第8章 忘れられない瞬間(5)
「でも…」
円香がそう言うならば――そう思ったが、僕は椎名刑事が「しばらくこの家から出ないように」と言っていた事を思い出し、円香と美凪に告げると、二人は残念そうに顔を見合わせた。
「そっか…。そう言えばそんな事言ってたよね。でもさ、刑事さんに頼んでみればいいって言うかもよ?」
美凪の提案に、僕は首を振った。
「無理だろう? 殺人事件があった直後に……」
「わかんないじゃん! ね、円香ちゃん?」
僕はてっきり、円香も諦めるのかと思っていたが、意外にも円香は美凪に同調した。
「そうよね。頼むだけ頼んでみましょうよ」
「そーそー! そーこなくっちゃ!」
「おい…」
女二人で、手を取り合って楽しそうだ。
「秋緒はどーすんの? もし許可されても留守番になっちゃうよ?」
「……行くよ」
どうせそんなに上手くはいかないだろうが―――。
「あれ? 三人一緒だったの?」
椎名刑事は、現場となった部屋にいると聞いた僕らが、廊下を歩いて行くと、前から脩が奈々の手を引いてこちらへ歩いて来るのが見えた。
「脩兄さんは奈々ちゃんとどこへ? わたし達は刑事さんの所へ行くの」
「刑事さん? 僕はね、奈々ちゃんと庭へ行こうかと思ってね」
そう言いながら脩は、小さな奈々を見下ろす。
その視線に気が付いて、奈々は嬉しそうに脩を見上げた。
「飽きちゃったんだもん。ねえ、円香お姉ちゃん達も行こ」
「うん…でも…」
「あたし達ね、これから鎌倉見物に行くんだよ」
「え?」
脩は驚いたように、僕達三人の顔を交互に見たが「無理でしょ」と肩をすくめた。
「だから、取りあえず頼んでみようかと思ってるの」
美凪は許可もまだなのに、すでに行く気満々といった様子だ。
「お兄ちゃん! 奈々も行きたい!」
「え…」
「じゃあ、奈々ちゃんも一緒に頼みに行こう!」
美凪が誘うと、奈々は「やったぁ」と一つ飛び跳ね、美凪と円香の真ん中を陣取った。脩は困ったようにこめかみの辺りを掻いている。
それもそうだろう。
成人している脩が一緒なら、僕らも色々有難い。ぜひ一緒に頼んでもらいたいのだ―――と、全員の視線を一身に浴びているのだから。
その視線に、脩は少し笑うと「いいよ。一緒に頼んであげるよ」と言ってくれた。
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