第6章 円香と美凪(3)
美凪は隣に立つ、ひょろりと背の高い男を見上げた。
そこには今まで見たような、人を見下すような態度はなかった。脩との事だけではなく、彬にも何か色々な事情がまだあるのかもしれなかった。
「…どーして、あたしに色々話してくれた訳?」
「ん? どーしてかなぁ……」
彬はそう言いながら、鼻の頭を掻いたが「わかんねー」と言って笑った。
「ここへは、小さい時から来てたんでしょ?」
「まあな。お陰で結構色んな場所知ってるぜ?」
「じゃーさ。知り合いとかいないの?」
「いねーよ」
今朝、東郷家へ向かうタクシーの中で運転手から聞いた、派手ないでたちの女は、彬の知り合いではないかと美凪は感じていた。
あの東郷家の中で、派手な格好をする若い女と知り合いのような人物は、彬以外考えつかない……。
美凪は噂を聞いた、とその事を彬に聞いてみた。
「派手な格好の女ぁ?」
「うん。東郷さんちに来たみたいだって聞いたんだ」
「……そりゃ、ダチには派手な奴らはいるけどさ。でも絶対、俺のダチじゃねーな」
きっぱり言い切る彬に、美凪は首をかしげる。
「なんで~?」
「…いや、さ。前にダチに遺産の事とか家の事とか話したら、皆で押しかけてきちまってさ。じじいは怒り出すし、お袋にも叱られるしで散々なめにあったからさ。あれ以来ダチには内緒で来てるんだよ」
「そっか…」
では、その女は何者なのだろう?
「何だよ? その女が何かあるっていうのか?」
「え、わかんない」
「はあ~? お前本当に助手なのかよ」
「うるさいなあ。今、勉強中なんだよ」
そう、口を尖らす美凪を見て彬は笑うと、美凪の肩をぽんと叩いて囁いた。
「そろそろ暗くなってきたしさ……これからいい所に行かねー?」
「いい所って?」
「とぼけんなよ。行くっつったら、ホ……ぎゃ!」
美凪は、ニヤニヤと笑う彬の足をおもいきり踏んだのだ。
「…痛ってぇ~~! てめ、おもいきり踏みやがって。くそ」
そう言って足をさすってはいるが、顔は笑っている。本気ではなかったのだろう。
「ジョーダン言うからだよ」
「冗談で人の足踏むのかよ! ……まあいいさ。ガキなんて興味ねえもんな。じゃ、行くか」
「え…?」
「なんだよ? 帰るんだよ。それとも俺と行きたかった?」
「だーれが!」
いっ、と舌を出すと美凪は車の停めてある場所まで先に歩き出した。海を見ると、もうかなり暗くなっているというのに、サーフィンを楽しむ者が蠢いているのが見えた。
生暖かい潮風が顔を掠める。
薄暗い道の、ぽつんとある街灯の下に、彬の青い車が光って見えた。
「これって高いんでしょ? すっごいきれいだし。新車なんだ」
車に乗り込みながら、美凪が聞くと彬は得意そうに鼻を鳴らした。
「先月買ったばかりなんだぜ? じじいの遺産も入るしさ」
「でも、まだそうと決まった訳じゃないんでしょ?」
近所中に響き渡るような爆音がすると同時に、青いスポーツカーが急発進した。
彬の運転は乱暴だった。
行きと同じく、美凪はシートから少しずり落ちた。
「あのじじいが、自殺なんてありえねーよ!!」
「…?」
座りなおしながら、美凪は横で乱暴にハンドルをきる彬を見た。
「誰かが殺しやがったんだよ」
「…誰が?」
「俺以外の誰かだよ! 自殺でも事故でもねーよ。殺されたんだよ、じじいは!」
殺された。
そんな恐ろしい事を口にしながら、彬は笑っていた。
美凪は、今までたくさんの探偵小説を読み漁ってきた。
その中で、いくつか財産を取り合う家族が殺人を犯す、という小説もあった。美凪の祖父らは去年他界した。だが、小説にあるような親族同士の遺産をめぐる争いは起こらなかった。
あれは小説だから。
だから現実では家族や親戚同士が争うなんて、ありっこないんだと思ったのだ。
だが、いま横にいる男は、まさにその小説の中の人物そのものだった。
(あたし、もしかしてすごい事してるんじゃないのかな…)
ぶるりと軽く震えたが、これは怖いからじゃない。
美凪は、この事件の真相を突き止めたくて、わくわくしている自分に気が付いてた。
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