第6章 円香と美凪(7)
「そっちの布団、くっつけようよ」
既に敷いてあった布団を見て、美凪はそう言いながら、二つの布団をぴたりとくっつける。
広い部屋の真ん中に、二組の布団だけが敷いてあるのは、何だか可笑しな感じだ。
「どっちが円香ちゃんの?」
「えと。こっち」
「じゃー、あたしこっちね!」
ぽーん、と布団にダイブする美凪を見て、円香は思わず笑う。
美凪はそのまま、クロールするように手足をばたつかせた。
「あ~。泳ぎに行きたいな~~…あ、ねぇ円香ちゃんって海は駄目だろうけど、室内プールならいいんでしょ?」
「え? うん、室内なら…」
「じゃーさ、一緒に行こうよ~! どっか知ってる?」
「調べれば……でも駄目よ。わたし泳げないもん」
恥ずかしそうに俯く円香に、美凪は「そんな事」と言って笑った。
「別に泳げなくてもいーじゃん。遊ぶだけなんだしさ」
「…そうかな」
「そーだよ。あたしの友達にも、泳げないコいっぱいいるよ」
それは本当だった。
泳ぎが得意でない友達は結構いる。だが誰もそれを恥じてはいなかった。
「…じゃあ、行ってみようかな」
円香は海で泳いだ記憶がない。プールに至っては小さな頃に行ったきりである。学校ではいつも見学だったからだ。
二人は、この事件が解決したら行こうと約束を交わして、布団にもぐり込んだ。
「あ~、うっかりしてたけどシャワー貸してもらうの忘れちゃったな」
美凪は、自分の腕を嗅ぎながら言うと、円香が「あっ」と言って口元を押さえた。
「やだ…。私も忘れてた」
「ひゃ~。あたし達ってば汚い!」
「どうする? 今から入る?」
「ん~…、いいや。何だか面倒くさくなっちゃった」
もう起き上がる気がないというように、美凪が手をひらひらさせると、円香も笑って布団にもぐった。
「じゃあ、私も…」
「一日くらい大丈夫だよね」
「うん」
顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
部屋の明かりを消して、枕もとにある小さなライトを点けて話合うと、小学生の時に行った修学旅行の時みたいだと円香は思った。
あの頃から、誰かと枕を並べて夜を過ごす事はなかった。
嬉しくて楽しくて、いつもより饒舌になる。
「ねえ。美凪さんと秋緒君って、付き合ってるの?」
「ううん」
意外にきっぱりと言い切る美凪に、円香は目を丸くする。
「……違うの? だってすごく仲がいいみたいだし」
「よく言われるけどね~。でも違うんだよね…なんだろ? 兄弟?」
「きょうだい?」
「うん、そう」
美凪は、枕に両肘をつく格好で円香に笑いかけた。
「秋緒とあたしって、産まれた時から近所でさ、幼馴染っていうの? あたし達のお母さんが親友でさ。よく行き来もしてたんだ…」
以前は同じアパートに住んでいた事。
秋緒の母親が死んだ事。
美凪の母親が、秋緒の母代わりだった事。
そんな事を、美凪は円香に話して聞かせた。
「秋緒君、お母さんいないんだ」
とてもそうだと思えなかった。学校で見た男子よりも、秋緒は乱暴ではなかったし、口調も丁寧だった。
親に厳しく育てられたのだと思ったのだ。
円香がそう言うと、美凪はふき出した。
「あははっ。そーだよね、あいつってバカ丁寧だし、クソ真面目だし」
「うん…」
「秋緒のお父さんは、結構放任なんだよね。厳しいのはうちの親! 自分の息子じゃないっての!」
「そうなんだ…へえ」
他人の子供にも、そんなに厳しくする母親がいるとは思わなかった。
その割には、娘の美凪は放任で育ったようにみえる。たぶん美凪は母親のいう事はあまり聞いていないのだろうと、円香は思った。が、口には出さなかった。
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