第20話 月は静夜に動く

 レタシー公爵邸の敷地内にある広い庭園。そこに整列するのは50人の兵士。その兵士達と対面するようにメッツァルナは立っている。未だフードを被っており、兵士達からは懐疑的な雰囲気が溢れ出ていた。そしてこの2つの間に立つのはレタシー公爵とアベル。レタシー公爵がメッツァルナを紹介するために集めたのだ。


「彼らはメッツァルナ。パスタリアの大貴族が運営する傭兵団だ! キーン君、他の皆さんもフードを取って!」


 言われるがままメッツァルナはフードを取り、顔を見せる。その瞬間兵士達はざわめいた。亜人に対し驚いているようである。


「悪魔……⁉︎」


 信じられないと言ったようにアベルが呟いた。


「アベル……。そしてお前たち……。信仰は捨てたのではなかったのか?」


 レタシー公爵が言う。

 兵士達の騒めきが収まった所でキーンが尋ねた。


「ずっと気になっていましたが、なぜ彼ら亜人を悪魔などと?」


 レタシー公爵は申し訳なさそうに答える。


「ほとんどの国家が国教としているユーマン教は選種主義。つまり、我々ヒトは神に愛された種族であると言う宗教なのだよ。言い換えればヒト至上主義。亜人は神に仇なすもの、悪しき存在・汚らわしい存在。故に悪魔として教えられているのだよ……。」


 レタシー公爵は亜人迫害の歴史を思い出す。サラディアには亜人狩りに大義があるため、パスタリアよりも悲惨であった。戦争が始まる前は月に一度、領主が兵士を派遣し村を1つ滅ぼす。そして、数体生き残りを捕らえると領地で公開処刑をするのだ。公爵が幼い頃の記憶、鳥人が火刑に処され苦しみ悶えている姿が鮮明に思い出された。


「なるほどな、だから戦争で公爵の兵士達はビビってたのか……。亜人が復讐のためにパスタリアに味方したって思ったんだろうな」


 公爵はそのキーンの言葉に肯定も否定もしようとはしなかった。

 しかし、キーンの言葉を聞いた兵士達の何人かは剣を構えていた。


「テメェらが殺したくせに……。のうのうと言いやがって……!!。」


「テメェもビビらせてやろうか? アぁ⁉︎」


 何人かの兵士が他の兵士の制止を振り切り前へ出ようとする。だが次の瞬間。兵士達はエルキスの凍てつく突風かの様な殺気に当てられ立ち止まってしまった。


「俺たちは傭兵。不毛な争いはしない。」


 キーンが言った。兵士達は戸惑いながらもメッツァルナを見据え、ゆっくりと深呼吸する。死の恐怖に暴れ出した己を必死に抑え込んているのだ。


「お前ら近衛兵でもエルキスの名くらい知っているだろう? 返り討ちにあうぞ……。」


 レタシー公爵は彼らの気持ちを理解している。だがこれからのためにも敵対だけはして欲しくない。複雑な気持ちを抱え込み言葉を放つ。

 兵士達がエルキスについて知っているのは噂話程度だが、その強さは紛れもなく噂通りだと皆感じていた。前に出た兵士達は悔しそうに隊列に戻っていく。


「エラコス? ラーモン国の神聖征討軍ですか?」


 アベルがレタシー公爵に尋ねる。


「エルキスだよ。パスタリアの独自単語で魔人の意味だ」


 レタシー公爵は優しく教えている。


「魔人の如く強いと言う事ですか……。」


「最初は彼らが自分から魔人と名乗ったらしい。だがその実力が他国に轟いたのは30年前のレーメンとの聖戦だと聞いている。しんがりを任されたエルキス500人が、追撃を命じられたレーメン軍2000人を3日間足止めし、出た損害がエルキス100人。レーメン軍800人。」


 レタシー公爵の言葉に皆一同に驚いていた。


「その戦力差をひっくり返したのですか⁉︎ 一体どうやって……。」


 アベルにとっては心底興味深いようで首を捻らせている。


「エルキスは道幅の狭い谷で待ち構えていたんだ。レーメンは人数差を上手く利用できず、サシでも中々勝てない。次第に焦るレーメン軍と時間稼ぎとしか考えていないエルキス。今思えばそう言った精神状態も加味していたかもしれないな。だが、当時不敗のレーメンにとっては屈辱だったに違いない。今でもレーメンの兵士はその谷を、魔窟とか伏魔の谷なんて呼んでいるらしい。」


 レタシー公爵は我が子に対し、完全に教育モードであった。そんな公爵にキーンは話を切るように話しかけた。


「早く本題に入りましょう。俺たちは何をすれば良いでしょう?」


「まぁ慌てるな。アベルに大事な事を聞かねばならん」


 レタシー公爵はアベルの目線の高さまでしゃがむと、アベルの小さな瞳を真っ直ぐに見つめ、真剣に尋ねる。


「この1ヶ月、敗戦や王に対しての反発・避難を理由に"神前裁判"を受けた貴族を教えてくれ。」


 アベルは一瞬戸惑いながらもコクリと頷いた。



 *


「話とはなんだ? アベル。」


 アベルは今10代後半の青年と向かい合って椅子に座り対峙していた。ここは彼、トメット公爵の屋敷。その応接室である。アベルの後ろにはフードを被った者が4人佇んでいる。


「話があるのは僕ではありません」


 アベルがそう言うとレタシー公爵がフードをとる。トメット公爵は一瞬目を丸くした。


「生きていたのですか……。なるほど、神前裁判が怖くて死んだふりを……。頭が良いですね」


 トメット公爵は冷たく言い放った。


「お父上の件は本当に残念だった。」


 レタシー公爵の言葉に眉をヒクつかせたかと思うと立ち上がり怒鳴る。


「残念だった⁉︎ ふざけないで下さい! 死ぬのは目に見えていた筈だ! あんなの犬死にした只の大馬鹿野郎だッ!」


 レタシー公爵は拳を強く握りしめる。


「若造が知った口を利くなッ!!」


 アベルは驚いた。父の怒鳴る姿を始めて見たからだ。それもそのはずである。レタシー公爵と前トメット公爵は同い年であり、幼少期からの大の親友であった。

 それを知るトメット公爵は歯を食いしばっている。


「彼奴には死んでも変えたい物があったんだ! 正面から無理とわかっていても。この国を正そうとしたのだッ! 何が犬死にだ……。奴は身をもって愚王とは対話する余地すらない事を後続に示したのだ……。変革をもたらすには王を倒すしかないと……。後続が団結するための道を作ったのだ! 」


 レタシー公爵は泣きながら喚く。前トメット公爵が神前裁判で極刑を言い渡され、レタシー公爵が自領に帰る3日前に刑が執行されたのだとアベルから聞いていたのだ。


「レタシー公爵……。あんたまさか……。」


レタシー公爵は涙を拭き力強く言った。


「王を倒す! お前も付いて来い! 父の勇気を無駄にするな。」


 レタシー公爵の力強い言葉に心が動く。だが、トメット公爵はその感情を抑え反論した。


「無謀すぎる……。勝算は? 民へはどう説明するのですか?」


「やるしかないのだ……。我々は滅ぶ一歩手前まで既に来ているのだから……。」


 残りのフードを被った者もその姿を現した。キーン。シヴァとネルの3人。その3人を見てトメット公爵は即座に状況を理解した。


「パスタリアと亜人が手を組んだのか⁉︎ いや、あり得なくはない。パスタリアの周りの隣国はすべてユーマン教国。亜人を悪としている……。」


 そして、トメット公爵は瞳孔を揺らす。レタシー公爵の状況も理解したのだ。それはまだアベルも理解していない事。


「あんたが、この国の命綱。あんたが失敗すれば……。この国を恨んだ亜人共が一挙に攻めてくる。成功すれば敵味方ひっくり返ってユーマン教諸国と大戦争。だがパスタリア帝国が味方してくれる。」


 どっちに転んでも戦争は終わらない。この国が滅ぶ可能性の少ない方。それは明らかだった。味方の欲しいパスタリア。無下にされることはない。



「わかった。協力する。プランを教えてくれ。」


 レタシー公爵はニヤリと笑った。


 *


 あれから数週間。毎日のように貴族の元を訪れては協力を仰ぐ。やはり反対派は革命を望んでおり、着々と味方は増えていった。


「レタシー公爵。貴方の言いたいことは良く分かりました。私も協力しましょう。味方はどのくらいいるのです?」


 優しげな面長の中年男性。有力貴族の1人である。


「——伯爵などざっと十数名ほどです」


「なるほど。これは心強い! よろしくお願いしますよ。」


 男と固い握手を交わすと屋敷を後にした。建物の門の前でレタシー公爵の馬車が待機している。そこを窓から覗き込む。レタシー公爵が現れると男はすぐに従者を呼んだ。


「今夜目立たないように王に早馬を出せ! 王に取り入るチャンスだ。」


 従者が部屋を後にするとゲスな笑い声を上げた。そして、王に宛てた密告書を男は書き始める。


 馬車に乗り込んだレタシー公爵。その正面にはシヴァが座る。


「公爵様。残念ながら……。」


 レタシー公爵は残念そうにため息をつく。


「そうか……。じゃあシヴァ君。よろしく頼むよ」



 夜となり月明かりが屋敷を照らす。時折吹く風によって草木が揺れる音。そんな音が目立つほどに静かな夜であった。

 そして、屋敷の門からは一騎の騎馬が飛び出し闇へと消えた。

 その騎馬は屋敷から100m程離れた林沿いの道を通っている。ここが王都への最短距離であった。

 騎手の男は前方で月明かりが反射し、キラリと光る何かを目にした。目を凝らして見るが暗くてよくわからない。男が警戒心を高める直前、視界にその何かを目にした。

 だが、それを脳が判別する前に視界は映り変わる。顔に受けた衝撃と共に後ろへ仰け反ってしまったのだ。馬から転げ落ち、地面に叩きつけられ、その衝撃よって転がり回った。全身は血と泥で汚れ、傷だらけ。指一本動かすことすらできない。

 遠退く意識の中、声が聞こえる。


「まだ、息がありますね……。」


 若い女の声だ。


「右眼射抜かれて生きてるとか……。やっぱり。あんまり深く刺さってないな」


 若い男の声。その後、男が感じたのはゆっくりと何か冷たく硬い、そして鋭い物が首に当てられる感覚。それはまたゆっくりと男の首に沈むように入っていく。以降何も感じる事なく、その数秒後には意識は奈落の底へと沈んでいた。



 屋敷内では早馬が出たと同時にシヴァが潜入を開始していた。今回は極力殺すなと言う指令である。もちろん意味するのは見つかるなと言う事だ。

 シヴァは屋敷の窓が全て見渡せる広場の端にその姿を潜めさせていた。早馬が先ほど出たという事は貴族の男はまだ起きている。これから就寝する可能性が大いに高い。つまり、これから明かりの消える部屋が男の寝室。

 そして、数分と経過したところで屋敷の最上階である3階中央の部屋の灯が消えた。


 シヴァは飢えた獣のように舌で唇を舐めずると、闇に消えるように気配を薄め、屋敷へと駆けていった。


 建物沿いに身を潜め、侵入経路を探る。数m離れた位置にある木に登れば容易に二階部分のデッキに飛び移れそうであった。

 シヴァはその木の幹に爪を立てた。

 木がその痛みに悶えるかのように、風が葉を揺らす。だが、シヴァが躊躇うことはない。


 *


 薄手のローブを着た、黄緑髪の麗しき少女は中々寝付けずにいた。時が止まったかのように静かな夜。だが、少女はその静寂を壊すようにため息をついた。彼女は今年15になる。数年前より決まっていた、20も年上の男との政略結婚の年。彼女の人生が止まる年なのだ。


 ——コンコンッ


 小さく窓をノックする音。その音に彼女は笑顔を浮かべる。時折、庭の木を伝ってリスや猫などが訪れるのだ。小さき来訪者と戯れるのが唯一の安らぎ。苦痛を忘れられる瞬間だった。

 白いカーテンを開け、戸の外へと出る。目の前にはリスがいた。だが、少女がアクションを取る前にリスは逃げてしまう。ガサガサと葉音を立て枝が揺れたのが原因であった。何気なくその木に目を移すと、2つの光る球体がこちらを覗いているのに気がついた。


 その2つの球体が生き物の目であると少女は理解した。そして、それが人型の生き物であると言うことも。


「殺して……。」


 彼女自身も予期せぬ第一声が口から溢れた。その言葉の真意を考え終える前に、光る球体の主は闇から姿を現す。ワーウルフ。それは屋敷に侵入しようとしたシヴァである。見つかったにも関わらず殺意は微塵も感じられない。

 彼女は目の前の亜人の姿よりも、その発した言葉に衝撃を受けた。


「図々しいな。」


 冷淡に放たれたこの言葉は、彼女の心に真っ直ぐ突き刺さる。

 そして彼女はすぐに、自分が逃げていることをこのワーウルフは分かっているのだと察した。"死にたい"。いや、正しくは"リセットしたい"という望み。死ぬことによるリセットであれば容易に達成できる。だが、彼女は自分を殺すことができなかった。その理由は死への恐怖・苦痛。そして、自ら命を絶つことへの罪悪感。自殺はそれらが邪魔をする。

 そう。楽な道を選んでいるだけなのだ。結婚が嫌だから、人生に絶望しているから死ぬ。だけど、自らの手で死ぬのは怖い。だから他者に殺してもらう。


「お願い……。殺して……。復讐しに来たんでしょ? こんな小娘。簡単に殺せるんでしょ?」


 悲痛の混じった声だった。無理だとわかっても彼女はすがることしかできないのだ。


 シヴァにとって彼女は紛れも無く目撃者であり、殺す対象である。だがシヴァは一切の手出しをしなかった。

 シヴァは少女の横を通り抜け、開いた戸へと向かおうと歩みを進める。しかし、シヴァの腕は少女に掴まれる。非力な少女が必死にシヴァにしがみついていた。

 シヴァは少女の目をじっと見つめる。まるで観察でもしているかのようにだ。そして、数秒後にそっと呟いた。


「明日。お前の世界は変わる。それでも死にたきゃ殺してやるよ。」


 そう言うとシヴァは少女の腕を強引に振り払い。屋敷の中へと消えていった。


 少女は追う事をせず、無気力にその場に倒れこむ。そして、ゆっくりと這い出てくる眠気に、何故か今回は素直に身をまかせるのだった。



 少女が目を覚ました。何かが焼ける匂いと騒々しい叫び声。パチパチと音を立てる方向に目を向けると、屋敷の三階。父の部屋が燃えている。


 ガラスに映し出された自身の顔がふと視界に入る。少女は軽やかに笑っていた。

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