第21話 神の意を捻じ曲げるは人なりて

「マリーさん! ご無事か⁉︎」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのはレタシー公爵である。今朝この屋敷が火事になったと聞き、慌てて出て来たかのように息を切らしている。その後ろにはフードを被った数人の部下を連れている。


「はい……。私はなんとも」


 そこにはシヴァに死にたいと願った少女が座っていた。そう。ここはシヴァが屋敷に侵入するために最初に入った彼女の寝室である。

 寝室は昨日と変わらず綺麗であった。屋敷の火事は3階の中央とその周りを少し焼いた程度で収まったらしい。水魔法を使うことができる魔法兵がいた事が幸いしたようだ。


「お父上。アスパル伯爵が死んだとは……。本当に残念だった……。」


 レタシー公爵は目をそっと瞑る。だが、マリーの言葉にすぐにその目は見開かれた。


「何故父を殺したのですか?」


 まるでささやかな疑問でも口にしたかのように素っ気なく放たれた言葉。


「何を……?」


 想定外の事に少し困惑を見せた。


「私……。貴方の部下に殺してもらえなかったので」


 少女はぎこちなく笑う。

 レタシー公爵はその言葉で全てを察した。そして、大きく溜息をつく。


「訳を話そう」


 レタシー公爵は革命の話を嘘偽りなく話した。パスタリアの属国にするということも当然だ。

 本来であれば伯爵が殺された原因が王にあると偽り、容易くこちら側に付かせる算段であった。そして、急遽領主となった、子息令嬢をサポートするという形で革命の間は傀儡化しようと目論んでいたのである。

 だが、目撃されれば話は別である。父の仇は目の前のレタシー公爵なのだ。協力などするはずがない。故にレタシー公爵は目撃された場合、容赦なく殺せと命じていたのだ。


「協力して欲しければ、呑んで頂きたい条件があります。」


 言葉を疑った。協力の意向を少なからず示すとは全く思っていなかった。少女の真剣な顔付きに、冗談などではないとレタシー公爵は感じた。

 少女にその条件を尋ねる。


「オニアン公爵を殺してください」


 レタシー公爵はこの少女の言葉で、何故シヴァが彼女を生かしたのかを理解する。オニアン公爵とは彼女の婚約者である。


「それは無理だ……。」


 レタシー公爵は静かに言った。

 話にならないと少女が立ち上がろうとした瞬間、公爵は更に言葉を続ける。


「3日以内にオニアン公爵が行方不明だと言う知らせが来るはずだ。彼は既にこの世にはいない」


 その言葉に一瞬固まり、少女は信じられないと笑った。解放されたと言う喜びを芯から感じているのだ。

 そして、レタシー公爵は少女の頭を撫でるように優しく言葉をかける。


「結婚するなら、君の好きな男を婿に取れば良い。邪魔は私がさせない。君が立派な領主となるまで力になろう」


 少女は容易く落ちた。

 レタシー公爵と少女は固く握手をしたのだった。


 そして、少女はある1人のフードの者に近づいた。それがシヴァだと理解しているようである。


「やっぱり殺さないで。生かしてくれて、ありがとう。」


 シヴァは返事をしなかった。そのかわりに、フードの奥で密かに微笑んでいた。



 *


「シヴァ。」


 屋敷近くの大きな街、とある宿の一室。キーンはシヴァに呼びかけた。するとシヴァは頭を下げる。


「あの娘を殺さなかった事。すまないと思ってる。結果はどうであれ、失敗の可能性を不用意に上げた。」


 シヴァは本当に後ろめたく思っていたのだろう。声が暗い。

 キーンは溜息をつく。


「分かってるならいい。気持ちはわかる。似てたんだろ? 俺らに捕まってた時のお前自身に」


 近くにいたネルはキーンの言葉に納得していた。マリーが不意に見せた絶望を映した瞳。確かにあの日のシヴァの瞳とそっくりであった。何故生きているのか。生きる理由を見失ってしまった目。生きる意味を見出せなくなってしまった曇った瞳。吹き消されたロウソクのように哀愁だけが漂っていたあの表情。きっとそれはシヴァが出会った時には顕著に表れていたのだろう。

 その場にいなかったチュリーは何のことか分からず、頭を捻らせている。


「光を示したかったのですね。」


 ネルの言葉。シヴァはコクリと頷いた。アイミーがしてくれたように生きる目的を与えたかった。その目的が今の彼をここまで生かしてくれている。友人とも呼べる、生きた仲間と出会う事ができた。


「俺たちも似た境遇の奴と出会ったら、きっと助けてる。だから俺たちにお前を責める権利はない」


 キーンの言葉にネルも頷いている。話に着いて行けていないチュリーもこれには同意していた。


「……。」


 似た境遇。シヴァはネルやチュリー、そしてキーンの過去を何も知らない事に気付かされた。彼らだけではない。ドゥーンの過去もである。自分よりも先にアイミーと出会っていた亜人はどうして仲間となったのか。考えたことも無かったのだ。


「だがシヴァ。レタシー公爵には謝っておけ。あの人は見せないようにしてはいるが、相当心労していたぞ」


「わかった……。」


 シヴァは部屋を後にする。

 そして、誠心誠意レタシー公爵に謝罪するのだった。


「シヴァ。ちゃんと前に進めてるね♪」


「ああ。そうだな。」


 *


 2週間ほど経て、ようやく一行はレタシー公爵領に帰ってきた。各地の貴族に協力を仰ぐ旅は終わり、やっと一息ついたところ。


「お帰りなさい。父上。既に準備の方は出来ております。決行はいつに致しますか?」


 アベルはレタシー公爵にお茶を差し出しながら尋ねる。

 レタシー公爵はそれをぐいっと飲み干した。喉を大きく鳴らしている。満足そうにお茶を飲み終えるとアベルの問いに答えた。


「1週間後にしよう」


「わかりました。」


 アベルは部屋を後にした。


 その様子を見てキーンはチュリーに手紙を手渡す。


「頼んだ」


「オッケー♪」


 チュリーは空に飛び立っていった。


 *


 そして、1週間が過ぎる。レタシー公爵は近衛兵やメッツァルナを連れ、広大な何もない広場にいた。ここはレタシー公爵邸の目の前に位置し、祭りなどを行う為の場所である。

 そして、そこには10mほどの木で出来たやぐら。その目の前には何千・何万というヒトが集まっていた。

 レタシー公爵は深呼吸をし、やぐらに登る。手には拡声機能のある水晶を持っていた。


『領民の諸君。大変な中、集まってくれてありがとう』


 公爵が櫓に立ち、声を発すると群衆はざわざわと騒がしくなった。


「公爵様⁉︎ 生きていらしたんですか⁉︎」


「良かった! 公爵様が生きてるぞ!」


「公爵様ー!!」


 その騒めきはレタシー公爵の無事を喜ぶ声であった。

 予想外の反応である。気づけばレタシー公爵の目からは涙が流れていた。打ち明けまいと思っていた感情が胸の奥から流れ込んでくる。


『何を、何を喜んでいるッ!! 私は……。私は君達の大切な家族を! 恋人を! 死なせた男だぞ⁉︎ たった1人生き残った。1万の兵を犠牲にして……。君達は私を責めるべきなんだぞ⁉︎』


 レタシー公爵は櫓から身を乗り出すように群衆へと言葉を発している。


「何言ってんですか!! 公爵様を守って死んだんだ!!」


「あのパスタリアから公爵様を守り抜いたんだ!! 俺の息子は立派に務めを果たしたんだ!!」


「公爵様さえ生きていれば!! 私達は……。レタシーは絶対に死なない!!」


 群衆達は泣きながらに叫んでいた。愛する者を失った悲しみからではない。レタシー公爵と群衆の思いがぶつかり合っているからこその涙である。


「どうなってんだ……。」


 メッツァルナはこの光景に困惑していた。


「父上は民衆の方々に愛されているのですよ」


 アベルは誇らしげに語る。


「父上は確かに才能という物を持ち合わせてはいないかもしれません。ですが、無能と罵られようとも努力し足掻いてきた男です。領内で何かあれば、領民の力になろうと尽力し、時には領民達と一緒に解決策を模索したと聞いています。財産もいくら叩いてきたのかわかりません。」


「民を愛し、尽くし、愛された男。ジェイクさん以外にもいたんだな……。」


 キーンはそう呟いた。



 レタシー公爵は涙を拭き群衆に語りかける。


『ありがとう。だが、私は死んでいった彼ら。苦しんでいる君達の敵討ちをしなくてはいけない。』


 レタシー公爵の言葉に群衆は騒ついた。パスタリアとの戦争が激化するのだと理解したからである。


『私は気づいてしまった……。敵はパスタリアではなく。王であると!!』


 群衆は大きくどよめいた。


『君達は今の苦境を神の試練だと思っている。いや、思うようにしている。違うか?』


 その言葉に群衆は静まり返る。これは肯定の沈黙である。


『であるならば、サラディアの敗戦。何万という兵士が死んだ。これも試練なのか? 君達の愛する人は神に殺されたのか?』


 そして、レタシー公爵は声を張り上げた。


『答えは否だッ!! 神が与えるのは試練などではないッ!! チャンスだッ!! 神に祈ると言う事は、神から賜ったチャンスに感謝することッ!! では我々の祈りが、神に願う事へと変わったのは…… 一体いつからだ?』


 群衆はレタシー公爵の言葉に惹かれていた。皆真っ直ぐに公爵の熱弁を見つめている。


『聖典を思い出してくれッ!! 神託を授かった聖人達は慈愛の心を持ち、弱者の支えとなり、人々に愛を与えていた! だが、聖人と我々信徒との間に上下の関係などなかった筈だ!! 聖人も元々は信徒である!! 愛を多くの人に捧げた信徒に感謝の意を示し、聖人と称したのだ!!』


「そうだ……。公爵様の言う通りだ……。」


「私たちの信仰は間違っていたんだ……。」


 群衆は静かに自身に語りかけるようにどよめいている。


『信仰を前にして、ヒトの上にヒトを作るなと神は言っている……。それに気づくチャンスを幾度となく与えてくれている。敵は王。いや、この国そのもの。神に背き続けるこの国に、神は潰れるか改まるかの二択しかない、最大のチャンスを今示している。』


「どうすれば……。どうすれば、この神から賜ったチャンスを摑み取れますか?」


 群衆の中の1人の若者が叫んだ。


『皆で王の元へ行こう。言葉と態度で説得するのだ。我々は間違っていたのだと、神の意向に背き続けているのだと。これを王に理解させねばならない。我々の想いは……。必ず王に届くはずだ……。』


 そして、レタシー公爵は拳を空高く掲げる。


『5日後に王都サラディアへ向かう!! 1人でも多く人を集めろ!! 数が多ければ多いほど我々の熱意が伝わるはずだ!! 』


 群衆も皆拳を空高く掲げ、雄叫びを上げていた。彼らの目には光が映っている。進むべき道を見定めた。


「とりあえず、予定通りか。」


 キーンは呟いた。


「キーン。団長に報告は?」


 ネルが尋ねた。


「送った。作戦通り間に合うと思う」

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