第2話 幼なじみとの約束、忘れてました。んで、閉じ込められました。

 約二時間の飛行を終えてヘリが辿り着いた先は、名前も知らない山の麓だった。

 一見どこにも着陸する場所がないように見えたけど、ヘリが近づくと木々が生い茂る地面が二つに割れて、一緒に飛行していた計四台のヘリはスッポリとその中へ入っていった。

 地面が閉まると、空間の広さを知らせる等間隔のランプが点きだして、少し薄暗い中をヘリはしばらく下降し続けた。

 ヘリは何事も無く着陸して、俺は陽宮さんと共に降りる。一歩地面に踏み出すと、広々とした空間にコンと音が響いた。煌煌とついた明かりのおかげで薄暗さはもう無い。灰色の無機質な壁が見えなくなるまで上る筒のようなその場所は、さっきの自然が嘘のように人工的な空間だった。目を凝らすと壁に計器のような物も備え付けてあって、何だか悪の秘密基地のようにも感じる。

「こちらへ」

 陽宮さんは俺を促し、端にある扉の前まで進むと電子画面にカードキーをかざした。

 ピッと機械音がなって頑丈そうな鉄製の扉が軽々と横にスライドする。

 そのまま陽宮さんの背中を追って、中へ進んでいくと、どんどん景色がハイテクになっていく。明るい照明と等間隔に並ぶ扉と電子画面。他にも様々な機器が並んでいるのだが、用途はさっぱりわからなかった。

 ゆるやかなカーブを描いた廊下をかなり進んだ所で陽宮さんは立ち止まり、他より少し大きめな扉の横にある電子画面にカードキーをかざした。

 シュッと小さく音を立てて開いた扉の中には、広々とした室内に壁一面に広がったモニター画面。そちら側に向いた沢山のデスクが整然と並び、多くの人が慌ただしく作業をしている光景が広がっていた。

「ここが一応、本部になります。コントロールルームとも言いますが。ここで様々な連絡、指示を統率していますので要(かなめ)である事には違いありません。あの目の前にある壁一面の巨大なモニターで日本中のあらゆる場所を確認する事が出来ます」

 陽宮さんは事務的に簡単な説明を終えると「次はこっちです」と俺の質問どころか返事も待たず、その場を後にした。理解も追いつかないまま慌てて追いかけて、またしばらく廊下を歩くと、陽宮さんはまた何も言わずに立ち止まる。

「ここです。電気つけますね」

 陽宮さんが開いた扉の横に手を伸ばすとパッと部屋が姿を表した。そこは本部より少し小さいくらいの広さなのに、中には大きな長方形のテーブルが一つとそこに並べられた椅子しかない簡素な部屋だった。

「ここが作戦会議室。ここで有事の際には会議を行い、どのような行動をとるか決めます。もしかしたら君にも参加してもらうかもしれませんから一応」

 最後は君の部屋、とまた簡単に説明を終えられて来た道を半分くらい戻ると、同じようなドアが並ぶ辺りの一つに立ち止まり、ドアの前でカードキーを渡された。

「これでさっきの二部屋とこの君の部屋は入れます。施設内は広いし色んな部屋がありますが君に関係のない部屋も多いので迷わないように限定しておきました。さぁこのカードキーをそこにかざして下さい」

 手渡されたカードキーを言われた通りにドア横の装置にかざすとドアが開いた。

「一応、必要なものは揃っていると思いますが何か欲しいものがあったら言って下さい。用意しますから。それではしばらくお休みになっていて下さい。色々と準備が済んだらまた後で呼びに来ます」

 陽宮さんはやっぱり手早く説明を終えて、そのまま去って行ってしまった。

 俺はその背中に慌てて声をかけて呼び止めた。

「あ、あの! 俺、結局……何するんですか?」

 陽宮さんは足を止めて、僕に振り返る。

「その剣を抜いた君は勇者だ。勇者のやる事と言ったら一つしかないでしょう。あなたにはこの国を救って頂きます」

 陽宮さんはさして興味無さそうにそう告げると、では。と再び向き直って足早に去って行ってしまった。

 俺はその背中を眺めながら、今度は聞こえないくらいの大きさで一人ごちる。

「マ……マジで?」



 ————しばらくそこに立ち尽くしていたけど、それでは埒があかないので俺は何が何だか全く理解出来ていない頭のまま、とにかく部屋の中を確認する事にした。

「うん。大丈夫。不備はなさそうだ」

 とりあえず少しでも安心したくて思った事を口に出し、自分に言い聞かせる。実際、室内の環境は大丈夫どころか、家にある自分の部屋よりもかなり快適そうだった。

 十畳くらいはある部屋で収納も多く、ベッドやテレビ冷蔵庫はもちろん風呂にトイレもしっかりついている。まるでホテルの一室みたいだった。ただ一つ難点があるとすれば、窓が無い事くらい。それと、台所もない。冷蔵庫の中にも飲み物しか入っていなかった所を考えると、食事は運ばれてくるのかも知れない。


「あー……」


 部屋の中をひたすら調べ尽くしていたら、ようやく力が抜けてきて、俺はベッドに倒れ込んだ。

 脱力したついでに、まだ握りしめていた剣を手離すと床にガランと金属音が響く。

 うつ伏せのまま、今日を振り返ってみる。途中からまるで現実味がない。それでも現に俺はこんな部屋にいるのだから、これは現実以外の何ものでもない。何だか上手く感情がまとまらなかった。

 日本を救うって一体、俺は何をすればいいんだろうか。イマイチよくわからない。って言うか色々わからない。意味が分からない。

 だからこの運命を憂う事も喜ぶ事も出来ない。俺って何なんだろう。

 なんかどんどん面倒くさくなってくる。

 勇者? 何それ? 俺ただの高校生だぜ? しかも成績は中の上だぜ?

 あ、そう言えばここ、靴履いたまま入ってるな。アメリカンスタイルじゃん。かっけー……。

 いよいよパンク寸前の頭が下らない事を考えだしたあたりで俺はベッドの海に沈んでいった。



「————成上君。起きて下さい」

「んあ……」

 肩を揺すられて、俺は暗闇から引き戻される。ぼやけた視界のまま声がした方向を見ると、ベッドの横に陽宮さんが立っていた。

「あ、あれ……? なんで?」

「早く起きて下さい」

 相変わらず無表情の陽宮さんを見て俺は察する。どうやらこの人は俺の部屋に自由に出入り出来るらしい。

 俺のカードキーは限定されていると言っていたけど……まさか他の人達はみんなどこでも出入り出来るのだろうか。

 だとするとここはとんでもないノープライベート空間になるぞ。

「あの……せめてノックとか」

 俺が上体を起こしながらささやかな懇願を呟くと、陽宮は首を傾げて床を指差した。

「ん? まぁ一応したんですけどね。反応がなかったもので入らせてもらいました。早速ですが、この剣を持って私に着いて来て下さい」

 流れで用件も伝えてきた陽宮さんは返事も待たず部屋から出て行く。相変わらずの雰囲気に少し慣れてきた俺は、とにかく余計な事は考えず言われた通り剣を拾って後を追いかけた。


「————ここです」

 案内されたのは作戦会議室だった。

 陽宮さんがドアを開くと、中には軍人のような迷彩服に身を包んだ人達が整列していて、俺と陽宮さんの姿を確認すると、一斉に敬礼してきた。

「初めまして! 我々は伝奇災害対策課特殊編成部隊(でんきさいがいたいさくかとくしゅへんせいぶたい)通称ブレイバーです! 私はその隊長である海堂誠(かいどうまこと)と申します!」

 真ん中の男が一歩前へ出て高らかに宣言する。その力強い声に、俺は何を返したら良いのかわからず横の陽宮さんに視線を移すが、陽宮さんは頭をポリポリ掻くだけで目も合わせてくれなかった。どうやら助け舟を出す気はないらしい。

 視線を前に戻すと、真ん中の男も含め列の全員が敬礼ポーズのまま変わらず俺を見ているので、仕方なく一応、ノリを合わせて敬礼を返してみる事にした。

「はは初めまして! ゆ、勇者の成上京耶と言います!」

 少し声が上ずったけど、胸を張ってなるべく大きな声で自己紹介をした。

 多分、流れ的にはこれで合っていると思うのだが、それからどうしたら良いかわからない。

 こういう場での作法は全く無知だった。

 とにかく自己紹介は返したので、次のアクションがあるまで見よう見まねの敬礼を継続していると、列の一番端に並んでいる人がクスクスと笑い声を漏らし始めた。

 それを合図に列から笑い声が漏れ始めると、いきなり海堂さんが豪快に笑い出した。すると、他の人達もゲラゲラとつられていき、気付けば全員が声を上げて笑っているブレイバー。

 俺は何が何やら分からず陽宮さんに顔を向けると、ようやくこちらに視線を向けて「全く……」と溜め息をつきながら、敬礼している俺の手を下ろさせた。

「海堂。もう気が済んだだろ」

「おうおう! スカした奴じゃなくて安心したぜ! よろしくな勇者!」

 笑い声を押さえるように頬を軽く叩いた海堂さんは、直ぐに落ち着きを取り戻して、俺の目の前まで近づいてきた。

「改めて。よろしくな。海堂だ」

「は、はい。よろしくお願いします……成上です」

 差し出された手を恐る恐る掴む。海堂の握手は見た目通り強かった。

 短く切られた黒髪が爽やかと言うより野性的に感じるが、ニカッと笑う顔は妙にあどけなくて年を感じさせない。それでいて根拠の無い安心感を感じさせるオーラは確かなもので、何だか不思議な魅力を持つ人だなと思った。

「……一応、止めたんですけどね」

 横に立つ陽宮さんが初めて申し訳無さそうな顔を見せた。何を言ってるのか俺にはさっぱりわからなかったけど、海堂さんはまるで友達のように陽宮さんの肩を叩いて笑った。

「まぁまぁ! おかげで部隊のみんなこいつの事気に入ったと思うぜ? なぁ!」

 海堂さんが後ろに振り向くと、さっきまで笑っていたブレイバー達は拳を上げて「おう!」と声を揃えた。

 陽宮さんの説明によると、どうやら海堂さんは顔合わせの際に、とりあえず業務的に挨拶をして相手がどう返して来るかを見てこの先の付き合い方を判断したいと提案してきたらしい。

 暗かったり明るかったりスカしていたり真面目だったり。結果がどうであれ、それに合わせた付き合い方をしていく為との事で今回の挨拶を計画したらしいのだが、それは建前で、ただ単純に俺をからかいたかっただけだと補足された。

「いやー。今時の高校二年生なんて世の中斜めに見た奴ばっかじゃん? どんな奴かと思ってたけど思った以上に素直な奴で良かったよ! 折角の仲間なんだからビジネスライクな付き合い方じゃちょっと寂しいじゃん? それじゃ救えるもんも救えねーしな!」

 そんな挨拶も大成功に終わり、各々テーブルを囲んで席に着くと、海堂さんは堰を切ったようにバシバシとテーブルを叩いきながら色々と話しかけて来た。

 まるでさっきの真剣な敬礼が幻だったかのように目の前で陽気に話しかけて来る海堂さんのの姿に俺は、大人になった拓人を見た気がした。

「あの……もし俺がその世の中を斜めに見ているような奴だと判断されたらどうなっていたんでしょうか?」

「えぇ? そりゃ……とりあえず一発ぶん殴って性根を叩き直してから新たに関係を築いていくだけだよ!」

 簡単に言い放つ海堂さんの言葉に背筋が凍る。やはり付き合い方を合わせる気なんてこれっぽっちもなかったんだなと確信した。陽宮さんから説明を受けた時から感じてた恐れは間違っていなかった。あれはからかい半分でもあったが、いわゆる性格審査でもあった訳だ。

「まぁ君……って呼ぶのもあれだな。成上がそんな奴じゃなくて良かったよ!」

 海堂さんは俺が心の奥底でビビってるのも知らずにどんどん距離を縮めて来る。

 勝手に呼び方を変えるのは別に構わないけど、こういう事をされると余計にブレイバーと言う人達がどんな集まりなのかわからなくなった。同時にこんなあっけらかんとした人が隊長で良いのだろうかとも思った。隊長ってもっと厳格なイメージがあったのだけど……大体、他の人達も何だか明るくて軍隊って感じがしない。そういう人達ってもっとこう厳しい規則とかに縛られているんじゃないのか?

 陽宮さんといい、ブレイバーといい、ここに来てからと言うものどんどん理解出来ないものが増えていく。

「おっと、あんまり余計な話をしている時間はないか」

 陽気に話していた海堂さんは隣に座っている陽宮さんの視線に気付き、襟を正すと軽く咳払いをした。

「そんじゃ今後の作戦を決める前に紹介しておくぞ。あいつが今回、君をサポートするパートナーだ。作戦中は常に一緒に行動する事になるから」

 海堂さんがテーブルの端を指差す。視線を移すと、その人は勢い良く立ち上がって優しく微笑んできた。


「久しぶり……京耶君」


「あ、初めまして……え?」


 今、久しぶりって言ったか? ってかこの人、女の子じゃないか。しかも歳も俺とそう変わらないくらいの。

「やーっぱり覚えてない。まぁそんな事だろうとは思ったけどね」

 彼女は、これでどう? と肩まで伸びていた髪を後ろに持っていって掴み上げた。まるでショートカットのような髪型に見えるその姿に確かに面影が残っている。

「もしかして……はずみ……ちゃん?」

「やっと思い出してくれた。久しぶりだね」

 パサッと髪を下ろして手を振るその笑顔は正しく樫倉葉澄(かしくらはずみ)だった。

「もう紹介は要らないな。成上そう言う事だから」

 海堂さんはニヤニヤ笑っていた。久しぶりに再会した幼なじみの姿が楽しくて仕方がないようだ。本当に意地が悪い。

 いや、しかしそれよりも何で、はずみちゃんがここに?

「成上君。色々整理出来ないのはわかるが、それは後だ。海堂。早速作戦の説明を」

「おう。じゃあまずはこれを見てくれ」

 俺の疑問なんか関係なく、陽宮さんが指示を出すと海堂さんが壁に付いているリモコンを操作する。すると部屋が暗転してテーブル全体がモニター画面に切り替わった。

「こ、これは?」

 モニターに映っていたのは、今、自分が置かれている状況よりも更に飲み込めそうにない風景が映っていた。俯瞰で映っている山は一目で富士山だと分かったが、それは今まで見た事もない富士山の姿だった。

 悠然と鎮座する富士山。その天辺には少しだけ雪が残り、いつもの姿に見えるが、その下部から大きな木の根のようなものが蔦っていた。

「成上は何も知らないんだったよな。一から説明するぞ。この富士の下から這うように伸びているのは木の幹だ。名を絶界樹(ぜっかいじゅ)と言う。こいつは富士の下を通るマグマを養分にして伸びて行き、この多方向から伸びる幹はやがて富士を包むように合体して大きな一本の木となり空高く伸び上がると予測される。そして絶界樹は葉を広げ、やがて実が成る。厄介なのはこの実だ。こいつが割れると中から液体が溢れ出し、その液体は全ての生命を枯れさせると言う。動物も植物もだ。そして放っておけば絶界樹は日本全土に根を伸ばし、全国で生えた絶界樹が日本中の動植物を根絶やしにして、やがて日本そのものが絶滅してしまう」

 ここまではいいか? と海堂さんが俺に確認を取る。まるでお伽噺の世界だが、実際に画面越しにそんな光景が映っているのだから信じざるを得ない。

「しかし。数々見つかっている文献ではどれもそれを食い止めている。全国まで広がってからギリギリで食い止めたものも多いが、どれもしっかりと食い止めているため、その先は分からない。つまり日本が絶滅した後は世界規模にまで発展するのかは未知数なんだ。しかし、これは幸いと言える。こうして文献が揃っていればいくらでも対処が出来る。例えば実は割れる前に木から切り離してしまえば地上に落ちる前に枯れ果てる為、液体は溢れないらしい。そしてその禁秘の理で絶界樹の大元を切り裂けば絶界樹は枯れ果てる。文献によれば本当は剣台平野に大元の絶界樹が生えるみたいなんだが、モニターから分かる通り、今回は発生は文献通り剣台平野でも、生えだした幹は地を這って富士山に向かっている。これは恐らくだが、今までの地殻変動が原因と思われる。まぁお前には細かい事を言っても分からんだろう。つまりは剣台平野から富士に向かって生えているやつを切り裂けば死滅するはずって事だ。どの文献もトドメはその剣を突き刺して終わらせているからな」

 海堂さんは説明を終えると、肩をすくめて「だからそこまで難しい任務じゃないんだ」と笑った。

「一応、俺達ブレイバーは国家機密部隊の精鋭だが正直な話、これはきっと自衛隊でも警察でも何とか出来るレベルだと思われる。しかし、万が一失敗した時に待っているものが日本絶滅な為、念には念を入れた結果だ」

 海堂さんが陽宮さんに視線を移すと、陽宮さんは頷き、みんなに資料を配った。

「そちらに目を通して頂ければ分かりますが、文献の検証結果を統合するとあの幹が合体して完成するのに約二日。そこから三日で葉を生やし、その二日後に実をつけます。まぁ一週間も余裕はありますし実をつけてもしっかり準備しておけば対処は出来るはずですから大丈夫なんですけど、国民の不安を煽る訳にはいきません。私たちは二日後。つまり伸びている幹が合体して一つの木になった瞬間に絶界樹をたたきます。成上君はブレイバーのサポートの元、絶界樹の中腹まで行って頂き、そこで禁秘の理を突き刺して頂きます。それで任務終了となります」

 陽宮さんが説明を終えて着席する。スケールがでか過ぎるし、とんでもない事態だけど海堂さんや陽宮さんの言葉を聞いていると案外、危険も少なそうだし簡単そうだと思えた。ようは考え過ぎずにただ言われた通りに動けば三日後には家に居られるって事だ。

「よし。予定に変更なければそのまま二日後に実行。そして打ち上げだ! 以上、解散!」

 海堂さんが立ち上がると、はい! と返事が揃いブレイバーのみんなと陽宮さんはぞくぞく退出していった。乗り遅れた俺は、とにかくはずみちゃんの後を追おうと慌てて腰を上げたが、いきなり肩をがしっと組まれて、また着席した。

 この力強さ。横を見るとやっぱり海堂さんだった。

「いいねぇ! 幼なじみの再会って! ロマンチックだね! 羨ましいシチュエーションだなこのこの! ……なーんてな。いくら俺でもそんな事の為に組ませたりはしない。勘違いしないで欲しいから伝えておくが樫倉はこの部隊でも成績トップの優秀な人材だ。だから一番重要なポジションにつけた。それだけだ。実力は確かだから安心しろよ」

 海堂さんは真面目な顔でそう言うと、俺の背中を叩いて出口へと向かい、ドアの前でクルリと振り向いて俺を指差した。

「変な事しようとしたら殺されるぞ……っぷぷ!」

 また口を押さえて笑いを押し殺しながら出て行く海堂さん。やっぱり面白がっているだけだろう。


 俺は誰もいなくなった会議室から退出すると、出口の横で壁に寄り掛かっているはずみちゃんと目が合った。

「あ……良かった。探しにいこうと思ってたから」

 俺が素直にそう言うと、はずみちゃんは顔を明るくして俺の元へ駆け寄って来た。

「うん! 私も京耶君と色々話したかったから待ってた! 来て!」

 はずみちゃんは俺の手を引いていきなり廊下を走り出した。


 ――――そうだ。いつもこうだった。


 はずみちゃんと俺は近所に住む同じ幼稚園に通う幼なじみで当時、内向的でいじめられっ子だった俺は快活で男勝りな性格のはずみちゃんにいつもこうして引っ張り回されて、そしていつだって助けてもらっていた。初恋だったな。でもはずみちゃんの家は小学校に上がる時に引っ越してしまってそれっきり。俺もそれからは性格も外交的になっていって友達も増えたし体力もついた。勉強はもともと出来る方だったからそこは変わらず。とにかくそこからはすっかり世界が変わっていっていつのまにかはずみちゃんの存在も忘れていた。あの時はいつだって側にいたはずなのに。


「ここ! 入って!」

 エレベーターに押し込まれると、はずみちゃんは数字キーをパパパッと押す。どうやら階数を指定するボタンではないらしい。扉が閉まると直ぐに上へと動き出した。

「何階まで行くの?」

「ははは! 階数なんてないよ! この施設は二ブロックしかないからね。あっでもそしたら二階になるのかな?」

 まいっか! とはずみちゃんは言う。こう言う所も変わっていない。ただ、あの時とは年齢が違うからか、繋いだままの手が妙に汗ばんでしまった。


 ピーン!


 ほんの十数秒程で扉が開いた。

 扉の外は一面ガラス張りのフロアが広がっていた。


「すっげー!」


 目の前に広がる壮大な風景に思わず声を上げてしまう。少しだけ赤みが差して来た太陽に富士山が染められている。下に広がる樹海。遮るものが何もなく辺りが一望出来るフロアはまるでデートスポットのようだ。

「ふふん! 綺麗でしょ?」

「ここは一体……」

「監視フロア。目標を目視する為の場所よ。この施設で唯一の地上でもあるわ。まあ今は単なる展望台みたいに使っちゃってるけどね!」

 確かに見回しても剣台平野から富士山以外に見るものはない。元々は剣台平野を監視する為だったんだろう。って事はここはどこかの山の上? つまり施設は山の地下、もしくは内部に作られているのか?

 疑問は尽きない。でも、それらが全て小さい事に思える程、下から伸びている絶界樹に動じる事無く悠然と夕日に染められている富士山は絶景そのものだった。

「京耶君。こっち」

 はずみちゃんは目を奪われている俺の手を引いて窓の前にある長椅子に座った。こんなもの置いてある時点でやはり施設のみんなは展望台として使っているだけなんじゃないかと疑ったが、ようやく離された手のおかげで我に返る。そっと隣に目を向けると、はずみちゃんもこっちを見て微笑んでいた。

「久しぶりだね。まさか京耶君勇者になっちゃうなんてね」

「あ、あぁ……自分でも実感が湧かないよ。この剣のおかげでいきなり非日常に来た感じ」

 そりゃそうだよね、とはずみちゃんは背もたれに寄り掛かる。

「なぁ。はずみ……ちゃんはさ。どうしてこんな所にいるの?」

「ん? んー。そうだなぁ。簡単に説明すると引っ越した先で中学に上がる時、スカウトされたんだよね」

「私立中学とかに?」

「んーん。国に」

「くにぃ!?」

 何それ? 聞いた事無いぞ国にスカウトされる小学生なんて。

「うん。国。私スポーツ何でも出来たからさ。調子に乗って色んな種目で良い成績残してたみたいで、どこで嗅ぎ付けたのかお役人さんが家まで来てね」

「やっぱすごかったんだな……幼稚園のときから負け無しだったもんな」

「昔の話だよ! それで親は反対したんだけど。私は入隊する事にしたの。お給料出るって言うし。ほら、私の家って冗談でも裕福なんて言えなかったじゃない? 引っ越し先もおばさんの家に居候って形だったし。少しでも両親を支えられたらって……ね。それに使い物にならなければ除隊されるだけだからそしたら普通の生活に戻ればいいやって軽い気持ちだったんだけど」

「そこでもトップの成績を残してしまうと……」

「えー! 何で知ってるの? あ、そっか! 海堂隊長ね! あのやろー!」

 はずみちゃんは拳を握って何を考えているのだろうか。どうにか仲間割れだけはやめて欲しい。国家機密部隊の精鋭のケンカなんて俺には絶対に止められない。

「ま、まぁさ! あの人のおかげでこうしてタッグ組めてる訳だし! それにはずみちゃんがパートナーってすっごく心強いよ!」

「ま、まぁね」

 はずみちゃんの拳から力が抜けて、少しずつ開いていく。良かった。これで最悪のパターンは逃れられた。

「でも。京耶君が勇者だなんて……別にそこまでいかなくても良かったのになー」

 はずみちゃんは何だか嬉しそうな顔で長椅子に置いた俺の手に手を重ねた。その温もりに俺の神経は全て左手に集中した。

「え? えーっと何が?」

「だから。約束。そこまでいかなくても良かったのに!」

「いや……その。どういう事?」

「え? 京耶君……もしかして忘れてる?」

「ん? 何を?」

「……嘘でしょ? 久しぶりに会った京耶君見て私、約束守ってくれてたんだって嬉しかったのに!」

 はずみちゃんの手がグッと握りしめられる。

 その力は海堂さんよりも強く、じりじりときつく握りしめられていく。俺の左手は多分、あとちょっとで折れる。

「いたたた! 痛いよちょっと!」

「ホントに何から何まで忘れてんのね! そういうどうしようもない所ちっとも変わってない! ばかばかばーか!」

 はずみちゃんは俺の手を勢い良く放り投げてエレベーターで一人、下りていってしまった。投げられた手はジンジンと痛んでまだ痺れていた。

 夕日はもうすぐ富士山に隠れてしまう。

 真っ赤に染められた世界は全てを溶かしてしまいそうだ。

 俺は一体何が何やら分からないままここにいる。今日は謎ばっかりだ。

 それでも今、分かっている事が一つある。


 ――――俺は、ここからの戻り方を知らない。

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