第8話 過去の約束、俺の任務

 大きなテーブルに沢山並んでいる椅子。作戦会議室は隣同士で座っていると余計に広く感じた。

「許せない……剣が絶界樹に効かないからって何で京耶君が勇者じゃないってなるわけ? おかしいわよそんな考え」

 テーブルに置いたはずみちゃんの手が拳を作る。

 はずみちゃんは優しい。きっとこの言葉は本心だ。はずみちゃんは今でも俺を勇者だと信じてくれている。

 小さい頃はずっと一緒だったとは言え、引っ越してしまってからずっと会って居なかったのに、突然勇者として現れた俺をすんなり受け入れて信じて止まない。ブレイバーとしてパートナーの責任を果たしているだけかも知れないが、それが嬉しかった。

「仕方ないよ。あらゆる物事を疑うのも彼らの仕事だ。それに俺も少しだけ疑ってたんだ。自分は勇者じゃないんじゃないかってね。当の本人がそれじゃいけないから、考えないようにしてたけど。あれだけ失敗してたら流石にね……でも、こうして人から言われちゃうと結構キツいもんがあるね。どれだけ不安になろうとも、やっぱりどこかで自分は勇者だって信じてたんだろうね」

 背もたれに体を預けて深呼吸をする。陽宮さんに聞かされた時は心臓がバクバクいって冷や汗も止まらなかったのに、はずみちゃんがあれだけ感情むき出しに怒るもんだからそっちにヒヤヒヤしてしまった。

 しかし、陽宮さんは一体何者なんだろう。ブレイバーでトップのはずみちゃんの力が全く通用しないなんて。デスクワークが中心の仕事に見えても体は鍛えているのか。でも、それだと精鋭達から集められたブレイバーのトップに負けない理由にはならない。

「ねぇ。これからどうする?」

「ん?」

 陽宮さんの謎について思考を巡らせていた俺は背もたれに寄り掛かったまま顔だけ向ける。

「とりあえず落ち着くまでここにいるとして、それから」

 それから。か。そう言えば考えていなかったな。

「うーん。何か出来る事をするべきなんだろうけど。今の俺に出来る事って何があるんだろう? 何度でも絶界樹に剣を突き刺しにいくとか?」

「それは危険よ。撃ち落とされた実が降って来るだろうし、間に合わなくて液体が流れてくる可能性もあるから」

「じゃあ。じっとしてるか?」

「それも……ちょっとね」

 はずみちゃんも背もたれに寄り掛かる。俺達は八方塞がりだ。剣が使えない偽物の勇者には出来る事は無い。やるべき事と言えば一つだけ、自らが勇者だと証明する事。しかし、それは同時に日本を救うのと同じ意味だ。剣の力が使えればきっとそれで終わる。だが、そこに辿り着けない。答えは分かっているのに出されている問題が分からない気分だ。

「そういやブレイバーの人達は大丈夫かな?」

「あの人達は平気よ。まだ絶界樹は一本だし、緊急事態だから全員出撃したけど、本来あれだけの人数は必要ないはずだから」

「そっか……やっぱすげーなブレイバーって」

「うん! 手練ばっかだよ!」

「テダレって!」

 俺達は一瞬笑顔を取り戻すが、それも直ぐに消えてしまった。

「多分。今、日本はパニックだよなきっと」

「本部の人達が何とかしてると思うけどね。でもきっとみんな不安でしょうね」

「このままだったら俺達死ぬんだよな?」

「うん……このままだったらいずれね」

「だったら国民全員で外国に逃げるとか?」

「国民全員なんて無茶よ。それに仮に奇跡的に出来たとしても絶界樹が世界に根を伸ばさない保証は無いわ」

「安全なのは宇宙か。宇宙飛行士はガッツポーズだな」

「でもみんな勇者に希望を持ってるはずよ」

「そうだな……そうなんだよな。実際失敗例がないんだもんな」

「そうよ。だからきっと京耶君も成功するよ」

「俺もそう願いたいよ」

 俺はホルダーを外して剣をテーブルに置いた。

「持ってみて?」

 はずみちゃんは剣に手を伸ばす。握った手はするりとすり抜けてしまう。

「やっぱり本物なんだよな剣は。こんな下らない特殊効果でも本物と示すには十分だ」

 俺は剣を手に取り天に突き刺す。その刀身に映る自分の顔がやけに情けなかった。

「何だかよくわかんねーや……ちょっと眠くなって来た。何かあったら起こして」

 俺は剣をテーブルに投げて机に顔を伏せる。襲って来た眠気は弱いものだったが抗う事無くひれ伏す。今はもう何も考えたくなかった。


 ――――夢を見た。

 まだはずみちゃんが引っ越す前の世界、俺は砂場ではずみちゃんと大きな山を作って向かい合いながら互いにトンネルを掘っていた。

「もーちょっともーちょっと!」

 山の向こうではずみちゃんの楽しそうな声がする。多分、かなり掘り進めているのだろう。当の俺は山を崩しそうな気がして慎重に慎重に丁寧な円を描いて掘っている為、形は良いが深さはなかった。

「トンネル通ったら手繋ごーねー!」

「う、うん」

 はずみちゃんの言葉に照れながら俺は少しだけ掘るスピードを速めた。ちょっと形がいびつになりかけた所で良く知った声が降り掛かる。

「きょーやがはずみとママゴトしてるぞー!」

「わー! きょーやって女だったんだー!」

「でもはずみは男だから結婚できるぞ!」

「わー! 結婚結婚!」

 結婚! 結婚! と砂場の周りで囃し立てている四人組は同じ幼稚園のやんちゃグループ。中でもリーダー格のタイキは人一倍体もでかくて暴れん坊だったから誰も逆らえなかった。そう、はずみちゃん以外は。

「うるさい! あっちいきなさいよ!」

「何だよ男のくせに女みたいな言葉使ってんじゃねーよ!」

 山の前で仁王立ちするはずみちゃんにタイキが言い返すと周りの子分達もそーだそーだ。と賛同する。俺は後ろにいるタイキ達に振り向く事も出来ずに座ったまま俯いているだけ。

「はずみは男! きょーやは女!」

 怒るはずみちゃんを面白がって手を叩きながら四人は騒ぐ。いつもの事だから女とか言われてももう何とも思わない。言葉の切れ味には慣れていた。でも、それでも心が痛むんだ。はずみちゃんが守ってくれる度に言い返している姿を見る度に。言い返したい気持ちなんてないのに言い返せないまま黙ってじっとしている自分の姿が何故か情けなくて悔しくて、弱くて。それでも結局じっと動かず下を見続けているだけだ。視界に映る地面は見飽きている。もはや見えていない。俺はただ心の中で早く終われと願っていた。

「もう! 許さない!」

「わー! はずみが怒ったぞ! 逃げろー!」

 追いかけて来るはずみちゃんから楽しそうに逃げていくタイキ達。いつも最後には捕まって全員泣かされるのに翌日にはケロッと忘れてまた同じ事をしてくる。

 俺は誰もいなくなった砂場で自分の掘ったトンネルを見ていた。まだ開通していないトンネル。何となく穴の中に手を伸ばして、もう一回掘ってみると砂は崩れて俺の手は向こう側へ辿り着く。でも、そこには誰の手も無く俺の手は空を切るだけ。手を戻してトンネルを覗く。遠く向こう側ではずみちゃんに泣かされているタイキが見えた。

 トンネルから顔を上げて立ち上がると、公園には誰もいない。今さっきまであそこで泣いていたタイキも他の三人も、はずみちゃんも。

 俺はその場から動く事は無く周りをキョロキョロと見渡す。何故か声が出ない。そこから動けない。不安に押しつぶされそうでたまらず声にならない心の声で叫ぶ。

(はずみちゃん! はずみちゃん!)

「――――どうしたの?」

 振り返るとはずみちゃんは泥だらけで笑っていた。俺は声も出せないまま首をブンブンと振る。

「あ! すごい! トンネル出来てる! きょーやくんすごいね!」

 はずみちゃんは山のトンネルを覗いて俺に振り返る。何もすごくない。たった一回掘っただけで通じたんだ。はずみちゃんが一生懸命奥まで掘ってくれたから。そう言おうとした矢先に夕方五時の鐘がいつの間にかオレンジ色になっている夕空に響き渡る。

「帰ろ! また今度やろうね! 次はトンネルで手繋ごうね! 約束!」

 はずみちゃんは小指を立てて俺に向けた。俺も頷いて小指を絡める。

「ゆびきりげんまん!」

 小指が離れてはずみちゃんと手を繋ぐ。手を引かれながら公園を後にした――――。



「起きて! 京耶君! 起きて!」

「んん……ふぁあ」

 体を揺すられてゆっくり目を開ける。何だか変な夢だった。

「なぁ」

「ん? どーしたの?」

「小さい頃さ。トンネルで手繋ごうって約束したっけ?」

 はずみちゃんは揺する手を止めて懐かしそうに笑い出す。

「あー。あったねぇ。でもその後直ぐに私が引っ越しちゃって結局出来なかったんだよね。チャンスはあったはずなのになぁ。何でやらなかったんだろ? でも急にどうしたの?」

「いや。何かその夢見てた」

「あらあら? 懐かしの再会が影響してるんじゃないですか?」

「たまたまだよ!」

 顔が少し熱を帯びているのは寝起きのせいじゃない。はずみちゃんは意地悪そうに笑って肩を突ついて来た。

 その約束自体は事実だったんだな。でも、あの時にはずみちゃんが言ってた約束とは違うみたいだ。これは久しぶりの再会で守ったんだってわかるような約束ではないし。

「京耶君! それより!」

「あぁそっか。何かあったの?」

「今、陽宮さんから連絡が入ってブレイバーのみんなが戻ってくるみたいなの。隊長と数名だけど。多分、状況が固まって落ち着いたんだと思う。だからきっとみんな少し冷静になってきているはずだから陽宮さんの予想が正しければもうすぐ出られるはずよ」

 前の壁に掛けられている時計を見ると、まだ数時間しか経っていなかった。たったこれだけの時間で状況を落ち着かせるとは流石ブレイバー。精鋭って言うのはやっぱり伊達じゃない。

 テーブルに投げたままだった剣を取り、鞘にしまう。少し寝たおかげでちょっと頭がスッキリした。

「それと。ここから出たらどうしようか」

「そうだなぁ。今の段階じゃ出来る事もなさそうだしな……」

 待機が解かれても結局、自由に場所を移動出来るだけで待機には変わりない現状。それでも何か出来る事を探していないと落ち着かない。


 ――――カシュ!

 はずみちゃんとあれこれ話していると会議室の扉が開いた。

「よう! 話は聞いたぞ! 何だかおかしな事になってるみたいじゃないか!」

 海堂さんだった。恐らく陽宮さんに俺達の事を聞いたのだろう。何だか楽しそうにしているのが癪だったが、ここまで面白がってくれると逆に清々しくもあった。

「隊長! こっちは腹立って仕方ないんですから!」

 ふくれるはずみちゃんに海堂さんは、わりいわりい。と手を挙げながら俺達の向かいにドカッと座った。

「まぁ大丈夫だよ。今のとこは俺達ブレイバーが交代制で回していけるレベルだしな。これからの準備も着々と進めている。最終的にどうなるかはわからないけど、やるべき事は決まったようなもんだからもう迷う事は無いだろう。だから安心しろ」

 テーブルに両肘をついて顎を乗せながら海堂さんはニッコリ笑った。表情からも安心しろと言われているようだった。

「でも、何か進展がないといずれは海堂さん達だけじゃ防ぎきれませんよね?」

「そうだな。恐らく自衛隊や他の国からも派遣してもらう事になるかもな。それにそれでも防げるかどうかわからん」

 絶望的な状況なのには変わりないようだ。きっとこのまま行けばいずれ、はずみちゃんも出撃しなければならなくなるだろう。俺はその時、また見送る事しか出来ないのか。

「でもな。希望が無い訳じゃない」

 海堂さんは俺を見つめて言う。希望がある。まさか、何か分かったのか。

「希望って何ですか?」

「お前だよ」

「お、俺!」

「そうだ。前にも話があっただろう。文献はどれも全国に広がってからだからそうならないと剣は効かないんじゃないのかってな。賭けみたいなもんだが、それがある限りまだ諦めるわけにはいかない。まぁダメでも諦めないけどな!」

 海堂さんは立ち上がる。

「ま。結局は成上頼りなんだよ。でもお前と言う希望があるからこそみんな頑張れるんだ。だからな……」

 海堂さんは俺の後ろに回って、俺の頭にポンと手を置いた。

「偽物とか本物とかどうだっていい。最後まで勇者でいろ。それがお前の任務だ」

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