第9章 屋根裏の犯罪者(9)


「おじい様の部屋に何かあった?」

 一旦、部屋で話し合おうという事になり、僕らが部屋を出た途端、後ろから声をかけられた。

 円香が、少し首をかしげたポーズで、僕達の後ろにいた。

「ちょっと捜査をね。円香ちゃんは?」

「今から飲み物を貰いに……美凪さんもどう?」

「うん、貰おうかな?」

「秋緒くんは?」

「僕は…」

 円香は、さっき屋根裏から覗いていた時、着替えの為持ってきたシャツを着ていた。

 短いスカートからは、白くて細い足がすらりとのびていて、あの時の光景が蘇ってきた。

 気が付くと、僕は何も言わずにその場から逃げ出していた。

 円香の顔を、まともに見ることができなかったのだ。






 僕は部屋ではなく、トイレにいた。

 トイレの狭い洗面所で、顔を洗っていたのだ。備え付けの小さな鏡を覗き込むと、赤く蒸気した僕と目が合った。

 そんな情けない顔を見て、僕は更に情けない気持ちになる。

(馬鹿みたいだ)

 今まで、女の子の足を見たくらいで、こんな気持ちになる事などなかった。

 美凪など、夏はたいてい足を出している。

 最近はご無沙汰だが、一緒にプールに行った事だってある。

 いや、幼馴染に対してだけではない。学校のクラスメイトにだって、こんな気持ちにはならない。僕だって男なのだから、全く関心がないわけではないが――――。

 そこまで考えて、僕は大きく頭を振る。

 そしてタオルで、乱暴に頭から顔にかけて、ごしごしと拭き取った。

 こんな事を考えている場合ではなかった。それよりも、あの屋根裏の事を考えなくては―――。

 僕はトイレを出て、ゆっくりとした足取りで部屋へ向かった。

 ついさっき、事件の事を考えようと思っていた筈なのに、この後、円香達に会ったらどんな態度でいればいいのか……などと考えながら―――。

「まだそんな時間か」

 その時、いやにはっきりとした声が聞こえて、僕は足を止める。

 そして周りを見まわす。僕に話しかけられたのかと思ったのだ。だが、周りには誰もいない。廊下には僕一人だった。

「あと少しで休憩だよ」

「暑いなぁ」

 聞いた事のない男の声だ。

 暑い、という言葉に庭を覗くと警察らしき男が、二人並んで話し込んでいた。成る程、今の会話は外からの声だったのだ。謎が解けて、僕はそのまま通り過ぎようとしたが、ある事を思い出し、その場に立ち竦んだ。

(あの人は……何て言っていた?)

 あれは確か、事情徴収を聞いていた時の事だった筈だ。

 記憶を手繰り寄せる。

(庭で、円香と東郷さんが言い争っていたとか…)

 庭とはここの事だろうか? 

 この庭の前は―――東郷氏の部屋がある。僕はざっと確認する。警官達がいるこの庭は、だいたい部屋十二畳ぶんくらいの広さのものだった。日本庭園風の庭には小さな池があり、よく手入れされている。

 だが庭は、この他にもある筈だった。

 円香の花畑。

 それから―――…?

「秋緒?」

 声をかけられ、はっとして顔を上げると、美凪が不思議そうな顔で僕の顔を覗きこんでいる。

「なに一人で、ぶつぶつ言ってんの?」

「…なあ。庭って他にあったか?」

「にわぁ~?」

 僕にいきなり問われて、美凪は素っ頓狂な声をあげた。

「なんだよ庭って」

「だからここの庭と、円香さんの花畑と、他にあったかって聞いているんだよ!」

 僕の少し苛々とした話し方に、美凪は眉を寄せたが、すぐに「う~ん」と言い腕を組み考え込んだ。

「小さいのなら……ほら、門から玄関までの間のとか、あと裏にも小さいのがあったよね?」

 美凪は、はじめてこの家に来た時の事を思い返しているようだ。

 あの時、円香を探してこの家の庭をぐるりと周ったのだ。

「でも、大きい庭はここと花畑だけじゃない?」

 ここ、と言いながら美凪は警官達がいる庭を見つめた。

「そう……だよな」

「庭がどうしたの?」

「うん…」

 僕は考えをまとめるように、ゆっくりと口を開いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る