第4話 作戦、決行

 翌日の午前十時。

 朝食を済ました俺、陽宮さん、ブレイバーのみんなは作戦会議室に集合していた。

「多少、成長スピードに誤差がありますが、今日のうちに叩けば問題ないと思われますので予定に変更はございません」

 陽宮さんがテーブルのモニターで事前に決めておいた進行ルートを一から説明し直す。

 どうやら絶界樹の成長は徐々にスピードを増して来て、文献から割り出したスピードよりもかなり早く一つの木になったらしいが、まだ葉も生やしておらず伸びきってもいないので心配はいらないとの事だった。

「んじゃ、落下地点は変わりなくパターンAで行こう。成上は俺達、樫倉のサポートの元で地点に辿り着き次第、禁秘の理を絶界樹に突き刺す。後は状況に応じて速やかに陸路及び空路で離脱する。みんな、危険が少ないからって油断はするなよ。もう既に予想は外れているんだ。何が起こっても冷静に対処出来るように常に気は張っておけ」

 海堂さんが言い終えると、了解。と声を揃えて敬礼するブレイバー。それに一拍遅れて慌てて敬礼すると、陽宮さんは頭を掻きながら俺に視線を移した。

「一応、成上君は今回の最重要任務を負っています。だからと言って気負わずに。気楽にとは言えませんがきっと大丈夫です」

 陽宮さんなりの激励だろうか。力強く頷いて答えたが、改めて最重要任務なんて言われてしまうとかえって気負ってしまう。折角、忘れていたのに。

「よし! それではこれより絶界樹殲滅作戦を開始する! 行くぞ!」

「おう!」

 拳を挙げて咆哮するブレイバー。俺はやっぱり一拍遅れて弱々しく拳を上げる。

 結局、最後までこのノリに着いていけなかった。


 ――――最初にここへ来た時のヘリポートから出発する。

 俺が乗るヘリは海堂さんとはずみちゃんの三人とパイロットの計四人。ブレイバートップの成績を誇るパートナーに隊長自らそれのサポートをするあたりが俺の役割の重要性を物語っていた。

「そんな顔すんな。終わったらちょっと遅い昼飯といこうじゃねーか!」

 固まっていた体が海堂さんに背中を叩かれたせいで、まるで魔法が解けたように力が抜ける。まだ会って二日しか経っていないのに、俺は海堂さんがいればどうにでもなる気がしている事に気付いて、同時に彼が何故、隊長なのかが分かった気がした。

「見て! 絶界樹よ!」

 はずみちゃんが窓の外に視線を移す。そこにはあるはずの富士山の姿が無く、大きな木の幹が今も尚、天に向かって伸び続けていた。

「こりゃ……でっけーなんてもんじゃねーな。富士山がすっぽり包まれちまってる。ここまでいっちまったらもう木じゃねーだろ」

 海堂さんの言葉通りだった。あんなもの見た事も想像した事もない。でか過ぎる、壮大すぎてまるでファンタジーの世界に迷い込んだ気分だ。

「あの! そう言えば……国民のみなさんは一体どうしているんでしょうか?」

「ん? なんだテレビ見てねーのか。あんなもん隠せる訳ねーからな。しっかり総理自ら会見で説明してたぜ?」

「絶界樹の事を? それってパニックになっちゃいません? 俺、あんなの見たらこの世の終わりを想像しちゃうと思うんですけど」

「そこらへんはちゃんと分かってるわよ。だから半径三十キロ圏内の人は一応、非難してもらっているわ。でもしっかり勇者の事も説明してあるからパニックにはなってないわよ。ネットにも京耶君が剣台平野で狼狽えている映像が沢山流れているから信じない人がいるわけがないわ。善くも悪くもみんな安心して見守ってるわよ」

「って事は……」

「残念だったな。今日は報道完全シャットアウトだ。何かあったら問題だからな。だからお前が勇者としての責任を果たすシーンは俺達しか見てないよ」

「……そうですか」

 嬉しいような悲しいような。でも俺が剣を引き抜いた直後の映像が流れているなら、帰ったら学校内はおろか町内でもきっと引っ張りだこだろうな。もしかしたら国から表彰されたりしちゃって。勇者。英雄。救世主。どれも響きが良い。どうせならこんな学ランじゃなくてそれっぽい服で来たかったけどテレビが来てないならどうだっていいや。

「ほら。アホ面下げて浮かれてんじゃねーよ。そろそろだ」

 頭を軽く小突かれて我に返ると、はずみちゃんが手早く自分の体に俺を固定する。いよいよ本番だ。和らいでいた緊張が少しだけ戻って来る。大丈夫だ。昨日あれだけ飛んだんだ。同じようにやればいい。

 海堂さんが扉を開けると、体の全身に風が吹き付ける。彼はそのまま外へ身を乗り出して俺とはずみちゃんに振り返った。

「行くぞ!」

 海堂さんが飛び立つ。

 間髪入れずに俺とはずみちゃんも後を追った。

 上空に投げ出した体はやはりまだこわばってしまうが、それよりもこうして間近で見る絶界樹の恐ろしさに震えてしまった。その壮大で非現実的過ぎる姿は人間の力なんてまるで及ばない気がした。

 先端は今でも大きく太い幹達が絡まり合って上空へと伸びている。

 その姿は紛れもなくそれが生きている証拠だった。

「――――よし! 京耶君! 着地するよ!」

 俺達は木の根もと部分に分散して降り立ち、みんな一様に降りて来た空と絶界樹を見上げた。

 ……大きいなんてもんじゃない。こうやって目の前にしてもまだ信じられない。

「よし! 予定通りだ。このまま進んで中腹まで行ったら、成上! お前の出番だ! 頼むぞ!」

 海堂さんが手を挙げて前方へと振り下ろす。ブレイバー達は彼を先頭にして、俺とはずみちゃんを囲んでガードするような形で進み出した。

 木の上を歩いている不思議な感覚。どんなに太く広がっていても材質は木に変わりない。ただそこには砂利や砂はおろか草の一本も生えておらず、生き物も一匹も見当たらない。まるであの絶界樹以外の存在を許さないかのごとく、静かで虚無感が渦巻いている空間が広がっていた。

 俺達の足音だけがやたらと響く。

 急がず慌てず着実に歩を進め、ポイントを目指す。

 何事も無く順調に思えたがブレイバー達の張りつめた気が伝わって来て俺も気が緩まない。

 一歩。一歩。

 じりじりと距離を詰めて行く。ポイントまであと少し。一歩、一歩。

 海堂さんが手を挙げて、進軍が止まった。

「到着だ。成上。準備しろ」

 先頭に立っている海堂さんのもとまではずみちゃんと進み、俺はホルダーを開けて鞘から剣を抜く。そこを中心にして放射状に広がり一定の距離を開けて見守るブレイバー達。

 はずみちゃんは隣で俺を見守っている。

 海堂さんはその横で銃を構えていた。

「……いきます」

 俺は剣を逆手に両手で持つ。そして目一杯腕を上へ伸ばした。

 頼むぞ、禁秘の理。何で俺を勇者に選んだのか分からないがしっかり全うしてやるからお前も頼んだぞ————。


 ……っつーかこれ、刺した瞬間に爆発とかしないよな?


 一瞬よぎった変な考えが体を固めてしまう。

 脳からの命令を体が聞いてくれない。

「大丈夫……京耶君。私がいる」

 はずみちゃんがポンと俺の肩に手を置く。体を固めたまま何とか首だけ動かし目を合わせると、はずみちゃんは視線を逸らす事無く頷いた。

 俺は唇をかんで正面に向き直る。

 もう一度剣を握る手に力を込めた。

 こんなの空から飛び降りるのに比べたら恐くも何ともない。

 やってやる! いけーーーーー!


 ――――ガツンッ!


 ……あれ?


 ガツッ! ガツッ!


 おかしいな?


 ガツッ! ガツッ! ガツガツ――――ッ!


「……そんな……なんでだよ!」

 ガツッ! ガツッ! ガツッ! ガツッ!

「おい! どうした!」

 海堂さんが俺の肩を掴む。俺は何度も剣を振り下ろし続ける。

「嘘でしょ……どういうこと?」

 はずみちゃんが俺の肩を掴む手に力を入れた。


 ……刺さらない。


 剣が刺さらないのだ。

 どうやっても弾き返されてしまい、絶界樹には傷一つ着ける事が出来ない。

「なんでだよ……! さされよ! くそ! さされ! さぁさぁれったら!」

 目一杯力を込めて振り下ろすも、剣は虚しく何度も弾き返されてしまう。

「どうなってやがる……おい! 成上! 剣をしっかり握って切っ先を突き立てろ!」

 海堂さんの指示通りに絶界樹に突き立ててギュッと握りしめる。押し込もうとしても切っ先すら入っていかない。

「よし! そのまま! 樫倉! 手を貸せ!」

 海堂さんとはずみちゃんが俺の手に両手を重ねる。

「フルパワーで行くぞ! せーの!」

 途端に物凄い負荷が腕にかかる。俺は必死に剣を握りしめながら自分も下に向かって力を込めた。

「うおおおおおお!」

 それでも切っ先すら入っていかない。剣が刺さりそうな感触すらなかった。

「おい! お前らも手伝ってくれ!」

 海堂さんの呼びかけに広がっていたみんなが集まり出す。全員で俺の手を介して禁秘の理に力を込める。

「おおおおおおおおおおおお!」

 今度は俺の腕が耐えきれず、剣から離れてしまいブレイバー達もろともその場に崩れてしまった。

「――――海堂隊長!」

 ブレイバーの一人が指示を仰ぐ。海堂さんは首を横に振った。

「仕方ない。一旦引き上げるぞ」

 小型無線でヘリを呼ぶ。俺達は足早にパターンCの合流地点へと向かった。

 ほとんど麓の平地にも木は埋め尽くすように広がっていて、見上げた先はさっきよりも高い位置に先端を向けていた。

「よし! 退却だ! 体勢を立て直す! 戻ったら作戦会議室に集合!」

 了解! と声を揃えて各自のヘリに乗り込む。俺は返事をしている余裕もなかった。頭がパニック状態で体が動かず、はずみちゃんにほとんど引っ張られる形で移動し、ヘリに乗り込んだ。それでも剣を握る手には力が込められていて離そうとしない。まるで俺は禁秘の理にしがみつくように剣をしまわずにずっと握りしめていた。

「……陽宮。どういう事だ。こんな状況は想定していないぞ」

 飛び立つヘリの中で海堂さんが本部にいるであろう陽宮さんと交信する。海堂さんの見た事もない切迫した雰囲気に状況が予定外過ぎた事がわかった。でも俺は、隣で俺の腕を強く握りしめるはずみちゃんの手よりも逆の手に握られている剣の感触に神経が集中していた。

 何が何だか分からない。

 剣の感触は本物だ。

 でもこいつは絶界樹に刺さらなかった。

 じゃあ、俺が今握っているこの剣は一体何なんだ。

 目の前で陽宮さんと交信を続けている海堂さんの声がえらく遠くに聞こえる。

 ヘリの飛ぶ音がまるで嘘のように感じる。

「大丈夫……きっと何とかなる……大丈夫」

 隣で俺を励ますように何度も同じ事を呟いているはずみちゃんの声だけがハッキリと聞こえた。

 大丈夫。何とかなる。大丈夫。きっと何とかなる。

 心の中でその言葉を何度も追い続けている内に俺の手から剣が落ちる。

 カランカランと乾いた音を立てて床に寝てしまった剣。


 ――――あれ? 俺、何でここにいるんだ?

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