第30話 対話でもって世は動く

 何日か馬を走らせ、一団は無事にサラディア領へと入った。そして、今いるのはレタシー公爵の屋敷である。といっても新国王となったトラスと王子のアベルは王都に移り、この屋敷と領地はトメット公爵の弟が新レタシー子爵として統治する事となったのだ。

 現在では、亜人都市クロワスからサラディア全土への商業の中継地となっており、レタシー子爵領は大いに活気付いている。アイミーがこの地を中継地に選んだのは、トラスによりサラディアで最も早く亜人差別が減少した地であるからだ。革命に不参加だった貴族の領地や王都では亜人に投石や罵倒を浴びせることは多くあり、差別撤廃に時間を要すると予測されるが、ここでは我々を快く歓迎してくれている。そのため、クロワスからの一団は英気を養う為にレタシー子爵領で一泊するのが常となっているのだ。


「景気はいかがかな? レタシー子爵。」


 アイミーの前に座るのは20歳ほどの黄緑髪の青年だ。セミロングの緩いパーマがかった髪が特徴的で、第一印象はスマートな男。現にこの男は我々との商いを更に効率化し、多大なる利益を双方にもたらしている。


「順調に良くなっています!これもパスタリア帝国とアイミー様のご助力によるものです!」


 レタシー子爵は愛想よく笑った。この男は笑うとだいぶ印象が変わる。安心感のある温かい表情をするのだ。


「それは何よりだ。私も君をにするよう強く押した甲斐があった。」


 アイミーがそう言うとレタシー子爵の眉がピクリと動く。


「アイミー様が私を?面識はなかったはずですが……?」


 その言葉にアイミーは意地悪く笑った。


「君が、サラディアをウドゥーンに売り渡そうとしていたからだよ。」


 レタシー子爵の表情は以前笑顔のままである。しかし、その目の奥は焦りの色を見せ、戸惑いを隠しきれてはいない。


「いったい、何の」


「ウドゥーンが短期間で数万もの兵を王都に派遣できたのは、元々ウドゥーン側も王都サラディアの無血開城を狙っていたからだ。貿易船と偽り川で王都まで直行。道中は王勅だと言えば外交官の君ならフリーパス。あとは圧倒的な戦力差で王都を囲えば良いだけ。至って簡単だ。だがその途中、協力者の貴族からトラスの反逆を耳にした。急遽作戦を変更し、反乱軍の対処を優先。それにより、ウドゥーンの兵を都市内に入れる口実ができたのだ。あとは反乱軍を蹂躙するだけ。だが、反乱軍の戦力は我々のせいで強力であった。これが誤算だった。」


 アイミーがこの事を知ったのは、トラスが諸貴族に反逆の協力を仰いでいた時である。現在、アスパル伯爵となったマリーの婚姻相手とされていたオニアン公爵の元をトラスが訪れた日の晩である。オニアン公爵が送った早馬は王都への最短路ではなく、別の道を行ったのだ。キーンはこれに第三勢力の存在を予感し、その馬を鳥人に尾行させ、アイミーにも知らせを出したのだ。それで行き着いたのが、当時外交官として旧王に仕えていた彼である。

 アイミーとミルタは旧王にわざと知られ、反乱軍を旧王派との戦闘にさせるべく、早馬の何体かは見逃すようにキーンに指示していた。だが、アイミーもミルタもまさかウドゥーン共和国が出てくるとは想定の範囲外であったのに間違いない。第三勢力の詳細が不明であった為、サラディアに当初の予定よりも多くの兵を連れてきたのが幸いしたのだ。


「あの国の状態を見れば、誰でもそうしましたよ。現に、国を思って行動した父は殺されました。ですが私の計画が失敗しても、ウドゥーンからパスタリアに変わっただけで、この国をマシにするという目的は達成できました。私も協力してくれた貴族達もそれで満足です。」


「嘘だな。君は地位や権力が欲しかったはずだ。トメット公爵の後継は長男であった君の兄。君達は異母兄弟で歳もほんの数ヶ月しか違わない。能力が劣っていないのなら、不満に思うのは当然だ。」


「貴方は、私利私欲のために動いた私を責め立てるおつもりですか?では私が正義の為に動くのと、不純な動機で動くので結果にどう変わるのでしょう?何も変わらないはずです。」


 レタシー子爵はそう強く言いきった。


「ああ、全く持ってその通りだ。」


 アイミーのこの言葉にレタシー子爵は些細な苛立ちを見せた。彼の目はアイミーを探るように据えている。

 レタシー子爵にとってこの問答は面白いものではなかった。罪を糾弾するでもなく、ただひたすらに胸中を見透かしてるかのような発言をしてくる。彼女が一体何をしたいのか、見当が付かないほどにまどろっこしいのだ。


 そして、しばしの沈黙が流れるとレタシー子爵はため息を一つ溢した。


「アイミー様。私は此度の件に対し、弁解も謝罪も一切するつもりはございません。ですが、貴方様はそんな事の為にこの問答をしているのではないと思います。用件を率直にお願いします。」


「お前が欲する物、地位と権力を私は与えた。だから、私が欲する物をよこせ。それだけだよ。」


 レタシー子爵はこの言葉に安堵した。目の前の魔女の要求が予想よりもシンプルだったからだ。


「私は一体何を献上すれば……。」


「ウドゥーン共和国の情報だよ。それもあの国が滅ぶまで継続的にだ。」


「私にウドゥーンのスパイをしろと⁉︎ウドゥーンはサラディアがパスタリアの手に落ちた事を知っています。私が入り込む余地など……。」


「何を言っている?今のお前は昔のお前ではない。サラディアの商業の一角を担っているのだぞ?そんなお前がまたウドゥーンに寝返ろうとするならば、よりウドゥーンの中枢を知れるはずだ。違うか?」


「その為に私をこの地位に……。サラディアを裏切るフリをして、ウドゥーンの情報を貴方に渡す。それはつまり……。」


「サラディアではなく私に従けと言っているのだ。」


 レタシー子爵は押し黙った。だが、その目はこちらを探るようにアイミーの目を見つめている。だが、その姿勢こそアイミーの求めているものだ。利益を測り、暗躍できる者の存在は、把握しづらい為に貴重である。このようなタイプの人間を上手く使いこなす事こそが支配者の格を上げると言っても過言ではないのだ。

 今、レタシー子爵は冷静に見極めようとしている。自分の地位がアイミーの匙加減で如何様にもなるという不利な状況でもなお、思考を止めようとはしない。今後の自分の姿を見ようとしているのだ。


「アイミー様はどのような絵を描いているのですか?」


 レタシー子爵はそっとアイミーに尋ねた。


「それを語るほどお前をまだ信用していないよ。ただ、これだけは言える。パスタリアが次に食らうのは北方で衝突しているソウバ王国かウドゥーン共和国かのどちらかだ。どうせ食らうなら旨く食らいたい。ただそれだけさ。」


「年下の乙女にこれほど恐怖する日が来るとは思いませんでした。」


 レタシー子爵はそう言って微笑むと言葉を続ける。


「ですが、その若さで大きく野望のある貴方こそ私が従くに相応しいのでしょう。承知いたしました。ウドゥーンへのスパイ、私にお任せください。」


 レタシー子爵の瞳に野望の色を見ると、アイミーは満足そうに立ち上がった。そして、去り際に一つレタシー子爵に質問を投げかけた。


「ウドゥーンはどう動くと予想する?」


「彼奴らは議会制です。すぐには行動に移さず何日にも及ぶ話し合いをしています。主戦派と講和派の議員の折衷案で周辺の小国家群の吸収に走るでしょう。」


「なるほどな。つまるところウドゥーンはソウザとパスタリアの争いに漁夫の利を得たいわけだ。その北方戦争中に当のウドゥーンはザコを相手に士気も練度も高められるのだから腹立たしいな。」


「そのとおりです。ですので、少なくとも5年はこちらにちょっかいをかける事はないと考えます。」


 アイミーは数秒の沈黙を見せた。思考を巡らせている様子であるが、レタシー子爵にはその姿が、まるで抱えた花束から1本の薔薇を選び抜くような、そんな優雅な光景に錯覚した。

 アイミーはレタシー子爵を横目に口を開く。


「主君として、アドバイスを送ろうか。君は人との繋がりを軽視し過ぎている。駒ではない人間を作ることで君は更なる高みに昇れるはずだ。そんな男がここの領主だった。」


「国王陛下ですか。確かにあの方の手腕は見事だ。着実に貴族達をまとめ上げている。いや、好かれている。そうですね。まずは領民から好かれるところから始めます。」


 そう言ってアイミーは部屋を後にした。

 残されたレタシー子爵は脱力し、天井を仰ぐと溜め込んでいたものを吐き出すように息を吐いた。談話において、終始相手のペースに踊らされた経験がなかった為に、精神を擦り切らしたような疲労を感じていたのだ。危機を回避した安堵と、格の違いを見せつけられた悔しさと、これまでにないチャンスを得た高揚が入り混じった溜息であった。


「駒ではない人間か……。」


 レタシー子爵の脳裏に浮かんだのは、旧王に処刑された亡き父である。


『人を測るだけではダメだ。人を視ろ。』


 今思えば何度も指摘されていたことだ。俺はそれを無視し続けていた。それは父にすらも一線を引いていたからに他ならない。俺は紛れもなく己の力だけで登ってきたのだ。だが結局は、父の後継となり人を視てきた兄の方が上にいた。新王に協力し、この国に変革をもたらした勇士の一人として、名誉と権力を手にしている。


「墓参りにでも行ってくるか……。」


 今日俺は、俺という人間の底を怪物のような乙女に覗かれたのだろう。己が見ようともしなかった限界を、他者を利用する事で誤魔化そうとしていた俺自身の器を曝け出されたような心地だ。

 俺は変わらなければならない。力を借りる事を恐れてはならないのだ。

 俺は紛れもなく父よりも、兄よりも優れているのだから。その自負こそが俺が俺であるという事なのだから。


 *


「俺は復讐を果たしたとは思ってる。亜人狩りがアーシ達に酷い仕打ちをしているのを見て、奴らはワーウルフだから狙ったんじゃなく金になる物なら何でも良かったんだって知ったから、全てのヒトを憎むんじゃなく、他者を虐げる強者を憎む事にしたんだ。最初はアイミーやミルタを俺は心の奥では憎んでた。でもそれも徐々に薄れてきていたんだ。二人とも多くのものを傷つけて、自分の下にいる弱者を守っている。仲間を守る為に非情を選んでいるのだと理解できたから。

 俺がアイミーの下で働くと決めた時、俺はワーウルフの未来のために戦うと決めたんだ。だけど、俺は気づいたらヒトを殺すことに快楽を得ていた。復讐を言い訳に殺人と言う美酒に酔っていたんだ。サラディアの王を暗殺した時も、トドメを刺さずともその醜態を内心笑っていた。唯一殺さなかったのは、人生に絶望していたマリーだけ。それは彼女を殺しても快感を得られないと思ったからかもしれない。それほどまでに俺は腐っていたのだと、同胞の爪や牙が見つかるまで気がつかなかった。それを見るまで俺は同胞の存在を、誓った役目を忘れていたんだ。

 そのせいか俺は夢を見たんだ。ワーウルフの尊厳の為に戦うと誓った場所で、死んだ仲間達に食い殺されたよ。あれは仲間達からの怒りのメッセージだ。一族の名を穢そうとしている俺の中の邪悪を喰おうとしていたんだ。」


 シヴァの目の前にいるのはメッツァルナの仲間達だ。姿形の異なる者達が一様にシヴァの目を見つめ、話を聞いていた。


「俺達はみんな、種の未来の為にここにいる。お前も未来の為に何をするべきか、それを考えれば良いんじゃないの?」


 ラークが優しくシヴァに言った。


「そうだな。すぐに答えなんか出さなくて良い。ゆっくり考えれば良いさ。」


 キーンも優しく言った。他の者も優しく微笑んでいる。


「ありがとう……。」


 シヴァは胸に手を置き、ただそう呟くのだった。





 〜〜〜〜リサの調査記録〜〜〜〜

 vol.6

 フラール=レグ=ナクロ 種族 ケンタウロス性別 ♂


 年齢 23歳(30話時点)


 身長(前足の先から頭頂まで)273.5cm 体重 614kg


 出身 ブレッディー中心部の草原(ケンタウロスではナクロと呼ばれる)


 元ナクロ族族長・現ケンタウロス種族長ヒヒの息子であり、栃栗毛色の髪を後ろで短く束ね長く細い前髪を右上から斜めに左へと垂らした一風変わった髪型をしている。八重歯を口から覗かせた少し幼さの残る青年である。戦闘面での能力は同種族内でも上位であり、頭もキレるタイプではあるが、仲間への想いが強く、仲間の危機に直面すると直情的な言動・行動をしてしまうという欠点を持つ。それ故に同僚からの信頼は厚いが、時々上官の頭を悩ませる事もある。最近、船に一緒に囚われていた女のケンタウロスと結婚をした。

 ケンタウロスは馬の首部分が人間の上半身となっている種族である。そのため、他の亜人よりも大きく、脚力があるが足元への視野が弱点となりやすく、森や丈の高い草むらなどで罠を張られると容易く引っかかってしまう。生息地域が限定された種族である。

 戦闘面においては、腰の可動域的にも後方からの攻撃に弱く、動きが制限される状況下や進みを妨げられてしまった場合では容易に倒されてしまう。携帯武器は槍・薙刀が主であり、そのリーチを持って後方からの敵を十分に攻撃する為である。メッツァルナではケンタウロスにエルフを乗馬させた形態をミルタの案でとり始めた。対魔法兵としてだけでなく、精霊による視認力を使った攻撃回避と防御をエルフが担当することで歴戦の騎馬兵をも圧倒するほどの戦闘力を発揮するからである。また、エルフをメインに据えれば高速移動が可能な弓兵隊として組織することもでき、戦場の流れによって役割をスイッチできるのである。戦場での実戦はまだないが、大いに活躍の見込める組み合わせである。またエルキスを乗馬させた形態も訓練中であり、これは上記に記載したケンタウロスの弱点を補うために発案されたものであり、総合的な戦闘力に優れたエルキスが背後を守る仕組みである。

 クロワス内ではケンタウロスは主に荷車を引いたりと重量のある物を運搬することや、牽引することを主としている。田畑の面積が広大になったので農耕具を引きずり、耕す業務も行うなど脚力を活かした仕事をしている。他の種族よりも高い推進力とスタミナが効率を生み出している為、クロワスの経済を円滑化させている重要種族であることは明白である。

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