試験勉強

 今日は何も起こることなく、ぐっすりと寝ることができた……

 と言いたいところだが、そんな訳はなかった。あれから毎晩毎晩ずっと魔法学院の教科書を読んでいて、眠る時間が少なく感じる。なにせ教科書の文字が小さいから1ページあたりの文字量が尋常じゃないほど多い。最初の頃は一冊読み終わっても、まだこんなにあるのかと、絶望していたが、最近は着実に減っていると感じられるようになった。

 それでも、一冊当たりのページ数はも1500程はあり、ほとんどが2500は超えているので一冊読み終わるのになれた今でも丸一日以上はかかってしまう。今は、ようやく2メートルほどを読み終わったところだ。

 毎日、向こうの世界とこっちの世界を行き来して、おじいちゃんの喫茶店でアルバイトして、その間の暇な時間に教科書を読んで、帰ってからも、教科書を読んでいる。

 それでも続けられるのは、教科書の内容が、自分の知らなかった物事ばかり書いてあって、それを理解できたときの喜びと、ルーレットのわかりやすい解説、何より、できるだけ上まで飛び級したいという願望があるからだろう。あとは,バイトした分のお給料で財布がホクホクになるぐらいだろうか。

「それにしても、今読んでる魔法応用初等教本、長いなー」

 魔法を応用することの初等編教本ということだが、魔法を応用して、例えば、魔法昇降盤のように風の魔法で円盤を浮かせて一階から三階へ移動するような装置を作る教科がこれなんだそうだ。

 ようは、魔道具を作るための魔力回路マナラインの作り方を学ぶものらしい。

 この教科を学ぶに当たってルーレットに言われたことは

「克人様が本来いるべきあちらの世界にある物に変換して覚えるとわかりやすいですよ」

 とのことだ。

 試験では、その実際の名前よりかは魔力回路マナラインの仕組みについての方が出るみたいなので、その魔力回路が使われている物の名前を覚えておく必要はないらしい。

 正直いうと、こちらの世界での名称は全く覚えていないので、若干の不安を覚えるが(主に生活面で)、まあ、大丈夫だろうということにしよう。最悪、ルーレットに猫の姿でそばにいてもらえれば何とかなる。

「ミャー」

 セロが足にすり寄ってきた。ルーレットとしては,何かしらアドバイスをしたいのだろうが,こっち側の世界では猫の姿以外ではすぐに魔力が尽きてしまうので,喋ることもできない。

 ひとまず,セロを膝の上にのせて撫でる。すると,気持ちよさそうなグルルゥ~という鳴き声が聞こえる。鳴き声なのかな……。まあ,いいか。とにかく,片手で撫でつつ,教科書を読むか。

 再び魔法応用初級教本に目を落とす。隣のページには,マジックバッグに使われる空間拡張のマナラインが描かれていた。

 魔法応用初等教本にはマナラインの接続・構築の仕方から始まり,簡単なものから少し複雑なマナラインの図と,その図の各所のつながりの意味が記されている。

 接続・構築というのは,それぞれ意味の持ったマナラインや,延長するためだけのマナラインをどのように作るか,また,それをどういう風に繋ぎ,どう組み立てるかということ。

 簡単に言えば,こっちの世界の回路のようなもの。回路には電子が流れるのに対し,マナラインにはマナ,つまり魔力が流れる。回路の場合だと,乾電池の向きを逆にすると流れないのは多くの人がわかっていると思う。それと同じで,マナラインも,繋ぐのを逆にしたりすると,マナがうまく流れないし,やりすぎると爆発することもある。

 マジックバッグに使われるマナラインは,空間拡張,状態維持,バッグ内の重力減少の,主に三つに分けられる。

 この三つは,それぞれ別に働いていることが多いが,繋げることも可能だ。ルーレットに教えてもらったが,おじいちゃんに借りたのは,おじいちゃんの自作らしく,三つともつながっていた。それを見ると,バッグ内の重力減少,空間拡張,状態維持の順に繋っていた。この教科書に載っている,繋げ方の原則を当てはめてみるに,魔力を一番食わないものから,一番食うものの順に繋がっているようだ。

「克人,もう寝なさい」

 下から母さんの声が聞こえてきた。うちは,僕の部屋が二階,両親の寝室が一階となっている。そのほかにも,空き部屋が一つと,年の離れた姉の部屋がある。あるのだが,今まで一度も姉にあったことがない。

 両親に聞いても,ちゃんとメールは送ってきているが,直接会うのはもう何年もしていないそうだ。職業は教師兼作家なのはわかっているが,恥ずかしいからとペンネームは教えてもらえなかったそうだ。一度会ってみたいなと思うが,どうしたらいいだろう……今度手紙でも出してみようかな。

 時計を見ると,すでに午前三時。二十七時と言えばいいのかもしれないが,紛らわしいのでやめておこう。いつの間にか膝の上で眠っていたセロをベッドの壁側において,自分もベッドにもぐりこんだ。

「明日もバイトがんばろ……」

 寝言なのか,セロも活を入れるように,ミャーーーーとないて,そのまま寝た。

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