第5話 俺、何やってんだ?

 施設に到着早々、作戦会議室へと向かう。おぼつかない俺の足取りを支えるように並走するはずみちゃん。施設内はどこもかしこも騒がしく慌ただしく、まるで数時間前の出発時が別世界に思えた。

「一体どういう事なんだ!」

 作戦会議室に集まった面々に海堂さんが激高する。陽宮さんを始め、各セクションの責任者が一同に揃っているようで席は埋まっており、俺と海堂さん以外のブレイバー達は席に座らず後ろに並んでいた。

「海堂。落ち着け。今も原因究明に急いでいるが、このケースはどう考えてもおかしい」

 陽宮さんが資料を座っている面々に回す。

「見てもらえば分かる通り。出土した文献には禁秘の理が刺さらないと言った件は記述されておらず、また刺す為の条件も何一つ記されていない。どれも突き刺して終わっている。それだけなんだ。だから今回のようなケースは除外して動いて来た。しかし、このような事態に鳴ってしまっては自分達で仮説を立てなければならない。そこでだ。文献に目を通してもらって気付いた事があると思うが、剣を突き刺して終わるの他にもう一つ共通している事項がある。それから考え得るケースが……」

 海堂さんが資料を置いて陽宮さんに視線を送る。

「全国に広がってから剣を突き刺している。だな」

「その通り。ただそうならないと刺さらないのなら何故記述されていない? そして記述されていないのなら昔の勇者達は俺達と同じような失敗をしたはずのなのに、その記述もない。だからどう考えてもおかしいんだ。日本を守る為に語り継がれているはずの伝承にそんな大事な事を記述していないなんて考えられない。それに、この仮説に賭けるには可能性があまりにも低い上にリスクが大き過ぎる」

 陽宮さんは資料をテーブルに置いて溜め息をついた。

「確かに。全国に絶界樹が生えてそれに実が出来ている状態じゃ俺達だけでは防げないし、自衛隊や他の部隊の力を借りても足りるかわからんな」

 海堂さんはすうっと息を吸って立ち上がり、テーブルをバンと叩いた。

「しかしこうしている間にも絶界樹は伸び続けているんだ! それを何もせずにただ眺めているんじゃ俺達がいる意味がないだろう! 明日もう一度出撃だ!」

 陽宮さんも立ち上がる。

「そうですね。私たちもそれまでに出来うる限りを尽くしましょう。まだ何か見落としているものがあるかも知れない。時間はありません。明日の出撃までに何とか解決策を見つけましょう」

 立ち上がった陽宮さんと海堂さんは視線を交差する。それに賛同するように座っていた責任者達も立ち上がり、互いに頷き合った。俺も立ち上がる。そして腰に下げている剣に手を置いた。

 ……考えるんだ。何がいけなかったんだ。何を間違えたんだ――――。


 解散して作戦会議室を後にする面々は何かを決心したように力強い雰囲気を纏っていた。しかし、表情にはやはり影があって一抹の不安を拭いきれないでいるのも感じられた。

 俺は陽宮さんに言って、資料を貰い部屋に戻る。修学旅行で行くと言うのに、あまりちゃんと勉強して来なかった事を今更悔やんでいた。

 日本を救った数々の勇者達。

 俺もその一人なんだ。現代の勇者なんだ。

 分からない何て言っていられない。出来ないなんて言っていられない。この世にタダ一人の勇者である俺が諦めた瞬間に日本が終わってしまうんだ。やるしかない。逃げ場はないんだ。やるか、死ぬかだ。

 ――――ちくしょう! 絶対に生きてやる!

 とは言え、初めて真面目に読むこの文献は、既にこの伝奇災害対策課の人達が穴があく程掘り下げた後なのだ。となればここは男子高校生ならではの肩の力の抜けた解釈の仕方が重要になって来るだろう。

 真面目にふざけて、集中しながら肩の力は抜いて。

 自分で考えておきながら随分難しいやり方だが文句は言っていられない。

 諦めてしまえばそれは死に直結しているのだから。


 ――――まずは大まかな流れ。

 伝説の中で勇者がやっている事は同じなので、当たり前だが数ある割にはほとんど似通ったものだ。これならむしろ一つだけ読めば良いと思えるくらいに。

 なので、高校生の感性に従い、ここは一つに焦点を絞ってみる。

 第一にキッカケ。始まり方は俺の時と同じだった。勇者が剣を抜き、絶界樹が生える。

 そしてそこからが問題だ。何故か勇者は直ぐに絶界樹のもとへは行かずに、伝説は絶界樹の説明に重きを置いたものになる。成長の仕方から葉と実が生えてって所、そしてそれが全国に広がる所までしっかりと説明されている。そして不思議な事にそれが終わるともう勇者が絶界樹に禁秘の理を突き刺すシーンになってしまう。

 そして無事に日本が救われたの結びで終わり。

 何なんだろう、この違和感は。絶界樹が成長している間に何もしなかったわけがないのに、まるで何もせずにずっと観察していたかのような説明。それなのに液体を出さずに実を処理する方法は書かれている。誰がどうやって試したかも書いていないのに。ここで出土した中で一番古いものを読んでみるが、内容は変わらない。やっぱりどうやって調べたかは書いていないのだ。

 普通、伝説って起こった出来事に人物がどういう行動をとったかを重点的に書かないか?

 無論、後世に残す為に対処法は書いておく必要があるにせよ、これではあまりに内容が薄過ぎる。

 昔の人に取ってこの絶界樹は取るに足らない出来事だったのだろうか。

 だが、この文面には暗黙の了解のようなものも感じられないし、何かが隠されているようにはまるで思えない。

 ただ、ただ内容が薄い。これでは確かに今日、剣を突き刺して終わりだろうと思ってしまうはずだ。

 まいったぞ。『高校生の感性で』なんて偉そうな事考えておきながら、至った考えは今日ついさっき不可能を証明されたばかりのものだ。

「まいったな。情報が少なすぎてさっきの陽宮さんが言った仮説くらいしか行き着く場所がない。でもこんな憶測だけでわざわざ最終局面まで待つなんてリスクが大き過ぎるし。あーもうくっそー……下らない事しか浮かばねー……」


「一人言でマイナスな事言ってると気分までマイナスになるらしいわよ」


「――――えぇ?」

 振り返ればいつの間にかはずみちゃんが扉の内側に立っていた。また開く音に気付けなかったみたいだ。

「そうやって根詰めても出ないアイデアは出ないわ。そう言う時は一旦離れましょう。と言う訳で行きましょー」

 チョイチョイと手招きして扉を開ける。何処へ行くかも分からないがとりあえず俺も部屋を出た。確かに思考回路は袋小路に迷い込んでいたので、一旦リセットするのもアリだ。

「なぁ。気になったんだけど毎回ちゃんとノックしてるよね?」

「失礼ね。してますよ。そんな叩き割る程やらないけど普通にね。もちろん反応ないから勝手に入ると京耶君いつも自分ワールドに入ってんだもん」

「んー。そう言われると……」

「ちゃんとこれからもノックするから。だからちゃんと気付いてよ」

「わかりました……」

 よろしい。と言ってはずみちゃんと俺はエレベーターの前に立つ。

「これ……って事は監視フロア?」

「展望フロア!」

 別に同じ意味だろう。と思っても口には出さない。余計な事は言わないに限る。

 乗り込んだエレベーターは上昇を始める。四角い箱の中で俺もはずみちゃんも口を開く事はなかった。

 エレベーターを下りて展望フロアを見渡すが、やっぱり人はいない。みんな打開策を考えるのに必死なのだろう。監視係は恐らくモニターでチェックしながら正確な成長スピードを割り出すのに四苦八苦しているはずだ。こんな予想外だらけでは。

「はいはい。座った座った」

 先に座ったはずみちゃんがバンバンとベンチを叩く。少し間を空けて隣に座る俺の顔の前にパンが飛び出して来た。

「うわ!」

「へへーん! 驚いた? どうせお昼食べてないんでしょ? 夕食まで食堂閉まっちゃうからこれ貰っておいた! どうぞ。お腹がすいてたら良いアイデアも浮かばないわよ?」

 はずみちゃんからパンを受け取り、ありがとう。と呟くように言う。そして手に持った大きめな揚げパンを頬張ると、口中にカレーの味が広がった。

「んー! んめー!」

 大きなカレーパンを一口食べる度に声を上げる俺を見てはずみちゃんはケラケラと笑い始める。

「昔っからカレーパン好きだよね!」

「やっぱりカレーパンがパンの中では一番好きだな! それは一生変わらない!」

「今の京耶君見てるとそんな気がするよ!」

 腹も減っていたし、好物のカレーパンと言う事もあって俺は手を止めずに全力で食い続けた。大きめに作られているが、この腹具合ならあと三個は食えた。

「……ふぅ。ありがとう。ごちそうさま」

「いえいえ。どういたしまして」

 互いに頭を下げ合う。何だかようやく心が和らいだ気がした。

「ねぇ見てあれ」

 はずみちゃんが窓の外を指差す。その方向には絶界樹が鎮座している。既に幹は伸びきっていて今度は所々に枝が生え始めていた。

「こうして見ると改めてとんでもないものと戦ってるんだって気付くよね。明日にはきっと葉も生えててもっと木みたいになってるんだろーなー」

「うん。そうだろうね」

「絶界樹か……まるで異世界に迷い込んじゃったみたい」

「残念ながら俺達が生きる世界の現実だ。でも……」

「でも?」

「ううん。どうにかしなきゃなー……」

 でも。の後は言わないでおこう。さっきはずみちゃんに言われたばかりだ。マイナスな事を言うと気分までマイナスになってしまう。もしかしたら死んでしまうかもなんて口にしたら、それこそ、どん底まで気分は落ちてしまうだろうし。

 それにしても、カレーパンを食べただけで随分と色んな事に気が回るようになったな。はずみちゃんと話していて気分も落ち着いたし、これは何か新しいアイデアが生まれてしまうかもな。なんて調子が良いな俺。

「ねぇ京耶君」

「おう。なんだ」

 はずみちゃんはベンチから足を伸ばして組むと何やらもじもじと手をいじり始めた。

「どうしたんだよ」

「んー……何ていうかさ……私ね。京耶君が勇者で良かったって思えるの」

「何だよ急に」

「いや、その……知ってる人だからっていうのもあるかも知れないんだけどさ。京耶君ならきっと何とかしてくれるって気持ちになるんだよね」

「ははは……あんなにはずみちゃんに助けてもらってばっかだったのに?」

「昔の話でしょ。今はもう違うって一目で分かったよ。だからね決めたんだ。私頑張るって。京耶君のパートナーとしての務めを全力で果たそうって。そしたら何だか京耶君が何とかしてくれそうな……そんな気がするんだ」

「他力本願のようで絶妙なプレッシャーをかけてくるんだな。そんな事言われたら俺も頑張るしかないじゃん。って事はここに連れて来てくれたのも務めを果たしたって事か」

 はずみちゃんに視線を移すと、はずみちゃんは首を横に振った。

「んーん。これは幼なじみとしてほっとけなかっただけ。それだけだよ」

「そ、そっか……」

 はずみちゃんは少しだけ俯いていて、俺はまた窓の外にいる絶界樹に目を向ける。

 久しぶりに会ったって言うのに俺はちっとも変わった所を見せれていない。もちろんはずみちゃんも内面は変わっていないのだが、それは全て良い所だ。今みたいに他人の事ばっかり気遣う所や、素直な所、よく笑う所によく食べる所。俺が持っていない良い所を今も持ち続けている。

「宣言したら何だかスッキリしちゃった。そろそろ戻ろっか」

「おう。そうだな」

 俺だって変わったんだ。変われたんだ。

 だからそれをはずみちゃんに見せなきゃ。いつまで経っても守ってもらってばっかじゃダメだ。

 チャンスは明日だ。

 明日、必ず成功させて日本を救ってみせる。

 はずみちゃんの期待に答えて見せる。

 それが出来た時に初めて俺は自分に自信が持てる気がする――――。

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