伝説!!勇者!!俺が!?

川上 誠

第1話 勇者、簡単に生まれました。

 辺り一面に広がる砂利。見渡す限りの平野に大小様々な岩が散乱しているそこは、もう秋口だというのに、まるで真夏のような暑さだった。

 学ランの襟に指を入れてパタパタと中に風を送る。

 物凄く効率が悪いけれど、周りの奴らもみんなそうして何とか制服の内側に溜まった熱を逃がそうと四苦八苦していた。

 そんな焼け石に水の努力をするより、この作りがしっかりし過ぎた学ランを脱いでしまえば解決するのだけど、学校指定の学ランを脱いだら他の観光客と見分けがつかなくなる。と先生にキツく言われてしまっているので、そういう訳にもいかなかった。


 修学旅行。


 聞くだけで胸が高鳴るワードだが、それ故に行き先は重要。なのだけれど、この高校は完全に行き先を間違えていた。

 高校二年生にもなって、伝説の勇者に憧れている奴なんてどこにいる。

 加えてこの暑さ。もうダメだ。今直ぐ家に帰りたい。

「はーい! こちらが既に日本だけでなく世界的にも有名な伝説の剣が刺さる剣台平野(つるぎだいへいや)でございまーす!」

 ダルそうに整列する生徒の前で女ガイドが百戦錬磨の営業スマイルを発動させる。

 少し離れた場所にある台座の方へ手の平を向けると、まるで興味を持たない生徒達を気にする事無く、もう何千回も紹介したであろう、この剣台平野の伝説を流暢に説明し出した。

「ここは数千年前に起こったと言われている大規模な地殻変動により現れた場所で、今でも地熱が凄まじく、四季関係なく一年中、気温を一定に留めている日本ではとっても珍しい場所です。そしてそのおかげで年中夏のような暑さを保っているため、最近では常夏平野とも呼ばれていまーす」

 呑気なネーミングだな。と思う。何が常夏平野だ。せっかく残暑も終わって涼しくなって来たのにこれじゃ秋が台無しだ。春と秋は一年で僅かしかない。感じ始めたらもう終わってしまう貴重な季節だと言う事をこのガイドは知らないのだろうか。

 恐らく俺と同じような事を思っている生徒は周りに沢山居ただろうが、ガイドはそんなもの一切気にしてません。といった表情で機械的に説明を続けた。

「そして何より注目すべきはそう! 伝説の剣、禁秘の理(ひめごとのことわり)です! この剣は様々な地方から出土した数々の文献や日本中で伝わっている伝説から専門家が推察するに、およそ数万年前から幾多の時代でこの日本を救ってきたと言われています。そして今でもこの剣は台座に刺さったまま、誰にも、何を使っても引き抜く事が出来ていません。不思議ですよねー? しかもその力の働きは現代の科学を持ってしても解明出来ていません。しかし! 読み解かれた文献には、その時代に現れた勇者にのみ抜けると書かれているそうです! と言う事は……まさに! 伝説の勇者の剣! そう! 男の子だったら一回は憧れるシチュエーションですよねー?」

 ガイドは貼り付けたような笑顔を向けて来る。そんな事言われても、高校二年生の俺達の中に今更そんなもんに憧れてる奴はきっと一人も居ない。

 そんなものよりも、今のこの超学歴社会じゃ、レベルの高い大学に通うエリートの方がよっぽど憧れの的だ。大体、日本一の観光名所だか何だか知らないが、こんな歴史的にも眉唾な伝説しかない場所なんて今時、歴史はもちろん地理の試験にも出てきやしない。

 この高校はそこそこ偏差値が高いと言うのに、イベント事に関してはどこよりも幼稚な所が難点だった。

「はーい! それではみなさん! このまま剣台に向かいますねー! 誰でも触れられますから引き抜いてもらっても結構です。もしかしたらこの中に勇者がいたりして?」

 対応年齢関係なくマニュアル通りの説明を終えて、恐いくらいに笑顔を崩さず俺達を先導するガイドに着いていく。

 三列になってぞろぞろと剣が刺さっている台に向かうと、熱気は更に増したような気がした。

「はい! それではここで十五分の自由見学となります! みなさんお好きなように剣に触れてみて下さい!」

 ガイドのハキハキした喋りとは裏腹に、やる気のない返事が所々から聞こえて生徒は徐々にばらけていった。

 剣を引き抜こうとするバカや、その石で出来た台と呼ぶには少々イビツな形のそれに刺さっている姿を写真に撮ったり触ったりする物好きはほんの少数。

 ほとんどは暑さにやられ、少しでも涼しい所を探してそこから遠ざかっていった。

「おい。京耶(きょうや)ちょっと勇者になりに行かね?」

 あてどなく涼しい場所を探していた俺にクラスメイトの赤河原拓人(あかがわらたくと)が話かけてくる。こいつはいつもこんな感じで、無駄でバカな事ばっかりしたがるお調子者だった。それでいて何故か成績はいつも上位なもんだから、俺はテストの結果が出る度に二度とこいつとは遊ぶまいと誓うのだが、こいつはそれを許さず、色んな方法で俺を誘惑してくる。

 結局、負けてそれに付き合う俺も俺なのだが、不思議と馬が合う奴なので何をやっても楽しいのは確かだった。まぁ悪友と言うやつだ。

「いや、それはいい。それよりどこか涼しい場所なかったか?」

「あぁ。それならあの剣の所がすげー涼しかったぞ」

 拓人は台を指差す。嘘をつけ。

 しかし俺は早々に諦めて、頷いた。もう星の数ほどこういうやり取りを繰り返してきた。

 拓人はこうなるともう俺が「うん」と言うまでずっと誘い続けてくる。そして、いつも俺は余計な体力を使った上で結局根負けしてしまうのだ。いつもだったらこのやり取りも何だかんだ楽しんでいるのだが、流石に今はそんな事に体力を使う気にはならなかった。

 今は立っているだけでHP消費が激しい毒地帯にいるようなものなのだ。ならば、さっさと剣でも何でも抜こうとして拓人を満足させれば、とっとと涼しい回復場所を探しに行けるだろう。

「わかった。わかったよ。お前が勇者になる所しっかり見ててやるから。さっさと行くぞ」

「やりぃ! でも、もしかしたら京耶が勇者だったりして!」

 ねーよ。と口には出さない。

 俺の心の声なんて露知らず、拓人は陽気に駆け出した。俺は無理に追いかけず、ダラダラと歩いて台に向かった。


 こうして、いざ目の前にしてみると剣の存在感はなかなかのものだった。

 常に誰かが掃除しているのか、何だか不自然に光りを放っているように見える。それがまるでオーラのようにも見えてしまい、何だか現実味がない。常に万人の手に触れられているのだから錆が浮いたり手垢がついたりしてもいいはずなのに、それは何処にも見受けられず、まるで今、刺さりましたと言わんばかりの新品具合も違和感があった。

 刺さっている台はとんでもなくボロボロだと言うのに……。

 その不思議な光景に目を奪われていると、拓人はサッと飛び上がる。

「よーし! んじゃ赤河原ちょっくら勇者になっちゃいまーす!」

 台に立って拓人が大声で同級生にアピールすると、ゾロゾロと人が集まって来た。

 校内でもバカな事ばかりしているので、拓人は学年でも割と有名で人気者だった。

 こいつが何かアクションを起こせば必ず面白いことが起きる。それを知っている周りの奴らがどんどん人を呼び寄せていく。程なくして台の周りは人の壁に囲まれてしまった。

 周りから期待のこもった声援やら野次やらが飛び交って、勝手にどんどん盛り上がっていく。だが、その中心にいる拓人はそんな状況にも全く臆せず、むしろ逆にみんなを煽り始めた。

「汝ら、もう心配はいらぬ。地球の危機はやがて去るであろう。何故なら我がここに辿り着いてしまったのだからな! さぁ刮目せよ! 勇者の誕生だー!」

 周りのテンションが最高潮に達した頃を見計らって、拓人は大げさな演技をしながら剣の柄をガシッと掴み、両手で一気に引き抜く!

「うおー! うおーー! ち、地球の危機をーー! すく、救いたまえーー!」

 引き抜く……引き抜……けない。

 まぁ当然だ。それでも大げさな拓人のリアクションに観衆は大爆笑だったのだから、見せ物としては上々の出来だろう。

「ダメだー! 俺じゃなかったー!」

 拓人は汗だくになりながら、パッと手を離して台上から俺を指差した。

「次! 京耶! やってやれ!」

「えぇ?」

 拓人の言葉に周りから歓声と拍手が送られる。

 みんなもう一笑いが欲しいだけだというのは分かっているが、俺は拓人じゃない。

 あんな風におどけて引き抜こうとするなんて死んでも出来ない。出来る訳がない。

「早く! 俺じゃなきゃお前しかいないよ! ほれ勇者!」

 台の上から拓人が手を伸ばす。こいつも分かっててやっている事は十分理解している。だってわざわざこんなに大声で言わなくても俺には聞こえるのに、おかげで周りはもう勇者コールで溢れかえってしまっている。

 騒ぎ立てるみんなも上げられるだけハードルを上げて、抜けない時の落差を楽しもうとしているだけなのは明白だった。

「……わかったよ」

 こんな状況では逃げ道もなく、俺は諦めて拓人の手を取り台上に上がった。

 拓人は俺を引き上げると、そのまま背中を押して剣の前に立たせた。

「さぁみんな! 刮目するがいい! 今、伝説が始まろうとしているのだ!」

 おー! と意味のない勝ちどきが上がる。最早、拓人がやった時よりひどい状況だ。

 俺は溜め息にも似た深い息を吐いて、腹を括ると、右手で剣の柄をギュッと握った。

 こうなったら思いっきり笑われてやる。

 俺は片手で剣を握ったまま背筋を伸ばし、顔を上げた。

「みんな。この世界を……みんなを必ず守ってみせるから」

 ニヒルに笑ってみせる。精一杯カッコつけて役になりきってやった。もちろん、みんなもう既に爆笑していて「守ってー!」とか「かっこ良すぎる!」とか好き勝手言っている。

 狙い通りだ。

 後は全く抜けなくて、すっぽ抜けた振りをして盛大にスッ転べば大爆笑はもらったようなものだろう。拓人も後ろで声を押し殺して笑っているし。完璧な流れだ。

「さぁ! 禁秘の理よ! 俺に力を貸してくれーーーー!」


 ————ズポッ!


「……え?」


 おかしい。

 思いっきり力を入れた後に反動で転ぶはずなのに右手は高々と上がっている。

 でも俺は剣を握っている。

 あれ?

 台の周りに集まっていたみんなは目も口も大きく開けたまま固まっていた。

 ついさっきまであんなに笑い声が響いていたのに、今は声一つ聞こえない。


 ————静寂。


 ゆっくりと、後ろを振り向く。


 拓人は今まで見た事もない表情で俺の右手を指差しながらガタガタ震えていた。

 俺はその指差す先に恐る恐る視線を向ける。

 剣の切っ先がハッキリと目に映った。

 これって……やっぱり抜けてるよね?


「えーーーーーーーーーーー!」


 みんなも俺も拓人も同時に声を上げる。その響いた声に慌てて周りを見渡すと、声に反応して先生達やガイドグループ、他の観光客達も全員が俺の方へ振り向いていた。


「えーーーーーーーー!」


 今度は剣台平野全体が驚きの声に包まれた。途端に大勢の人達が一挙に台座へ集まって来る。

「おい……おい。京耶。マジかよ……」

「どうしよう……どうしよう拓人」

 俺は犯罪でも犯してしまったような気分で、右手を震わせながら何とか顔だけ動かして拓人の方へ振り返る。拓人も震えたままそこから動けず、俺達は台の上で見つめ合ったまま固まっていた。

「おい! 成上! 赤河原! とにかく! とにかく下りてこっちに来い!」

 台の周りを囲んで騒ぎ立てながらカメラや携帯電話を向けている大衆を力づくでかき分けて担任の秋本先生が俺達の下へやって来た。

「先生……どうしよう。俺」

「いいから! とにかく早く来い!」

「京耶!」

 拓人が固まっている俺の背中を思いっきり叩く。全身に走る衝撃。固まった体が少しだけ解放され、思わず前によろけた俺の手を引き、拓人はそのまま台から飛び降りた。俺も引かれるまま地面に下りる。目の前にいる先生は何とか着地した俺と拓人の手を掴むと、群衆の中を強引にかき分けて走り出した。

「こんな騒ぎじゃどこかで怪我人が出かねない! これ以上パニックになる前に一回バスに避難するぞ!」

 群衆は俺達を撮影しながらゾロゾロと追って来る。確かにとんでもない状況だ。さっきのふざけた注目とは訳が違う。俺はあの一瞬でこの国の超有名人になってしまったのだ。

 息を切らしながらバスの中に飛び込み、先生が運転手に扉を閉めるよう指示する。幸い、群衆が中まで入ってくる事はなかったが、バスの周りは依然として囲まれていて、俺はレンズを向けられていた。

 先生は車窓のカーテンを全て閉めると、手招きして俺と拓人を一番後ろの席に座らせ、目の前にしゃがむ。

「いいか。落ち着け。まずはそこからだ。大丈夫。お前達が狼狽える必要はない」

 先生は俺達の肩をギュッと掴む。体育教師の握力はかなり強いものだったが、その痛みが俺達の不安を紛らわせてくれた。

「先生……ありがとう」

 ようやく落ち着きを取り戻してきた俺が、それでもまだ呼吸を荒げながら口を開くと、隣に座る拓人は俺の肩を抱いた。

「先生。京耶どうなっちゃうんだ? 大丈夫だよな? 何か変な事になったりしないよな?」

 拓人の体はまだ震えていた。まるで自分の事のように俺のこの先を心配してくれているこいつの姿がきっと本当の姿なのだろう。普段はおちゃらけていてもそういう奴ほど、いざって時は誰よりも真面目なのだ。

「……わからん。でも、もしかしたらその剣を国に譲渡するだけで済むかも知れない。一応、国の重要無形文化財だしな。それなら剣を引き抜いた者として少しは騒がれるかもしれんが、数ヶ月もすれば周りも落ち着き、日常に戻れるだろう」

 俺の手は剣を握りしめたまま固まっていて、それを抱きしめるように抱えながら俺は先生の話に耳を傾ける事しか出来なかった。

「そっか……それなら少しの辛抱で終われるな」

 拓人は先生の話に安心したらしく、ようやく震えが止まり表情もいつもの笑みに戻った。

「ま、全く。まさか本当に抜けるなんてよー。京耶はとんでもねーなー!」

「お、俺だってビックリしてるよ。ほらまだ手が固まっちゃって剣から全然離せないんだ」

 剣を握る右手を見せると拓人はおどけたようにリアクションを取って大笑いした。

 まったく、拓人らしいやり方だ。きっと俺の緊張をほぐそうとしているのだろう。わかりやすいけど、でも、おかげで徐々に俺の心にも平穏が戻ってきて、手の力も大分抜けてきた。

「なぁ京耶。ちょっと見せてくれよ。伝説の剣。俺、小さい頃ずっとこの剣を抜くのは自分だって信じてたんだぜ? 自分の事を勇者だと本気で思ってたんだ。笑っちゃうよな」

「ふふっ。小さい頃の話だろ? みんなそんなもんだよ」

 俺は少し笑う余裕も出てきて、剣をひょいと順手に持ちかえると、拓人が差し出す手に柄を乗せた。


 ————ガランガラン。


「え?」

 俺が手放した剣は確かに拓人が握ったはずなのに床に落ちてしまった。

「わ、わりいわりい! 落としちった!」

 拓人は引きつった笑顔で頭を掻きながら剣を拾おうと屈むが、剣を掴むその手は何度も空を切るだけだった。

「あ、あれ? おかしいな? あれ? あれ? 嘘だろ?」

 何度も空を切った手の平を不思議そうに見つめると拓人は先生に拾ってくれ、とお願いする。今の光景を目の前で見て呆気にとられていた先生は「あ、あぁ」と頷くと恐る恐る手を伸ばした……が、やはりその手はまるでパントマイムのように空を切ってしまった。

「まさか……成上。ひ、拾ってみろ」

「……は、はい」

 俺は床に手を伸ばす。ガシッと伝わる柄の感触。そして持ち上げると確かに感じる剣の重さ。

 肩の高さまで持ち上がった剣を見て、止まっていた震えがまた戻ってきた。

「これ……もしかして……ととと、とんでもねー事になるんじゃ……ならないよな?」

 拓人の笑顔はもう引きつり過ぎていて笑顔とは程遠かった。

 先生も困惑を隠しきれない様子で、視線を泳がせながら「あー、うーん……」と言葉を探しているようだった。

 無理もない。こんなのどう見たっておかしい。

 これはただの剣じゃない。俺達は今、その身をもって証明してしまったのだ。

 剣を持つ手の震えが止まらない。ガタガタと尋常じゃない震え方をしている。

 ……俺、一体どうなっちゃうんだ?

 こんな事になるならもっと伝説の歴史について調べておくんだった。

 地球を救った勇者って、えーっとどうやって、何から救ったんだっけ?

 まさか……それのせいで死んだりしてないよな?

 頭の中を色んな疑問や後悔が駆け巡る。

 俺も拓人も先生も、言葉を発せず、とにかくもうどうしたらいいかわからなくなっていた。


 ————ガシャン!


 突然、バスの扉が開く。その音にビクッと身体を浮かせて、バスの前方に視線を投げると、運転手が何やら俺達の方を指差しながら扉の外にいる誰かに何かを説明していた。

 やがて運転手の口が止まると、前方から人影が姿を現した。一人じゃない、何人も居た。

 それは列になってゾロゾロとこちらへ向かって来た。

「……失礼。成上京耶君。ですね?」

 まるで軍隊のような格好をした奴らを引き連れた黒スーツ姿の男が俺達の前に立つ。

 年齢は三十代前半くらいだろうか。ピシッとしたスーツにボサボサの頭が何とも滑稽なその男は身を屈めて再度、口を開く。

「君が成上京耶君。間違いないですね」

 鼻先を指差してくるスーツ男を見つめたまま、俺は剣を持ち上げ固まった体で小さく頷いた。それを確認するとその男は身を起こし、頭をポリポリと掻きながら胸ポケットから手帳を取り出すと、胸元で開いて見せた。

「私は国家機関から派遣されました伝奇災害対策課(でんきさいがいたいさくか)の陽宮(ひのみや)と言う者です。早速ですが成上君。君の身柄は今を持ってうちが預かる事になりました。では一緒に来てください。外にヘリを用意してあります」

 その陽宮という男は手帳をしまうと、俺に手を差し伸べた。

「ちょ! ちょっと待って下さい! 何ですかその伝奇災害対策課って! 聞いた事もありませんよ! それに成上はうちの生徒です! いきなりそんな事言われたって簡単に預ける訳にはいきません!」

 先生は陽宮の手を払い除けると、俺と陽宮の間に立ちはだかった。

 拓人も俺の肩を抱く力を強める。

「先生。お気持ちはわかりますが、すいません。これは国家命令です。逆らうのであれば武力行使も許されています」

 後ろにいた軍隊のような奴らが陽宮の合図で一斉に銃を構える。

「国家命令だって? 一体、成上に何をするおつもりですか!」

 先生はそれでも怯む事なく俺と拓人の盾になり立ちはだかり続けた。

「あなたが危惧しているような事はしませんよ。むしろ我々は成上君に協力し、守る立場にいます。安心して下さい。あぁそうだ。それとあなたとその後ろにいるもう一人の生徒には後ほど箝口令が出されますのでこの事は一切口外しないように。学校の人達には自衛隊が彼を保護したと伝えて下さい。後は我々が処理しますので。では」

 陽宮はその細い腕で大柄な先生の体をまるで引き戸を開けるように軽々と押しのけた。

 ドサッと横の席に座らされた先生は、信じられない、といった顔で陽宮を見上げていたが、陽宮は先生に全く視線を向けず、再び俺に手を差し出した。

「さぁ早く。君には説明しなければならない事がまだ山ほどあるんです」

 陽宮はクスリとも笑わずに無表情のまま語りかけてくる。まるで俺にも剣にも興味がない、どころか感情が全く無いような顔だった。。

 拓人は横でずっと俺の肩を力強く抱いていたが、その震えはどんどん増していた。

 当たり前だ。俺達はただの高校生。銃を向けられる事なんてまずない。

 でも、拓人はどんなに震えても俺の肩を離さなかった。真っ直ぐ、陽宮を睨みつけたまま。

 こんな事になってもまだ俺を守ろうとしてくれている拓人の存在が、俺はとても嬉しかった。

 おかげですっかり心が落ち着いてしまった。覚悟が……決まった。

 俺が拓人の腕を掴むと、拓人は視線をこちらに向けて来た。俺は視線を合わせてしっかり頷くと、拓人の腕を肩から外して立ち上がった。

「俺、行きます」

「おい……おい! 京耶!」

「すぐ戻って来るよ。それまでノートとっといてくれよな!」

 俺は笑って拓人に手の平を向ける。

 少しの間、俺の目をジッと見つめたまま拓人は動かなかったが、俺の目を見て覚悟を悟ってくれたのか、浮かしかけていた腰を席に沈めると唇を噛み締めながら頷き、俺の手の平を思い切り叩いた。

「京耶。何かあったらいつでも言えよな。何でも協力するから」

「うん。そっこーで連絡する! 明日にでも!」

「ばか! はえーよ!」

 俺達は互いに笑顔を向けて別れた。バスを出ると、周りにいた他の車両もあんなにいた人達も残らず全て消えていて、見るからに軍事用といった形のヘリが数台とまっているだけになっていた。

「人払いは済んでいますからご安心を。それにあの二人も我々が責任を持って宿舎の方へ送り届けます」

 陽宮に頷いてヘリに乗り込む。直ぐに扉が閉められて飛び立ったヘリはまるで今までいた現実と俺を別れさせているようだった。

 どんどん離れていく大地を見つめながら剣を握る手にグッと力が入る。

「良い先生と友人を持ちましたね」

 ジッと窓の外を見つめていたら、向かいに座る陽宮が急に話しかけてきた。

 その言葉が凄く意外で、思わず視線を彼に移すが、彼もまた窓の外を見つめていた。

「はい」

 俺の返事に反応はなかった。俺はまた外に視線を投げる。

 それから陽宮さんも俺も目的地に到着するまで一言も喋らなかった。

何となく、本当に漠然とだけど、俺は拓人にもう会えないかも知れない。と思った――――。

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