第6話 一旦、戻ってみます。

 はずみちゃんと別れて部屋に戻り、俺はもう一度文献と向き合った。

 何度も何度も繰り返し読む。

 何処かにヒントはないか、ちょっとしたとっかかりで良い。

 この状況を打開するキッカケになる何かがあるはずなんだ。

「くそ……」

 だが、どんなに繰り返し読んでも結果は同じだった。スッキリした頭に閃きは生まれず、またいらぬ感情が支配し始めていく。たまらず部屋を出て、俺は本部へと向かった。

 カードキーをかざして扉を開ける。騒々しいくらいに色んな声が飛び、所狭しと人が隙間を縫うように動き続けている。今、ここには色んなセクションから人々が集結し、打開策に向けての情報交換、情報収集が行われていた。互いの知識や考えをぶつけ合って新たな考えを生み出す。みんな自分一人の考えに限界を感じているんだろう。

「――――? 成上君。どうしました?」

 せわしなく動き続ける人の波に視線をうろうろさせていた俺に陽宮さんが声をかけて来る。

「あ、ちょうど良かった。実は部屋で一人で考えてても埒があかなくて思わずここへ来てしまったんですけど……何か進展ありました?」

 陽宮さんはため息混じりに首を振る。これだけの人が知識を総動員してぶつけあってもダメなのか。

「ちょっとここだと邪魔になってしまいますから廊下に出ましょうか」

「は、はい」

 陽宮さんに連れられ、本部の扉の横に向かい合って立つ。扉が閉まると喧噪もほとんど聞こえて来ない。壁に背を預けた陽宮さんは頭をポリポリと掻いて口を開いた。

「正直な所……あまり芳しくない状況です。元々シンプルな伝説の上に少ない情報量ですからみんな考えに詰まってしまい、とんでもない所と結び合わせてまるでこじつけのような論理を交わしているようになっています。このままでは有効な打開策が見つかるとは思えません」

「じゃあ! どうするんですか!」

 たまらず声を荒げてしまう。陽宮さんの言葉はそのまま日本絶滅を意味するのと同じだからだ。

「それでも私たちは情報を集めて考えを巡らせる事しか出来ません。だからやるしかないんです。今、本日の作戦中の映像をチェックしている所です。何かおかしな点がないかと一つ一つチェックしています。それで何か見つかるかと言われれば何とも言えませんが……」

 陽宮さんの表情が曇る。あんなに表情を変えなかった男がこうして目の前でこんな顔をするなんてどれだけまずい状況なんだ。

「な、何か俺に出来る事ってありますか?」

 陽宮さんは俺の言葉にまた頭をポリポリと掻く。

「そうですね……成上君には禁秘の理を調べてもらうのが良いかもしれません。昨日やった実験とかではなく、実際に持てるのは君しかいないわけですから、所有者にしかわからない何かがあるかも知れない。お願い出来ますか?」

「もちろんです。何か見つかったら直ぐに知らせます」

 俺は頷く。陽宮さんも頷き返すと、俺達は別れて陽宮さんは本部に俺は部屋へと戻った。

 何でも良い。何か手がかりを。

 二人の、いやここにいる全員の願いはただ一つだ。

 どんなものでもいい。キッカケを見つけるんだ。見つけなきゃ……終わりだ――――。


 部屋に戻って床に落ちている鞘を拾った。ホルダーを外して剣を抜く。

 こうして見るとやはりキレイだ。誰かが磨いていた訳でもないのにどこからでも光を反射する程にピカピカでそれは年月を全く感じさせない。けど、それだけだ。握った所で力が溢れてくる訳でもないし、振り下ろしてみてもブンと風を切る音が聞こえるだけ。重さはそれなりでこんな自分でも片手で持っていられる。大した装飾も無く王道の形をしていて特色するべきところはない。

「あとは……名前か」

 禁秘の理。この名前の意味は文献には書かれていない。最初の勇者が引き抜いた時からこの名前になっている。誰がつけたんだろうか。勇者か、それとも……

 それとこの名前。禁秘と書いてヒメゴトと読む。ヒメゴトとは、そのまんま秘め事の事だろう。つまり「秘密」だ。そして理。コトワリとは物事の道理や理由の事だ。つまり秘密の道理、もしくは秘密の理由。道理って確か正しい道とか筋道って意味だから、コトワリの解釈で意味もまた変わってきそうだ。

 と言うより、どちらにしろ一体なんでこんな名前なんだろう。勇者が持つ伝説の剣にしてはいささか違和感がないか?

 普通だったらムラサメとかクサナギとか、もっと言ってしまえばザンテツケンとか英語で言えばエクスカリバーとかそんな名前だよな。シンプルで響きがカッコいいやつ。称えられる勇者が持つ剣の名前が秘密の道理とか秘密の理由なんてやっぱりちょっとおかしい。これは絶対に理由があるはずだ。

 しかし、頼りの文献がこれじゃ何を考えても当てずっぽうに過ぎない。良い線ついていると思うんだけど、その先がないんだよな。

 せめて俺の前にこの剣を抜いた人が生きていてくれたらなぁ……。

 俺は剣を天井に向けて光を色んな場所に反射させる。文献には勇者の名前が載っているものが一つもないので調べようもない事はわかっていた。

「そういや……」

 俺がこの剣を抜いた時、簡単に抜けてしまってそのままパニックになっちゃったからあんまり良く覚えてないんだよな。わけもわからず逃げて、ここに連れて来られて。

「うーん……一応、聞いてみるか。出来る限りの事はしないとな」

 俺は部屋を出て本部へと向かった。幸い、扉を開けると近くに陽宮さんがいたので探す手間はかからなかった。

「え? 剣台平野に?」

 俺の相談に陽宮さんは目を丸くする。

「そうなんです。あの時すごくバタバタしちゃってて良く覚えてないから。望み薄ですけど、もしかしたら何か見落としているものがあるかも知れないって思って」

「そうですね……まぁ確かにあそこは避難圏内なので今は人がいませんけど。うん、でもそうですね。勇者にしかわからない何かがあるかも知れない。わかりました。ヘリの手配をしておきますから成上君は樫倉さんを呼んで一緒に行って来て下さい。恐らくブレイバーの人達は今、作戦会議室に集まっていると思うので」

「はずみちゃん……樫倉さんも一緒にですか?」

「パートナーなんだから当然でしょう。彼女は何かあった時に君を守る任務を持っているんだから何か行動する時は常にペアを組んでが鉄則です。さあ呼んで来て下さい」

 陽宮さんは扉を開けて俺を本部から押し出した。インドア系に見えるのにやはり力が強い。

 俺は作戦会議室に向かい、はずみちゃんに同行を願うと本人はもちろん会議中だった他のブレイバー達もそれが当然であるかのように俺とはずみちゃんを送り出した。

「何か必要だったら直ぐに連絡してくれ。飛んでいくから」

 海堂さんは部屋を後にする俺に真剣な表情でそう言うと、返事も待たずにまた作戦会議に戻ってしまった。

「剣台平野よね。久しぶりだわ」

「行った事あるの?」

「小さい頃に一度だけね。それは抜けなかったけど」

 はずみちゃんは俺の腰に下がっている剣を指差す。

 そういや、はずみちゃんは幼稚園児の頃よくアニメに出て来る勇者の話をすると止まらなかったな。女の子なのに恋い焦がれていた訳ではなく、自分もなりたいと言う男の子特有の願望からだったけど。

 陽宮さんのもとへ戻ると、既に手配は済んでいて俺達は降下訓練の時に行った一台用のヘリポートへ向かったーーーー。


 早速、ヘリに乗り込んで出発する。

 日が暮れるにはまだ少し時間があるが、向こうでどれだけ時間を費やすのかも分からないので今は一分一秒が惜しい。

「ねぇねぇ! 向こうに着いたらさ、どうやって剣を抜いたかやって見せてよ!」

 剣台平野に向かうヘリの中、はずみちゃんの言葉で俺はこの剣を抜いた時の台詞を思い出す。

 (さぁ! 禁秘の理よ! 俺に力を貸してくれー!)

 吹っ切れた俺の最高の演技は、もう一度やってくれと言われても出来るものではない。あの時の雰囲気と勢いがなければあれは成立しない。はずみちゃんしか見ていない中であれをやるなんて公開処刑だ。

「いや。普通だよ。普通。ただホントに抜いたら抜けちゃった感じ。あっけないもんだったよ」

「えー。何よそれ。自分興味ないですみたいな雰囲気出してる癖にちゃっかり抜こうとしちゃってる感じ? 気持ち悪いね!」

「いや……あの……違う。そういう感じじゃなくて」

「えー? じゃあホントはすごく興味あるけど周りがみんな興味ないから言い出せなくて、ちょっとそこら辺見てくるわーとか言いながら、何気なく剣に近寄って、チラチラ辺りを確認しながらみんなの目線が違う方にいった瞬間にこっそり抜いた感じ? 気持ち悪いね!」

「何なんだよその想像力」

「だって伝説の剣を抜くのに普通なんてあるわけないじゃない。伝説の剣よ? 俺、現実見てますから。なんて人はそんなの抜こうとする訳ないじゃない。少しでも信じてるから夢見てるから抜こうとするんでしょ? それを普通にだなんて恥ずかしがっているとしか思えないわよ」

 確かに。拓人は本気で抜こうとしていたし、俺はホントに興味がなかったから抜こうとなんてしなかった。拓人に無理矢理行動させられた形だ。

 待てよ。そしたら拓人が無理矢理誘わなければこの世にまだ勇者は現れていないんじゃないか? そして俺はそれからも抜こうとはせず勇者は現れないまま日本は終わる。だとすると拓人は真の救世主なのかも知れない。けど、調子に乗りそうだから黙っておこう。

「あ。着いたみたいよ」

 ヘリは剣台から少し離れたバスの駐車場に下りた。ここから俺はあの施設に向かったんだよな。ついこの前の事なのがなんだか信じられない。

 剣台平野は陽宮さんの言う通り人の気配は全く無く、こうして改めて見てみると剣が無ければ世界的にも有名な観光地とは思えない程、平凡なただの平地だった。

「なつかしーなー。あれだよね剣が刺さってた台」

 並んで歩くはずみちゃんが指を指す。剣が抜かれた台は形こそそれなりに整っているものの、ただの岩のようだ。

「あ。ちゃんと剣が刺さってた跡が残ってるね」

 台に手をついて覗くはずみちゃんの横で俺は台の上に登る。辺りを見回してみるがもちろん何も無い。剣にも変化は見られないし、俺にも変化は無い。

 ホルダーを外して剣を抜く。やっぱり何も変わっていない。

「もう一回突き刺したら抜けなくなったりしてね」

「いやいや。そんな事起こったら勇者交代だろ」

 はずみちゃんは台の下から俺を見上げていた。剣の穴を見る。そんな事……ないよな。

 剣を逆手に持って振り上げた。深呼吸。そして一気に振り下ろす。


 ――――ガッ!


 剣はしっかり入って岩の感触が柄まで響いて来る。

 でも、スカスカと抜けてしまった。

「不思議。どうやって刺さってたんだろ?」

「ホントだよな。それも分からないし、分からない事だらけだ」

 剣をしまって台からジャンプする。一応、ぐるっと台の周りを確認したが何も見つかりはしなかった。

「無駄足だったか……」

「そんな事無いでしょ。まだ全部回った訳じゃないし色々見てみましょうよ。ほら案内板とか伝説について書かれてるし何か発見あるかも。対策課の人達も見落としが絶対にない訳じゃないから可能性はあるわ」

「まぁね。一応見ておくか。折角来たんだしやれる事は全部やっておこう」

「その通り。それで何も見つからなかったら、ここには何も無かったって知れた事になるからやっぱり無駄足じゃないわ」

 はずみちゃんは笑って俺の肩を叩く。なんか構痛かった。

「良い事言ってるけど。何か……何も無い前提で話してないか?」

「またまた! 期待し過ぎは禁物よ。こう言う時はダメで元々って思わなきゃ! だから京耶君は結果が振るわない度に悩んじゃうのよ」

「そうかな? でも、そうかもな」

「そうなの!」

 またパシンと俺の肩に衝撃が走る。音は小気味良いのだが結構痛いからもう少し加減して欲しい。


 結局、その後も何も見つからずに俺達は剣台平野を後にする。思ったより時間をくってしまい、ヘリが飛び立った時にはもうほとんど日が沈みかけていた。

「戻ったら次は……どこに手を付けようか……」

「まずは夕食でしょ! しっかり食べてそれから考えましょうよ!」

「ん? ああ。そうだな」

 それはそうなんだけど、しっかり食べた後に俺は何をすれば良いんだろうか。文献はもうお手上げだし、剣も気になるところがない。これでもし、他のみんなも何も見つけられなかったら打開策無しで出発する事になる。もし、それで今日と同じ結果だったら打つ手無しだ。

「また根詰めてる顔してるわよ京耶君」

 顔を上げると向かいに座るはずみちゃんは溜め息をついた。

「何か考えるにしても休憩は必要よ。ずっと頭が働かせてたらどんどん鈍くなるわ。せめて夕食食べ終わるまでは頭を休ませた方がいい」

「……はずみちゃんは何でそんなに冷静なんだ」

「そう見える?」

「うん……なんか余裕に見えるよ。どうしてだ? もしかしたら日本も俺達も死んじゃうかも知れないんだぜ?」

「そんなのわかってる」

「じゃあなんで……」

「パートナーが冷静さを欠いていたら京耶君どう思う?」

「え? とりあえず……落ち着かせるかな」

「でしょ? だから私は自分で自分を騙してるの。落ち着いてると思い込むようにしているだけよ。ホントは不安もあるけど、それは見ないようにしてるわ」

「別にそんな無理しなくても」

「無理はしてないわよ。言ったでしょ? 京耶君なら何とかしてくれるんじゃないかって思うって。だから不安も微々たるものよ。私が少しでも不安がってたらきっと京耶君は励ましてくれる。でもそれじゃサポート役は失格。京耶君は全力で打開策について考える。私はそれを邪魔する事無く全力でサポートする。それがベストを尽くすって事じゃない」

「それはそうかも知れないけど……」

「だから! 今はパートナーの言う事を聞いて。全力を尽くす為に今は脳を休ませて。私は楽観しているわけじゃない。全力でサポートしたいだけなの。だからあなたのパートナーを信じて頂戴」

 真っ直ぐ俺を見つめるその瞳には揺るぎない信念が見えた気がした。はずみちゃんは俺を全力で信じてくれている。パートナーとしてのベストを尽くそうとしている。ならば俺も俺を信じてくれているはずみちゃんの思いに答えてベストを尽くそう。信じよう。

「少し……寝るわ」

「うん。着いたら起こしてあげる」

 ありがとう。と俺は目を閉じて頭の中を空っぽにする。

 真っ白になっては浮かんで来る言葉を消しゴムをかけるように消していく。

 何も考えない。

 無だ。

 今は全力で休む。そして全力で飯を食い、全力で頭を回転させる。だから今は、何も考えない。

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