疑ってしまっている今の俺にはまだ割り切れる程の覚悟が無かった。

 俺は勇者じゃないんじゃないかと言う疑問は裏を返せば、まだ自分を勇者だと思っていたいという願望でもある。こんなあやふやな状態じゃ自分の実の振り方を決められる筈無い。まるで志望校が決まっていない受験生だ。何をすればいいかもわからず、動き出せずにいる。俺はやっぱりただの高校二年生なんだな。でも……でも……

「じゃあ何で……何で俺に剣がぬけたんだよぅ……」

 手の平で顔を覆う。悲しいのか悔しいのか情けないのか恐いのかわからないが、どっと溢れ出した感情は水滴となって俺の目からとめどなく流れていく。誰も見ていないのにそれを隠して声を押し殺す。止めようと思っても全然止まらなかった。むしろ勢いを増して込み上げて来る感情は爆発寸前でかろうじて押さえていたが、今にも部屋の中をめちゃくちゃに暴れてしまいたい衝動に駆られていた。

「ちくしょう……ちくしょう」

 ベッドをバンバンと叩く。痛くもないし大した音も鳴らない。起き上がって思いっきり殴りつける。何度も何度も殴って殴って感情を吐き出す。言葉にならないから声にならないから俺はひたすらベッドを殴りつけた。こんなになっても騒音や物の破損、自分の怪我を気にしている自分の理性が憎らしい。


 ……どれだけ殴っただろう。数えきれないくらい打ち込んだ拳の跡は一つもついていない。ばっと手の平で皺を伸ばせば今まで通りのベッドだった。

 ようやく虚しくなり、うつ伏せで倒れ込む。心の中はグチャグチャだった。

 ベッドに横になってもなかなか寝付けないまま何時間も動けずにいる。そう言えば今日、何か食べたっけ。そう考え出すと少し腹が減って来た。

「成上君。ちょっといいですか」

「うわ!」

 突然かけられた声に慌てて起き上がると陽宮さんが立っていた。毎度、気が緩んでいるとは言え、こう何回も入った後に気付くなんて、ここの人達は気配を消す訓練でも受けているのだろうか。

「失礼するよ」

 陽宮さんは机から椅子を引いて座り、ベッドの上で上体を起こした俺と向かい合う。

「どうしたんですかいきなり」

「実は、いよいよ全国に避難勧告が出される事になりまして。もうすぐ総理の会見が始まります」

「……そうですか」

「先に話しておきますが、内容としては絶界樹が全国に広がるまでそう時間はかからない事と勇者についてです」

「俺ですか?」

「そうですね。ですが素性についてではありません。おっと、もう始まりますね。テレビを見てもらえば理解出来ると思いますので」

 陽宮さんはテレビの電源を点けた。チャンネル操作をしない所を見ると全ての局で同じものを中継しているのだろう。即席で作られたような簡素な会見場に総理大臣が現れる。記者も並んでおらず、そこには総理大臣だけが壇上に立ちモニター越しにこちらを見つめながら口を開いた。

「えー現在。絶界樹が近畿、北陸地方にまで根を伸ばし始めております。絶界樹についての危険性及び生態の説明については皆さんニュースで既知の事と思いますが、関東では富士以外にも二本ほど実をつける程に成長しており、現在、特別に編制された部隊が実から液体が流れ出すのを防いでいるような状況です。またこれにより先々の事を懸念して現在、隣国にも応援の要請をしております。そしてこの危機を乗り越えるにはみなさんの協力が必要です。現時刻より全国に避難警報が発令されます。ですがみなさん。どうかパニックを起こさずこちらの指示に従って下さい。指定された避難場所には既に準備が整っておりますのでご安心を。また避難場所はこの会見が終わり次第、地域事にお知らせしますので何卒ご協力ください。そして絶界樹に対する唯一の対処法である禁秘の理を持つ勇者についてですが。現在、その力を溜め込んでいる最中でございます。文献には書かれていませんでしたが、絶界樹を一撃で根絶させる為には力を溜める必要があるらしく、少しばかり時間を要します。しかし目処はたっており、あと一週間程で力が溜め終わり絶界樹は根絶出来るとの事です。ですからみなさん。一週間避難施設で耐え忍んで下さい。指示に従い速やかに行動して頂ければ、それまでみなさんに危害が及ぶ事は絶対にありません。国が全勢力を持って阻止します。ですから一週間の辛抱です。よろしくお願いします。全国民が協力し合ってこの状況を乗り越えましょう」

 総理大臣が一礼して壇上を去ると直ぐにニュース画面に切り替わって各地の避難場所が流れ始めた。

「と言う事です。テレビはこれからしばらくは絶界樹の情報と避難場所を流し続けるだけになります」

 テレビがプツンと切れて陽宮さんはリモコンをテーブルに置いた。

「あ、あの。避難警報の事は分かったんですけど……力を溜めてるっていうのは一体? それと一週間って?」

 総理の言った言葉は嘘が混じっていた。俺は力なんか溜めていない。それに一週間の辛抱なんて言ってしまったら、それを越えてしまった時どう弁解するつもりなんだ。

「そうですね。あれは国民が不安に駆られてパニック状態にならないように配慮した結果です。ああしておけば何故絶界樹に剣で攻撃しないのかという疑問も解決し、一週間と期限を提示すれば頑張れますし、安心もするでしょうから」

「でも……まだ解決法もわかっていないのにそんな事言って期限が過ぎたらどうするんですか?」

「どうしようもありませんよ」

「え? どういう事ですか?」

「日ごと変わっていく成長スピードを計算してこちらの戦力状況を合わせてみた結果。一週間で私たちの力は増え続ける絶界樹に及ばなくなり、実から液体が流れるのをを防げなくなります」

「な! でも、それでもまだ持ちこたえられるんじゃ!」

「いいえ。そうなったら恐らく数時間で日本の生物は全て死滅するでしょう」

「じゃあ一週間って……」

 陽宮さんは立ち上がり溜め息をついた。

「えぇ。死へのカウントダウンです」

 目の前が真っ暗になった。俺達の命はあと一週間で途絶えてしまう。

「ですから。成上君は今後、この施設から一切出ないで下さい。一週間で救われるとわかった記者達はきっと力を溜めているあなたを探してスクープを狙ってきますから。でも、ここなら安心です」

 俺は俯いて陽宮さんの足下を眺める。返事は出来なかった。死んでしまうならこんなとこに監禁されていたくないし家族や友達に会いたい。死ぬのならせめて一目だけでも会っておきたい。

 陽宮さんの足が扉の方へ進んでいく。そして扉の前で止まった。

「言っておきますが。私は少しも諦めていません。最後の最後まで足掻いてやるつもりです。それに海堂ほど割り切った考え方は出来ませんが、やはり私もこの日本を救えるのは勇者である君だけだと思っています。だから成上君は自分の責務を果たして下さい。最後まで。高校二年生の男子には重た過ぎるでしょうが最後の最後まで貫いて下さい。ここにいる人間はみんなもう覚悟が決まりました。だからもう君の事をとやかく言ったりはしません。ですから後は自分で覚悟を決めて下さい。周りを言い訳にせず自らが決めた覚悟ならきっと最後まで貫き通せるでしょうから」

 では。と陽宮さんが部屋から出て行く。あの人もまだ希望を捨てていない。俺をまだ勇者だと信じてくれている。海堂さんとは少し違うが、勇者であり続けろと俺に言う。どんなに重たくても背負っていけと言う。ただの高校二年生に。

「無茶苦茶だよな……」

 深い溜め息が漏れる。俺にはもう迷っている暇はないのかも知れない。

 剣を腰に差したまま部屋を出る。廊下で何人かとすれ違ったが声を掛けられたりもしなければ変な視線を送られる事も無かった。足は無意識に食堂へ向かっていて昼の二時前という閉店間際な時間帯のせいか人はほとんどいなかった。

 とりあえず適当にご飯と鯖の味噌煮と味噌汁をよそって席に着く。腹も減りすぎると逆に食べる気がしない。一人の食事はちょっと寂しくて美味しい筈の料理も少し味気なく感じる。目の前でバカみたいな量を食べているはずみちゃんがいないだけで食後のコーヒーも飲む気がしない。手早く食事を済ませて食堂を出る。

 施設内ならどこへ行っても良いとの事だが、俺のカードキーでは自分の部屋と作戦会議室と本部しか入れない。

 だとしたらやっぱり部屋に戻るしか選択肢はなかった。でも、俺は部屋の前を通り過ぎて何処へ向かうでも無く廊下を歩き続ける。誰でも良いから話し相手が欲しかった。生まれて初めて心の底から相談したいと思っている今の心境は自分らしくない。小さい頃は何も言わずに黙って耐えているだけで、はずみちゃんが引っ越してからは何だって自分で答えを出して解決して来たつもりだった。だから今回も自分で決められると思ったのに。ダメみたいだ。

 誰かに会う為にあてど無く歩いてみたが、そう簡単に会える筈も無く俺はブラブラと歩き続けた。

 もちろん何人かとすれ違ったが会話もする事無く素通りする。誰でも良いなんて思いながら、俺にはそんな相談が出来る奴なんてそう多くはない。はずみちゃんと海堂さんと陽宮さんくらい。三人だけだ。

 だとするとあてど無く歩くよりも、海堂さんには会えないかも知れないが本部にはきっと陽宮さんがいるし、陽宮さんにお願いすれば訓練場に入らせてくれるだろう。はずみちゃんもきっとそこにいるはずだ。でも俺はそうしなかった。理由は自分でも分からない。でも、認めたくなかったのかも知れない。こんな自分を。相談する為に会いに行くんじゃなくてたまたま会ったからたまたま話してみたくらいの感じが欲しかったのかも。この期に及んでまだそうやって形を気にしているなら俺は大した奴だ。ことさら嫌味っぽく言えばだけど。

 つまりはそれすら認めたくないのだ。いよいよ始末に負えない。



 当たり前だけど、そのまま誰かに会う事無く俺は歩き疲れて部屋に戻る。テレビをつけると映像は変わらず各地の避難場所と絶界樹の情報を流していた。関東で実をつけた絶界樹がもう一本増えたみたいだ。一本に対して何人体制の配置なのだろうか。知った所でどうしようもないんだけど、ブレイバーの人達が気になった。みんな責任感が強くて良い人達だからきっと無茶でも頑張るんだろうな。

「――――京耶君! 夕飯食べた?」

 はずみちゃんがいつの間にか部屋の中にいる。その光景が当たり前すぎて、もう声を出す程驚けない。

「まだだけど」

「よし! んじゃ食べよう! 食べまくろう!」

 はずみちゃんはあれから飯も食わずに夕方までみっちり体を動かしていたらしく、いつもより大盛りで、いつもより一回多くお変わりしていた。

「はー! 幸せ!」

 もりもり食べながらはずみちゃんは感嘆の声を上げる。俺はおかわりをしないでコーヒーを三杯飲み終えて四杯目に突入していた。

「京耶君お腹空いてないの?」

「あんまり食欲が湧かなくてね」

 自分で自分が嫌になる。こんな言い方、どうしたの? って聞いて欲しいと言っているようなもんだ。話を聞いて欲しければ自分から言えばいいのに、こうして相手から引き出してもらおうとする自分の根性が情けない。

「具合でも悪いの?」

「いや、全然それは。何となく……ね」

「そっかぁ。じゃあ食べたら元気出るかもよ?」

 だから食欲無いって言っているだろうが。なんて言えず、はははと苦笑いを返すだけの俺にはずみちゃんは首を傾げながら食事を続けた。

 食事が終わり、食堂を後にする時にはずみちゃんを監視フロアに誘った。でも、それは断られ逆に訓練場へと連れて行かれる。

「何か溜め込んでるなら吐き出さないとね!」

 はずみちゃんは訓練場内の数あるフロアの中で一番端の扉を開けた。

「言葉にならない気持ちは拳で語ればいいのよ!」

 じゃーん。とそのフロア内にあるサンドバックの前に立つ。床は板張りで壁は全て鏡になっているそのフロアは空手道場とボクシングジムみたいだった。

「んじゃプロテクター着けて。さ! 好きにしちゃって!」

 腹を満たして上機嫌なはずみちゃんに厚手のプロテクターを拳に装着された俺は目の前にある大きなサンドバックに左フックを打ち込んでみる。

 ……ボスッ。

 何とも気の抜けた音がしてサンドバックはちっとも揺れない。

「遠慮しないで! もっともっと!」

 俺、さっきベッドでこういうのやったんだけどな。

 はずみちゃんは腕を組んで教官のようにサンドバックの横に立ち俺に視線を送る。仕方なく今度は力一杯拳を握って渾身の右ストレートを打ち込んだ。

 ————バスッ。

 やはりこの大きなサンドバックはビクともしない。微妙に揺れたかも知れないがきっと俺の思い込みだろう。

「ダメダメ! そんなんじゃ! こうよこう!」

 ――――バシン!

 はずみちゃんが目にも留まらぬ早さで上段回し蹴りをサンドバックに打ち込むととてつもない大きな音とともにサンドバックは大きく吹っ飛んでグラングラン揺れていた。

「はずみちゃん……すごいね」

「得意技なんだ! 回し蹴り!」

 照れながら陽宮さんのように頭を掻くはずみちゃん。俺はプロテクターを外してはずみちゃんに渡した。

「何か自分でやってるよりはずみちゃんのを見てる方が気持ち良いな。もっと見せてよ」

「え? いいけど。いいの?」

 いいのいいの。とプロテクターを押し付ける。あんなの見せられた後に出来る分けないのも正直あったが、はずみちゃんの回し蹴りを見ていてスカッとしたのは本当だ。もっと見たいと思ったのも。

 はずみちゃんはプロテクターを着けてサンドバックの前でステップを踏むと突きと蹴りのコンビネーションで見事な連打撃を見せた。気持ちのいい快音がフロアに響き渡って俺は横でそれを眺める。サンドバックをボコボコにするはずみちゃんが俺の中にある葛藤めいた物をボコボコにしてくれている気がして気持ちが良かった――――。



 その日から二日間。俺ははずみちゃんと共に食堂と訓練場を往復するだけの日々を過ごした。

 サンドバックだけでは無く、トレーニングマシーンをやってみたり、はずみちゃんの正確な射撃を見ていたり。体を動かせば動かす程、葛藤は煙のように消えていく気がしたし、サンドバックを殴ったり銃を撃ったりするはずみちゃんを見ていると自分の葛藤を殺してくれている気がして気持ちが良かった。もちろん食欲も戻り、おかわりもガッツリする。何も話せていないけどもしかしたら解決は近いのかも知れない。

 でも、二日目の夜。一日が終わり、部屋に戻って何気なくテレビを点けるとそこには見た事も無い光景が映っていた。都会の建物はそのまま人気は無く、ただ木の根が巡っていてその集まる所に大きな絶界樹が伸びている。おそらく高層ビル達もその中に埋まっているのだろう。建物を崩すのではなく、縫うようにそして覆うように這う絶界樹の根がずっと広がっている。変わり果てた東京の姿。そして映像が俯瞰に変わるとまるで林のような本州が映る。まだまだ隙間はあるものの絶界樹の本数は二十を越えていた。成長途中なのも沢山ある。避難場所もその都度変わっているらしい。既にテレビ局は絶界樹の中に埋まってしまったらしく、どこかの避難所から放送している女性キャスターがつらつらと避難場所を読み上げていた。こんな時でも仕事を放棄しないこの人達も覚悟を決めているのだろうか。それとも仕事に対する誇りがそうさせているのだろうか。そして、絶界樹の間を幾度となく移動しながらそれでも暴動を起こさない国民は今でも勇者の存在を信じているからなのだろうか。

 テレビのスイッチを消す。俺は部屋を出て本部へと向かった。何かを聞き出そうとしているわけでもない。でも俺は陽宮さんと話をしようとしていた。何でも良いから話をしようと。現状について絶界樹の事や勇者の事。そして俺の事。

 俺の葛藤は解決に向かっていたと思っていた。でも違った。はずみちゃんが銃で撃っていたのはただの的で、ボコボコにしていたのはただのサンドバックだった。俺はそれを見て自分の葛藤から目を逸らしていただけだった。消えていたと思ったのは葛藤が目に入らない場所を探して視線を投げていただけだったんだ。

 それに気付いて俺はどうしても陽宮さんと話がしたくなっていた。

 本部の扉が見えて来ると、突然扉が開いて中から海堂さん、そして陽宮さんが出て来る。海堂さんは出撃しているはずなのに何故ここにいるんだろう。何かあったのか?

 声を掛けようかと迷ったが、その二人の表情が険しかったため挙げかけた手を収めて後をつけるように歩いていく。どうしようか迷っているうちに二人はヘリポートの中に入って行き、俺は何故か閉まりかけた扉に飛び込んでヘリの影に隠れた。大きめのヘリポートには四台しかヘリは残っていない。確か数カ所ある中でここが一番大きな場所だったはずだから、この施設内にはもう残り十台も無いのだろう。影に隠れながらそっと顔を出すと二人は一つ向こうにあるヘリの前で向かい合っていた。

「このままじゃ外国からの応援が決まる前に防ぎきれなくなっちまう。それはお前もわかっているだろう。だから陽宮。もう一度、隊に戻って来てくれ。お前の力を貸してくれ」

 海堂さんは真っ直ぐ陽宮を見ていたが陽宮さんは少し俯いている。それより、海堂のさん言葉。もう一度隊に戻って来てくれって。それってあの人が国家機密部隊の一員だったって事だよな。

「気持ちは分かるが……すまない。海堂。もう俺には無理だ」

「まだ言ってんのか! 今はそんな事言ってる場合じゃないんだ! それにあれはお前のせいじゃない! 何度言えば分かるんだ!」

「すまない……でもダメなんだ。俺にはもう……無理なんだよ」

 陽宮さんは俯いたままもう一度「すまない」と呟いた。その両肩を海堂さんが掴む。

「だったら日本は終わっちまうぞ! このままじゃ一週間より前に! それでいいのかお前は! 俺達が諦めたら終わりじゃねーか! 部隊に入って一番最初に教わったじゃねーかよ! 最後の最後まで諦めないって! なぁ! 何とか言えよ!」

 海堂さんに揺すられながら陽宮さんはそれでも顔を上げない。その姿に痺れを切らしたのか、海堂さんは陽宮さんの顔を殴りつけた。滑るように地面に横たわるが陽宮さんは直ぐに立ち上がって服の汚れを払った。

「俺だって諦めた訳じゃない。本部で解決策を必死に探してる。だから海堂……すまないがこういう話はこれっきりにしてくれ」

 陽宮さんはそう言い残すと、一人でヘリポートから出て行く。

「クソ!」

 海堂さんが顔を俯かせて横のヘリを殴るとガンッ! っと大きな音が部屋の中に響き、ビックリして思わず「わ!」声を上げてしまう。慌てて口を塞ぐも出て行ってしまった声は戻らず、海堂さんはこちらに振り向いた。

「誰だ! 誰かいるのか!」

 (う、撃たれる!)

 味方しかいないこの施設でそんな事される筈無いし、第一に丸腰で銃を持っていない海堂さんが一体どうやって何を撃つのかもわからないが、瞬間的にそう思ってしまった俺はヘリから飛び出した。

「す、すいません! 盗み聞きするつもりじゃなかったんですが! たまたま!」

 俺のカードキーでどうやってたまたま入れるのだろうか。それに盗み聞きするつもりじゃなかったのならどうしてここにいるのだろうか。

 そんなバレバレな嘘はもちろん通用する筈ないんだけど、海堂さんは俺の顔を見るなり溜め息をついて「お前か」と頭を掻いた。

 海堂さんは親指で扉を指すと歩き出す。ついて来いって意味らしい。

「あの、すいません! 本当に……」

「いいよ。別に怒ってないから気にすんな。それよりちょっと付き合えよ」

 海堂さんは廊下をスタスタと歩いていく。辿り着いた先は訓練場だった。そして射撃場の扉を開けると鍵の掛けられた棚からハンドガンを取り出し、台のスイッチを入れた。すると的がランダムに動きだし、二つ、三つ、四つに増えてユラユラと動いている。

 バン! バン! バン! バン!

 海堂さんは間髪入れずに四発打ち込むと、別のスイッチを押す。すると動いていた的が並んで固まって目の前まで移動して来た。

「やっぱり銃は上手くなんねーな」

 的を眺めながら銃を台に置く。四つの的は中心からはズレているものの枠内にはちゃんと入っているしどれも中心には近い。でも、俺が見ていた時のはずみちゃんは止まっている的とは言え、しっかりと中心を撃ち抜いていたから海堂さんは確かに苦手なのかも知れない。

「樫倉なら多分、二つは中心を撃ち抜ける。あいつはとんでもねーからな。もちろん間髪入れずにじゃなくてしっかり一発ずつ間を置いて撃てば全弾真ん中に命中するだろうが。でもな……」

 海堂さんは俺の方を向いて四つの的の中心を順に指差す。

「陽宮は間髪入れずに全弾真ん中に命中させる」

 ばけもんだよな。と笑った海堂さんは表情こそ笑みを浮かべていたがどこか寂しそうだった。スイッチを押してまた遠ざかっていく的を見ながら考える。それはつまり陽宮さんはブレイバートップの成績を誇るはずみちゃんよりも上って事だ。それならはずみちゃんが全力を出してもビクともしなかったあの姿にも納得がいく。でも、そんな人が何で今はデスクワーク中心の仕事に就いているんだ?

「あの……こんな事聞いていいのか分からないんですけど。陽宮さんって何で部隊を抜けたんですか?」

 海堂さんは俺の方を向いて何かを考えた後、棚からゴーグルを持って来て俺に渡した。

「……それ着けてちょっと撃ってみろ」

「え? 何言ってんですか?」

「いいから。早くしろ」

 無理矢理ゴーグルを着けられ手にハンドガンを握らされる。そのまま海堂さんに構えを作られて俺の形は見事に銃を撃つ人の構えになった。

「男ならエアガンとか撃った事あるだろ?」

「はい。小学生くらいの時ですけど」

「狙いの基本は変わらないから照準を合わせて引き金を引いてみろ。しっかり湧き閉めて踏ん張れよ」

 海堂さんはそれだけ言って俺の両耳を後ろから塞いだ。耳を塞がれると心臓の鼓動が体中に響いて来た。脈が早まるのがわかる。手に汗がじっとりと滲み出して少しだけ震えるが、言われた通り脇を閉めて足を少し広げて踏ん張り、狙いを定めた。

 バン!

 狙いが定まったのかも分からないまま引いた引き金は手から腕を伝ってつま先まで衝撃を伝えた。

「よし。銃を置け。ゴーグルも外していいぞ」

 海堂さんは耳から手を外してスイッチを押す。一つしか無い的は直ぐに目の前まで来て外したゴーグルを海堂さんに渡しながら結果を確認する。

「なかなかやるじゃんか」

 海堂さんはそう言ったが、弾は円の端っこを撃ち抜いていた。一応、狙いは真ん中だったのに。

「やっぱり難しいんですね銃って」

「そりゃな! うん。やっぱりお前は似てるな」

「え? 誰にですか?」

 海堂さんはゴーグルを台に置いてスイッチを押す。遠ざかる的を最後まで見つめて俺に振り返った。

「陽宮が隊を抜けた原因となった奴にだよ」

「それって! 一体!」

 海堂さんは驚く俺の頭をポンと叩いて宥めるように笑う。その顔が少し優しくて俺はそこにも驚いた。海堂さんがこんな表情するなんて。いつも豪快に笑っているか悪意満々に笑っている姿しか見て来なかったから、こんな顔をされたらどんな反応をすれば良いのかわからなくなる。

「ちょっとコーヒーでも飲むか」

 海堂さんは壁際に置いてあるベンチへと俺を座らせて、近くに置いてある自販機からカップのコーヒーを二つ持って来た。

「ありがとうございます」

 エアコンが効いているフロアだったせいかコーヒーは温かいほうだった。隣に海堂さんが座ってズズッと音を立てて啜る。ふうっと深い息を吐いておもむろに口を開いた。

「どこから話そうかな……その、俺と陽宮は機密部隊に同期で入隊してな。それまでは各々別の部隊にいて引き抜かれた訳なんだが、当時から陽宮だけは有名でな。何て言うか天才が鳴り物入りで入って来た感じだな。百七十キロを投げる甲子園優勝投手がプロ入りした時みたいな感じか」

「百七十キロって……」

「それが陽宮にとっては大げさじゃないから凄いんだ。あいつは入隊審査の時に既に当時の隊長の記録を抜いてたんだから。同期にとっちゃ厄介な奴と一緒になっちまったって感じだったよ。愛想もねーしな。だから同期の奴らはみんなあいつから一歩引いてた。でも、俺は一歩引くどころか無駄に対抗心燃やして何度も勝負を挑んだ。何か勝てるもんがあるはずだってな。まぁ結果は毎回ボロクソに負けてたけど。でもまぁ周りはそんなんだったから自然と俺は陽宮とペアを組むようになってな。沢山の死線を二人でかいくぐったよ。機密部隊だからお前なんかが知らない所で色んな抗争地帯に派遣されてたんだぜ? でもさ、どんな時でもあいつは俺の前に立ってたんだ。俺はその背中をずっと眺めてた。悔しさもあったけど俺は憧れてた。あいつの背中にな。どんな窮地に立たされても何でか安心するんだよ。不思議だったな。あいつがいれば大丈夫だって思っちゃうんだよな。そうして俺達もベテランになって後輩が出来てくると新人育成の名目で一旦コンビは解消されてお互いド新人とペアを組まされた。それである戦地へ向かわされるんだが。本当だったら新人は新人同士でペアを組んでベテランの指揮のもと危険の少ない任務から入っていくんだが、その時は隊長が負傷で現場を離れていて代わりに国から代理として派遣された奴が指揮を執っていてな。ベテランと組ませていれば大丈夫だろうと状況を軽視して俺達を向かわせた。もちろん抗議したが国はおろか隊長も指示を覆す事は無かった」

 海堂さんはコーヒーを啜ってまた深い息を吐いて天井を見上げた。


「……そこで事件は起こったんだ————」

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