第7章 二通の遺言状(19)



「また、大変だったね。円香さん」

「え…いえ、そんな……」

 円香が固くなっている事は、その背中だけでもわかった。椎名は、そんな円香を、少しでもリラックスさせようと思ったのだろうか。他愛の無いおしゃべりをはじめたが、当の円香はというと、相変わらず口調は固く、その様子は変わらないようだった。

 流石の椎名も諦めたのだろう。

 小さなため息が聞こえた。

「じゃあ、私の質問に答えてもらえますか? 昨日の晩は、一人で部屋にいたのですか?」

「いいえ…。あの、美凪さんと」

「あの探偵助手の女の子だね?」

「そうです…」

「それで、君達はずっと二人で部屋にいたの?」

「いいえ。九時ごろに二人で……。その後は部屋から出ていません」

 この辺は、美凪からも聞いた筈なのに……。

 たぶん、確認なのだろう。

「では、その前は一人だったんですよね? それとも誰かと一緒でしたか?」

「……え………」

「円香さん?」

 椎名は何を聞きたいのだろう?

 円香は一人だったはず―――――いや、そうではない。

「……あの…弘二おじさんと………いました…」

 円香の泣き出しそうなか細い声が、聞こえた。

「そうですか。それで、それは何時頃からか覚えていますか?」

「あの…」

 そう呟いてから、しばらく沈黙が続いた。円香は昨晩の事を思い返しているのだろうか?

「円香さん。そんなに緊張しないでいいんだよ。刑事さんは小さな事でもいいから、君の証言がほしいんだよ」

 ここからでは姿は見えないが、守屋の優しげな声が聞こえた。

 守屋の声に、少し緊張が解れたのだろうか。

 ゆっくりと、一つ一つを思い出すかのように、円香は話し出した。


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