第5章 東郷家の人々(2)


 美凪は彬に、強引に立たされた。美凪の珍しく困ったような顔を見て、僕は流石に止めに入る。

「あの。無理やりは止めて下さい」

 すると彬は、細い眉を吊り上げた。

「なんだよ? お前このコとデキてるわけ?」

「ち、違います!」

「じゃーいいだろ? うざいよお前」

 確かに、僕と美凪はただの幼なじみだが―――。

 もし仮に、美凪に何かあったら…。信頼されている、美凪の両親に何と言われるか。だが美凪は、彬が掴んだ手を振りほどいて言った。

「…いーよ! 付き合うよ」

「そうか? んじゃ、車用意して門の前で待ってるぜ」

 美凪が承諾すると、彬はそう言ってさっさと部屋を出て行った。

 僕は流石に慌てる。

「お、おい美凪。お前大丈夫かよ」

 すると美凪は、にいっと笑って僕に囁いた。

「……チャンスかな~って思ってさ。あの人に色々聞いてみるからさ。秋緒は他の人に、聞き込みしといてよ」

「あ…ああ」

 それは勿論、彬からも色々聞きたい事があったが…。

 なにも二人きりにならなくても。

 そう思ったが、美凪は残りの麦茶を飲み干すと、他の親類に挨拶をして出て行った。









 僕は昼食を食べ終わると、一旦部屋へと戻った。

 そして今までの事を、持って来たメモに書き写していく。これはここへ来る前に、父に言われた事だった。

「事件のあらましを書き出すと、真実が見えて来る事がある」

 昨晩、父はそう言っていたが――僕はメモを見つめていたが、そんな真実はちっとも見えて来なかった。

 どちらにしても、まだまだ情報が少なすぎた。

 僕はメモを片手に部屋を出る。広い廊下は夕刻近いせいか、少しひんやりとしている。

 人の気配も、話し声も聞こえない。皆、部屋へと戻っているのだろうか?江里子の部屋へ行こうとしたのだが、彼女の部屋がわからない。

「聞いとけばよかったな…」

 そう、独り言を言いながら、僕は台所へ向かった。

 そこには住み込みのお手伝いである、寺本という人がいると思ったのだ。その人なら、江里子や他の人の部屋も知っているだろう。そして忙しくないようなら、事件の当日の事を少し聞き出そうと考えた。

 そう考えた僕は、小走りで廊下を駆けた。

 目の前に人が飛び出して来た――と思った時は既に遅かった。

 部屋から顔を出した脩と、思いっきりぶつかってしまったのだ。

「わっ!」

「痛!」

 脩の方が僕よりもずっと背が高い。走っていて、その分の勢いもあってか、僕はその場に派手に尻餅をついてしまった。

「大丈夫かい?」

「はい…すいません」

 脩が手を差し出してくれたが、それを遠慮して僕は尻をさすりながら立ち上がった。

「急いでいたみたいだね」

「いや、そういう訳じゃ…」

 人の家の廊下を走っていた自分が、少し恥ずかしくなって、僕は頭をかいた。

 脩は笑いながら、カメラの入った四角いカバンを肩にかける。

「…これから写真を撮りに?」

「ああ。この辺の夕陽はとても綺麗なんだ。すぐに戻るよ」

 そう言って脩は玄関へ向かったが、急に振り向いた。

「秋緒くん、だっけ。君も来る?」

「……あ、はい」

 僕は頷く。

 脩から話も聞きたいという事もあったが、彼がどういう写真を撮るのかも興味があった。

「じゃあ、行こう」

 僕は脩の後ろについて、東郷家の門を出た。

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