第27話 太陽は笑う

「また可笑しな選抜だな?」


 アイミーの前に整列したのは、ジルナルドとキーンを含めたエルキス10名。そして、ネル・ドゥーン・チュリー・フラール・ラークを含めた各種族10体ずつ。それぞれオスとメス半数ずつという、これまでからは考えられない選抜である。


「リサ様が道中にデータ測定をしたいと仰りまして」


 ジルナルドが言うとアイミーはリサを見る。リサは瞳輝かせ興奮していた。


「まぁ女傭兵隊もウリとしては有りだな……。良いだろう。」


 そしてチラリとシヴァを見た。

 明らかに思い悩んでいる。表情は暗く、目線は常に足下を向いていた。

 6年前の事件に対し、シヴァは仲間を無残に殺された事で強い怒りと憎しみを抱いた。当事者を殺し、略奪者と欲にまみれた支配層を心の底から恨んでいる。

 だが、シヴァの頭には、今もなお仲間の遺物が物としてヒトの手中にある事が完全に抜けていたのだ。

 その事に心の底から動揺している。


「シヴァ…。 シヴァ!」


 ふと気がつくとシヴァは馬車の中にいた。目の前にはニコニコと笑う3人の若い女性。


「久しぶり! 私たちのこと覚えてる?」


 オレンジ髪の活発そうな女性が話しかける。

 それはシヴァが助けた女奴隷であった。それもシヴァが捕縛された時と同じ馬車に乗っていた3人。健康的な笑みと体躯から彼女らの環境が良いものへと変わったのだと理解できる。


「これからデータ測定なの。付いてきてくれる?」


 今度は銀の長髪で褐色肌の女性が問う。

 シヴァはコクリと頷いた。

 オレンジ髪で短髪の元気な女性はアーシ。銀の長髪で褐色肌の大人な女性がスー。赤髪のツインテールで小柄なおどおどした女性がアンと名乗った。

 リサの元まで行く途中、シヴァは彼女らの経緯を尋ねた。

 彼女らはシヴァがアイミー達と初めて会った時、別の場所で人生の選択を迫られていた。彼女らの村は壊滅している。新しい生活。どこで何をして生きるのかという決断である。

 親戚などのツテのあるものはその者の元へ、それ以外は悩み苦しんでいた。

 穢れたこの身体は他人に受け入れてもらえるのかと憂う彼女らは、すがるようにテイラー家の使用人となり、厳しい修行を経てリサの助手兼侍従となったのだ。


 彼女らの顔は希望に満ち、輝いている。その輝きが若々しい美しさを増長させていた。

 とても眩しく。そして、鬱陶しい光であった。


 鬱陶しい? どうして?


 シヴァの頭にふと浮かんだ悪しき雑念に、更に思考は深く呑まれていく。


「な、なぁ〜るほどぉ〜」


 そんなシヴァの思考を止めてくれたのはリサであった。

 リサはシヴァの手足を掴んだり撫でたりとくまなく触っていく。リサの恍惚とした顔に身の毛がよだち、恐怖が肌を震わせた。


「体格の割に体重が軽いのは、全身を覆う毛でボディラインが大きく見えるからか。本来の体格はだいぶ細いな。だが、逆に下半身は体毛が薄く、見かけと変わらず筋肉が発達している」


 リサは紙に勢いよく筆を走らせる。


「次、感覚系と身体能力行くよ」


 こうして、移動の合間にリサのデータ測定が行われ気づけば日は暮れていた。データ測定を受けた亜人はいつもより疲れて見える。

 団員達のほとんどは焚き火を囲み食事を取り、談笑していた。心からの笑顔が溢れているのも、もう見慣れた光景である。


「そういや、アイミー団長の配下になったのってどの種族が最初なんだ?」


 ラークが尋ねた。答えたのはドゥーンである。


「最初は鳥人。次がエルフだな。確か鳥人とエルフは数ヶ月くらいしか変わらないんだっけか?」


 エルフ達は頷いている。


「なぁ? どうしてメッツァルナに入ったのか理由を聞いても良いか? 仲間として知っておきたい。」


 フラールが言った。


「そうだな。リザードマンとケンタウロスはこっちが一方的に知っちまってるからな。フェアじゃねぇ」


 ドゥーンは語り始める。


 ドワーフ社会は物作りの腕を何よりも重視する。村の建築や生産が立派であればあるほどその村の権威は増して行くのである。

 約5年前、現ドワーフ族長であるドゥーンの父親はとある村の村長をしていた。彼は他の村長が考えはすれど実行はしないであろう、ある事を実行したのである。それは自身の村の技術を向上させるために人間に接触を図るという事だ。これがどれほど愚かな行為か、例えるなら戦争中の敵国に技術者を堂々と送り込むようなものである。

 そんな愚行も偶然のアイミーとの出会いにより成功してしまう。現族長はドワーフに新たな技術を切り拓いた。


「今思えばアホくさい話だ。ドワーフにゃ、大雑把な生き方が合うのかもな」


 ドゥーンは笑いながらグラスを煽る。


「なんだそりゃ? まぁらしいっちゃらしいか……。鳥人とエルフは?」


 ラークが尋ねる。


「うーん……。シヴァと似たような感じかな?♩」


「……。私たちの種族はどちらも亜人狩りが原因なんです。」


 チュリーが珍しく暗い表情を見せた。だが相変わらずネルは表情を崩さない。

 そして、ずっと俯いたままだったシヴァの顔が上がり、チュリーとネルを見つめる。


「話したくなかったら、別にいいぞ?」


 フラールは優しく言った。


「私達、仲間だから。知って欲しい」


 チュリーは苦しく笑い話し始める。



 現在、クロワスに住んでいる鳥人は全部で200体。他の種族が数万といる中で圧倒的に数が少ない。それはなぜか。鳥人は大空を自由に飛び回ることができるためか、はたまた空に天敵という存在がいないためか、他種族に対し警戒心や敵意と言った感情をあまり持たないのだ。

 亜人狩りにとってこれ以上のないカモである。


「矢を放てッ!! でけぇ的だ! 逃すんじゃねぇぞッ!!」


 森の中から、淀んだ曇り空を見上げる男達は皆笑っていた。泣き叫び、翼を必死に羽ばたかせ逃げ惑う愚かな種族を心の底から嘲笑っていた。


「チュリー。何をしているッ! はやく逃げるぞ!」


 青色の羽毛の10代後半ほどの鳥人は力一杯に少女の腕を引っ張る。


「お、お兄ちゃん。で、でも……!」


 少女であるチュリーは今にも泣きそうな表情である。


「いいから! 早く飛び立つぞ!」


 チュリー兄は手を放すと、二人は力一杯に両腕を羽ばたかせる。

 淀んだ空の先を目指し、ただひたすらに逃げることだけを考えていた。


「…… ッ!!」


 兄の顔が苦痛に歪む。右腿に矢が突き刺さっていた。


「お兄ちゃんッ⁉︎」


「いいから飛べッ!!」


 兄の怒号が風と共に浴びせられると、チュリーはしがみつく様にただ曇天だけを見ていた。全ての思考を灰色に飲ますように飛行していた。そんな二人の背後からおどけた様な声が聞こえる。


「お嬢ちゃーん! わざわざ村に案内してくれてありがとー!」


 亜人狩りの男達の笑い声。

 その下衆の様な笑い声がチュリーの耳にこびりついた。

 空からポツポツと雨粒が降り始めた。チュリーの瞳も次第に潤み始め、水滴を地に落として行く。自分たちの村は次第に緑に呑まれ、見えなくなった。


「お前のせいじゃない! チュリー……。自分を責めるな……。」


「お兄ちゃん?」


 兄の表情が強張っていた。そして、羽ばたきも徐々に弱々しくなっていく。ゆっくりとその高度は下がっていった。


「大丈夫か⁉︎」


 周りを飛んでいた鳥人達も近寄って来てくれた。だが、兄の様子を見て表情が暗くなっていく。


 そして、村から充分に距離のある雨風をしのげる洞窟へと鳥人達は避難した。


「毒…… だな」


 50代ほどの黒鉄色の羽毛の男が深刻に言った。


「強いな……。妹さんのためか? よく頑張ったな……。」


 男はチュリーに聞こえない様に、そっと兄に耳打ちをする。冷や汗滲み、息も荒く辛そうな表情がほんの少し柔らかくなった。


「チュリー……。笑ってくれないか? お前の笑顔は太陽なんだ……。」


 兄は精一杯に声を絞り出していた。


「何言ってるの……⁉︎。笑えない……。笑えないよ……!」


 チュリーは兄の手を握る。その美しい瞳からは大粒の涙が溢れている。

 それを見てか、兄の手に力が込められた。


「太陽は必ず沈む……。時に雲に隠されてしまう……。俺の太陽……。だから最後は暖かく照らして欲しいんだ」


 チュリーの頭の中に、兄との思い出が駆け巡る。笑った・泣いた・怒られた。どんな時も必ず側にいてくれた。私の太陽。


「チュリー……。君は笑っていいんだよ……。君の所為なんかじゃない。我々が皆愚かだったのだ。自身を咎めないでくれ。」


 男が優しく語りかける。周りにいた鳥人達も悲しみながらも強く頷いていた。

 チュリーはその涙を拭く。兄の手を強く握りしめ、精一杯に笑った。


「お兄ちゃん……。ありがとう……!。」


 チュリーの声は震えていた。心の底から湧き上がる悲しみを必死にせき止めようとした。だが、やはり涙が溢れてくる。


 兄の目は既に閉じられていた。体も徐々に冷たくなっていく。笑顔を見ることができたのかはチュリーにはわからない。だが、兄の表情はとても安らかであった。



「アミスー。雨足が強くなってるよー」


 赤毛の少年が銀髪の少女に話しかけていた。二人は馬車の中にいる。


「黙れキーン。私をアミスと呼ぶな」


「てか自分の領地が欲しいからってこんな辺境を視察する⁉︎ ヴィジョンのない事業は成功しないよー」


 アイミーがキーンを怒鳴ろうとした瞬間、雷鳴が轟いた。

 二人の瞳はパチクリと驚いた様子である。


「アイミー様。馬がそろそろ限界です。休ませたいので近くの洞窟で休憩にしませんか?」


 馬車を運転するジルナルドの提案をアイミーは受け入れた。


「それと、キーン。わきまえなさい。」


 ジルナルドの淡々とした冷たい言葉にキーンは身震いした。本気で怒る時、ジルナルドの声はより静かになるのだ。


 そして3人は洞窟へと入っていく。


「何か、いますね」


 暗い洞窟内に多数の生き物の気配をジルナルドは感じた。

 弱い悲鳴が奥から聞こえてくる。

 洞窟のすぐ近くに突き刺さるように落ちてきた雷光が、その正体を一瞬照らした。


「亜人……?」


 アイミーは少し驚くと、すぐにニヤリと笑う。彼女の瞳に映ったヴィジョンは雷鳴よりも強く、彼女の脳内を駆け巡った。



 〜〜リサの調査記録〜〜

 vol.3

 ドゥーン=ダ=ショルドー 種族 ドワーフ 性別 ♂

 年齢 20歳 (27話時点)

 身長 145.5cm 体重 89.4kg

 出身 マルゲルーク領 南西の丘


 低身長だが、筋骨隆々なドワーフの族長の息子。毛は茶色。髪は雑多な短髪。首が隠れるほどの長い顎髭を生やしている。基本的には身長は150cmを超える種族であるが彼は一回り小柄であり、そのコンプレックスからか筋肉量はその他の者を上回る。

 ドワーフはその筋肉から生み出されるとてつもないパワーを武器とし戦う種族であるが、手先も器用であり物作りや建築等の技術にも優れている。クロワスでは生産職に従事していることが多い。メッツァルナでも傭兵としての仕事は少なく、裏方として活躍していることがほとんどである。そのため、彼はメッツァルナの専属鍛治職人も務めており、傭兵達の武具・防具のオーダーメイドも受け付けている。シヴァの細剣を作ったのもドゥーンである。


 この都市の中核はドワーフと言っても過言ではない。


 名前の由来 ドゥーン……ドーン!と力強いから

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