第9章 屋根裏の犯罪者(4)
「…大丈夫かな」
「なにが」
どうやら見つからなかったらしい。
少し安心して、吹き出た汗をシャツの裾で拭いていると、美凪が心配そうに言った。
「今の二人だよ。クビになったって言ってたじゃない? リストラってやつでしょ?」
「そうみたいだね」
「やばそうだったじゃん」
隣の部屋から、結構はっきりと声が聞こえた為、僕と美凪はさっきよりも小さな声で、囁き合うように話していた。
「でもさ。ちょっと気になったんだけど」
「今度は何だよ」
音を立てないように、脚立を部屋の中央に移動させていた僕は、美凪を振りかえる。
美凪は、携帯を手に首をかしげていた。
「…父さんから連絡入っていたのか?」
「ううん。それはまだなんだけど…ね、見てよ」
僕は美凪が差し出した、携帯の画面を覗き込む。
待ち受け画面は、相変わらずうちの父、遊佐春樹の顔写真だ。美凪の趣味の悪さに、僕は顔をそむける。
「……で? それよりもその画像はやめろよ」
「いーじゃんか別に~。そうじゃなくって、ほら圏外なんだよ、ここ」
「そんな事、ここにはじめて来た時、わかってる事じゃないか」
ここで携帯を使おうとしたが、圏外になっており、円香に家の電話を使うように言われたのだ。
「そうだけど。じゃあさ、さっきの賢三さんって、何で電話してたの?」
「……電話?」
そうだ。
賢三は隣の部屋で、会社に電話をしていた筈なのだ。
「隣の部屋に、電話があるのかな」
「…さあ?」
僕は脚立から手を離し、部屋の電気を消す。そして音を立てないように、そっと襖を開けて、廊下を見回す。
廊下にも、目の前の庭にも誰もいなかった。
僕と美凪は、部屋を出てからもう一度まわりを確認し、隣の部屋を覗きこんだ。
六畳程の、あまり広くはない部屋だった。大人二人に子供一人には、少し狭いかもしれない。部屋の隅に旅行用の大きめのバッグが二つと、壁に喪服が掛けてあり、他には小さなちゃぶ台と座椅子が一つだけで、テレビもなかった。勿論、電話など見当たらない。
僕が部屋を閉めようとした時、美凪が無言でそれを止め、部屋の中央まで入り込んでしまった。少し焦ったが、美凪はすぐに戻って来た。
「どうしたんだよ?」
「…あの部屋だと、圏外じゃないんだ」
「ええ?」
「円香ちゃんも言ってたじゃん。場所によって通じるところもあるって」
そういえば、そんな事も言っていたような気がするが…。
僕は携帯を持っていないので、詳しくはわからない。美凪に聞くと、そういう事もあるにはあると返された。
「秋緒? どうするの?」
「…え?」
「こっちの」
美凪が天井を指差す。僕は、屋根裏に上がる途中だったのだ。
「勿論、行くさ」
そう言って頷き、もう一度現場になった部屋へ入り、また電気をつける。
部屋の中央まで持って来ていた脚立を、開いたままの屋根裏部屋の真下に移動させ、ゆっくりと昇る。
「美凪、懐中電灯とかないか?」
「待って…」
電気がついていても、部屋は明るかったが、明かりは屋根裏までは届いてくれなかった。美凪は部屋の隅にあったダンボールの中を探り、その中から小型の懐中電灯を見つけ出してくれた。
「小さいのしかなかったんだけど」
「いいよ。サンキュー」
美凪から受け取り、屋根裏の中を照らす。
懐中電灯が小さいからか、もう電池が切れかかっているのか、照らされる部分が狭く、その光も弱かった。だが僕は端から端まで慎重に照らし、目をこらして見る。
僕はそんなに視力が良いわけではない。
眼鏡は持っていないが、教室の一番後ろから、細かい字を読めと言われたら、読めないくらいだ。
小さな小部屋のような、屋根裏には何一つ置いていなかった。僕は体を伸ばし、ぎりぎりまで爪先立ちして、部屋の奥を覗こうとした―――が、どうにも届かない。
「美凪、悪いんだけど僕の足を持ち上げてくれないか?」
「はあ? 無理だよ」
「……じゃあ、お尻を」
「ええ~? マジで言ってんの?」
美凪の声は、本気で嫌そうだった。
「もっと奥が見たいんだよ。ちょっとでいいから押してくれよ。反動さえつけば、自分で上がるからさ」
「…うん」
渋々といった様子で、美凪は脚立の下あたりまで移動し、僕の尻を両手でぐっと持ち上げるように押し上げた。
「重…! 早くしてよ~」
「よ…っと!」
押し上げられた反動を利用して、僕は片足を何とか上まで持ち上げる。
だが体を全て持ち上げられず、両腕を突っ張らせていると、美凪がもう片方の僕の足を持ち上げてくれた。そのおかげで、僕は狭い屋根裏部屋にすっぽりとおさまる事が出来た。
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