第28話 隻眼の巫女

「次はエルフの番ですね。」


 そう切り出したネルは、依然表情1つ変えずに口を開いた。だが、他のエルフの表情が目に入ると小さく溜息をつく。


「……。どうやら、私が語らない方が良いみたいですね。」


 ネルは立ち上がるとその場を離れようとする。


「ネル……。俺たち……。なんて言ったらいいか。」


 1人のエルフが悲しいような、何か負い目があるような顔をする。


「気にしてないです。だから、……。気にして欲しくない……。」


 ネルは最後の言葉を聞こえない程度に小さく呟いた。そして、振り返ることなく自身の寝床へと歩いて行った。


 ネルの姿が闇へと消えると、ネルと同郷だと言う男のエルフがそっと口を開いた。


「それではお話し致します。我々エルフの愚かさについて。」




 エルフ。長い耳を持ち、男女共に美しい容姿をした種族。精霊という特異体を視認できる種族であり、他の亜人に比べて極めて長命、平均寿命は300歳程度。長命であるために生殖の頻度は少なく、80歳を超えて初めて子を儲けるのが通例である。

 彼らは深い森の中に生息し、そこで狩猟採集生活を送っている。彼らは精霊を信仰し崇める。つまり、精霊信仰を行なっており自身の崇める存在が視認できることもあってか、とても信心深く、精霊の活性作用が強い者よりも長寿な者が精霊に愛されていると考えられているため年功序列の強いタテ社会が形成されている。年寄りが支配する社会と宗教とが相まって、自然と強い伝統主義的な生活となっているのだ。


 深い森の中にあるエルフの村。木製の塀に囲まれており、木造の高床式の建物に彼らは住んでいる。


「お爺様! 夕森の民が今、門のところに……。村を例の亜人狩りに襲われたそうです!」


 酷く慌てたように木造の小屋に駆け込んできたのはポニーテールのネルであった。背中には弓と矢を携えて、狩りの帰りなのだと推測できる。


「村の中へとご案内しなさい。」


 高床式の小屋の中には1人の老いぼれた男が椅子に座っていた。石や木製のアクセサリーを首から多く下げている。彼はネルの祖父。この村の村長である。

 村長は老齢のためか閉じかけていた重い瞼を少し上げ、ネルを見つめる。


「ですがお爺様……。つい先日も他の民を受け入れたばかりではないですか……。この森で彼らの分の食料まで取ろうとしたら ……!」


「ネル。何があろうと慣わしに従い他の民を救わねばならん。苦しい時ほど精霊様に祈るのが我ら。祈りは必ず精霊様に届き、豊穣となり帰ってくる。心配はいらないさ……。」


「そうですね……。失礼いたしました……。」


 ネルは一礼すると小屋を後にした。そして、真っ直ぐに門へ向かうと200体ほどのエルフを村の中に入れた。夕森の民達は待ちくたびれたかのように溜息を吐きながら門の中へと入って行く。何やら口々にこの村の感想をつぶやいているようであった。


 その後、ネルは夕森の民の長を村長のもとへ案内する。


「これは、木漏れ日の長。此度は助けていただき感謝します。」


 夕森の長である老婆のエルフは軽く一瞥する。


「夕森の長。お辛い長旅でしたでしょう……。ここを第二の故郷としてください。」


 長の二体はこれからの方針について話し合っていた。狩の管理や見張り等の仕事について、そして、村の敷地が不十分なため大規模に拡大する事が決められた。

 2時間ほど経ち、話を終え立ち去ろうとする夕森の長にネルはある質問をした。


「亜人狩りはどのような連中でしたか? 詳しくお聞かせ下さい……。奴らはきっと此処も襲います。」


 ネルの真剣な瞳。その瞳を老婆に向ける。


「知ってどうすると言うのか……。残念だが、ヒトという以外の情報はないよ。」


「そんな、人数や使う武器もわからないのですか⁉︎」


 ネルの真剣な更なる問いに、老婆は顔をしかめる。


「そんなもの知ってどうする? 」


「え?」


「小娘。慣わしに従い、我々は戦わない。故に亜人狩りと接触はしていない。奴らの来襲を見張りが感知し早々にここまで逃げてきたのだ。」


 ネルは抵抗もせず、故郷を捨てなくてはならない事に悔しそうに唇を噛んだ。そう。エルフは一切の戦闘を禁止されている。争いが起これば人は死ぬ。争いは自然の摂理の外にある卑しい行為。故にエルフは精霊に対し、災いを避けるために祈り、もし災いが訪れれば逃げる。ネルにとってはエルフのこの文化がとても歯がゆかった。


 ネルは悔しさを抱えたまま、小屋を後にした。


「「ネルお姉ちゃーーん!!」」


 賑やかな声とともに五人の、ヒトであれば4歳ほどの小児達が駆け寄ってきた。強張っていたネルの顔は優しい笑顔に変化する。


「お客さん、たくさんだね。」


 一体の女児が話しかける。


「お客さんじゃないよ。これから一緒に住むの。お友達たくさんだよ!」


 ネルは執拗に明るく言って見せた。子供達は無邪気に喜び、その笑顔はネルにはとても眩しく感じられた。


「お姉ちゃん。一緒に遊ぼうよ!」


 一体の男児がネルの腕を引っ張りながら元気よく言った。


「うーん……。まだ仕事中。 また今度ね?」


 残念そうに下を向く子供達の頭を撫でるとネルはその場を後にした。

 ネルはその後、木漏れ日の民達に今後の方針を共有するため家々を回った。民達は何か引っかかるものを感じながらもそれを受け入れ、夕森の民達を支援していった。


 それから2ヶ月が過ぎる。


 夕森の民達の生活区域は、2倍ほどにまで大きくなった村の東半分とした。残る西半分は木漏れ日の民の生活区域である。


 そしてある日、西半分にある広場に集められたのは子供以外の木漏れ日の民。木造の台の上には木漏れ日の長が立ち、台の横には発言力のある年寄り連中が並んでいる。


「狩がままならなくなり始め10日が過ぎた。まだ余裕はあるが、すぐに飢餓となるであろう。そのため、昨日行われた夕森との長老会議により……。"巫女嫁ぎ"を行うこととなった……!。」


 民達は固唾を呑んでその後の言葉を待っている。場の雰囲気が重く張り詰めたものに変化した。


「巫女は……。ネル。お前だ……。」


「はい……。わかりました。」


 ネルは目を瞑っていた。自分であろうという予想は既についており、思いのほか気持ちの整理はついていた。他の者もネルだろうという予想はついていたようでただ残念そうな顔をしている。



 話の続きを語ろうとするエルフを遮り、フラールが疑問を投げかけた。


「"巫女嫁ぎ"って何なんだ?」


「おい……。だいたい察しがつくだろ……。」


 隣にいたキーンが言うがフラールはいまいちピンと来ていないようである。


「そうですね。説明します。基本的に我々の精霊信仰に神職は存在しません。老齢の者、その次に精霊に愛されている者が社会的影響力を強めるだけのものとなっています。では、巫女とは一体なんなのか。それはエルフの祈りが届かなくなった場合に、精霊との関係を修復する任を授かった者。つまり、精霊に嫁ぎ祈りを伝えるという事。"巫女嫁ぎ"とは巫女になるための儀式なんです。」


 巫女が選ばれる要因。それは精霊に最も愛された婚期前の若い女性。該当するのがネルだったのだ。巫女となれば結婚する事は出来ず、巫女の間という一室からただ祈るだけの毎日が続く。特別な日を除いてその部屋から出る事は許されない。


「ネルが巫女に指名された次の日、巫女嫁ぎが行われました。滅多に行われることのない儀式です。あの恐ろしい光景は今でも忘れられません……。」


 他のエルフも何が行われたのかは知っているようで辛そうな面持ちである。


「あ、すみません……。説明不足ですね。精霊との関係を修復するためには精霊からも巫女と認識されなくてはならないのです。だから、そのために……。体の一部を精霊に捧げるのです……。自らの手で……。」


 その言葉を聞いて誰しもがネルが儀式で行った事を理解できた。ネルが捧げた部位がどこなのかをすぐに判断できたのだ。戦闘において不利となるはずなのに頑なに隠されたもの。エルフの戦闘スタイルにおいては致命的な部位。


「左目……?」


 誰かがそう呟いた。彼らの脳裏に浮かぶのは自身の左目をくり抜くネルの姿。彼女の悲痛の叫び、表情が想像によって作り出される。


「わからねぇな。今のネルは巫女じゃないんだろ?」


 ラークが言うとエルフは頷いた。そして、続きを話し始める。


「ネルが巫女となり、1ヶ月が過ぎた頃です。我々の生活は困窮したままでした。巫女がいても何も変わらなかったのです。そうするとまた集会が行われました。前回と違うのは夕森の民達もいるという事。そして、台の上にはネルが立っていたことです。台の横には夕森と木漏れ日の長と長老達。夕森の長は高らかと2日後に"巫女送り"を行うと宣言したのです。」


「巫女送り?」


「巫女送りと聞いて我々は多いにざわつきました。巫女送りなどという儀式は誰一人として聞いたことがなかったのです。」



 集会のすぐ後、木漏れ日の長の小屋を訪れたのは二体の男のエルフ。一人はヒトの年齢であれば40代ほどの、薄っすらと短くあごひげを生やした厳格そうな男。もう一人は筋骨隆々な20代ほどの若者。二人とも髪の色は金である。


「何用か? ヨフカス。それとウェイカー。」


 40代ほどの男。ヨフカスはネルの父親。若者のウェイカーはネルの兄である。


「決まっているだろ? "巫女送り"とは一体なんだ⁉︎」


 ヨフカスは怒声をあげる。


「聞かん方がいい……。」


 木漏れ日の長の言葉にヨフカスは舌打ちをすると更に勢いを増してふざけるなと怒鳴った。


「なぁ爺ちゃん……。ネルが何で左目を捧げたかわかるか? 大好きだった狩を諦めるために、日常に未練を残さないために左目を選んだんだ。なぁ、爺ちゃん。教えてくれよ……。」


 ウェイカーが諭すように言うが長は口を閉じたままである。とても苦しそうな表情であった。


「家族に虚偽りを働くのは"慣わし"に反するぞ?」


 ヨフカスが目を見開きながら言うと長は観念したのか口を開いた。


「巫女送りとは夕森の長と私が作り出した巫女嫁ぎの進展系……。」


 長が話した巫女送りの内容。それは巫女に直接祈りを伝えてもらうと言うもの。だが……。


「ネルを巫女の間ごと燃やす⁉︎」


 ウェイカーは言葉を失っていた。


「火は精霊が集合し赤く染まる。火中に巫女を置く事で精霊と直接対話できると?」


 ヨフカスは拳を強く握りしめ、怒りを抑えながら問うと長は頷いた。


「ネルには……。ネルには伝えているのか?」


「もちろんだとも。ネルの承諾も得ている。」


 ヨフカスは怒りに身を震わせながら外へと続く扉を勢いよく開け放った。


「行くぞ! ウェイカー! 胸糞が悪い!酒を飲む!」


 ウェイカーは哀しみ、落胆しながらヨフカスの後ろをついて行く。


「ヨフカス! この村の未来がかかっている。邪魔はするなよ。」


 長が言うとヨフカスは振り返る。


「ああ、何もしない。慣わしに誓ってな。」



 二体は暗い夜道を歩いていた。


「なぁウェイカー……。この村を出る覚悟はあるか?」


 ヨフカスの言っている意味をウェイカーは瞬時に理解できた。


「上等だよ父さん! 俺はエルフとしては落ちこぼれ。未練なんてないよ。」


「声がデカイですよ。ヨフカスさん」


 二体の背後から男の声がかけられた。


「ネルさんを助けるんですね。」


 そこにいたのは木漏れ日の若い衆。巫女送りの内容を聞こうとして鉢合わせたようである。


「俺達も手伝いますよ。」


 若い衆の一人が前に出て言った。


「何をやるのかわかって言っているのか? 巫女を勝手に連れ出すだけでも耳を削ぐほどの重罪だぞ?」


 ヨフカスの言葉に若い衆達は笑って返す。


「おっかない父親がいる村一番の美人を救い出すだけですよ!」


 その言葉にウェイカーは吹き出した。

 だがすぐに若者の1人が何かを決意したように口を開く。


「実のところ集会のすぐ後に木漏れ日の長から言われたんです。この村から逃げろって。」


「どう言う事だ?」


 ヨフカスが尋ねると若者は全てを話した。


 木漏れ日の長はヨフカスとウェイカーを焚きつけ、木漏れ日の民を移住させるように仕向けようとした。この森で生きて行くのは難しい。だが、招き入れた以上夕森の民を追い出すことなど不可能。ならば木漏れ日の民がネルと共に村を離れれば食糧難も解決し一切の不幸が終わる。


「ネルさんにはこの事は言ってないそうです。彼女は自分の命1つで精霊に届くならそれで良いと考えているようで、きっと仲間に故郷を捨てさせる事は反対するだろうと……。」


「木漏れ日の民達の身支度は全て済ませてあります。今夜にでもネルさんを助けられます。」


 ヨフカスは両の拳を強く握りしめていた。そして、舌打ちを一回すると長の小屋まで走り出した。



「クソ親父!どう言うつも……。」


 ヨフカスは扉を勢い良く開け放った。だが、そのヨフカスの怒りは目の前の光景によって真っさらに消しとばされてしまう。

 そこには息を荒くした長の姿。右手には骨のナイフを持ち、左手には尖った左耳が乗せられていた。たじろぐヨフカスの方へと長の顔が向けられる。長の側頭部からは大量の真っ赤な血が流れていた。


 ヨフカスはすぐに自身の服を破き長の側頭部に当てる。


 エルフにとって耳は尊厳の象徴である。それを削ぐのは罪人に対し償いとしてさせる行為。エルフ最大の贖罪である。


「あのバカども……。言うなと言ったのに……。これではカッコがつかぬではないか。」


 ヨフカスが精霊を活性化させ、必死に止血を試みるも、みるみるうちに布は赤く染まって行く。


「これは家族に嘘をついた、慣わしを破った贖罪だってか? 歳を考えろ! 死ぬぞ!」


 ヨフカスの声を聞き、ウェイカーや他の男達も続々と集まってくる。


「結局、習わしよりも孫が可愛かったのだ……。私がエルフの長か1人の爺さんかの間で揺れ動いていたために多くの苦しみを皆に与えた。その贖罪だよ。」


 木漏れ日の長はヨフカスの手をそっと握る。


「ヨフカス。お前を木漏れ日の長に任命する……。何が大事なのかをお前はちゃんと判断できる。私のように揺れてはならんぞ。正しい方を常に選べ……。新しいエルフの生き方をお前が指し示せ……!」


 木漏れ日の長はそう言うと瞳をそっと閉じる。弱く動いていた心臓はその鼓動を、まるで夕日が地平線へと深く沈み込むようにゆっくりと消えていった。

 ヨフカスは冷たくなった手をそっと床に置くと集まった若者達を真っ直ぐに見つめた。若者達も瞳を真っ直ぐにヨフカスを見つめる。


 その日の深夜。巫女の間からヨフカス達はネルを連れ出した。夕森の民の警備を眠らせ、そのまま木漏れ日の民達は夜明けと共に森を抜け、明日へと旅立った。


 その日以降ネルの表情はまるで時が止まったかのように変化を見せることはない。


 彼らがアイミー達と出会ったのはその5日後。

 そして、今に至る。




「なるほどな。今のエルフの族長がヨフカスさんで傭兵長がウェイカーさん。メッツァルナのエルフ達は革新派ってことか。」


 キーンが言うとエルフはそうだと頷いた。


「夕森の民はどうなったんだ? 無事困窮を抜けられたのか?」


 ラークが尋ねるとエルフは悲しそうに言った。


「村は森ごと焼かれていました。多分亜人狩りが逃げ続けるエルフを逃さないために炎の包囲網を張り、襲ったのだと思われます……。」



「そうか……。話してくれてありがとう。俺達は姿形は違うけどよ……。何かを変えたくてここにいる。同じ志を持ってる。」


 ラークが言った。


「そうだ。その志を達成するためにも仕事をキッチリこなしてもらわなくちゃな。明日も早いぞ!早く寝ろ!」


 いつのまにかアイミーが仁王立ちで立っていた。団員達は返事をするとテキパキと食器やら酒やらを片付ける。


「シヴァ。お前も早く寝ろよ。」


 アイミーはシヴァを軽く蹴飛ばすと自身の馬車と歩いていった。




 〜〜リサの調査記録〜〜

 vol.4


 チュリー=トゥリ=ウィンガー

 種族 鳥人 性別 ♀


 年齢 17歳(28話時点)


 身長 162cm 体重 45kg 翼長 約2m


 出身 マルゲルーク北東部辺境の森



 鳥人とは顔と胴は人であるが、手足には長い鉤爪があり、背中から腕にかけて大きな羽が生えている種族。飛行が可能な唯一の亜人である。チュリーは青色の体毛・羽毛であるが個体によって様々な色をしており、複数の色を持つカラフルな個体もいる。空中において最大の動物であるため天敵はなく、大空を飛んで生活をするため基本的に警戒心が薄くおおらかで明るい種族である。他者を信じやすいため騙されることも多く、そのためか個体数は他の亜人と比べとても少ない。歌と踊りがとても得意で求愛行動なども歌やダンスによって行う文化がある。メッツァルナ内でも宴の際は場を賑わせている。

 クロワス内では郵便や伝令など連絡系の仕事についており、メッツァルナと仕事内容は変わらない。アイミーは貴重な鳥人を直接戦闘に用いることはせず、あくまで索敵・空の目として利用している。

 私の母が発端で鳥人を数体用いれば、ヒトを運ぶ事も可能な事が明らかになった。戦略や商売として大きな可能性が感じられ、今後救助活動などの場でも活躍が期待できるかもしれない。



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